| 「そもそもは、普通の大学生でした。 その頃、サーフィンブームだったので、 夏は葉山、冬ばスキー場などで 住み込みのアルバイト三昧の日々でした。 その頃は、下北沢に住んでいたので友達の中には、 飲食店でアルバイトしている人も 多かったですね。 そんなことからも当時から飲食店に興味がありました。 また、父親が自営業だったので大学を卒業してから 普通の会社員になるという発想があまりなかったのです。 その当時付き合っている彼女が桑沢デザインに通っておりまして、 話を聞いてみると、内容にも興味がありましたし、 夜間であれば学費もアルバイトでまかなえる金額でした。 そんなことから、大学に籍をおきながら昼間はアルバイト、 夜は桑沢に通うという生活でした。 桑沢デザインでの授業は、講師も一流でしたし、 受講生も50歳を過ぎた方から、芸大受験に失敗した人が 専門学校代わりに通っている人。 非常に刺激的でしたね。 自分の生きる道はこれだ!と確信しましたね」 |
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とにこやかに語る佐藤一郎氏。 「杉本さんは、独立志向のある人しか雇わないんです。 とは言っても、自分の名前で仕事ができるデザイナーは一握り。 |
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| 「自分でお仕事を頂けないでしょうか? | ||
| 今をときめく数多くの飲食店オーナーさんからデザイナーとして指名される佐藤氏であるが、そうなるまでには、紆余曲折あったようだ。 | ||
| 「最初の半年間は1人。その後2年間は2人で仕事をこなしていました。 | ||
| 現在、エイジでは10名ほどのスタッフが働いている。 | ||
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| 「店舗をデザインするのは、まずキッチンから。 | ||
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| 「BYOの楊社長の妹さんが、 NYにいてあちらのレストラン事情にも詳しかったんです。 楊社長や中野総料理長とも話しをして、 シンプルに出汁をきちんととった和食店にしよう、ということになりました。 デザインはもちろん、 和風建築になるのですが町屋風とか全て小上がりという店はNYでは逆に、 奇をてらうのでやめました。 使い勝手の良さも考えて、 NYのスタンダードであるラウンジバーと、 ディナーを食べられるダイニング、 和食店には欠かせない個室の3コーナーに分かれています。 メインの客層は、30代くらいでしょうか? 今、NYで一番受けているレストランのように 熱いお店になると思いますよ!」 |