2004.8.1
 「いらっしゃいませ、ご主人様」とメイドさんがお出迎え。今時、封建時代の遺物のようなメイドなど、世の中にはいそうもないが、アキバ(東京・秋葉原)だけは特別だ。メイドのコスチュームを着たウェイトレスが接客する「メイド喫茶」が、10店近くしのぎを削る。顧客はいわゆるアニメやゲームが好きな「おたく」が中心。彼らは、メイドに“萌える”と言い、足しげく通う。この摩訶不思議な「メイド喫茶」が全国に増殖中なのだ。
「cos−cha(コスチャ)」店内
スクール水着イベントに
長蛇の行列600人


 「店を始める時にアルバイト情報誌で、メイドを募集しようと思ったんです。でも、その前に、オープン告知のためのホームページをつくって、試しにそこで募集をかけてみたのですね。20日間で600人以上の応募が来ましたよ」。

 秋葉原に10数店あるメイド喫茶の中でも、人気店で知られる「cos−cha(コスチャ)」の創業者で店長の亀井昌英氏は、昨年5月、オープン時の反響の大きさを興奮気味に語ってくれた。

 応募してきた女性たちは、たいがいが、東京・有明の東京ビッグサイトで夏と冬、2回開催される「コミケット(=コミック・マーケット)」で、コスプレを披露するようなコスプレーヤー(略してレイヤー)たち。あるいは、コスプレをしたことはないが、それに抵抗のない人たちだった。いわゆる「おたく」系の女性は、たいがいパソコンを持っていて、自分でホームページをつくっている人も多いというほど、電脳世界に詳しいのだ。

「cos−cha(コスチャ)」グッズ
 しかし、亀井氏はアニメやゲームに詳しかったわけではなく、そうした事実は、店をオープンしてから知ったという。

 上野と川口でアジア系外国人向けの食材や日用雑貨の店を展開するなど、事業家として14年ほどキャリアを積んだ亀井氏は、飲食店進出を思い立つ。しかし、普通の喫茶店では面白くないので、マニアックな趣味が際立つ人が集まる秋葉原で、メイド喫茶ならどうかと思ったそうだ。

 常設のメイド喫茶は、秋葉原にはすでに2、3店人気店があった。後発なので差別化のために、イベントに力を入れたそうだ。

 1カ月の間に、月曜から金曜の5日間のイベントが2回、2日間の短期イベントが1回あり、約3分の1がイベント日になっている。

 その中でも、伝説的なヒット企画は、昨年冬に行った「スクみず(スクール水着)デー」である。店の戸口から600人もの行列ができ、警察が交通整理のために出動するほどの大反響を呼んだ。確かに、キャバクラでもスクール水着を着てくれるイベントなど、まずないだろう。

 今夏もすでに「すくみずデー」を実施したが、混乱を避けるために入場整理券を配ったそうである。
 
 
秋葉原の街並み
電気街から
“おたく街”へと変貌した秋葉原


 メイド喫茶というものは、簡単に言うと、ウェイトレスがメイド服で接客してくれる喫茶店である。キャバクラではないので、メイドが横に座ってはくれないが、ひまな時間帯ならば、ちょっとした世間話をするチャンスがある。常連が親しく話している姿もそう珍しくはない。

 2000年頃から秋葉原で台頭してきた業態で、末広町、神田、御徒町、湯島といった隣接するエリアを含めて、この地域に10数店がひしめいている。

 派生業態として、ウェイトレスが自作または市販のコスプレ服を着用する、コスプレ喫茶もある。コスプレ居酒屋、コスプレキャバクラもあり、昼はメイド喫茶で、夜はコスプレ喫茶といった変則的な営業を行う「カフェメイリッシュ」のような店もある。

 また、普段は普通の喫茶店や居酒屋であるが、週末だけメイド喫茶、コスプレ居酒屋になるところもある。

 コスプレキャバクラなどというと、キャバクラがコスプレのイベントをするのは当たり前じゃないかと茶々も入れたくなるが、この地域の店はちょっと趣向が違う。神田にある「マジカルナイト」というキャバクラは、面接の時に、アニメやゲームについて興味があるかを聞き、「おたく」趣味についていける人しかキャストに雇用しないそうだ。

 秋葉原というと電気街のイメージが付いて回るが、郊外店に押されて、90年代半ばには「ソフマップ」などを牽引車にパソコン街に変わっていった。そして2000年前後からは、アニメやゲームの店、それも「とらのあな」など、アダルト系の同人誌やエロゲー(エロ・ゲームの略)を置くところが増えて、常設コミケット化していった。

 そうした中で、「おたく」やレイヤーが自然と集まるようになり、テナントもアニメやゲームの店に入れ替わりが進み、秋葉原は“おたく街”へと、変貌を遂げているのだ。

 ではなぜ、メイドなのかは後述するが、メイドもコスプレの一種であり、エロゲーなどにしばしば登場する、彼らにとっては“萌える”(この概念も難解なのであとで考察する)キャラクターの1つであると、とりあえず言っておこう。

 それに、アンナミラーズ、神戸屋、馬車道などの飲食店のメイド風制服は、従来よりマニアの間で熱狂的支持を受けており、アンナミラーズのカリスマ・ウェイトレス(という言葉があるかわからないが)から、本当にタレントになった女性もいると聞く。

 飲食店にメイドは、コスプレとしてはかなり分かりやすい表現方法と言える。
 
 
人気“エンジェル”のみおさん
チンバリー社製の
コーヒーマシンでクマの絵

 「cos−cha」の場合、秋葉原という土地が集客力があるわりに、物販ばかりで飲食店が少ないというのも、秋葉原で開業するきっかけになっている。飲食バブルで渋谷、青山など都内の人気エリアが飽和状態になる中、空白部分として浮上したということか。

 同店はあくまでも飲食がメインというスタンスの営業であり、喫茶ではあっても食事を充実させている。ランチは13種類もあり、800円〜850円の価格帯で、お重、パスタ、カレーなどがメニューが載っている。ケーキなどデザートも多数そろえている。

 人気のメイドが出勤している時にだけ提供される、「特製エンジェル御膳」という弁当もある。これは調理の腕も必要なので、提供できるメイドも限られているが、2000円と高価にもかかわらず、非常に人気があるそうだ。ちなみに同店では、メイドを“エンジェル”と呼んでいる。

 また、パンとコーヒーにはこだわっている。パンはフランスとドイツから冷凍生地を輸入し、ドイツ製のマシンで焼いている。コーヒーメーカーは、定評あるチンバリー社製を使い、本格派のカプチーノやエスプレッソを提供する。

 カプチーノでは、“エンジェル”がミルクで、クマやキティーの絵を描いてくれる。


 さらに同店では、同人系のマンガ家と専属契約し、ホームページで店の“エンジェル”を主人公にした4コママンガを連載するなど、バーチャルな部分にも力を入れている。

 店内での写真撮影は原則として禁止だが、特別に撮影会を開くこともある。同店では、そういった企画から発展させて、今年3月にプロダクションを設立。今後は“エンジェル”たちを登録して、コスプレ写真などの撮影会を開催していく方針である。

 同店の規模は30坪、40席ほどで、月商は400万〜500万円程度。顧客単価は1200円くらいとなっているそうだ。
 
 
「CURE MAID CAFE´(キュアメイドカフェ)」店内
癒しをテーマに
クラシック音楽の店内演奏も


 一方で、「CURE MAID CAFE´(キュアメイドカフェ)」は、クラシックなメイド服でていねいな言葉使いで接客する、正統派のメイド喫茶である。

  開店は2001年3月。常設のメイド喫茶では1号店とされ、初日より多くの反響があり、ブームの先駆けとなった。

 店のテーマは「癒し」。中でもポットサービスでいれる紅茶に力を入れており、いい香りで顧客が癒されることが狙いとなっている。また、食事も充実していて、ランチサービス、手作りのデザートなどが好評だという。内装は観葉植物を配して落ちつける雰囲気になっており、メイドの物腰も柔らかくゆったりしている。

 同店のメニューを見ると、一般の喫茶店のようなソフトドリンクばかりでなく、パスタ、ハンバーグ、カレー、サンドイッチのような食事、ケーキ類のほか、生ビールやカクテルのような酒類、昼の3時以降は各種おつまみまでもが提供されている。

クラシック・コンサートのイベント風景
 「cos−cha」も同様に幅広いメニューを展開しているのだが、メニュー的には渋谷、青山、恵比寿のいわゆる「カフェ」のようなひねりはないものの、ラインナップから見るとメイド喫茶は「カフェ」の一種と考えていいようだ。

 顧客とのコミュニケーション・ツールとして、同店もホームページが充実しており、ファンから投稿イラストを募集し、ギャラリーにて掲載している。店内撮影は禁じている。

 また、同店もイベントを行うが、月に1回、ゲームメーカーのトークショーを定期的に開催している。毎週末のイブニングタイムには、癒しを念頭に置いたハーブ、フルート、ヴァイオリン等のクラシック音楽の生演奏を行っており、呼び物の1つとなっている。

 グッズは店内でも使っているオリジナルの食器類と、「CURE MAID CAFE´」の制服を6分の1サイズにしたドール服が人気になっている。
 
 
サービス精神旺盛な
「ぴなふぉあ」スタッフ
スタンプ貯めて
メイドの生ポラ写真を撮影


 癒し系の「CURE MAID CAFE´」、レイヤー系の「cos−cha」が反響を呼ぶ中で、第3の方向性としてメイドとのコミュニケーションを前面に押し出しているのが「ぴなふぉあ」だ。
 昨年10月の開店で、広さは16坪ほど、28席と広くはないが、カウンターをメインとし、メイドと会話しやすくなっている。今までの店が紺や黒のメイド服を制服にしていたのに対して、ピンク系の制服で差別化を試みた。


 「お客さんには、ちょっとした一言を交わすだけでも喜んでもらえます。顧客層はコスプレに興味のある人がメインですが、駅に近いのでサラリーマンも多いです。女性限定メニューもあって、女性の方も他店よりは多いと思いますよ」(運営会社のライトナウ、大塚英二氏)。

 月に2、3回あるイベントではメイドがコスプレをしたり、店で使っているお皿やティーポットを販売したりといったところは、既存店のやり方を踏襲している。

「ぴなふぉあ」店内
  店内は原則として撮影禁止だが、1000円ごとにスタンプを押す、会員カードのスタンプが30個たまると、ポラロイドで好きなメイドの写真を1枚撮れる。しかも、ポラロイドにはメイドが一言メッセージを書いてくれるので、ファンにはたまらないだろう。

 元々、同社にとってメイド喫茶は、コスプレ投稿サイトを運営していく中で、浮上したアイディアだった。自分を売り込みたいレイヤーが多く存在していて、タレントではない素人のレイヤーでもファンが集まる現象を目の当たりにして、最初から「採算を別にすれば、はやらせる自信はあった」(大塚氏)という。

 最初からメイドと顧客(=ファン)との交流を視野に入れた店なので、その雰囲気づくりも自ずと変わってくるということだ。カウンターではメイドがクレープを焼いてくれたり、目の前でパフェをつくってくれたりする。

 メイドたちが毎日更新する、オフィシャル・サイトの写真付き日記もあって、バーチャル上でも楽しめる。
 また、キッチンには専門の料理人を入れて手作りでハンバーグなどを仕込むなど、メニューもレトルトばかりではなく、飲食店としての基本は押さえている。
 「確かに人件費はかかりますが、コスプレ系の雑誌やサイトによく載せてもらえるので、宣伝費はかかりません。メイドの募集も特にかけなくても、毎日のように面接希望者が来てくれます」と、大塚氏はアキバのメイド喫茶の勢いをアピールしていた。
 
 
「Little BSD」入口
目の前でおにぎりを握り、
かき氷をゴリゴリ


 メイド喫茶の派生形として、コスプレ居酒屋というものもある。  
 この代表格が、今年3月3日にオープンした「Little BSD」。コンセプトは「小悪魔たちがゲームやアニメの衣装を着て惑わせる」というもので、ホール係のことを“小悪魔”と呼んでいる。

 サイトはオープン前の2月1日より公開しており、その効果もあってか、テレビ、雑誌などの取材も多く、賑やかな店になっている。延べのアクセス数は48万アクセスに達し、「更衣室」と称する日記ページはほぼ毎日更新されている。この日記ページだけでも1日500アクセスがあるという。

 店のつくりがカウンターをメインとしていたり、2万円の飲食で“小悪魔”との2ショット写真が撮れるサービスがあることなどは、「ぴなふぉあ」に似てなくもない。「Little BSD」では“小悪魔”が直接握ってくれるおにぎり、目の前でシェイクしてくれるカクテル、目の前で新鮮な果実の汁を手でグリグリで絞ってくれるサワー、「クマのプーさん」か「どらえもん」のかき氷製造器でかき氷をつくってくれるゴリゴリなどのサービスを実施している。また、乾杯の時には、“小悪魔”が歌を歌うなどして盛り上げるサービスもある。

浴衣姿の“小悪魔”サナさん
 撮影は原則自由。無線LANが入っており、パソコン持ち込みも自由となっており、コミュニケーション重視の営業姿勢が見て取れる。

 席数は40席あり、客単価は2000円くらい。平日は6時〜10時半の営業で2回転くらい、金土日・祝日は5時〜11時の営業で3回転くらいはするそうだ。

 同店でオープン時より“小悪魔”を務めるサナさんは、自分でホームページを持つレイヤーでもある。
 「アニメやゲームが元々好きだったのですが、友だちに誘われてコスプレをやるようになった」という。もう6年くらい、コスプレを続けており、メガネ・キャラが多い。デ・ジ・キャラットの「うさだヒカル」などがお気に入りの“メガネ萌え”なのだそうだ。

 もっとも、四六時中コスプレをしているわけではなく、普段は大学生である。
 「お客さんは期間限定企画に弱いようで、5月の土曜日に実施したメイド・デーでは、日を追うごとに来客数が増えてたいへんでした」と、同店の企画力の一端を語ってくれた。
 
 
「ROBO太(ロボタ)」外装
曜日ごとにメイドデーや
コスプレデーを設定


 アキバのメイド喫茶やコスプレ居酒屋が人気となる中で、同様の企画が東京の他の場所にも波及しつつある。
 「ROBO太(ロボタ)」は、JR山手線・総武線と都営大江戸線の代々木駅にほど近い場所にある。代々木というと、マンガ、ゲーム、声優関係の人材養成で知られる専門学校、代々木アニメーション学院があるが、基本的にバーのスタイルの店で、少し奥まった場所ということもあって、専門学校生はほとんど来ないという。


 創業者で店長の長谷川啓氏は元々は新宿でコンビニを経営していたが、往年のアニメのロボットのフィギュアを集めるのが趣味で、いつか同好の趣味の人が集まる大人のバーをつくってみたいと考えていたという。店のカウンターの後ろの棚などには、ガンダムなどさまざまな長谷川氏のコレクションが飾ってある。

 秋葉原につくらなかったのは、人と同じことをしたくなかったからで、代々木の少し隠れ家的な立地が気に入ったのだそうだ。

 オープンは今年3月で、メイドを置くようになったのは6月から。毎日、メイドがいるわけではなく、水曜と金曜がメイドデー、月曜がメイドがコスプレをするコスプレデー、土曜日はメイドだけでなく顧客もコスプレをするバイキング形式のコスパーティーと、曜日によって営業形態が変わるのが特徴だ。

 メイドやレイヤーがいない火曜と木曜は、1970年代から80年代のロボットの話題でも語り合いながら、静かに飲める日になっている。
 「曜日によってお客さんが違いますね。サッカーの試合があるときはサッカー中継を流していますし、スポーツバーのノリになります。秋葉原と違って、サラリーマンも多いですし、会話も普通に世間話をしている人のほうが多くて、アニメやゲームの話をしている人は少ないかも。アニメやゲーム、メイド、コスプレが好きな人も、そちらにあまり興味のない人も、フレンドリーに飲める店になっていますよ」と長谷川氏は語る。

 同店でメイドとして働く、柳猫(やなぎまお)さんは、コスプレ歴が8年になるレイヤーで、塾の友だちに誘われてゲーム関連のイベントに行ったのが、コスプレを始めたきっかけという。
 「普段の自分とは変われるのがコスプレの醍醐味」とその魅力を語る。
 柳猫さんは自身のホームページで受け付けてコスプレ衣装製作も行っており、メイド系、ドレス系、制服系、チャイナ系、和服系と幅広いジャンルをレパートリーとしている。「ROBO太」のメイドデーで着ている衣装も、もちろん自作である。
 
 
「M’s Melody(エムズ・メロディー」店内
来店者に「お帰りなさいませ、
ご主人様」と接客


 さらに、メイド喫茶の人気と勢いは、東京から全国へと飛び火しつつある。
 土日限定営業も含めれば、札幌、新潟、甲府、名古屋、大阪・日本橋、神戸といった都市にメイド喫茶が続々とオープンしている。

 また、大阪にはコスプレ焼肉という業態があり、メイド喫茶よりも人気があるようだ。

 そうした中でも、名古屋の電気街・大須にある「M’s Melody(エムズ・メロディー」は、2002年9月の開店と、全国のメイド喫茶でも早い出店であり、金土日・祝日の限定営業ながら、中京地区のみならず全国から固定客を集めている。

 同店で定評があるのは、メイドの“よりメイドらしい”立ち振る舞いで、顧客が入店する際には「お帰りなさいませ、ご主人様」と出迎える。また、顧客が帰る時には、「行ってらっしゃいませ、ご主人様」と見送る。

スタッフは様々な衣装を着ている
 女性客の場合は、ご主人様でなく、お嬢様と呼び、夫婦の場合は旦那様、奥様とまれに呼ぶことがある。

 つまり、「M’s Melodyに行く」ことを「M’s Melodyに帰る」と表現。“ご主人様の屋敷”として営業している。

 衣装は8種類あり、クラシックなメイド服がメインながら、時折、かわいらしいメイド服も登場して、目先を変えている。

 ほぼ隔週でイベントがあり、コスプレなど行っているが、接客の言葉は変えず、“メイドたちがご主人様たちを楽しませるために、イベントをする”というスタンスとなっている。イベントでは限定メニュー、限定グッズも提供される。

 つまり、店そのものが、ご主人様と給仕するメイドのなり切りゲーム、イメージ・プレイとして成り立っている。ここまで徹底している店はアキバにもないと言われるほどだ。

 同店の母体は、パソコン専門ショップのグッドウィル。所在地は5階建てのビルになっており、アニメ関連の書籍、DVD、新品と中古のソフトなどが販売される中、2階にメイド喫茶がある形態になっている。

 5階には、昨年12月にコスプレイヤー主体の「L@years cafe COMOK(レイヤーズカフェ・コモック)」をオープン。こちらは毎日の営業で、食事、お酒に力を入れ、接客は通常の喫茶店とは変わらないが、昼はロリータ風制服、夜はコスプレと衣装が変わるのが特徴だ。

 1カ月に3回、コスプレ合わせ(同一作品のコスプレを複数の人が行うこと)のイベントを行っており、限定メニュー、限定グッズが提供される。
 
 
メイド=“ご奉仕”のイメージがウケている

 さて、なぜメイド喫茶はこんなにも人気になっているのか、若干の考察を試みてみよう。「メイドカフェでGO!」という美的センスにあふれた、メイド喫茶総合案内サイトを運営する“こむぎ”さんは、次のように語る。
 「メイドさんには“ご奉仕”という良さがあります。“ご奉仕”が心の癒しにも関係してくるのではないでしょうか。メイドさんに肩などもまれたら、とってもうれしいもんですよ。それに、少し喉が渇いて喫茶店に行くのであれば、メイドさんやコスプレをした従業員がいる喫茶店のほうが、おトクに感じます」。

 つまり、“ご奉仕”(といっても、とりわけ親しくならない限り、ほとんどただ給仕している姿を眺めるだけだろうが……)という記号的付加価値と、おトク感が、アキバに集まる人たちにウケているといった見解だ。

 一方で、アキバの情報サイト「AKIBA W.C.Headline!!」を編集するwcさんは、「メイドのご主人様に逆らわないイメージが、『おたく』たちに支持されているのではないでしょうか。彼らは自分を全面的に受け入れてもらえる存在を求めていますから。コスプレ趣味のある女の子から見れば、メイド服がかわいいので、着てみたいといった願望もあって、両方で趣味が合っているということなのでしょう」と分析する。

 確かにアキバではメイド服に人気がある。電気街口を出たところにある、8階建てのアニメ、ゲーム関連ショップのゲーマーズ本店では、運営会社ブロッコリーが生み出したキャラクター「でじこ」(「デ・ジ・キャラット」または「ショコラ」ともいう)を前面に出している。「でじこ」はデ・ジ・キャラット星の第一王女で10歳という設定だが、なぜかメイド服を着ている。

 いわゆるエロゲーのキャラクターにもメイドはよく採用されるが、メイドに“萌える”と「おたく」たちは言う。“萌える”の語源については諸説あるが、キャラクターに対する感情として、“燃える”という意味と“萌える”本来の“芽ぐむ”という意味とが入り交じった心の状態を指すらしい。

 “萌える”という言葉で表現される領域は、熱い恋愛感情から、性的妄想の世界のような危うい心理にまで広がっている。かつ、妹キャラ好きとかロリコン趣味のようなニューアンスが含まれている。一方で、単にかわいらしい、いとおしいといった意味で使われることもある。

 そして、メイドの記号性である奉仕が、“萌える”感情に火を付けているとも言える。
 
 
ゲームのメイド喫茶をもとに実物ができた

 メイド喫茶人気に着眼して、理想のメイド喫茶をつくってしまおうというゲームも登場した。それが、戯画(ギガ)というレーベルが製作した「ショコラ」である。

「ショコラ」ゲーム画面
 昨年4月にPC版を発売してすでに完売。今年8月には小説版が発売、ドリームキャスト移植版も発売と、波及効果をもたらしている。

 その内容は、「18未満禁止のアダルトゲームですが、おたく心をくすぐるドラマ仕立てのラブコメディーを目指しました。メイド(店員)のキャラクターやプライベートをつくり込み、新米の店長と常連さんとでからんで、三角関係になったり、メイド喫茶アドベンチャーになっていますよ」(戯画・高野氏)とのことだ。

 いわゆる“18禁”なので、ちょっと書きにくいハードな場面もあるが、「ショコラ」はこれまでのメイドが登場する、館物(やかたもの)と呼ばれるエロゲーとは一線を画している。というのは、館物ではご主人様が権力をふるってメイドをいじめるといった陰湿なタッチの内容が多かったからだ。

 こういったタッチの明るいソフトが出たことも、メイド喫茶ブームに拍車をかけただろう。「ショコラ」の舞台は「curio」という名のメイド喫茶になっているが、このゲームのファンの人が、なんと今年4月に、八王子市内に実際のメイド喫茶「curio」をつくってしまった。

 そのリアルな「curio」では、ゲームに描かれたメイド服や内装を極力再現しつつ営業しており、顧客はいろんなことを想像しながら楽しめるという趣向だ。

 こうしてみると、多くのファンに支えられて順風満帆に見えるメイド喫茶ではあるが、「閉店したところもあるし、アキバはもう飽和状態」といった声も業者からは聞かれる。

 しかし、前出こむぎさんは「特に週末はアキバに来て何店かハシゴする人が多いので、どうしても集中してしまう。他の場所に出すにしても“萌え文化”に敏感な土地柄でないと、厳しいと思います。もしどこかあるとすれば、中野なんかでしょうか」と、どこででも成り立つような業態ではないと、指摘している。

 東京・中野は、大手中古コミック専門店まんだらけの本店などがあり、確かにアニメやゲームに強い場所だ。

 前出wcさんも、「カフェメイリッシュの吉祥寺2号店は撤退してしまいましたね。あのあたりにはアニメの製作会社も多いし、駅からも近くて狙いは良かったのですが、結局、地域に溶け込めなかったのでしょう」と、同様の意見を述べた。
 
 
「つくばエクスプレス」は新たな起爆剤となるか
経営は楽しいが
利益が出にくいのが難点


 ユニークという点では、御徒町にある「アニスシード」というメイド喫茶(現在、移転のため休業中)は、店に勤める4人のメイドをユニットにして、「ピッグ・テールズ」なるアイドルグループを結成した。今年7月21日にインディーズでデビューCD「はじまりのかね」を発売。コスチュームはもちろんメイド服だ。

 レイヤーは元々、写真を撮られるのに慣れているし、アンダーグラウンドのプチアイドルのようなもの。「cos−cha」もプロダクション経営に意欲を見せていたが、メイドを前面に出してタレントビジネスに結びつける方向性も出てきている。

 メイド喫茶のメディア性はゲームメーカーも注目しており、7月16日〜18日、「まじれす!!」(レーベルは“すたじおりみす”)というファミレス経営をテーマにしたゲーム発売記念となるコスプレイベントを実施。「ぴなふぉあ」、「cos−cha」などアキバの5店が参加した。ゲーム中ではファミレス同士が接客、調理などの技術でバトルを繰り広げるが、各店がゲームにある1店ずつのコスプレを担当して盛り上げた。

 このような販売促進にも、メイド喫茶は一役買っている。  
 だが、商売は面白いものの、苦労も絶えないと、「Little BSD」を経営するライトクリエイト社長の右高靖智氏は語る。
 「ウチにもメイド喫茶やコスプレ居酒屋を開業したいという人がよく相談に来ます。私は『おたく』の文化を楽しめる人はいいが、儲けたいのならやめておけとアドバイスしています。女の子の人件費がかかりますし、ストーカー被害の相談とか、客単価が安くて利幅が薄いわりには、キャバクラの店長と同じような気苦労をしますよ」。

来年オープンする
秋葉原クロスフィールド
(秋葉原ITセンター)
 いずれにしても、メイド喫茶は土日限定であったり、平日の昼間を閉めている店も多いことを思えば、なかなか儲けるのは難しい業態なのだろう。が、飲食を窓口にしてイベント事業、タレント事業を複合させていけば、旨味のある商売になる可能性がある。

 メイドとして働く立場からみれば、時給は一般のアルバイト代並みと安いが、趣味と実益でコスプレを楽しめ、自分を売り込める場にもなる。前出の柳猫さんが構想しているように、衣装製作などに結びつけば、サクセスへの扉となるかもしれない。

 もっとも「お客さんとつきあって、やめちゃった子もいる」(とある経営者)ということだから、出会いの場になっているのかもしれないが……。

 いずれにしても、リアル世界とバーチャル世界、演技と癒し、エロスと妄想が交錯する、メイド喫茶。この不思議な業態が日本のある部分の先端を担っているのは間違いない。

 来年秋に開通する「つくばエクスプレス」の起点が秋葉原になるとともに、さらに集客力と勢いを増し、全国に拡散する可能性もある。再開発進行中のアキバ駅前には、来年中に2棟の「秋葉原クロスフィールド(秋葉原ITセンター)」、「TOKYO TIMES TOWER」、「ヨドバシカメラ」といった高層ビルも出現する。電脳都市アキバとその特異な文化に世間の注目が集まるに違いない。

 メイド喫茶の本格的なブレイクには、「おたく」以外の人でも和める、雰囲気づくりが重要だろう。というのは、数人の常連がのさばって、初めて来た人は和めない店も散見するからだ。“一見さんお断り”のようにするには客単価が安すぎ、結局経営が立ち行かなくなる。はやっている店は顧客との距離の取り方が、どこもこなれている。

 そして、メイドやレイヤーの個人的な人気に頼らず、飲食店としての基本である、メニュー、料理・ドリンク、内装、接客がおさえられた店が、結局は勝ち残ると思われる。
 
 
2004年8月1日 取材・執筆 長浜淳之介