・カルバドスとクリームリキュールを初ミックス
井口氏の優勝カクテルは「ラストダンス」。創作部門でも1位を取った、クリエイティブなカクテル。味はミントの香りのするマロングラッセ。見た目と異なり、甘すぎず、すっきりした味に驚かされる。
大会の課題カクテルは毎年異なり、今年は食後酒。「お腹を満たした後にどんな酒が飲みたいか、ずっと考えていました。そんな時に栗のシロップに出会ったんです。そして、マロングラッセのようなカクテルを発想しました」と井口氏。そこから試作が始まった。
しかし、ベースが決まるが、それにこだわり過ぎると、思考の幅が狭まり、袋小路に陥ってしまうことがよくあるそうだ。井口氏は、リンゴのブランデー、カルバドスに目を付けた。クリーム系のカクテルにはぶどうのブランデーがよく使われているが、調べてみるとカルバドスを使ったレシピは無かった。
今回の「ラストダンス」は試作することわずか約50回で完成にまでこぎ着けた。昨年の大会にチャレンジした時のカクテルは、悩み続けて何百回もの試作を重ねたそうだ。しかし、昨年はタイトルを取れなかった。日本一には、どこか突き抜けたアイデアが必要なようだ。
「日本一になれたのは、お客様、家族、バーテンダーの仲間、師匠の酒向さん、周りの方々に支えられたお陰です」と謙虚さを忘れない井口氏。そこには、「ガスライト」で9年間働いてきた井口氏のバーテンダーとしての学びが詰まっている。
NBA主催の優勝祝賀会でデモンストレーションを行う井口氏
・映画「カクテル」のトム・クルーズに憧れて
井口氏は埼玉県出身。地元で調理師の資格をとり、東京のホテルの厨房に就職した。しかし、映画「カクテル」のトム・クルーズに憧れバーテンダーの道を目指した。酒のボトルを振り回してアクロバットのようにカクテルを作る「フレアバーテンディング」を紹介した映画。カッコいい姿を見て、同じようにバーテンダーを志した方々も多い。
働き始めたバーが、社団法人日本バーテンダー協会(NBA)の埼玉支部長が経営する店。ここで、バーテンダーの技能向上のためにNBAが主催する数々のカクテルコンクールを知り興味を持つにようになる。
若手バーテンダー向けの「ジュニア・カクテル・コンペティション」を見学に行った際、井口氏にはステージで演技をする銀座のバーテンダーの姿を眩しく写った。その会場で、師匠となる「ガスライト」の酒向氏と出会う。
師匠、「ガスライト」オーナーバーテンダーの酒向明浩氏
・26才で「ガスライト銀座」店長に
わずか26才で店長、しかも目上のお客ばかりの銀座店の店長に抜擢された。最初は「なめられたくない」との意識が強く、苦労した。
「銀座のお客様は、若いバーテンダーを育ててくれるんです」と井口氏。「君のあの言い方は、お客をムッとさせたんじゃないの」と別のお客が教えてくれる。
井口氏は語る。「知らないものを、知らないと言える勇気を持って、自然体で接客することを学びました。お客を観察しなさい。何をしたくてバーに来たのか、ゆっくり飲みにきたのか、悩みを持って来たのか、会話の裏を読め。と先輩に教わりました。」
「コックの時は厨房にこもっていたので、作ったものをお客様に美味しいと思っていただけたのか、リアルに伝わってこなかった。バーテンダーは、お客様をお見送りして、エレベーターが閉まる瞬間までお見送りする訳で、本当に楽しんでもらえたのかが、はっきりと分かるんです。」
「入口で迎えて、鞄を預かり、注文を取って、カクテルを作って会話をして、会計、鞄を出し、お見送りまでする。全てが自分でできて、やりがいがある」という、忙しい居酒屋では味わえない、バーの丁寧な接客がお客を引き付けている。
歴代の日本一バーテンダー達
・バーテンダーは自分を売る仕事
「悩んでいるお客様から相談を受けたりします。話を聞いてあげるんです。私には解決方法などわかりませんが、聞いてあげることによってお客様の肩の荷が少しでも軽くなるのではと思っています。次回にお見えになった時に、悩みを乗り越えられたよとお客様から言われると本当に嬉しいです」
「銀座なので有名人もいらっしゃいます。しかし、お客様同士は平等なんです。例え偉い方でも騒いでいる方には注意をします。」お客を平等に扱う、媚びない応対がお客の心を打つ。
バーテンダーと言えば、美味いカクテルを作る、酒の知識が豊富という印象を持つ人が多い。しかし、技術と知識だけでは不十分。自分という人間を売る仕事だ。バーテンダーという仕事は人間性を磨いてくれる。井口氏が言うように「お金をいただいて、勉強させていただいている」、まさにそんな仕事だ。
師匠の酒向氏の教え方は、何も言わないこと。自分で考えさせること。「自分で考えるとそれなりの結果が出る。1人で葛藤する。それを乗り越えると一皮剥ける」と言う。
酒向氏は「ガスライト」店長の浅倉氏と、「ガスライト銀座」店長の井口氏の2人の日本一を育てた。しかし、バーテンダーは育つと必ず独立していく。井口氏も銀座に自分のバーを持ちたいと考えている。師匠は寂しい。
酒向氏は語る。
「何店もバーを持てる時代ではない。お客は看板にではなく、人に付く。自分が見きれている範囲でないとバーはだめだ」
「ガスライトは現在3店舗あるので、少なくとも3人を常に育てていかなければならないのがプレッシャーです。でも、バーテンダーをどんどん育てたい。自分の育てた店が各地にあると楽しい。でも、今は地道にやっていくのが大切です」
「バーテンダーは2〜3年前は人気でしたが、今はそれほどでもない。就職が売り手市場で、手に職を付けたいと考える若者が減っている。仕事は見た目以上にきついけれど、やってみると楽しい。業種も関係なく色んな人に出会える仕事は他にない」と酒向氏はバーテンダーになりたい若者が増えてくれることを期待している。
井口氏は、2008年10月に日本代表としてプエルトリコで開かれる世界大会に挑む。是非、世界チャンピオンとなって、日本中の話題となり、バーテンダーに憧れる若者が増えて欲しい。