・市場は外食が成長性ある魅力的な産業と見てないが……
財団法人外食産業総合調査研究センターによれば、日本における2006年の外食産業の市場規模は24兆3592億円で、前年に比べて0.1%減。9年連続で前年実績を下回っている。代わりに伸びているのは中食の分野で、コンビニや惣菜店が、レストランや喫茶店のシェアを奪っている構図である。しかも、日本の人口は今後減っていくのは確実であり、そのあたりの頭打ち感が投資家マインドを冷しているのだろう。
外食企業の株価は異常なほど低く、主だったところでは上場企業では最大手の日本マクドナルドホールディングスをはじめ、ロイヤルホールディングス、ワタミなど、ベンチャーでもゼットン、ダイヤモンドダイニング、きちりなど、大半の企業で時価総額は、年間の売上高を下回っている。たとえばIT産業では、時価総額が年間の売上高を大きく上回っていることが多いのに対して、外食の企業価値は低く見積もられており、成長産業とみなされていないのだ。
そうした中で外食の成長を信じて、飲食企業のM&Aを加速している会社がある。東京・竹芝の桟橋を見下ろす高層ビル「ニューピア竹芝サウスタワー」最上階の21階に本社を構えるアスラポート・ダイニング(以下アスラポートと略す)である。
竹芝にあるアスラポート・ダイニングが入居する高層ビル
社長の山口伸昭氏は、1947年生まれで大分県出身。昨年6月に直前に大きな赤字を出して会社存続の危機にあった、プライム・リンク代表取締役に就任した。そして今年1月にプライム・リンクが株式移転による純粋持株会社設立に伴って、当該持株会社のアスラポート代表取締役に就任した。
アスラポートは、昨年2月にジュピターインベストメントというゴールドマン・サックス証券のグループ会社である投資会社が筆頭株主(現在の資本比率は45.48%)となり、業績を立て直すこととなった。
・旧プライム・リンクが純粋持株制に移行で新会社設立
山口氏の略歴をざっとたどると、70年関西大学経済学部卒業後、ダイエーに入社。ミート部門で10年間勤務した後、外食部門に転じ、牛丼の神戸らんぷ亭、ステーキのフォルクスなど十数社の社長を約20年間にわたって務め上げてきたという。山口氏が任されるのは常に赤字の会社であり、黒字にしたら後任に譲ってまた新しい会社に行くといった繰り返しであったそうだ。企業再建のエキスパートである。
2003年5月社長に就任したフォルクスは、当時ステーキハウス最大手であったが、親会社のダイエーが産業再生機構の支援を受けるのに際して、本業に関連が薄い非中核事業ということで売却・清算の対象となり、06年3月にフォルクス株の買い取りに名乗りを上げた、ステーキのどんと合併することになった。そうした企業再編の中で、山口氏はフォルクス社長を辞任し、次の事業を探していたタイミングで声が掛かったのだという。
そして、2007年3月期のアスラポートの決算は、売上高67億4700万円、営業利益2億2400万円、経常利益1億4200万円、当期利益3500万円であった。きちんと利益が出る会社に立ち直っている。
今年1月12日に設立された新会社アスラポートは、同日大証ヘラクレス市場に上場。現在は純粋持株会社アスラポートの下に、株式移転したプライム・リンクをはじめとする外食の事業会社各社がぶら下がる形となっている。現在傘下にあるのは、プライム・リンク、フーディアム・インターナショナル、ゲンジフーズ、とり鉄の4社。
フーディアム・インターナショナルは2006年8月31日にモックからの株式取得で、ゲンジフーズは2007年7月31日にオリジンフーズからの事業譲受で、とり鉄は2007年8月31日に東京タスコからの株式取得で傘下に収め、チェーン本部、フランチャイザーとして経営を行っている。
・食肉部門の長年の経験によって「牛角」の不振を立て直す
では、山口社長がどのようにしてプライム・リンクを立て直し、アスラポートは何を狙っているのか。詳細を見ていくことにしよう。
アスラポートの前身は先述したように、1995年9月にベンチャー・リンクの子会社として設立されたプライム・リンクである。飲食ビジネスの店舗運営ノウハウの蓄積を目的につくられた会社で、同年ベーカリーレストラン「サンマルク」の加盟店事業を開始。その後、炭火焼肉酒家「牛角」、釜飯と串焼「とりでん」など、ベンチャー・リンクが支援したチェーンのエリア・フランチャイジーとして発展してきた経緯がある。
2001年10月、大証ナスダック・ジャパン市場(現大証ヘラクレス市場)に上場。その後不振に陥り、先述のように山口社長を迎えることとなった。
「プライム・リンクの収益源は牛角のFC事業だったのですが、その牛角の売り上げが落ちたのが問題でした。ブランド疲労を起こしており、そろそろ寿命ではないかとの見方もあったのですが、現場に入ってみて肉の品質が落ちたので客離れを起こしていることがわかりました」と山口社長は語る。そこでダイエー入社以来長年、食肉に携わってきたキャリアが生きてきた。
周知の通りBSEの発祥でアメリカ産牛肉の輸入がストップする中、日本の外食産業は高価な国産の牛肉をなかなか使えないので、オーストラリア産に頼ることになる。しかし、穀物で育てた脂がのった牛肉を好むのは、日本と韓国くらいであり、オーストラリアの牧場も日本と韓国のほうばかりを向いていられないので、自ずと日本人が好むような牛肉の生産量も限られてくる。
「牛角」では良質の牛肉が入手困難に陥ったために、本来売ってはいけない低い品質のものまで売らざるを得ない状況になっていた。山口社長は過去に付き合ってきたルートを丹念に掘り起こして、良質のオーストラリア産牛肉の入手ルートを確保した。そうして牛肉の品質が戻ってくると、客足も回復してきた。
一方で、かつてのプライム・リンクはベンチャー・リンクがFCビジネスを展開するにあたって、実験的に店舗を運営する役割を担う側面があった。数店を運営してみて、うまくいかないようなら閉めるといったことを行ってきた。そうした採算に合わない店が幾つもあったが、過去の悪しき流れを断ち切るために実験店を全て閉めた。
プライム・リンクの業績回復の道筋がみえてくると、次のステージに上ることになる。そこで、持株会社を設立して、その下に事業会社をぶら下げていくスタイルへと今年1月に移行した。
プライムリンク「牛角」
プライムリンク「おだいどこ」
・業績の良いチェーンを買って社員の成功体験を生かしていく
「アスラポート・ダイニングの目的は、M&Aで会社を買うことと、そのための資金を調達すること、買ってきた会社を管理することです」と、山口社長はアスラポートのミッションは何かという質問に対して簡潔に答えた。
外食に絞ったM&Aの専門会社というのが、アスラポートの位置づけなのである。食料品の小売は領域に入らず、中食くらいまでを対象としている。今年9月現在で、チェーンのブランド数は12、店舗数は495店、うち直営が96・FC399である。
店舗の内訳は、プライム・リンクが展開する「牛角」直営9・FC206、「とりでん」直営2・FC84、「おだいどこ」直営5・FC14、「ばーぐ亭」直営1。フーディアム・インターナショナルが展開する「串特急」直営31・FC12、「古来家匠郭」直営2、「海人」直営2。ゲンジフーズが展開する「貴族の森」直営15・FC23、「源氏家族」直営12・FC2、「江戸かつ」直営3、「トラットリアエイタリーノ」直営1。とり鉄が展開する「とり鉄」直営13・FC58、となっている。
「弊社は業績の良いチェーンしか買いません。業績が良くても、親会社の都合で手放さなくてはいけないこともあります。赤字の店は閉じてもらって、黒字の店だけを買うこともありますが、ゲンジフーズがこのケースにあたります。今は次に買う会社を探しているところですね」。
自らもフォルクス社長時代にM&Aを体験し、社内にいかに不安が広がるかを熟知している山口社長は、「外食のM&Aがほとんど成功していないのを見ると、買った会社の経営陣を総入れ替えしたり、自分たちのやり方を押し付けたりしているようだ」と強調する。経営者が不誠実な場合は退陣を迫るケースもあるが、基本的には現状のままで組織をいじらず、これまでの成功体験を生かして事業を拡張していってもらうのが最善だと考えている。
ちなみに社名アスラポートの“アス”は日本語で明日、“ラポート”は英語で協調関係を意味する合成語なのだという。
フーディアム「海人」
フーディアム「古来家」
ゲンジフーズ「貴族の森」
・企業規模が拡大すれば仕入れが有利になり効率が高まる
そうして幾つものチェーンを傘下に治めて、食材供給のコスト低減をはかっていくわけだ。実際、「とりでん」、「串特急」、「とり鉄」と鶏肉を主力とするチェーンを3つ持つことで、仕入れが有利になるスケールメリットが出てきた。
プライム・リンクの弱点として、「牛角」にしても「とりでん」にしても、最大のエリア・フランチャイジーとして東北から九州までの各地に店舗があるのだが、首都圏のような店舗効率の良い場所は、FC本部であるレインズインターナショナルが直接管轄していて、非効率な場所に店舗が分散している面がある。そこで、なるべく首都圏のような人口の集中する地域に集中出店しているチェーンの買収を優先していく方針である。
ロードサイド型の居酒屋は、飲酒運転の規制強化によってどの店も苦しいが、送迎バスを走らすなどの対策を行っている。これもチェーンの店舗数が増えれば効率よい運営が可能になるだろう。
「日本の企業はバブル崩壊以降元気をまだ回復していませんし、企業の値段も割安に放置されています。今がまとめていくチャンスと考えているわけです。外食市場は縮小しているといっても、24兆円もあるのですよ。
アメリカでは大手寡占が進んでいるというのに、日本の外食はあまりにも小さな会社がせめぎあっていて、生産性が悪すぎます。自動車も小売も集約に向かっていますし、外食も遅ればせながらこれから集約されてくるでしょう。アスラポートは先んじて会社を買っていっているのです」。
いずれ日本の外食も、大手寡占に向かうとの仮説に基づいて、アスラポートは企業再編の中核になろうとしているように見える。
・リターンよりもオーナーになる喜びを得るための投資もある
さて、アスラポートのようなM&Aのほかにも、投資事業にはさまざまな形態がある。
ウィンキューブ(本社・東京都渋谷区)では資金調達の事業の1つとして、レストランファンドを事業化している。同社では、レストラン、バーなど飲食店を立ち上げる時に、事業計画書、月次の計算書などを提示しながら投資したい人を募り、もし儲かった場合には投資した人に還元される仕組みをつくり、クライアントの資金需要にこたえている。
「実際のところ、レストランが本当に成功するかどうかはわかりませんし、飲食業がすごく儲かるかどうかも疑問です。しかし、出資したパートナーは、友人なんかを店に連れて行った時に、『俺はこの店のオーナーなんだよ』と自慢できるんですね。これは非常に気持ちがいいものなんですよ」と、同社鈴木潤社長は語る。
ウィンキューブ鈴木潤社長
なんと、レストランファンドは基本的に投資家の儲けを目的にしておらず、一種、外車やスイスの高級時計のようなリッチな満足感を与えてくれるツールとして、レストランのパートナーになることを勧めているのだ。
なぜ、そのようなことを考えたのかというと、鈴木氏自身が2005年にJPモルガン証券に務めるサラリーマンであった頃、西麻布に「Bar
ZAZZLE」をオープン。店に出た時に、自分がオーナーと呼ばれることに、なんとも言えない喜びを感じたからであった。
店のオーナーとして使用している名刺にも、サラリーマンとして昼間使っている名刺にはないステータスが感じられた。それなら、自分で飲食店を立ち上げて経営するのは面倒だけれども、余ったお金を投資して、その見返りにオーナー気分に浸れるようなファンドがあれば、一口でもその話に乗ってみたいと考える人も多いのではないかと直感した。
また、集客の面から見ても、出資したパートナーが店の動向を気にして、知人をどんどん連れてきてくれるので、レストランファンドの活用はプラスになると鈴木社長は強調する。
「レストランファンドは応援参加型です。食事に行った時もパートナーは当然、名前を覚えてもらっていますし、通常より良いサービスを受けることができます。そうした喜びもありますね」。
・カリスマ性のある経営者が企業再編の核となる可能性も
こうしたレストランファンドを活用した例として、「OLD VINE」というオーストラリアワインとフレンチ鉄板焼の店が今年8月、西麻布にオープンした。
シェフの鉄板さばきを見ながら、おいしいワイン、料理が味わえるというのでなかなか好評のようだ。大手外資系証券会社で10年間の勤務経験がある鈴木社長は、投資会社が飲食に投資を行う場合は3つのケースが考えられるという。
OLD VINE出資提案書
「OLD VINE」店内イメージ
1つは、ウィンキューブが行っているような儲けよりもオーナーであることのメリットを追求していくレストランファンド。もう1つは経営が苦しくなった会社に対して再生ファンドをつくって投資するケースで、いったん上場廃止になった企業の再上場に成功すれば多くのリターンが得られる。さらに、最後の1つは投資によってチェーン化、FC化を進めて企業価値を高め、リターンを取っていくものである。
「アナリストというものは、悲観的な予測をしたほうが賢く見えるものです。日本の投資家は外食に成長性がないと誰かが言うと右にならえですが、外資は低く見られている今こそチャンスと見ているかもしれませんね」。
とは言え、外食は人材に影響される要素が強いので、カリスマ性のある経営者がいないとなかなかM&Aの成功は難しいと鈴木社長は指摘する。しかし、たとえば温泉リゾートのM&Aで活躍する星野リゾートの星野佳路社長のような、人をやる気にさせるモチベーションを高めるスキルがあるカリスマが何人か出てくれば、企業再編が進む可能性もあるという。
新しい動きとして、吉野家ディー・アンド・シーが「びっくりラーメン」を買収してラーメンに進出している。これなどはアスラポートと同様に、外食の企業再編の大きなうねりの前兆現象であるのかもしれない。