・橋本夕紀夫デザイン、ワインバー「マルゴー」
新宿3丁目の路面に2006年オープンしたワインバー「マルゴー」。人気を博して、07年10月に「マルゴーⅡ」が近くの路面で開店。共に、スーパーポテト出身の有名デザイナー、橋本夕紀夫氏がデザイン。橋本氏は最近では、コンラッド東京、ペニンシュラ東京という外資系高級ホテルのインテリアデザインも手掛けている。
「マルゴーⅡ」は道に面して遮るもののないオープンな入口。客席を囲むように正面と左側に湾曲したガラス張りの巨大なワインセラー。1枚のガラス板を曲げて作られており、お客はワインに取り囲まれた気分になる。正面には、米国のセレブに話題で入手が難しい「アルマン・ド・ブリニャック」が3本並ぶ。ワイン好きには絶好のワインバーだ。
同店を経営するのが、株式会社ワルツ 代表取締役 大竹信子氏。新宿3丁目を中心に、13店舗のバーやレストランを経営している。どれも有名デザイナーを起用した店舗で、西麻布が霞町と言われていた時代にあった遊び人向けの個性的な店舗を思い出させる。
大竹氏は女子大生で飲食業を始め、1989年にはスーパーポテト杉本貴志氏デザインの「ダンス」を大ブレイクさせた女性経営者だ。
ワインバー「マルゴー」
・女子大生で5千万円投資、1号店オープン
大竹氏は、共立女子大学時代に新宿、中野の喫茶店でアルバイト。接客の楽しさと、「どうすればお客が来てくれるのかが分かった」と言う。
1987年、アルバイトで貯めたお金と、娘の独立を応援する父親が工面してくれた資金を合わせて、1号店をオープンさせる。新宿3丁目、20坪を借りて作ったジャズ喫茶「リフレイン」。大竹氏は学生の時だ。バブル時代で保証金は高いが、さらに本格的な店舗を作るためデザイナーを起用し、投下資金は5千万円にも上った。「リフレイン」は内装を一度変えただけで、現在も営業している。
「リフレイン」のコンセプトは「おしゃべりしながらジャズが聞ける喫茶店」。当時のジャズ喫茶は音ばかり重視され、しゃべると怒られ、お客は下を向いて黙々と本を読んでいるような店ばかりだったそうだ。
「独立志向が強い。接客業に向いていた。食べ物が好きで、自分のお金で食べたり飲んだりしたかった」と女子大生で起業した動機を語る。今は、先輩として様々な女性経営者の会で講演をしている。
・1年半に1店舗ずつ増え、13店舗に
「リフレイン」は順調なスタートを切り、半年程で有限会社リフレインを設立。1年半後には2店舗目「サヴァサヴァ」をオープン。現在、有限会社リフレインは「リフレイン」と「サバサバ」の2店舗のみを運営する法人。他の11店舗は、別に設立した株式会社ワルツが運営している。
本物にこだわり、各店で異なる様々なデザイナーを起用している。 1989年に作った3店舗目「ダンス」で大ブレイク。「春秋」や「バーラジオ」を手掛けたスーパーポテトの杉本貴志氏を起用した。
バー「サヴァサヴァ」
バー「ヴィレット」
1号店の「リフレイン」以来、儲けた利益を新店に投資するというパターンを続け。1年半に1店ずつ18年間出店し現在までに13店舗にまでなった。
「最初に内装に大きなお金をかけています。1号店以外は改装していません。しかも、全店黒字です。お客もついてきてくれて、協力してくれる方も増えました。お酒の協賛も増えました(笑)」と大竹氏は自信をのぞかせる。
1店舗だけ失敗したことがあるという。自分では嫌いなのに流行っているからとカラオケパブを開店。音に凝り、壁に鉛を埋めて防音まで施した70席の大箱。
「お客は大勢のお客の前で歌えるので楽しがってくれました。しかし、私には聞くに堪えられないもので、人の下手な歌は最悪だと思いました。ちょうどカラオケボックスの人気が出始めたころで、カラオケは仲間同士で楽しむもので、他のお客まで巻き込むのは良くない。カラオケボックスに変わって当たり前でしたね」と大竹氏。現在は業態を変え「パールバー」として同じ場所で営業している。
・自分はオーナー、店長は経営者
「人を育てたい。特に店長を育てたい」とし、店長に仕入代金や従業員の給料の支払いまで任せている。大竹氏がオーナーで、店長に経営者として活躍してもらう方式を7〜8年前にスタート。経営者なので店長としての給料も自分で決める。本部には店舗使用料のような形で金を入れてもらう。現在は4店舗の店長がこの方式で働いている。
「飲食はお金を貯めて独立しようとする方が多いが、会社から見れば人材が流れてしまう。自分が独立したのと同じことができれば、会社に残ってくれる。全ての店をそうしたい。」
売上が安定するまで、必ず大竹氏が店に立ち、後で店長に引き渡していく。赤字店舗は1店もない。新店には必ず、大竹氏がいる。最も売上の良い時点で店長に渡す。上手く売上が上がらず、2年間も同じ店にいたこともあるという。
「店長は当社で働いてきた人にしかやらせない。突然、他所からきて店長はない」、と信頼できる人材を店長に抜擢する。
しかし、6ヶ月間、売上が前年度を割り続けると退職してもらうと、厳しい。経営責任をとってもらうということだ。
スタッフは男性が大半。2年前までは男性しか雇っていなかった。店舗に女性スタッフが入ると店内の空気が変わる、という。しかし、現在は女性も採用し始めた。
今の店長は、女性社長を気にしない、大竹氏が信頼できる人材のみが店長。その店長が店舗のスタッフを育てている。
すし「ひろ喜」
バー「ルージュ」
・金を惜しまず、坪300万円以上かける
接客の方針は、「お客にしてほしいことを聞く。他のお客の迷惑にならない限り、できる限り聞いてあげる」と大竹氏。
「良いと言われる店は日本中、どこでも行く。自分が負けたと思った店に出会ったことがない。接客がダメな店が多い。料理も物足りない。」
「プロでなければお金は取れない。経営者の中にはお客を舐めている方もいます。友人みたいな接客をする店がありますが、お金をいただいているのに何でそんなことができるか、理解できません。私も馴れ馴れしくされるのが嫌いです。」
「常連と初めてのお客を区別しません。初めてのお客に積極的に声をかけるように教えています。」
内装に金を掛ける。厨房機器含みで坪300万円以上を毎回投資している。「安い内装はお客に直ぐに見透かされてしまいます」と、分厚い大理石をカウンターに使ったり、1枚ガラスをわざわざ曲げて湾曲したワインセラーを作ったりと金を惜しまない。1回行けば終わり、にならない店を作っている。
「1Fが空いていれば家賃が高くても借りる。2階では集客に自信がなく、もうかる気がしない」と、最高の状態でのオープンを常に意識している。
初期投資を抑えて、仮に店舗寿命が2〜3年などと短くなったとしても利益を確保できるように備える手法が外食業界で一般的な中で、大竹氏の初期にふんだんに投資する手法は新鮮に感じられた。長く続く業態を見極め、店舗に大きく投資する、だから長続きする。これば他業界では当たり前のビジネス手法じゃないか、と思い出させてくれた。腰の引けた投資だから長持ちできないというのも一つの真理だ。
ジャズバー「パールバー」