・2007年、有機野菜が注目された
2005年に自分の店を持った井上シェフ。有機野菜を当初から売りにしてきた。しかし、お客から見向きもされず、1年間は厳しい状態が続いた。もう閉めようと思っていた時にファッション雑誌から取材依頼が舞い込む。これが転機となる。
香川県生まれの井上シェフは、瀬戸内海の新鮮な魚と、自宅の畑で育てた野菜で育った。釣り好きの父親はハマチやカンパチも仕留めてきたという。
調理師にあこがれ専門学校に行こうとしたが反対され、東京の大学に入学する。「養老の瀧」下北沢店、恵比寿のエスニック店でアルバイト。大学卒業後、ちゃんとしたレストランで働こうと、キハチに入社。銀座「キハチ・チャイナ」の立ち上げに関わる。
カリフォルニア料理に興味を持ち「フジママス」(表参道)、ソーホーズ「ロイズ」青山店のキッチンで働く。「ロイズ」では愛宕、表参道の立ち上げを経験し、店をオープンさせる勉強ができた。アラン・ウォンに憧れ、ハワイ本店に面接に行ったが断られたというエピソードもある。
しかし、実はカリフォルニア料理はバターを多く使うコッテリ系。これからの時代に合わないことに改めて気付き、ソーホーズを退社。先輩の務めていたフレンチの厨房に入る。そこが、農家から直接野菜を仕入れていた。有機野菜と出会う。
1人で厨房に立つ井上シェフ
「HOKU」外観
店内
・4つの有名生産者から直接仕入れ
「HOKU」開店当初は1つの生産者のみと取引していたが、現在は4つに拡大。有機野菜の生産で有名な農家ばかりだ。
1)山梨産 東八野菜
生産者:山梨県「東八風土記の丘・農産倶楽部」
代表者:原田 武雄氏
肥料や農薬を使わない自然栽培に近く、野性味のある野菜を作っている。
2)千葉産 有機野菜
生産者:千葉県「エコファーム・アサノ」
代表者:浅野 悦男氏
ルッコラの栽培を始めたことで有名。食材の開発に励み、毎年1商品を誕生させるというのが課題。ピンク色や紫色のアスパラも開発。
3)静岡産 有機野菜
生産者:静岡県「ビオ・ファーム まつき」
代表者:松木 一浩氏
教科書通りのきっちりとした有機野菜作りで信頼されている。
4)福島産 有機野菜
生産者:福島県 佐藤農園
代表者:佐藤次幸氏
本業は米作。最近、取引が始まった。
4人ともに週末には納入するレストラン訪れ、自分たちの作った野菜がどのように使われているのか知ろうとしている研究熱心な生産者。野菜の宝庫であるイタリアにも足を運ぶ方々だ。
例えば、彼らの作る大根。包丁を入れた瞬間にバキバキ割れる。中身が摘んでおり、断面が鏡のようにピカピカ光っている。スーパーの大根では水っぽくてサクッと切れてしまう。
しかし、有機野菜が全て美味しいわけではない。よくある有機野菜の青空マーケットで美味しいものを探すのは難しいそうだ。土壌と作り手が重要である。
<有機野菜のコース>3900円(2名より)
各地から取り寄せた季節野菜のバーニャカウダ〜HOKUスタイル〜
有機野菜とフレッシュトマトのアーリオ・オーリオ・キタッラ(手打ちパスタ)
スズキの香草バター焼き季節野菜のココット鍋仕立て
・野菜の薬膳料理を目指す
有機野菜の調理はシンプルを心掛ける。火入れは僅かで生に近い状態でお客に提供。「キハチ・チャイナ」で学んだ中華の技法が野菜に合っているそうだ。
土が付いたまま、各生産者から宅急便で届けられる。泥付き野菜の洗浄から始めなければならず、若いスタッフは耐えられず辞めていったという。細かい目に入った土は、歯ブラシで取るといった小間目な作業が必要。
泥だけではなく、虫もおり夏場の昼間に店を開けると、虫が飛んでいることもあるそうだ。下処理の手間を惜しむようでは有機野菜は扱えない。そんな有機野菜だからこそ、葉も残さず無駄なく調理する。
客層は7〜8割は30才以上の女性客。女性同士が多い。
「ベジタリアンの店ではない。野菜だけでのコース設定は難しい」と井上シェフ。オーガニックワインもあるが、実は普通のワインの方が売れるという。
「今後は野菜で薬膳料理を考えたい」という。様々な野菜の持つ効果を組み合わせて、お客に健康を提供できる料理を生み出したいと考えている。
「安くて何度も足を運んでくれる店にしたい。食べて、そして、金額をみてお客が満足してくれる店」が井上シェフの理想だ。