フードリンクレポート


店もイワシも、いろんな人の想いを「預かる」。
内藤 太郎氏
「割烹いわしや」 三代目社長

2008.4.11
昭和14年創業、銀座の銘店「割烹いわしや」。世界で唯一のイワシ専門店。その三代目、内藤氏に銀座の商売を語ってもらった。「預かる」という気持ちが暖簾を長続きさせている。


「いわしや」三代目 内藤太郎氏

昭和14年、イワシの地位向上のため創業

 内藤氏の祖父が昭和14年に創業した「割烹いわしや」。祖父は、朝日新聞に勤めていたが、脱サラで飲食業を始めたという。住んでいた銀座の家を店舗に改装し開業。現在は、それを建て替え、鉄筋のビルになっている。

 料理好きが高じた趣味の店で、最初からイワシ料理専門店だった。人と違うことが好きで、当時、下魚と見下されていたイワシを、世の中に知らしめてやろう、地位を上げてやろうと考えたそうだ。それに、新聞社時代から親交のあった各界の方々が、銀座でわざわざ安いイワシを食べさせることを面白がってくれて繁盛したという。当時は、イワシだけで、100種以上のメニューがあった程、凝り性の創業者だった。

 その祖父が亡くなり跡を継いだのが、内藤氏の父。祖母といっしょに切り盛りする。そして、現在、内藤氏が三代目として継ぎ、母と妹も店を手伝っている。

 内藤氏は、高校時代に家業を継ぐことを決め、四国と九州の料理店で修業。その後、外の世界を知りたい、他人の飯を食べてみたいと、道路工事など今でいうフリーター生活を1年半続ける。

「もっと違った世界がある、店をやる上でまだまだ見ておくべきことがあるような気がした。父親から見えないところで店を継ぐようにレールをしかれていた気がしたのがいやだった」と父親への反発心で悩んだ。

「銀座で商売することがプレッシャー。銀座でやっていく自信がなかった」と振り返る。


店内に飾られた創業当時の「いわしや」の写真


銀座で商売するということ

 内藤氏は23才で家に戻る。当時の銀座はバブルの真っ盛り。銀座には大企業の東京本社が多数あり、並木通りのクラブも元気。夕方になるとホステスは美容院に行って、お客と待ち合わせ同伴で食事に行く。早い時間は同伴で満席になり、引けた後ようやく、食事や宴会の普通のお客が入ってくる。1日2回転。それが銀座の仕組みだった。今は、昔のような使い方をするお客は1割もいないそうだ。

 銀座で店や会社を持つ経営者が数百人集まっていた青年会に誘われる。年に一度の大銀座まつりで警察と共同で警備したり、役所と付き合ったりと対外的な経験を積む。そこで、銀座の商売を諸先輩から教えられ、自信を付けていく。

 銀座の旦那衆は、黙って店の前を掃除し、時間があれば隣の前も掃除する。自分の店だから、自分の街だからと、銀座への愛着が深く、そして街に安心感や清潔感が生まれる。買い物に行く際も、銀座で商売している人は銀座で買う。きちんとしたものを買うことによって、意識のレベルを高めようと考えている。

「お客様を迎えるにあたり、いくら良いイワシを使っても、他の全てのものが揃ってなければ、お客様にお出しできません。ラーメン店でも、麺は美味しい、スープも美味しいけど、なぜか美味しくない時がある。それは箸や無料で提供されるお水だったりする。安い箸は臭い、それをせっかく美味しいスープにつけて使うのではもったいない。」

「おしぼりも店で洗濯して、皆で手で巻きます。臭いおしぼりは出せない。そのように意識のレベルを高めていく。牛丼は3〜4百円ならそういうものだが、仮に1千円とるなら、お米がどこどこ産で、毎日精米したてで、どこどこの水で炊いたのかに拘る。うちの夜のご飯はお替わり自由ですが、5百円もします。食べてもらえば分かります。特別なブレンド米を使い、その日に精米したもを提供します。


御飯 500円

 調味料もこだわる。鰹節も削ったものを仕入れていますが、血合入りと、血合無しを使い分けます。ダシも1番ダシ、2番ダシと料理に合わせて使い分ける。表では言わないが、細かいところに拘っているから、店が続いています。」

 青年会で先輩から教わったことが今の根っこになっている。


イワシ仕入れ1250円でも、ランチは1100円

 イワシは50年近く取引する仲買に最も良いものを吟味してもらい言い値で仕入れている。毎日、産地が異なる。全国からガソリン代を掛けてでも持ってきたい全国の自慢の魚が築地に集まる。その中から、仲買が毎日選んで特級のものだけを届けてくれる。

「値段は問わない。言い値で買います。値段は最もじゃまなもの。値段を気にすると今まで築いたものが無くなってしまう。昨年、イワシがとれなくて、特級で1匹1250円で仕入れた。それをランチ定食で1100円で変わらぬ値段で販売しました。高いからうんぬんではない。一番良いのを仕入れたら、たまたまその値段だっただけ。本当は見合う値段をいただきたいが、レベルを保つためには仕方ない」と考えている。

 イワシの等級は数段階あるそうだ。その時期の最上級を使っている。イワシの旬は主に晩秋。7割は1〜2月が産卵期。脂がのってくるのは栄養を蓄える産卵の前の時期の晩秋というわけ。白子や卵を蓄えると栄養がそちらに行き、実の脂ののりは悪くなる。しかし、本当に良いイワシは、卵をしっかり抱いていても、しかも実に脂があるもの、と教えてくれた。


いわしの南蛮漬 1200円


いわし刺身 1000円


いわし塩焼 900円


日本一のイワシを「預かる」

「うちが日本一のイワシを扱っているという思い込みで続けています。仕入れが高く、正直には違う業態に変えたいと思うこともある。しかし、この店もイワシも人から預かったもの。様々な人の手がかかっている。自分は預かっていると考え、理由付けして乗り越えています」と素直な気持ちを話してくれた。

「お客様にはお腹と心をいっぱいにして帰っていただきたい。財布にやさしいことに拘り、本来削ってはいけないところを削っている店があまりにも多すぎます。出しているものに自信があれば、高い、安いという考え方は取っ払える。いかに安くより、いかに満足して帰っていただくかが一番。料理や器だけでなく、料理を待つ時間、食べ終わってデザートの時間、最後にタバコを吸う時間、お化粧直しの時間、店をでるまでが食事の時間です。」

「お茶にも拘っています。最初に出すお茶が不味かったら、あとで美味しい料理を出しても不味く感じる。最初のとっかかりをはずしてはいけない。待っている時間もどんな料理が出てくるんだろうと楽しんでもらう。お茶が不味いと最初からテンションが落ちてしまう。おしぼりも同じ。臭いとエーとお客様は興ざめしてしまう。」

「店も材料も、色んな人の思いを預かっている」と謙虚に受け止め、お客だけでなく初代、二代目、そして仕入れ先、従業員と、関わる全ての人々に粗相があってはならないという気持ちが銀座の老舗を支えている。


いわし和風ハンバーグ 1200円


いわしつみれ椀 800円


■内藤 太郎(ないとう たろう)
「割烹いわしや」三代目社長。1965年生まれ。東京都出身。早稲田高校卒業後、四国・九州で修行し、23才で家業に就く。現在、母、妹とともに暖簾を守っている。

「割烹いわしや」
東京都中央区銀座7-2-12 電話03-3571-3000

【取材・執筆】 安田 正明(やすだ まさあき) 2008年3月28日取材