・スパイスを多用する「インド洋ダイニング」が世界的に成長
極東の島国である日本にとっては、同じアジアでも中国、韓国、東南アジアは身近に感じても、インド、中東はなじみが薄く、遠い地域と感じてきたのではないだろうか。ましてやアフリカともなれば、一般の日本人はサバンナを走る野生動物のイメージくらいしか浮かばないかもしれない。
しかし、近年のインドはIT産業の発展が目覚しく一躍、21世紀の世界経済を支える中心的な国とみなされるようになった。
中東のイラン、サウジアラビア、カタール、クウェート、アラブ首長国連邦、オマーン、バーレーンなどといった国々は産油国として日本と元々関係が深かっただけでなく、サッカーの国際試合などでしばしば国の名を目にするようになってきた。そればかりでなく、原油価格の高騰と、石油が枯渇した時に備えての新産業育成を背景に、中国や東南アジアを凌ぐ経済発展をしている地域も多い。そのリーダー格が、アラブ首長国連邦のドバイである。
この地域は戦争ばかりがクローズアップされてきたが、エジプト、シリア、チュニジア、モロッコなども、石油こそ出ないが、古代から中世にかけて文明が栄えた地域であり、観光では世界中から人々が集まる文化の高い国である。
アフリカは豊富な地下資源を持ちながら停滞感の強い国も数多くあるが、いち早く発展した南アフリカ共和国で、2010年にサッカーのFIFAワールドカップが開催される予定となっており、夜明け前の状況となっている。
そして、インド・中東・アフリカ、すなわちインド洋地域30億人市場の中心に位置するビジネスセンターとして、発展目覚しいのがドバイである。
ドバイでは、1970年代に20万人だった人口が120万人にまで急増。あのベッカム選手が購入したとされる人工島の別荘地「パームアイランド」、7つ星ホテル「ブルジュ・アル・アラブ」、人工スキー場「スキードバイ」まであり、バブル絶頂の頃の日本を凌ぐ、世界一ゴージャスな都市とまでいわれるほどの勢いだ。世界一高い800m、160階建の超高層ビル「ブルジュ・ドバイタワー」も建設中である。
人工島の高級別荘地、パーム・アイランド
世界一高いビル、ブルジュ・ドバイ完成予想図
世界最高級7つ星ホテル、ブルジュ・アル・アラブ
そうした建設工事に中心的にかかわっているのは日本企業であり、今後ドバイの食文化が日本に入ってくる可能性は非常に高い。
ドバイでは日本食はもちろん、西洋料理、中国料理、トルコ料理などあらゆる国の料理を提供するレストランがあるが、主流となっているのはインド料理であり、次いでレバノン料理、ペルシャ料理などである。
ドバイは移民と出稼ぎで人口を増やしてきた面があり、インド亜大陸のパキスタン、そしてインドの出身者が最も多くなっている。しかも、ドバイにはITでのし上がった多くのインド企業が投資している。伝統色・郷土色豊かなインド料理からスタイリッシュな新しいニューヨークスタイルまで、さまざまなインド料理が味わえる。
レバノンは1975〜90年まで長らく続いた内戦のため、多くの国民が欧米に流出。元々フランスの植民地だったため料理のレベルが高く、結果的にレバノン料理が欧米のアラブ料理の主流となるほど普及した。その勢いで、ドバイでもレバノン料理は増殖しており、一大勢力となっている。
ペルシャ料理はイランの料理であるが、イラン自体が中東ではエジプト、トルコと並んでゴールドマンサックスより、ブラジル・ロシア・インド・中国のいわゆる“BRICs”の次に大きく成長する“ネクスト11”の一角の国との高い評価を受けている。ペルシャ湾岸のイラン商人の勢力は強い。日本では中東の料理はベリーダンスのブームとともに普及しており、今後目を離せない存在だ。
さらに、アフリカの料理は、次のFIFAワールドカップが近づくにつれて、クローズアップされることになるだろう。
これらインド洋の料理は、スパイスを多用するヘルシーな料理であることに共通点があり、宗教上の理由からイスラム圏では豚肉、インド圏は牛肉を使わないことも多いが、羊肉、鶏肉、野菜、ヨーグルトなどをうまく使ったものが多い。また、「ケバーブ」、「カバブ」などといわれる串焼きが全般に普及している。お菓子は非常に甘い。
大きく分けて、インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、ネパールなどインド亜大陸の料理と、インド料理の影響が強いアフリカの料理は香辛料主体で辛いが、アラブ諸国とイランといった中東諸国の料理は素材を生かし辛くない傾向があるようだ。
では、東京における「インド洋ダイニング」の息吹を、インド料理から順を追ってみていくことにしよう。
・医食同源に基づくニューヨークスタイルの創作料理を発信
IT産業の成長でイメージを一新、経済成長目覚しいインドであるが、従来から人気が高かったインド料理も、以前にまして世界的に普及しつつある。
そうした中で、知的でクール、伝統的な料理にプラスして創作性を取り入れた“ニューヨークスタイル”のインド料理が、1つの流れを形成している。
「ボンベイクラブ」は、1968年に新宿・タカノ内で創業して以来、40年間インド料理一筋に歩んできたマハラジャグループが、2003年にオープンした店だ。「汐留シオサイト」の富士通や全日空の本社が入居する「汐留シティセンター」2階にある。
これは7年ほど前に同社河谷惠美子社長が、ニューヨークのビジネス街でオープンした、河谷社長個人の店「utsav(ウツサヴ)」のテイストを東京で展開したもの。
「ボンベイクラブ」 外観
「ボンベイクラブ」 店内
「ウツサヴ」とはインドの言葉で「祭」を意味するが、好奇心が旺盛なアメリカ人のビジネスマンが好むような、都会的に洗練された空間、盛り付け、味を追求。パキスタン、バングラデシュなども含めたインド亜大陸各地の伝統的な料理だけでなく、西洋料理の要素を取り入れ、宗教上の理由から同社では扱ってこなかったビーフを使った料理も提供し、好評を博してきた。
カジュアルな宮廷料理中心の「マハラジャ」8店を主力に、最近は南インド料理専門店「ボンベイ・トーキー」を「ラゾーナ川崎プラザ」と「ららぽーと豊洲」に展開するなど、ラインを広げてきたマハラジャグループなのだが、「ボンベイクラブ」はワンランク上の接待需要などを主に考えた店となっている。
夜の客単価は5000円前後で、「ウツサヴ」と同様にビーフを使ったカレーなども提供する。
月に1度金曜日の夜にはショーチャージ無料で、ベリーダンスのショーが2ステージ行われるのも売りだ。
また、ランチは900円より8種類のカレーがあって、平均の単価は1100円。
この店らしい創作料理としては、たとえば新鮮なカニ肉のハンバーグのようなものにスパイスをきかせた「ボンベイクラブ クラブケーキ」(840円)があり、マンゴーの甘酸っぱいソースがよく合っている。また、「チキンキシティ」(840円)は舟の形のパイ生地にチキンカレーが入ったタルトだ。「アダラキチョップ」(945円)はショウガで臭みを消したスパイシーなラムチョップである。
カレーでは「カダイビンディー」(1240円)というドライタイプのオクラのカレーがお勧めだ。
新鮮なカニ肉のハンバーグのようなものにスパイスをきかせた「ボンベイクラブ クラブケーキ」(840円)
舟の形のパイ生地にチキンカレーが入ったタルト「チキンキシティ」(840円)
ショウガで臭みを消したスパイシーなラムチョップ「アダラキチョップ」(945円)
「カダイビンディ」
「アルフォンソ」マンゴとクリームのライトムース
カレー、タンドリー料理が主力であることは他店とは変わらないが、メインディッシュにあたるものやアラカルトが豊富にある印象だ。
パンは、全粒粉を使った「パラタ」(525円)という渦巻状のもの、ナンに味付けをしたオリジナルの「スタッフドブレッド」(580円、ガーリックナンなど5種類ある)など、一般的な「ナン」だけでなくさまざまな味が楽しめる。
全粒粉を使ったパン「パラタ」(525円)
デザートでは「ケシャリクルフィー」(630円)というサフラン入りのインドで伝統的なアイスクリームのほか、日替わりメニューもある。
お酒はインドのビール、ワイン、ジン、ウィスキーばかりでなく、外国人のニーズが多い日本酒、焼酎も置いている。
「インド料理は1つ1つ調理法が決まっていて、どのスパイスを使うのかも昔から伝わってきたものがあります。インド人スタッフが調理をしていますから、ベジタリアンであったり、宗教で食べていいものが制限されている場合も、要望にこたえられます。なので、インド人のお客さんも多く安心して召し上がっていただいています」と河谷社長。
オフィスビルの性格として土曜、日曜、祝日に弱い面があるが、平日に関しては根強い固定客がついてきている。
インド料理には医食同源の考え方があって、カレーのスパイスがそれぞれ健康増進作用を持つことは日本でも知られてきているが、ヘルシーでおしゃれな新しいインド料理を発信しているといえるだろう。
・ニューヨークの老舗インド料理店をスタイリッシュに復活
昨年3月30日、六本木防衛庁跡で開業した「東京ミッドタウン」のレストランゾーン「ガーデンテラス」1階にオープンした、「ニルヴァーナ ニューヨーク」は、ニューヨークにかつてあったインド料理の名店「ニルヴァーナ」を東京の地で復活させたものだ。
経営はマルハレストランシステムより、4月1日に商号変更したばかりのM・R・Sである。
「ニルヴァーナ」はニューヨークにおける本格的なインド料理店の草分けとして33年間営業し、立地が良く夜景もきれいだったこともあり、歌手のマドンナをはじめ著名人も多く訪れる店になっていたが、ビルの取り壊しのために2002年に惜しくも閉店した。
そうした時に、「弊社には海外のレストランと提携して本物の味を届けようというコンセプトがあるのですが、オーナーのウォーレン・ワデュートさんと出会い、ニルヴァーナを復活させたいという強い気持ちを持っておられたので、出店が決まったのです。場所はニューヨークじゃなくても、東京の六本木で構わないとのことでした」(M・R・S田中志保・広報担当課長)といった経緯でオープンにいたったそうだ。
なお、ウォーレン氏はニューヨーク在住で、インド系アメリカ人3世である。
生まれ変わった「ニルヴァーナ ニューヨーク」は、料理の味は「ニルヴァーナ」で出していた伝統的な本物のインド料理であるが、盛り付けにはイタリアンなど西洋料理のテイストを取り入れ、空間をスタイリッシュに構築している点で、元の店とは大きく見かけが異なっている。そこは「東京ミッドタウン」にあるファインダイニングなので、変更を加えたというわけだ。
「ニルヴァーナ ニューヨーク」 外観
「ニルヴァーナ ニューヨーク」 店内
「ニルヴァーナ ニューヨーク」 テラス席
席数は100席あり、そのうち個室10席、テラス20席となっている。インテリアでは椅子とクッションにイタリアのブランド「ミッソーニ」を採用した。BGMはジャズを流している。
メニューはその日の素材によって毎日変わり、北インド料理を中心に南インドなどの料理、ベジタリアンメニューも含めて提供。ビーフを使ったものもある。
カレーとタンドリーチキンのみで完結するのではなく、前菜、スープ、タンドリー料理を中心としたメインディッシュ、カレー、デザートと、しっかりした構成のインド料理が食べられることをアピールしている。
骨付きラム肉を豪快に焼き上げた、タンドリーラムチョップ3300円
季節の素材を厳選した、前菜6種盛り合わせ(2700円)
ニューヨーク海老のマスタードマリネ(1900円)
ドリンクは、お酒はワイン、カクテル、ビール、日本酒、カクテルなど、ソフトドリンクもラッシー、ブレンドコーヒー、紅茶などひととおり揃っている。
客単価は6000円ほどだが、カレーとナンでさっと済ませるなら2000円を切るくらいからあり、値段も含めて敷居が高そうに見られがちだが、もっとカジュアルに使える店でもある。
ランチはビュッフェ形式で2000円となっている。
顧客層は30代〜50代の男女で、平均すれば昼2回転、夜1回転といったところに落ち着いてきているが、「ガーデンテラス」のレストランにおける共通の傾向で、顧客の入りは圧倒的に土曜、日曜、祝日に集中している。
外国人客も1割くらいと比較的多く、接待需要もかなり多いそうだ。
・イランの民族料理を旅行に行った気分で気軽に食せる店
JR中央・総武線高円寺駅北口より阿佐ヶ谷方面に徒歩5分ほど。ペルシャ料理専門店の「ボルボル」は、イランの首都テヘラン近郊出身のオーナーシェフ、ホセ・ボルボル氏が5年前にオープンした店だ。
「ボルボル」 外観
「ボルボル」 店内
ペルシャとはイランのことを指す。イランは世界第2位の石油及び天然ガス埋蔵量を有する資源大国であり、ゴールドマン・サックスが次世代の有望な新興国として選定した、「ネクスト-11」のうちの一国に挙げられている。
ボルボル氏はイタリアンのシェフとして14年ほどの経験があるが、独立に際してはやはりイラン人なので、ペルシャ料理で勝負したいと思ったそうだ。高円寺に開業したのは、元々ボルボル氏が住んでいた街で土地勘があったからで、民族料理が似合う街だと感じたことがあったという。
ちなみにボルボル氏は、日本語が非常にうまい。インタビューも日本語で受けてもらった。
名物は「ケバーブ」。串焼きのことを指す。「ケバーブミックスセット」(4000円、ライスorナン スープ付き)は3種類の串焼きを豪華にミックスしたセット。1種類の串焼きのセットだと1300〜1600円で食せる。
羊のラム肉、牛肉、鶏肉があるが、ラム肉はオーストラリアの良質なものを仕入れているのでやわらかく臭みなどは一切ない。
そのほか、「フェセンジャン」(鴨肉とクルミのザクロソース煮込み)、「キャラフス」(羊肉とセロリのハーブ煮込み)、「大麦と鶏肉のさっぱりスープ」、「ひよこ豆とトマトのサラダ」などの伝統的なペルシャ料理が楽しめる。
フレッシュトマトとバジルペーストのスパゲティ(880円)
ラムのブロック肉串焼き、ケバブバーグ(ナンorライス、スープ付きで1600円)
大麦と鶏肉のさっぱりスープ(600円)
焼き立てのナン(150円)
全般にハーブと香辛料を多く使うが、辛くはなく、さっぱりとしていてヘルシーな印象があり、日本人の口に合う感じだ。
ナンは手作りで焼き立てを食べられるのもうれしい。
ドリンクは、ビール、ワイン、カクテル、ソフトドリンクをそろえる。中東のトルコのビール「エフェス」、パレスチナのビール「タイベビール」、モロッコのビール「カサブランカ」、イラン名産のザクロのジュースやカクテルなど、カントリー色を出したものに特徴がある。平均で1杯600円前後と価格もリーズナブルだ。
イランで好まれるお茶「チャイ」(250円)は、一種の紅茶だが、氷砂糖をかじりながら飲むのが現地のスタイルだ。
チャイ(250円)は氷砂糖をかじりながら飲む
客単価は2500円ほどと安く、ランチならケバーブや煮込み料理が800円からある。価格設定は高円寺の物価に見合っており、気軽に行ける店である。
また、イタリアンの修業を積んできたボルボル氏らしく、パスタ料理がメニューに入っている。「ミートソーススパゲティ」(880円)などポピュラーなものが主流だが、ケバーブなどを食べた後の締めにいただくと、意外に合っている。このあたりの柔軟な国際性が、この店の面白さだ。
ペルシャ語で「ガリユン」と呼ぶ水タバコも吸え、10種類ほどのドライフルーツのフレーバーが楽しめる。
週末の金曜日、土曜日にはノーチャージでベリーダンスが楽しめ、盛り上がる。スタートは21時で1ステージである。
週末はベリーダンスのショーがある
顧客は、じゅうたんの販売などに携わるイラン人ビジネスマン、ヨーロッパ人、アメリカ人といった外国人も多いが、日本人が一番多い。ベリーダンスに興味を持つ女性、イランとビジネスで交流があった人、ペルシャ文化が好きな人などが集まってくる。
店内はペルシャじゅうたんをはじめ、民族的な工芸品で飾られ、日本にいながらイランに旅をしたような気分に浸れる。席数は40席。
「一人で来てもマスターと話しながら、楽しくご飯が食べられます。前もって予約すれば10人以上のパーティーなら、ケーキ付き、飲み放題のプランもあります。遠くからでも来てもらっていますし、イランを知らない人でも、ペルシャ料理を食べてみたいという人が増えていますね」とボルボル氏。
地域に密着した食堂として、確かな手ごたえをつかんでいる。
<後編に続く>