・ドバイのホテルで勤務したシェフがシリア料理店オープン
イランの西隣のアラビア語を公用語とするアラブ世界は、イラク、東地中海、アラビア半島、エジプト、北アフリカと広大な地域に広がっており、料理も5つくらいの地域的なまとまりがあるという。つまり、日本で言えば関東、名古屋、関西、沖縄のような味の微妙な違いがあるというわけだ。
東地中海地域にあたる、シリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナは、今は英仏の植民地支配を受けた後に別々の国になっているが、元々はシャームと呼ばれる同一の地域で、料理も大差ないのだという。
東京の郊外・吉祥寺にある「カフェ・レイラ」は、シリアの世界遺産の街パルミラ出身のオーナーシェフ、アルカエム氏が開いたシャーム料理の店で、オープンして1年ほどになる。
アルカエム氏はホテルマネジメントを学び、ドバイのホテルで勤務した後、来日。約4年間英語教師をしていたが、「本物のアラブ料理を食べさせる店が日本にはない」という思いが高じて、レストラン開業にいたったそうだ。吉祥寺を選んだのは外国人も多く住んでおり、アラブ料理に親しんでいる人も多いからだという。
シリアの料理というと遠い国の料理のように思えるが、もう日本にも違う形で入っていて定着しているものもある。たとえば「ピタサンド」は、日本ではアメリカやヨーロッパの料理と思われており、元々はイスラエルから来たものと考えられているが、イスラエルも含んだ東地中海の食べ物である。
「カフェ・レイラ」でも、「ファラフェル」という豆のコロッケや野菜の入った「ピタサンド」(1000円)は人気メニューの1つだ。
シャーム料理ではいろんな種類の豆がよく使われ、「ホモス」というヒヨコ豆のペースト(500円)は名物。全般にスパイスを多用するが、辛く刺激の強い味付けではないので、日本人にとっては食べやすいほうの部類だろう。
そのほか中東の料理では欠かせない、「シシカバブ」(1800円)、「チキンカバブ」(1600円)はもちろん、トルコの「ドネルケバブ」風の焼肉に、チーズ風味のガーリック味が付いたアラビアンマヨネーズをかけてロールパンにサンドした、「シャワルマ・サンドイッチ」(1000円)、「キッベ」というシリアの牛肉か羊肉を使う餃子と肉まんの中間のような料理、「ケンタッキーをシリアから撤退させた」という伝統的なフライドチキンなどが味わえる。
特にお勧めなのは、「マクルベ」(2000円)と呼ばれる炊き込みご飯で、チキン、揚げナス、トマトを鍋の底に置き、その上に米を乗せ、スープとスパイスを入れて炊き上げ、提供するときは鍋を逆さに向けて、具が上部にくるようにする。ちなみにマクルベとは、アラビア語で“逆さま”を意味するそうだ。
全般に野菜、ヨーグルトを多用し、ヘルシーな印象がする料理である。
食後のデザートには、パイの中にビスタチオナッツが入った蜂蜜漬けの甘いスイーツ、「バクラワ」が一般的だ。
甘いお菓子、バクラワ
ドリンクはアラビア、トルコ、ヨーロッパ、メキシコのビールのほか、各種カクテルなどもある。
また、「シーシャ」(水タバコ、800円)は、32種類もの豊富なフレーバーを誇り、ダブルアップル、メロン、ローズ、マンゴーあたりが人気だが、カプチーノ、コーラ、キュウリといった変り種もある。
靴を脱いで上がって、じゅうたんがひかれた床にまったりと座って食べるスタイル。イベントでベリーダンスのショーを開催する日もある。
カフェ・レイラでは壁にベリーダンス映像を写す
顧客単価は3000円ほど。顧客は女性と外国人が多く、外国人でも特にアラブ人とドイツ人が多いとのことだ。
レバノン料理を提供する店としては、かの日産自動車とルノーのCEO、カルロス・ゴーン氏の夫人で、レバノン出身のリタさんの経営する、「マイレバノン」が2004年代官山にオープン。06年には元麻布にカフェスタイルの2号店「マイレバノンカフェ」もオープンしている。
「マイレバノン」 店内
「ピタサンド」、「レバノン風ピザ」、ひよこ豆のペースト「ホムス」、「レンズ豆のスープ」、「ケバブ」、そら豆のコロッケ「ファラフェル」といったシャーム地方の料理や、レバノンのワイン、アラビアンコーヒーなどが味わえる。
代官山本店の客単価は3500円、ランチは1000円ほどで提供されている。
ピーナツ味のドレッシングがかかった、ファラフェル(そら豆のコロッケ)サンドイッチ
挽肉とヨーグルトのレバノン風ピザ
上澄みを飲む、アラビアンコーヒー
「レバノンのことを日本の人に知ってもらいたい」との思いで開業したそうだが、リタさんも現在はフランス在住でたまに来日する程度。外国人客が主流で、店員も日本語が通じない難点がある。
・日本人に合ったエジプシャンスタイルの創作料理を提案
アラブ世界の中でも、ギザのピラミッドなど古代遺跡の人気が高いエジプト。そのエジプトの食材を使いながら、エジプシャンスタイルの創作料理を提供しているのが、渋谷・東急百貨店前にある「ルクソール」だ。
3年にオープンしているが、新宿・歌舞伎町のコマ劇場裏にも系列店「ルクソールバー」があり、こちらのほうが古くて今年で8年目になる。
「ルクソール」 エントランス
「ルクソール」店内
エジプトの伝統的な食材は、鳩など日本で手に入れにくいものも多く、独特なにおいのする香辛料も多いので、正統派エジプト料理そのものではなく、日本人の口に合うようにアレンジしているとのことだ。
「エジプト料理は香辛料をよく使いますが、辛くはありません。当店ではカルダモン、クミン、チリパウダー、ターメリック、コリアンダーあたりをよく使いますね」と佐々木建美店長。
現地のスタイルの料理では、古代王家も食したという「モロヘイヤスープ」(600円)、コンソメベースでトマトや鶏肉のミンチが入った混ぜご飯「コシャリ」(860円)、「トルココーヒー」などを提供。
この店オリジナルの味付けをした、アボガドソースの白身魚「ナイルパーチのムニエル」(1530円)、モロッコのシーフド蒸し料理「タジン鍋」(1600円)、ラム肉と鶏肉の「シシカバブ」、ラクダ肉ロースの「ガマルステーキ」といった創作料理も人気だ。
ナイルパーチのカスピ海ヨーグルトソース(1500円)
モロヘイヤのスープ、ルクソール風(1200円)
パンはエジプトのパンの代用で、トルティーヤ、ピタパンが使われている。デザートでは「カスピ海ヨーグルト」がザクロ、ハニーなどのトッピングで提供されるといった具合だ。
お酒は、レバノン、チュニジアなど中東のワイン、「ホワイトナイル」という早稲田大学と京都大学が共同開発したエジプト古代ビール、「クフ王」、「ジョセル王」、「クレオパトラ7世」など歴代王の名前を付けたオリジナルカクテルなどが楽しめる。
「シーシャ」は大きさによって1000円と1500円があり、100円で炭換えをして引き続き吸える。自分専用のマウスピースフィルターを、800円でキープすることも可能だ。
カウンター、シーシャ(水タバコ)を吸う人も多い
イベントとして、ベリーダンスのショーも開催される。
内装は古代エジプトの壁画をモチーフにした絵や工芸品を散りばめられて、イメージ作りを行っている。席数は45席。
顧客層は20代後半から30代が中心で、エジプト旅行に行った後に来店する人、ベリーダンスを習っている人が目立つ。男女比では、女性のほうが全体の6〜7割と多い。男性はシーシャを吸いに来る、中東やヨーロッパの外国人が多いそうだ。
客単価は3800円となっている。
・エチオピア人シェフが「ローズ・ド・サハラ」の遺伝子を継承
東京・赤坂に、今年2月にオープンしたばかりの「サファリ」は、高名なマラソンランナーを多数輩出する、東アフリカのエチオピア出身のヨナス氏とワンダサン氏によって立ち上げられ運営されている、アフリカ料理店だ。
2人は昨年7月に惜しまれつつ閉店した、日本におけるアフリカ料理店の先駆者、新宿「ローズ・ド・サハラ」出身。
「サファリ」 店内
日本人向けにアレンジされてはいても、アフリカの魂をきちんと伝える「ローズ・ド・サハラ」の精神は、この「サファリ」にも受け継がれている。シェフのワンダサン氏は十数年、日本でのコックの経験を積んできたので、全般的にインド料理の影響を強く受け、スパイシーで辛いアフリカ料理なのだが、辛いものが苦手な傾向がある日本人の嗜好については熟知している。
2人とも日本語はうまく、日常会話は日本語で全く問題がない。
お勧めの料理は、まずエチオピア名物の鶏肉が入ったスパイシーな煮込み「ドローワット」(1250円)。大量の刻みタマネギとスパイスを2時間かけて煮込み、ゆで卵と一緒に食べる。インドや中東のパンに似ている、「ダッボ」と呼ばれるアフリカのパンとセットになっている。
そのほか、西アフリカ・ガーナの「オクラシチュー」、アフリカらしい食材のワニのフライ、ホロホロ鳥やダチョウのロースト、羊肉のシシカバブなどが楽しめる。
ワニのフライ
ドローワット(鶏肉のスパイス煮込み)
デザートは「ローズ・ド・サハラ」で人気だった、ワニの形をした焼きアイスクリーム「スモーキングナイル」(700円)が復活したのも嬉しい。
ドリンクはアフリカのビール、ケニアの「タスカー」、チュニジアの「セルティア」のほか、南アフリカのワイン、蜂蜜からつくるエチオピアのお酒「タッジ」、アフリカ風ミックスジュース、グァバやマンゴーのジュースなどがある。
コーヒーは、コーヒー豆の原産地エチオピアから生豆を輸入してローストしている本格派。コーヒーはそもそもエチオピアのカッファ地方で飲まれていたものが、アラビア、トルコを通じてヨーロッパに伝わったという。かの「スターバックス」のコーヒーもエチオピアの豆を使っている。エチオピアでは、日本の茶道のような伝統的なコーヒー・セレモニーがあり、大人数に限って予約すれば作法に基づいたコーヒーが飲める。
エチオピアコーヒー、生豆から挽くので香が良い
平日の昼は900円前後で4種類のランチが提供されており、「ドローワット」、「オクラシチュー」などがリーズナブルな値段で味わえる。
内装はカフェ風で、エチオピアの国旗にあるラスタカラー(赤・黄・緑・黒)が随所に取り入れられている。席数は25席。
顧客層は20代〜40代のサラリーマン、テレビ局の人などで、アフリカに興味を持っている人、アフリカ関係の仕事をしている人が多い。アフリカ各国の大使館関係者のパーティー需要も結構あるそうだ。
「できたばかりの店だけど、ここで知り合って結婚した人もいます。自分の家のように楽しく食べて飲めて、みんな友達になれるような店にしていきたいです」とヨナス氏は張り切っている。
・アフリカ料理をフレンチ風にアレンジしたアフロフレンチ
東京・神楽坂にある「トライブス」は、元総合商社の商社員として2年間の西アフリカ、ナイジェリアでの駐在経験のある、アーリーバード代表の石川邦彦氏が開いた“アフロフレンチ”ダイニングの店だ。
2001年11月にオープンして以来、着実にファン層を広げてきている。
「トライブス」 外観
「トライブス」 店内
「トライブス」 カウンター
アフロフレンチというのは、石川氏の造語で、たとえばワニ、ダチョウ、ホロホロ鳥のようなアフリカの食材を使ってフランス人が一般的に食べているような、ビストロ風にアレンジして提供するスタイルを指す。
アフリカの多くの国はかつてイギリスの植民地であり、イギリス人によって数多くのインド人が鉄道敷設のために強制移住させられた。そのインド人たち、印僑たちはやがて商人となってアフリカにネットワークを築いた。そのためアフリカ料理は、インド料理の影響が強く、東アフリカのケニアで一般的に食される炊き込みご飯「ビリヤニ」や、三角形の揚げ春巻きのような「サモサ」は、元はインド料理とは現地で意識されないほど一般家庭にまで定着している。
そうした客観的に見てインド料理そのものと考えられるものや、単純に焼くだけのような面白みに欠けるものを排除して、日本人にとって抵抗のある食材を口に合うようにアレンジすると、アフロフレンチというコンセプトにいたったという。
「アフリカの文化を、食を通して日本に提供したいと思って起業しました。アフリカのレストランではメニューがなかったり、現地の言葉では日本では何の料理だかわからなかったりします。アフリカでは貧富の極端な差もあります。そうしたアフリカの現実をそっくりそのまま再現するのではなく、日本人のイメージするアフリカの良い面を、ただ美化するのではなくて、本物の質感を大切にアレンジを加えていきたいのです」と石川氏は語った。
アフリカの主食は、東側はトウモロコシの粉を茹でて練って団子にした「ウガリ」、西側はヤム芋またはキャッサバ芋からつくる餅「フーフー」が主流である。また、北アフリカのモロッコ、チュニジアなどのアラブ世界では、粒状パスタの「クスクス」を主食としている。
同店では「クスクス」(1450円)が特に人気の看板料理となっているが、ヤム、キャッサバも味わえる。「ワニの唐揚げ」(2050円)はハムとチーズをはさんで食べやすく提供、ダチョウはカルパッチョやバーベキューにするといったように工夫されている。
あさりといかのクスクス
ソースにオクラ、ピーナツを使うなどで、アフリカ風の演出を行っている。
お酒は南アフリカワインが充実しており、売り上げの一部がライオンの保護に使われている「ガーディアンピンク」、黒人女性初のワイナリーが醸造する「アマニ」あたりが人気だ。ビールは、ケニアの「タスカー」、モロッコの「カサブランカ」がよく出る。
内装はダイニング風だが、アフリカ民芸の彫刻のような小物を配して、アフリカの雰囲気を表現している。席数は22席である。客単価は5000円ほど。
顧客はアフリカ関係のビジネスマン、エアラインの職員、国連職員、外交官、研究者、青年海外協力隊OBなど。アフリカに行ってみたいが、情報の集め方がわからないという人も多い。この店に来ればアフリカの最新の音楽情報のようなものまで情報収集できるので、交流の場になっている。
アフリカは日本の80倍の面積を有し、53もの国があり、7億人もの人が住んでいる。そうしたアフリカの将来性を語るには、格好な店であるのだ。
・砂漠から飲料水を掘り当てて海外にまで輸出するドバイ
さて、以上見てきたように、日本でもIT産業発展に伴うインド料理の活性化、ベリーダンスブームを背景としたペルシャ料理やシリア・レバノン・エジプトなどのアラブ料理の勃興、FIFAワールドカップなどを見据えたアフリカ料理の試みがなされ、成果が現れてきている。
現地のテイストを保ちながら日本人の口に合う創作料理を展開したり、日本の消費者が喜ぶように民族的な内装と安価な値段設定を行うなど、各店の工夫もさまざまだ。
一方でドバイの急成長は、東南アジアのシンガポールを彷彿とさせるが、シンガポール、タイ、バリ島、ベトナムの発展によりエスニックブームが起きたような今後の展開は十分に考えられるだろう。優勝賞金世界最高額の競馬「ドバイ・ワールドカップ」が開かれ、禁酒が多いイスラム教国の中でもレストランでは自由にお酒が飲めて、服装も自由度が高いドバイは、アラブ首長国連邦を構成する7首長国の1つで、埼玉県ほどの広さ。
石油資源が乏しいために、中国のような経済特区を設けて、商業、金融、観光で繁栄を維持しようと努力を積み重ねてきた。
日本車が席巻するドバイの街は、現在「ゆりかもめ」のシステムを採用した地下鉄が日本の技術で来年度の開業を目指している。日本の建設業、商社などにとって、世界で最も旬な都市は、上海ではなくドバイなのである。
ドバイが商圏としてカバーする地域は、イスラム文化、スパイスを多用する、串焼き料理、甘いお菓子、本場のコーヒーや紅茶といった共通点がある。水タバコ、ベリーダンスも中東発の世界中に浸透しつつある文化だ。そうした文化の融合が起こり、新たなエスニック料理が生まれる可能性も十分だろう。
そのドバイから日本に輸出されている意外な食材がある。それは、ナチュラルミネラルウォーター「マサフィー」だ。商品名はアラビア語で命の水、オアシスの水を意味する。
「マサフィー」はオマーンとの国境にある、岩に覆われたマサフィー山の麓、標高1000mの場所を採水地としている。山脈に降った雨が、住居や産業による汚染のない水晶質の多い砂漠の微細な砂の層によって濾過され、数千年の歳月をかけて形成された巨大な地下水脈が水源である。
マサフィーのナチュラルミネラルウォーター、軟水で口あたりがよく飲みやすい
硬度85の軟水であり、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、カリウムなどのミネラル分が豊富だが、日本人の口に合うくせがないまろやかな味だ。
ミネラルウォーターではドバイのシェア1位で、一般家庭のみならず高級ホテルでも使われているほか、中東、アフリカ各国、イギリス、ドイツに輸出されている。日本ではサクラビバレッジという会社が総代理店となり、スーパー、コンビニなどのチャネルで販売しているほか、ホテルで使われ病院の売店でも売られている。
サクラビバレッジ営業本部・神戸美徳さんによれば「マサフィーでごはんを炊くとおいしいですし、料理の味も引き立てます」とのことで、和食との相性も良いという。小売標準単価は、330ml100円、500ml110円である。
マサフィー社の親会社のアルグレア財閥は、銀行、商業施設、セメント、海運、化粧品、ITなどさまざまな事業を手がける、ドバイではトップの大企業集団だ。
一見、水一滴見えない不毛な砂漠から、海外にまで輸出する豊富なおいしいミネラルウォーターの水脈を掘り当ててしまう、ドバイ人のバイタリティ。
この勢いからすれば、インド洋地域のビジネスの隆盛は当面衰えそうもなく、「インド洋ダイニング」も今後ますます普及していくものと思われる。