・中国の購買力がさらに強くなったら、日本は食料を輸入できなくなる
澁谷氏は大和証券出身。株式公開のセクションで働き、楽天の上場を手がけた。それが縁で、2000年に楽天にM&A担当として転職。6年間、同社の企業買収等に関わる。
「大和証券時代、日本が良くなる企業を上場させることが社会的使命だと思いました。既存の業種の中で生産性が低く、これを改善して収益を拡大することがきる可能性がある業種は、教育、医療、農業の3つと考えていました。しかし、教育は収益を上げても国からの補助金を下げられる可能性があり、医療も医療点数を下げられる可能性がある。共に大きくなると収益が減る恐れがあります。上場には収益を上げ続けられることが必要です。そこで、農業に注目し始めました」と澁谷氏。
「楽天在職中に中国マーケットをウオッチ。2003年頃に中国が穀物輸入国に転じました。人口12億人中国人の内、2:8の法則で2割が金持ちになったら、2億4千万人。日本の人口を軽く超え、この人達がいい物を食べ出したら、日本は穀物を輸入できなくなる。絶対にまずいと思いました。そこから農業をやりたくなった。仕事は社会正義でやるものだと思っています。農業は世の中の役に立つビジネスです」
「2003年頃から農業をやりたいと楽天社内で公言していました。2006年1月に絶対辞めて農業をやると宣言。たまたまその年、今一緒に会社をやっている熊本の農家と出会いました。このチャンスを逃したら嘘つきになると思い、楽天を退社し、2006年8月に株式会社ろのわを設立しました」
「ろのわ」とは、「ろの」はハワイ語で「収穫の神様」を意味し、「わ」は「輪・環・和」をイメージ。農業と他の事業を結びつけたり、生産者・消費者など人の輪を大切にしたいという思いが込められている。
・熊本の農地は13ヘクタール
熊本県菊池市のひがし農場と出会い、ろのわが設立された。ひがし農場は13ヘクタールの農地を持ち、無農薬有機栽培で麦、米、雑穀、大豆、などを生産しており、法人化したいと考えていたところで澁谷氏と出会い意気投合。現在、ろのわの生産基地となっている。
化学肥料と農薬を使用しない小麦の生産が中心で、冬場は全て小麦を作っている。夏場は米、雑穀、大豆。野菜の試験栽培も始めた。もちろん全て化学肥料と農薬は使用しない。穀物の売値は安いが、野菜は手間がかかり高く売れる。また、米の売値はキロ200円に過ぎないが、人気の雑穀にすると嗜好品になり10倍の2000円で売れるという。雑穀を美味しくするために古代米を混ぜるが、それが売値を高めてくれるそうだ。
菜種風景
もちアワ
十五穀
ひがし農場での年間生産高は約2000万円。低いように見えるが、利益率は高い。有機栽培なので、高価な化学肥料を使う必要がなく、肥料は周辺畜産農家から出るフン。輸送コストもかからない。農業と畜産とのセットでメリットが出る。出荷できなかった農産物は畜産用の餌にできる。
自社のひがし農場だけでなく、茨城県つくば市や千葉県柏市でも農地を借りて、野菜の生産を始めている。また、自社だけでなく、福島県会津の農家から野菜も仕入れている。
販売先は、都内の主にイタリアン。営業マンを雇い、約20店と取引している。レストランでの野菜仕入れ金額は売上の5〜7%。しかし、ろのわが生産・販売している野菜はアクセントとして使うようなユニークなものが多く、また、通年で安定供給できないため1店舗あたりの売上は十分に伸ばせていない。
「各農家から別々に宅急便で送られるため配送コストがかかってしまいます。どこかに集めて1個口で出せるようにしたい。熊本の塩トマトなど、どうしても欲しいものはとってもらえます。宮崎のマンゴーのB、C級品のルートもできました。しかし、前々日発注になってしまう。見込みで東京にどんどん送って、注文が来たらそこから配送し、来なかったら直売所で売るような仕組みをもたないと難しい」というが、野菜のマージンは3割以上と高いのが魅力的なようだ。
・農業だけで食べられるよう、「ダ・オルト」オープン
「将来は農業だけで食べたいです。それまでの間は川下のマーケットを狙います。農業の生産高10兆円に過ぎませんが、消費者に近い川下まで行けばその何倍もの市場規模があります」
そして、目を付けたのが外食。株式会社オーガニックファクトリーという別会社を作り、2008年3月に東京・中目黒に「ダ・オルト」を開店させた。
「収益を良くするため、農作物を直販。買う側のニーズがわからないと売れません。自社にシェフがいれば本音で教えてくれます。今はアップアップやっているので、安定供給がよけい難しい。自社の店舗を持てば、バッファーとなり不足すれば、ごめんなさいができる。余れば、キャベツフェアなどで消化させることもできます」
「ダ・オルト」 店内
「ダ・オルト」では、その日に入る野菜を使う
「中目黒を選んだのは、東横線沿線がいいと思っていて、たまたま中目黒に物件が出たから。今後、外食産業は厳しくなり、購買力のある人が中心的な顧客になると読んでいます。そんな人のいるのが、東京の城南地区。中目黒は地元客が多く、タクシーでワンメーター圏に住んでいる方の購買力が凄い。地元の人がリピートしてくれるようなしっかりした味を出せば、やっていけます。知り合いの飲食店主から、中目黒は難しい。軌道に乗るまで1年間は赤字を覚悟しろと言われました」
保証金も加えて、50坪で9000万円を投資。1年間の赤字を覚悟していたが、数多くのメディアに取り上げられ、オープン3ヶ月で黒字化した。
「飲食店を増やす気持ちはありません。でも、野菜生産と店舗運営の効率を上げるためには、近くに2〜3店あっても良いと考えています。店舗をたくさん増やすより、2〜3店の方がいい感じで利益を上げられると思います」
「小麦を熊本で作っているので、ベーカリーカフェは持ちたいですね。『ダ・オルト』のピザ生地には、うちの小麦が3〜4割入っています。いいピザ職人に来てもらい、試行錯誤しながら国産小麦でも美味しいピザが出せるようになりました。パスタも国産麦で作りたいのですが、日本ではセモリナのような超強力粉が出来ないんです。セモリナの種はイタリアで厳しく管理されていて入手できません」
国産小麦も使う「ダ・オルト」のピザ
価格は国産小麦の方が輸入より安い。輸入小麦は政府が一手に買い付けて、国産小麦より高い値付けを行い、差額を国産小麦粉農家の補助金にしている。しかし、国産でも無農薬は補助金の対象にはならない。政府の補助金をもらうためには、赤さび病の予防のため2回の農薬散布が義務づけられているからだ。日本の農業政策のいびつさが現れている。
最近、新たに農業を志す方々が増えているが、新規就農希望者は1000万円ないと難しいと言われている。
「ちょっとずつ農場を広げているが、農業をやる人が増えないと成り立たない。やりたい人は増えているが職業としては魅力がない。新規就農には1000万円かかる。3年分の食い扶持です。3年間収穫なしで取り組まないとものにならない。仕事をするのに、いわば持参金を持ってこないと入れない。参入障壁が高いんです。さらに、いい農地は簡単にはでてきません。耕作放棄地は沢山ありますが、良い土地ではありません」
農業はハイリスク・ハイリターンではなく、ハイリスク・ローリターンだという。ハイリスクを抑えるのには分散しかない。栽培する品種も分散、農地も分散、そして農業以外にも事業を分散させる。
澁谷氏は農業を社会正義のためと位置づけており、農業だけで経営できる会社にすることが目的。外食事業はあくまでもリスク分散のため。外食企業が農業に、川下から川上に進出するケースはサイゼリヤ、ワタミ、マルシェ、APカンパニーなど既に行っている企業もあり、関心を持つ企業も多い。ろのわは、農業が外食に、川上から川下に進出した数少ない例だ。今後、食の安全の観点から、食材のプロである川上が外食に進出するケースも増えていくだろう。