フードリンクレポート


1人あたりGDPが日本を超えた、シンガポール。
世界進出を狙うならここから!

2008.8.6
多民族国家、シンガポール。政府の開発政策が奏功し、2004年以来大きな経済成長を続けている。さらに、カジノ解禁で巨大カジノリゾートが09〜10年に完成予定。勢いは止まらない。世界進出への試金石となる国に発展している。シンガポール取材を交えその魅力を伝える。


金融街を背景に立つ、マーライオン。

ナイトF1、米カジノ、ユニバーサル・スタジオ

 シンガポールの面積は東京23区とほぼ同じ。2008年2月時点での人口は約448万人。内、シンガポール人は361万人。そして外国人居住者が87万人、全人口の2割を占めている。この外国人居住者をさらに増やして、総人口を700万人に増やそうという国家プロジェクトが進行している。

 そもそも、シンガポールの転機は、2004年。01年にはマイナス1.9%の経済成長率が、建国の父、リー・クアンユー元首相の息子、リー・シェンロン現首相が就任した04年には、プラス8.4%に転換し、回復基調に乗った。与党人民行動党が圧倒的多数を占めており、その強固な政治基盤の下、開発政策を推し進めてきた。天然資源のない国で、自由貿易を武器にアジアのハブとしての発展を目指した。そして、外国企業の誘致や観光客の集客のため、開発が続けられている。


マーライオンの橋の下には、しっかり「スターバックス」が出店。

 開発は、南側の海岸沿いで進んでいる。有名な観光スポット、マーライオンの噴水から左手の対岸を見ると、巨大な観覧車がある。本年3月に完成した、世界最大の観覧車「シンガポール・フライヤー」。三菱商事と竹中工務店が受注し、デザインは黒川紀章氏。2年半かけて完成した。今年の9月28日にはF1レースがこの観覧車の周囲の公道を使って開催される。しかもF1史上初のナイトレースとなる。


シンガポール・フライヤー


屋外コンサート会場

 右手の対岸のマリーナ・サウスを見ると、巨大なクレーンが何十本の林立し、約20ヘクタールの開発工事が急ピッチで進んでいる。ここに出来るのが、米ラスベガスのサンズ社が経営する巨大カジノ。06年2月にシンガポール政府は観光客誘致のためカジノを合法化。マカオでも実績のあるサンズ社が入札し、09年の完成予定。


マリーナ・サウスの開発現場


マリーナ・サウスへの橋を建設中。


マリーナ・ベイに面して桟橋レストランを建設中。

 さらに、中央南端のセントーサ島でも、約49ヘクタールの開発が進み、マレーシアのゲンティン社がカジノを含んだファミリーリゾートの開発を行っている。目玉は、米ユニバーサル・スタジオの招聘。こちらは、10年の完成予定。

 相次ぐ開発で、シンガポールは07年、国民1人あたりのGDPで日本を抜き、3万5162ドル。6年連続増加した。政府は07年から法人税率を2%引き下げ、18%に低減させ、外国企業の誘致により、さらなる発展を目指している。ちなみに所得税の最高税率は20%しかない。しかも、相続税はなし。このメリットを求めて、世界の数多くの金融関連企業がシンガポールに拠点を移した。日本中を騒がせた村上ファンドの拠点もシンガポールだった。また、金融トレーダーとして財をなした個人が投資家としてシンガポールに拠点を移すケースも多い。

 企業としてメリットの大きい国なことは分かった。では、シンガポールの外食事情はどうか。


庶民の「ホーカー・センター」、片や高級日本料理

 シンガポールの民族は、75%を占める中華系の他に、マレー系、インド系、アラブ系、白人系などの多民族国家。従って、各民族の食文化が混在している。ここで、生まれたのが、屋台村のようなフードコート「ホーカー・センター」。街のあちこちに点在し、朝昼夜の3食を外食で済ませるシンガポール人の胃袋を満たしている。

「ホーカー・センター」には、各民族の料理を出す屋台が1ヶ所に集結している巨大食堂。料理の品種の多さには驚かされる。日本の商業施設のフードコートのメニューは品数が限られ、定番ブランドも多く飽きがきやすい。シンガポールのフードコートを見ると、そのバラエティーの多さにウキウキしてしまう。しかも、最近は日本料理やイタリア料理まで加えられている。


金融街のホーカー・センター「ラオパサ」(外装工事中) 150年以上続き、1973年に国定史跡に指定された。


「ラオパサ」店内 壁はない。


「ラオパサ」店内


「ラオパサ」店内


韓国屋台の隣に日本料理。


中央の屋台の上にステージ

 各屋台で金を払って、共通の席に座って食べる。中には、中央にステージがあり、週末には生バンドも登場する施設もある。料金も3〜5ドルと安いのが特徴。割高感の否めない日本のフードコートとは異なる。

 この庶民派の対極として最近増えているのが、高級日本料理店。金持ちが増えたシンガポールで、彼らの自己顕示欲を満たしている。しかし、日本人が経営する店はまだまだ少なく、中国人や韓国人の経営者が多い。どこの国でも日本料理が人気だが、日本人はいつも彼らに先を越されている。

「日本料理店にデートで行ったら、2人で6万円かかった」、「日本人が経営する有名な寿司店が2店あり、ともに1人5万円以上する」と料金の高さを自慢するかのような、日本のバブル時代を思い出させる言葉も聞いた。日本料理は、フレンチのグラン・メゾンなどと同じく高級料理のジャンルとして認識されている。


リッツ・カールトンに入る、高級寿司「白石」

 そして、外資系企業などで働く会社員に人気なのが、海辺や川辺のレストラン街。「クラーク・キー」や「ボート・キー」と言われるエリア。「キー Quay」は埠頭の意味。ビジネス街からも近く、遅くまで若い男女で賑わっている。日本で例えると、皇居のお堀のあたりにレストランが並んで、丸の内界隈から仕事を終えた若い男女が集まってくるような感覚。水辺が各レストランに割り振られ、風を感じながら食事ができる。中には船を停泊させてそこにテーブルを並べる店もある。業態は、スパニッシュ、イタリアン、アメリカン、シーフードなど欧米料理が中心。どの国も若者は欧米料理が好きなようだ。


「クラーク・キー」 女性半額の水曜日レディースデイで賑わう。


水際のテーブル席


桟橋に浮かべた船にも席が設えてある。


マリファナ500gで死刑

 外国人居住者や観光客を増やす一方で、「安全で清潔な国」を守るため、シンガポールは麻薬など犯罪防止対策に特に力を入れている。有名なのはチューインガムの持ち込み禁止。個人使用の場合でも医薬品であると認定されない限り、輸入は禁止。違反すると、2年未満の禁固刑に処される場合もある。

 特に、麻薬に対する取り締まりが厳しく、大量の麻薬を所持すると死刑となる。外国人や旅行者であっても適用される。実際に、執行された外国人旅行者もいるという。

 落書きや道路で唾を吐いても処罰され、鞭打ち刑などが科される。刑罰として鞭打ちが残っているのは、シンガポール、マレーシア、イスラム諸国など。主に、盗みなど軽罪に対して執行される。

 欧米や人権擁護団体などは、シンガポールの厳しい死刑制度や鞭打ちを非人道的として批判しているが、シンガポール政府はこの厳罰制度により治安が守られ、外国人も安心して生活できるとしている。

 他国に比べて、格段に刑罰が厳しいことに留意しなければならない。


出店するなら、まずはフードコート

 最近、日本でもシンガポールへの出店を誘う企業やセミナーが現れ始めた。8月5日、東京・浜松町でシンガポールを本社とし日本人が経営し外食・理美容60店を展開するコマース・ホールディングによる、シンガポール出店セミナーが開催された。同社は、ラーメンやうどん、和風パスタ店をシンガポールなどで展開している。「日経MJ」紙でも告知広告が出され、当日は約20名が参加。シンガポール大使館からも一等書記官がシンガポールの魅力を説明し、出店を促していた。


コマース社がフードコート「恵比寿星商店街」を開業させる商業施設「イルマ・ショッピングモール」

 コマース社はシンガポールの繁華街にできる商業ビルの1フロア約270坪を借り切り、日本料理のフードコートを作ろうとしている。日本から10社程度の出店を誘致し、本年12月にオープンさせる計画。


高級ブティックが並ぶオーチャードで、伊勢丹が入る商業ビルに入居するフードコート。


「フードリパブリック」店内 


シンガポール名物 カヤ・トーストも販売。

 また、サントリー系で店舗プロデュースを手掛けるミュープランニング&オペレーターズも来年完成する商業ビルで日本料理専門のフロアへの出店誘致を行っている。今、シンガポールでは、派手な人眼を引く外観の商業施設の建設ラッシュだ。


オーチャードの交差点に09年に完成する商業ビル「アイオン」

 高級日本料理店では、米国や中国にも出店しているポートジャパンが、本年5月に炉端と鉄板焼の「Takumi Tokyo」を、カジノができるセントーサ島近くのヨットハーバーにオープンさせた。同社の高橋社長はシンガポールでも人脈を持ち、高級店でも集客できる力を持っている。


「Takumi Tokyo」 シェフは東京・赤坂からシンガポールへ。


「Takumi Tokyo」 炉端

 多民族国家、シンガポールへの出店は、世界に羽ばたけるかどうかの試金石となる。様々な民族が住み、また世界中から観光客が来る。どの民族に受け入れられるか見極めれば、世界への道が見えてくる。中国進出よりも、より広い世界が見えてくるように思われる。しかも、シンガポールには国家としての安定感もある。

 国内では閉塞感のある日本の外食市場。外食企業経営者にとって、シンガポール進出も夢の一つになりえる。その先の大きな世界に羽ばたくチャンスをつかめるかもしれない。まずは、案内役を務めてくれる日本企業の支援のもと、集客を商業施設に頼れるフードコートに出店するのが近道のようだ。


シンガポール8年目。「つばきあん」を経営する阪本久枝社長とスタッフ。路面店を維持している。


カレーうどんの「若鯱家」は、クラーク・キーの商業ビルに出店。


【取材・執筆】 安田 正明 2008年8月5日執筆