・5才で車の内輪差を解消する仕組みが分かった
角氏の祖父は、裏表に違う図柄が織れる石川式ジャガード織機を創った発明家。その血を受け継ぎ、祖父の工房で、小学校1年生から旋盤を操作してシャープペンシルを作ったり、5年生で秋葉原で部品を買ってきてテレビを組み立てたり、中学ではバイクを分解して組み立てたりと、モノ作りの大好きな少年だったという。
「服も作れます。バイクも服も機械も僕の中ではいっしょ。モノを作ることに関してはずば抜けていました。あらゆるものを見た時にどういうふうに作られているか謎解きするのが得意でした。5才で車の内輪差を解消するギアの仕組みを一生懸命説明していたそうです」と、角氏。
「モノの形、状況、作るプロセス、関わる人の動き、流通の入手のしやすさ、あらゆるコスト感覚が勉強せずに分かりました。店舗を見ると、作る段取りから使われる材料まで、 全部頭で謎解きをしてしまいます」。本当は、高校卒業と同時に、モノ作りの会社で起業したかったという。
専門学校でインテリアを学んだ後、建築をやりたくて、磯崎新の事務所などでアルバイトとして働くが、周りは有名大学の出身者ばかり。自分の居場所が見つからなかった。自分で好きに作れるインテリアに転向。
・営業、積算、現場監督もこなすデザイナー
店舗デザイン会社で働いて経験を積み、26才で独立。三軒茶屋のアパートで1人、資金40万円でスタート。多店舗展開のデザインを任されたり、複数の現場を掛け持ちしたりと、1人で東奔西走し1年間で1千5百万円を蓄えた。これを元手に、業界誌「月刊店舗」に広告を定期出稿。一気に仕事が増え、デザイナーを雇うようになる。
「最初から、20坪以下の個人オーナーさんに限定し、店舗開業支援デザイン会社がコンセプトでした。当時、広告を出すようなデザイン会社は少なく、月に20件以上も電話がかかってきました」
空デザインの魅力は、施工まで行って、価格が安いこと。通常の会社であれば、営業、デザイナー、積算、現場管理と4人で分業するが、空デザインでは、その全てをデザイナー1人がこなす。デザイナーを中心として施工業者のファミリーを築き、気心の知れた仲間で効率的に仕事をこなしていく。
「20坪以下の店は分業するより、1人でやった方が効率がいいです。コストも安く、合い見積りでも勝てます。オーナーさんも1人のデザイナーが全てを知っている方が安心してくれます」
「はちまん食堂」 東京・渋谷 24坪 2006年2月オープン。コンセプトは「現代人のためのヘルシーで開放的な和食屋さん」。
「はちまん食堂」
「はちまん食堂」
・コミュニケーションを深めるマニュアル
空デザインには最初にオーナーと打ち合わせを行う際のマニュアルがある。これを使えば、どんなデザイナーでもオーナーとのコミュニケーションを深め信頼を得ることができる。
ます、オープンまでの流れを説明。そして、「何年営業しますか?」「チェーン化したい?アットホームな個店?」など店を作る思想を聞く。さらに、客層、男女比、デザインイメージ、料理、接客など店のコンセプトを選択肢を示しながらオーナーとじっくり話し合う。
「イメージは、リゾート、スタイリッシュモダン? 素材は暖かみのある木、クールなコンクリート? 会計はレジ、テーブル? などマニュアルにある選択肢を与えながら、一緒にコンセプトを作っていきます。客層が最初はサラリーマンだったのに、途中から子供も狙いたいと言い出すと、コンセプトがずれて何屋か分からなくなりますよ、と話を固めていきます。オーナーさん自身もビジョンがはっきりしてきます」。そんなコンセプトワークから出来上がるデザインも、実に多様でオリジナリティーがある。
そして、その要望を平面図に落す。最初は、決められた坪数の中に入りきらないような要望になるが、それを忠実に図面に落して見せる。何10枚も平面図をやりとりすることをいとわないのが空デザイン。この何度ものやりとりの過程で、オーナーとのコミュニケーションが密になり、信頼関係が築かれる。そして最後の方には、「任せた」となる。
「FRAMES」 東京・渋谷、48坪、2004年2月オープン。コンセプトは「デイリー使いのカジュアルカフェ」。
「FRAMES」
「FRAMES」
・お客の目線でストーリーを作る
「コンセプトは明確じゃないといけません。オーナーさんと詰めてしっかり作ります。次は、その店をお客様がどんな風に知って、どんな期待を持って来てくれて、入口でどんなプレゼンテーションがあって、店内でどんなサプライズが待ち受けているか、お客様の意識の流れを組み立てます」
「店舗という商品をお客に伝える。何をしたい店なのか。伝えるにはどんな方法があるのか。その方法を順番に整理します。例えば、ドアの重さや、隙間から中が見えるか見えないかでお客様の期待の度合は変わってきます」
「店の入口から席に着くまでの印象がデザイン的には90%だと思います。一旦座るとデザインは見えなくなります。座るまでの流れをいかに印象的に作れるかがポイントです」
「オーナーの好き嫌いで店を作ったことは1回もありません。オーナーさんと喧嘩もします。説得材料は、お客様の視点です。お客様は誰なのかをオーナーさんと共有します。すると、この人がターゲットなのに、なぜこうなんですかと話すと、矛盾点に気付いてくれます」と角氏はいう。
角氏は、若手デザイナーを育てることにも注力している。独立志向の強いデザイナーに向け、入社して2年間は給料のめんどうを見るという、「2年社員制度」を設けている。前に述べたマニュアルを覚え、最低8件の店を作れば独立できる。しかも、空デザインの社内の机を借りることができ、仕事も空デザインのパートナーとして保障されている。現在、スタッフ18人のうち社員は6名だが、「2年社員制度」で独立したデザイナーが、10人以上いる。
「bar TROY」 東京・赤坂 44坪&13坪 2007年12月オープン。コンセプトは「古代ギリシャ神話、トロイの城」。
「bar TROY」
・10年でじっくり3店を作るオーナーを応援したい
「始めて店を出す人は、調理師の方が多いです。個人で頑張るぞ、というオーナーさんだとこっちもモチベーションが上がります。今は複数店をもつ方が増えてきました。現在では半数以上がリピーターです。10年でじっくり3店舗を熟成して、スタッフが育ったら、大規模な店や店舗数を増やすことを考えて欲しい」という。オーナーの気持ちがお客に伝わりにくい分業化され過ぎた組織や、フランチャイズに角氏は馴染めないそうだ。
年に30〜40件を作り続け、独立してから延べ680店にかかわったという。
「個人店が成功する秘訣は、コンセプトが明確で誰に向かって作るか。ある特定のセグメントだけつかめば繁盛できます。その客層に向かって明確に作ってあげる。なぜその店に行くのか、など5W1Hをはっきりさせることです。大手は多くのお客様を集めるためにいろんな要素を入れ込みますが、個店は特定のお客様だけしっかり取れば成り立つんです」
空デザインは、繁盛店を少ない投資で実現してくれる個人オーナーの強い味方だ。