・『アリガット』の記事から、オーバカナル入社
田代氏と外食の出会いは、オーストラリアへの遊学。海外の大学を出て英語塾を開いていた親戚に影響され、海外生活にあこがれる学生だった。大学時代も休みの度に海外旅行を重ねていたという。卒業と同時に、満を持して、ワーキングホリデイ制度を利用して、オーストラリアに1年間遊学した。
「シドニーに滞在しましたが、1年間何もしてないです。今思うと、時間の浪費です。でも、それが日本に帰るきっかけになりました。このままじゃだめだ、と思ったんです。シドニーには、有意義な時間を提供してくれる店がたくさんありました。あるコーヒースタンドにいつも通っていたんです。店の人と顔見知りになり、有意義な時間が過ごせました。 自分の生活の中に溶け込むような、無形のものを提供できる仕事は凄いと思った」という経験が田代氏を外食に向かわせた。
「で、日本に帰ろうと。三重県の実家に帰って、どんな飲食があるのかと鈴鹿市の書店で手に取ったのが、雑誌『アリガット』の第2号です。そこに掲載されていたのが、オーバカナルを経営していたオライアン社の岡社長のインタビュー。無形のものを提供する喜びを語られていました。いっしょのことを考えている人がいる、この人の会社に行ってみようと思い、『アリガット』を片手にオライアン社に押しかけました。幸運にも、担当者が岡社長に会わせてくれ、その場で入社が決定しました。」
オーバカナルは1995年、原宿パレフランスビルの1階に誕生したカフェ・ブラッスリーブランジェリーからなる複合店。パリのカフェを忠実に再現し日本にはない雰囲気を醸し、外国人や時代の先端をいく人々に愛された店だ。97年には博多、98年には東京・赤坂アークヒルズにも出店。オライアン社は、2003年にオーバカナル事業をユニマットグループに売却したが、現在も東京・恵比寿でイタリア料理店「ラ・ビスボッチャ」、「イル・ボッカローネ」を運営している。
「オーバカナル」紀尾井町店
東京都千代田区紀尾井町4番1号 新紀尾井町ビル1F
Tel.:03-5276-3422
営業時間:月曜〜土曜 10:00-23:00 ランチ11:30-14:00 (LO) ディナー18:00-22:00
(LO)
「オーバカナル」紀尾井町店 店内
「オーバカナル」 Saumon marine Marinated salmon サーモンマリネ 1,800円
「オーバカナル」 Moules marinieres Mussels "mariniere" ムール貝の白ワイン蒸し
500g1,600円/1kg3,000円
・お客に提案する店、オーバカナル
田代氏がオライアン社で働いたのは3年間。店舗だけでなく、新店の立ち上げや、美術館のカフェのプロデュースなど、岡社長の下で濃い仕事を経験したという。
「本物へのこだわりが凄い。良いものは良いと考え、徹底的にこだわっていました。食材でも何でも社長がもの凄い情報量を持っていましたし、社長自ら探してくるんです。本物へのこだわりと行動力は凄かった。」
「食だけではありません。『美味しいのは当たり前、プラス何かないと。お客様に提案する店じゃなきゃだめだ。音楽、芸術、ファッション全てにおいて発信していかなきゃだめ。流行ではなく、良いものを見つけ皆に紹介する。本物をちゃんと伝える。人間が一生で知ることは限りがあるから、皆の力で多くのことを人に伝えよう』と教わりました。お客様は、食だけに集まっていたわけではありません。オーバカナルでは何かあるんです。例えば、世界的某著名ミュージシャンがゲリラでサックスを吹いていたりしました。文化の香りがしました。」
・ユニマットで金井氏と運命の出会い
2003年、オライアンは、オーバカナル事業を手放した。社員は全員、ユニマットが引き継いだ。この買収で、店舗スタッフには動揺が走る。
「私は、給与明細の表が変わるだけでしょ、くらいにしか思いませんでした。しかし、当時の支配人やシェフは敏感。ユニマットになるとお金に厳しくなる、と騒ぎ出しました。何もやってないのに皆辞めちゃいました。当時のオライアンで今も残っているのは2人だけです。」
「勝手に窮屈と思いこみ、辞めていく。企業文化が違う、好き勝手できたのが良かったと言うんです。私は、会社が変わったから続ける、辞めると考えるのはおかしいと思います。目指すところが違う。ユニマットがオーバカナル・ブランドを否定するなら未だしも、そのままでいいと言ってくれたのに、なぜ辞めるのと思いました。お店の為、お客様の為に頑張りました。今でもお客様から、ユニマットだったんだ? と言われます。お客様にはどこの会社かは関係ないんです。」
ユニマットで出会ったのが、当時、東京ガスからユニマットグループ(当時ユニマットオフィスコ 部長)に参画したばかりの金井伸作氏。金井氏は、未だ20代で反骨心の強い田代氏の将来性に目をつけ、フードビジネスを教えていく。
「一流の経営者高澤社長(東証一部上場(株)ユニマットオフィスコ<現(ユニマットライフ)創業社長、現ユニマットクリエイティブ代表取締役社長、㈱フレッシュネス取締役会長兼任>高澤清一氏)の元、金井さんが横で仕事を教えてくれました。金井さんは『自分が先輩にやってもらったことをやっているだけ』と言って、自由にやらせてもらいました。横できちっと見てもらえながらも、自分で考えて動かせてもらっています。自分にとってはいい環境で勉強させていただいています。金井さんがいらっしゃらなければ、こうなっていません」と、金井氏への感謝と信頼の気持ちがとても強い。
「27才の時に、3億円使っていいよ、と言ってくれたのが金井さん。オーバカナル紀尾井町店の出店を決める際、道路の向いのベンチに夜中に金井さんと2人で座りました。こんなところに人は通るのかな、この公園も真っ暗で誰も歩いてないんです。『でも、原宿無き今、そろそろやらないとな』と金井さんに言われ、負けず嫌いで、できませんと言いたくない私は、やりますと答えました。そして、3億円を預けられ、紀尾井町店を作らせていただきました。」
「飲食ビジネスの数字も見ることができ、飲食店のことを分かっていて、多種多様な業態も理解している人が金井さんです。ちょうど年が一回り下で、次の世代はお前だよと言っていただいています」と田代氏は目を輝かせる。
・ユニマットなら1000億円ビジネスができる
「自分で店をやる面白さは見いだせません。1人では勉強もできない。100億円のビジネスができる人は1億円のビジネスもできます。でも、逆に1億円はできても100億円ができません。今は人の褌を借りてやれるところまでやろうと思っています。」
夏から景気が悪くなっているが、ユニマットグループでは、昨年度中に不採算店は全て閉鎖し、現在、赤字は1店もないという。
「イルピノーログループ(2007年買収したイタリア料理店イルピノーロを中心としたブランド)は今とてもいい状態になっています。オーバカナルの時もそうでしたが、会社が変わるとスタッフには抵抗があります。でも今は1年経って、それが一巡しました。皆が目指す方向が一致してきたんです。やっと氷が解けました。今はスタッフが輝いています。心が折れてないし、目が腐ってない」と、関西版ミシュランが出来たら星を狙いたいと期待しているそうだ。
「イルピノーロ」銀座店
東京都中央区銀座7-8-7 GINZA GREEN 9F
TEL:03-5537-0474
営業時間:LUNCH 平日11:30〜14:30 (L.O.) 土・日・祝11:30〜15:30 (L.O.)
DINNER 平日17:30〜22:00 (L.O.) 土・日・祝 17:30〜22:00 (L.O.)
「イルピノーロ」 タスマニア産サーモンの香草マリネ 函館産帆立貝と小さな野菜のバルセート風味
2,800円
「イルピノーロ」 季節のフレッシュきのこのパッパルデッレ パルミジャーノチーズとローズマリー風味
3,200円
「イルピノーロ」 宮崎牛 フィレ肉とフォアグラの重ね焼き“ロッシーニ” 5,500円
「現在の売上高は約60億円です。金井さんと100億、次は200億と大きくしていく計画です。今のオーバカナルのような20億円の塊をどんどんぶら下げて、50ブランド作って、1000億円を狙いたい(*)と金井さんといつも話しています」と、ユニマットで働くことのメリットを強く感じている。((*)バーチャルチェーン理論と呼んでいる)
次の塊はイルピノーロだろう。そして、今までのユニマットのイメージとはかけ離れた大衆居酒屋「ちゃだま」は11月4日に開業する三田国際店で4店舗となり、各方面からの引き合いも多く、和食ブランドの多店舗展開も可能だ。ハイエンドからカジュアル、料理は和洋中と、ユニマットの外食は様々なタイプのブランドに拡散していく可能性を持っている。
「ちゃだま」 浜松町店
東京都港区浜松町2-4-1 世界貿易センタービルB1F
TEL. 03-3435-5470
営業時間: ランチ11:00〜14:00 ディナー17:00〜23:00(ドリンクLO.22:00 フードLO.22:30)
「ちゃだま」 店内
「ちゃだま」 きーこん(薩摩知覧どりと根菜煮込み) 480円
「ちゃだま」 きびなご南蛮 460円
「ちゃだま」 豚足炙り 430円
さらに、金井氏と田代氏の2人でプロデュース事業も始めた。仏系大手化粧品ブランドのショップ併設カフェを2店手がけた。そして、3店目が六本木で10月に開店した「F1 PIT STOP CAFE」。
「F1というビッグビジネスとかかわり、メディア系の仕掛けを勉強しました。今までは自力で何とかしようと思ってきましたが、F1という世界的なものに巻き込まれ、どうすれば世の中が動くか見えたように思います。我々の世代が飲食をやっていくとすればそういう仕掛けを作った上で、活性化させていければいいですね」と、プロデュース事業も勉強に繋がっている。
・記憶と記録を外食業界に残すのが夢
「記憶と記録を業界に残したいです。お客様から『オーバカナルは変わってないよね』と言われることが、自分が5年間オーバカナルと共に生きてきた証です。うちを辞めた子が他所の店に行った時、『オーバカナルでやってたならば間違いないね』と言ってもらいたい。そんなネームバリューをたくさん作っていきたい。」
「同世代で、異業種の方々を集めていろんな話をする会を始めています。今からネットワーク作りを始めていないと間に合わないと皆で感じました。一個人では受けられないことでも、知り合いがいれば何か受けられるかもしれない。面白いことを思っている人が集まれば、もっと面白いことができるかもしれないと思い、会費2千円とワイン1本持参して話し合う会を定期的に開いています。」
「飲食業界の中では、ハブになれればいい。緩衝材になればいい。人と人を繋げてあげたい。ユニマットには長く働いてくれているアルバイトさんが多いんです。アルバイトの次に社員になって、次はああなって、こうなってと、可能性や夢が見られる環境をユニマットの中で作っていきたいです。」
弱冠32才の事業本部部長。今はガツガツした意欲を全面に押し出しているが、これからの様々な経験を通して、かつて高澤氏が金井氏を育てたように、今度は金井氏が田代氏を育てることで、金井氏のようなしなやかな経営者に育っていくのだろうなと、期待させる人材だ。次世代のリーダーになって、外食業界の明日を築いてもらいたい。