フードリンクレポート


<空間デザイナー・シリーズ ⑥>
「谷根千」のリノベーター。
店舗付き住宅で開業しませんか!
川又 栄雄氏
株式会社スペラ 代表取締役社長

2008.11.14
ダイヤモンドダイニングやタスコシステムなどの店舗の空間デザイナーとしてだけではなく、喫茶「合羽橋珈琲」や骨董・和家具販売「soi」も経営するスペラ川又氏。浅草・合羽橋をベースに古いものを再生している。そして、今進めたいのが、力のある個人が独立できる店舗付き住宅のリノベーションだ。


「合羽橋珈琲」2Fにて、川又栄雄氏。

千駄木「露地」は築40年をリノベーション

 今、東京下町の、台東区谷中、文京区根津、千駄木という古い街並みの残るエリアが散策コースとして幅広い年齢層の方々に人気となっている。地名の頭文字をとって「谷根千」と呼ばれている。寺院や史跡だけでなく、個性的なギャラリーや飲食店が数多く、ぶらぶらと散策したい気分にさせるエリアだ。大正6年に建てられて木造3階建ての有形文化財に指定された建物で営業している串揚げ「はん亭」など、歴史やこだわりを感じさせる店舗が数多い。

 この「谷根千」エリアの文京区千駄木に、川又氏がリノベーションしたイタリア料理店「千駄木 露地」がある。商店街に面した間口5メートル程の店だが、奥行が深く、3軒の連なった2階建て古家で構成される。手前2軒を店舗に改装し、その上に料理長が住み、三番目の家にオーナー兄弟が住んでいる。


「千駄木 露地」
東京都文京区千駄木2-42-2
電話:03-5814-8087
定休日:火曜日
営業時間:月・水〜金 11:30〜15:00(L.O.14:30)18:00〜23:00(L.O.22:00)
     土・日・祝 11:30〜23:00(L.O.22:00)


「千駄木 露地」 店内


「千駄木 露地」 エントランス周辺

 2006年12月にオープン。古い商店街の街並みに溶け込み、平日は近隣の方々、週末は散策する観光客で賑わっている。

 レストラン部分は40坪。改装費用は住居部分も含め3軒で約3500万円。土地は借地なので月々の賃料は安く、利益が出やすい構造となっている。

兄弟で所有し運営している。その1人、辛島慎氏は、「川又さんの『合羽橋珈琲』が好きで、同じようなデザインにしてもらいました。古いものが好きで、とても気に入ってます。お客様からも、すてきなお店と言われます」という。

 川又氏は、「谷根千」エリアで古家を改装した、店舗付き住宅のデザインを今後、積極的に進めたいという。


「千駄木 露地」オーナーの1人、辛島慎氏。


バブル時代、サントリーとともに業態開発

 川又氏は、工芸高校時代から六本木の飲食店でアルバイトを始め、当時、売れっ子飲食プロデューサー、岡田大弐氏と知り合い、岡田氏が経営するザンクインターナショナルのグループ会社に入社した。同社が1981年にオープンさせた、中華料理をモダンに進化させた「ダイニーズテーブル」(東京・南青山)はバブル時に一世風靡した。モダンチャイニーズ・キュイジーヌの先駆けだ。

「イタメシ(イタリア料理)」ブームの時代には、サントリーが展開していた「アマート・アマート」の立ち上げを担当。

「古いものに元々興味がありました。『アマート・アマート』を温かい感じの店にしたくて、古木を探しました。当時は古木の仕入れ先は少なく、価格も高かった。安く仕入れられないか探していた時に、趣味で集めていた古伊万里の仲間で、古木を扱っていた方と出会いました。教えてもらうと、結構安かったんです。後に、古木をもっと流通させようと、弟に古木卸の会社を作らせました」と川又氏。古木ブームの先駆けだ。

 その後、フリーランスとして独立。「岡田さんの所で4年間。そして、フリーランス。サントリーさんとの付き合いが長く、サントリーさんの新業態を作っていきました。20代前半の自分に、酒の飲み方を教えてくれたのはサントリーさん」という。当時のサントリーは「ジガーバー」、「プロント」など積極的に外食産業に参入していた。

独立して最初に手掛けたのが、サントリー「白札屋」。そして、銀座コリドー街でBBAインターナルが展開していた話題のテーマレストラン「ガネーシャ」、「ジャポネ」などをデザイン。ここで、川又氏の人気が上昇した。


2004年、「合羽橋珈琲」オープン

 川又氏は、1992年の独立当初から浅草・合羽橋を拠点としてきた。2000年には有限会社スペラを設立し、会社組織に変更。

「真剣に会社組織にしたのは、2000年。新卒デザイナー3人を思い切って雇いました。 1人でやるのに煮詰まったんです。誰かとやった方がいいな。自分が伸びたいと思いました。真剣に、酒ばかり飲んではいけないなと思いました(笑)。」

 そんな中、「合羽橋珈琲」の物件に出会う。

「リノベーション、再生ブームが、下町に起きました。この地域を何とかしたいと真剣に思っていました。『合羽橋珈琲』の物件が2年間空いていました。商店街が空いているのは良くないです。元は築40年以上の家具店。何かやりたいと思い続け、ある日奮起して、持ち主に喫茶店を提案。でも、賃料が安くないとできません。と思いきって提案したところ、通っちゃったんです。」

「オープン当初からコンスタントにお客様が入ってきましたが、夜が早い。家賃が安くないと継続できなかったです。モーニングを出して地域のコミュニケーションできればと思い、朝8時からオープンしています。」

 2階には骨董・和家具販売「soi」も出店。

「この店がショールームになるんです。下町の中でインパクトが強い。口こみでデザインの仕事をいただくことが多いです。オープンしてから数十件仕事をいただきました。最初は同業態の喫茶が多かったですが、今はケーキ屋、ビストロなどの個人店からのオファーが多いです」という。「合羽橋珈琲」に行くだけで、川又氏のデザインコンセプトが分かり、オーナーは発注しやすい。


「合羽橋珈琲」
東京都 台東区西浅草3-25-11
電話:03-5828-0308
定休日:無休
営業時間:平日08:00〜21:30、土08:00 - 19:30、日・祝08:00〜19:30


「合羽橋珈琲」 カウンター


「合羽橋珈琲」 2Fまで吹き抜けの席。


「合羽橋珈琲」 店内


職人、個人店の時代が帰ってくる

 スペラは、デザイン、ディスプレイ、「soi」、「合羽橋珈琲」の4つの事業を行っている。飲食店だけでは年間40〜50件を受注。デザインだけでなく、ディスプレイのみの制作も行っている。


インテリア&雑貨「soi」松が谷店
東京都台東区松が谷3-17-13
電話:03-3843-7294
定休日:日・祝
営業時間:10:00〜18:00


アンティークな皿やグラスを販売。


「soi」松が谷店 築40年の商店を改装。


「soi」松が谷店 2F

「ちょっと贅沢、ちょっといい店を大切にしたい。少しの幸せ感、身近な感動を創り出したいです。オーナーさんの身の丈にあったやり方を提案します。現実離れしたものはダメです。安心感があり、違和感ないものを提案します。」

 景気の後退とともに、個人店による下町のリノベーションを進めていきたいという。

「リノベーション業態を下町で多数手がけました。自分で上に住みながら下が店舗です。最近、そういう人が増えています。今年の春以降、不動産価格が下がって、個人でも買えるようになりました。借地権を利用して、賃料を安くすることもできます。」
     
「古い物件は、素人が見ると汚いだけで自分で住む事や理想の店舗をイメージできず、奥さんに相談すると、とんでもないと言われます。確かに、リノベーションはリスキーです。古いので、どこかにひずみがあります。責任採れといわれると困ります。『合羽橋珈琲』でもサッシ周りから雨が入ってきます。でも、自分で手入れできます。住みながら、家を直していくという発想がないと住めません」と、新築のようにはいかないと警告する。

 しかし、古いものを大切にするという姿勢が、エコ発想上からも求められていくのは間違いない。今年の景気後退を契機に、新しいものばかりを求めていく発想の転換を求められていくだろう。川又氏は、新潟県に築150年以上の農家を買って別荘として住んでいる。中越沖地震の際にも、塗り壁の表面がぼろぼろおちたぐらいで、長い年月を生き延びた木造建築の凄さを体感しているそうだ。

 日本だけでなく、米国でも店舗付き住宅で個人が開業する方が増えている。

「フロリダには、個人オーナーを集めた商業施設があります。1人で商売をやりながら、2階に住む。エンターテイメント施設もあります。これからは、日本でも職人の時代が帰ってきます。修行して技術を身に付けた人は景気に強いです。」

 川又氏は、空間デザイナーとしてだけではなく、景気後退時代の流れを読み、デザイナーの枠を超え、職人の時代を仕掛けようとしている。


■川又 栄雄(かわまた しげお)
株式会社スペラ 代表取締役社長。1967年生まれ。東京都出身。ザンクインターナショナルグループに勤務。当時からサントリーの新業態開発を手掛け、1992年に独立。2000年に有限会社組織に変更。2003年、「soi」オープン。2004年、「合羽橋珈琲」オープン。2006年、「soi」2号店を「合羽橋珈琲」2階にオープン。

株式会社スペラ http://www.spera.co.jp/

【取材・執筆】 安田 正明(やすだ まさあき) 2008年10月20&30日取材