フードリンクレポート


2009年の飲食業界は、価値が転換するチェンジの年になる!

2009.1.1
米国発のサブプライムローン問題が日本にも飛び火。世界同時不況、世界同時株安の中で、2008年10月頃より、日本の景気は急速に悪化。飲食店でも過去経験がないような売上不振に悩まされた店も、少なくないと思われる。政府の対策はスピード感を全く欠き、2009年の景気は当面浮揚する見込みもなく、飲食店にとっては非常に厳しい年になると思われる。そこで、飲食プロデューサーの中村悌二氏と店舗デザイナーの神谷利徳氏に、2009年を乗り切るキーワードは何かを聞いた。


ファミレス不振で200店を閉店するという、すかいらーくの主力業態ガスト。

チェーンの限界が露呈して個人の店のチャンスになった

 米国の低所得者向けの住宅ローンであるサブプライムローンの破綻は、金融立国を目指したヨーロッパの小国アイスランドを国家的破綻に追い込み、米国の国民的自動車メーカーであるビッグ3(GM、フォード、クライスラー)は倒産の危機に瀕している。

 そして日本では当初は対岸の火事かと危機感は小さかったものの、輸出産業の好調さで景気浮揚を図ってきた日本の大手メーカーの業績が、欧米の景気減速で急速に悪化。ソニーやトヨタ自動車が大リストラに、打って出るほどになってしまった。

 輸出産業の大減速は消費不振に直結し、イオンが60店規模の不振店閉鎖を検討するなど、大手スーパーが不採算店を大量に整理する動きも出てきた。

 飲食業界でも郊外型のファミレスの不振は深刻であり、すかいらーくグループが200店、セブン&アイ・フードシステムズのデニーズが130店、ロイヤルグループが60店の閉店を決めている。


60店を閉店するというロイヤルグループのロイヤルホスト。

 街場の幾つかの店舗を取材しても「10月頃から突然、客足が落ちて異変が起こっている」、「高価格の店やメニューが苦戦している」、「うんと高い店はいいのだろうが、そこそこ高い店がだめ」といった声が聞かれる。

 そこで、カゲン社長で飲食プロデューサーの中村悌二氏に、そういった状況を踏まえて、2009年の飲食業界のゆくえを分析してもらった。


中村悌二氏

「つい2、3年前までは元気な飲食店はたくさんあったのに、今はあまり見当たりませんね。ファミレスの失速に見られるように、チェーンの限界も露呈して来ました。できるだけ手間をかけず、要領よく、簡単に、均一のシステムで安く提供するという、1970年代以降に出てきた外食の考え方は、通用しなくなったと言っていいでしょう」。

 ごく安い「マクドナルド」、「吉野家」のようなファーストフードでは、チェーンは元気かもしれないが、これらは飲食業というより、どちらかというとどれだけ良い立地を押さえられるかという不動産業のようなものなのであって、大筋ではチェーンは崩壊に向かうと、中村氏は見ている。


ブロガーに書かれっ放しではなく自ら情報を発信せよ

 そうなると、チャンスなのはむしろチェーンのしがらみのない個人である。

「2009年は間違いなく、店舗物件がたくさん出てきます。ということは不動産価格が下落します。今までは借りられなかった個人が手の届くラインにまで、安くなるのではないでしょうか」。

 アイデアを持っている人はチャンス到来だ。立地も裏通りでいい。

 たとえば中村氏が理事長、レストランビジネスデザイン学部長を務めているスクーリング・パッドの卒業生で、三軒茶屋の路地のわかりにくい場所に、パンケーキの店を出した人がいるが、とても繁盛しているという。


中村氏が理事長を務めるスクーリング・パッドのある世田谷ものづくり学校。

「個性の時代はアイデア勝負で、裏通りであっても、今はインターネットがありますから食べた人がブログなんかでどんどん情報を発信します。それで5000人ほどのファンを確保すれば、人気店になれるのです。ラーメンは典型的にそういう世界になっていますね」。

 そのパンケーキの店「Voi Voi(ボアボア)」の店主・阿多笑子さんは、今ではパンケーキの本を出版するほどになっている。


三軒茶屋のパンケーキ専門店ボアボア。

 店をオープンする前は、自らブログを立ち上げ、パンケーキファンのコミュニティをつくり、コミュニティに集まってくる人がそのまま顧客になるといった仕掛けを行った。

「そうなると、もうビラ配りも要らないです。顧客が既にできているところに店を出すだけですから。これまで飲食店はブロガーに勝手に、おいしいとかまずいとか書かれて、やられっ放しでしたが、それに対抗するには、逆に自ら情報を発信していくことが重要になってきています」。


ボアボア店主の阿多さんが著したパンケーキの本。

 インターネットの普及で、ニッチなマーケットでも商売になるようになってきた。パンケーキばかりでなく、アラビア料理などもそうした部類に入るだろう。また、何かの料理がべらぼうに旨い、24時間営業する、スタッフがやたらに元気だというのも、他がやらないから差別化になる。

 地方も日本の郷土の食材、食文化でまだ掘り起こせていないものがたくさんある。行政と組むことも時には必要だが、それも差別化の方法の1つだ。

中村氏は、2009年はより個性化の時代になると読んでいる。


トレンドは消失し、街に求められる店を読む力が重要に

 飲食のトレンドにあたるものは、ほぼもうないというのが、中村氏の見解だ。

「ちょっと前は立ち飲み・ビストロのブームがあって、次に鍋のブームがあって、その後が思いつかないです。ドリンクのほうも、日本酒ブーム、ワインブームと来て、シャンパンブームで見事に泡が弾けてしまった。飲食店ではドリンクを注いだだけで高い金額を取りますが、若い人のお酒離れを食い止めるためにも、もう少し安くないと真っ当な値段とは言えないと思います。トレンドもないということは、1個の店をつくってそれを何百店も出す時代は終わったということです」。

 そうなれば、業態の異なった店をあれこれ出せる、ダイヤモンドダイニング、際コーポレーションのような業態開発力が強い会社が有利である。


ダイヤモンドダイニング 「あくとり代官鍋之進」


ダイヤモンドダイニング 「絵本の国のアリス」


際コーポレーション 「老虎東一居」


際コーポレーション、「百八十六番餃子」の多彩な餃子と土鍋ごはん

 店の出店の仕方も変わってくるかもしれない。

「これまでは、自分が焼鳥なら焼鳥の店を出したいというのがまずあって、それに合った物件を探すといった感じでした。しかしこれからはそうでなくて、まず物件があれば、その物件のある街に合ったあるいはその街に足りない店を、つくっていくようになっていくのではないでしょうか」。

 まず、街ありきで、街を良く観察して店舗を出店する飲食企業が伸びる。ダイヤモンドダイニングが好調なのは、このようなことを先んじてやっているからで、時流に合っているからなのだ。コーヒー1杯の値段も街によって違ってくるだろう。銀座と渋谷と新宿と池袋が、均一のコーヒーの値段というのもなくなっていくかもしれない。

 街とかかわっていくと、時間帯によって変化する街の表情に、臨機応変に対応していくことも重要だ。裏渋谷の桜丘町などは昼はオフィス街でOLが多いが、夜は一転して中高年男性の隠れ家居酒屋の街になる。

「1店で3業態、朝と昼と夜で違うことをする、二毛作、三毛作の店も出てくるだろう。日高屋ではラーメン屋を夜に焼鳥に変えたりしている店もあるが、これも二毛作店の一種でしょうね。もっと消費者の日常に入っていくわけです。飲食業界の課題として朝をどうするか、ニーズがあるにもかかわらず、うまくとらえきれていないと思います。湘南にbillsという一日中朝食を出す店ができましたが、ちょっと注目しています」。


朝食専門店「billsダイニング」

 2009年は1日を時間帯で考えていく、新しい店づくりが出てくる感がある。「スーパーのように食材を売り切るために、閉店間際に魚の値段を安くする店なども出てくるかもしれない。大型商業施設の開発は2008年で出尽くした感がある。となると、2009年は街場から新しいものが生まれる年になるでしょう」。

 商業施設から街場への回帰が、大きなテーマになるのである。


焼鳥や炉端は日本発のエンターテイメント飲食になれる

 不況の時代は確かに苦しい。苦しいが、全部がリセットされるので、新しい価値を生み出したいという、意欲ある人にはチャンスである。

 1つのヒントに、ゼットンあたりが強く意識している、飲食店が違うものとくっついていく方向がある。

「美術館、病院、銀行、大学、さらにはパチンコ屋の中に入ったり、ガソリンスタンドに併設したり、車のショールームに入るのもありでしょう。昨年に英国パブのHUBが慶応大学の中に店舗を出したのには、本当に驚きました。他業種とのコラボレーションはどんどん進むでしょう」。


HUB慶應日吉店 外観

 日本はこれから人口が減って行くが、まだまだ日本の飲食店は数が多すぎるかもしれない。そこで未開拓である、飲食店の海外進出も盛んになると考えられる。まずはアジアからで、シンガポールに注目する飲食企業も多い。

「海外に進出するのなら、赤坂のニンジャがなぜ外国人に受けているのかを考えればいい。本当に忍者のパフォーマンスを行うのが面白いのです。外国人から見て非日常のエンターテイメントを、実は飲食店は普通に行っています。たとえば、焼鳥をカウンターで炭火で焼いたり、炉端なんかも世界に打って出る価値があると思います。カウンター飲食は日本独特のものですから」。


六本木の「ジョウモン」、外国人が占拠する日もあるカウンター。

 視点を変えて海外の中に日本の飲食の業態を置いてみれば、エンターテイメントそのものであることも多いのだ。回転寿司も、食べ物がベルトコンベアーで回るなどという発想は、欧米人もアジアのどの国も考え付かなかった。外国人には回転寿司は寿司屋にあらず、エンターテイメント型の飲食店なのである。

 不況で大手企業が採用の門戸を閉ざしている今こそ、中小の飲食企業は人材を確保する大きなチャンスである。

「これは恩恵をリアルに感じてまして、これまでは求人誌に1回広告を出しても、2、3人しか応募がなかったです。ところが、先日オープンした渋谷の店(並木橋「なかむら」)では、20人も応募してきました。もちろん全員を採用するのではないですが、やる気のある人を採用して育てられるチャンスです」。

 中村氏は2009年は人材育成が飲食業界の大きなテーマになると、最後にまとめた。人材は急に育つわけではないから、「急激な成長よりも緩やかな成長がキーワードになる」とのことだ。


顧客や従業員を動かすものは、お金の力よりも人間力だ

 一方で、店舗デザイナーとして名古屋を基盤に日本全国の飲食店のデザインワークにかかわっている神谷利徳氏は、お金の価値観が崩壊してしまった現状を、将来的に物々交換のような体系に経済が変質していく、前兆現象ではないのかと感じている。


神谷利徳氏

 昨年過去最高益を出していた会社が、今年は大幅赤字に転落。それも遠い海外での不況がまわりまわって実生活に直接影響してくるのだから、リアリティが欠落している。しかし、生活の危機は現実のものとしてある恐さがある。

 となると、信じられるのはお金よりも物、そして人間のネットワークである。

「今はバーチャルマネーの時代になっていて、リアルなキャッシュの値打ちがどんどんなくなっているように感じます。そうなると対価を何でいただくかというと、本当に提供された食事やサービスに対して、お客さんがどの程度ありがとうと感謝しているのか、その気持ちを表す一種のお布施のような感覚になっていくのではないでしょうか」。

 飲食代というある種ドライな金銭授受の決まりで、これまで飲食店は顧客から当然のように対価をいただいてきた。ところが、顧客がこの食事、このサービスが、支払うに値するのかを逐一考え出したというわけだ。「ミシュラン」をはじめとする飲食店格付け本が多数登場してきたのも、消費者のそうした対価をお布施のように考えてきた、意識の表われかもしれない。

「設備投資がどうかという店舗の箱ではなくて、人間力が大事ですね。デザインも同じですが、行動指針はより以上に働けでしょう。どれだけ相手の懐にまで入り込んでおせっかいができるかで、勝負は決まるような気がします。これまで経営者はお金をあげるから働けという意識で、従業員を使ってきました。これからは、役割分担の中でお互いにいかに助け合っていけるのかを説いて、従業員をまとめていかなくてはいけないでしょう」。

 若い人たちの中には、バカバカしくて顧客の気持ちを先読みしてまでサービスをする必要があるのかと、思う人も多いだろう。しかし、そこを動機付けてモチベーションを上げていかなくては、2009年の不況は乗り越えられないのではないかと、神谷氏は強く感じている。

 たとえば顧客の顔と名前を覚える努力を、日本の飲食店はどこまでしてきたのか。ホスピタリティ産業へのステップアップが、求められてくるのである。


人間力での集客を前面に出す、新宿の「絶好調てっぺん」。


ホスピタリティに高い意識を持つヒュージの「カフェリゴレット」。


フードマイレージを考え食糧自給率と環境問題改善を

 物の価格を決める要素に輸送コストは非常に重要だ。また、海外のものを輸入する場合は為替レートの影響を受ける。

 ところが現状のように、原油価格が乱高下してガソリンの価格も連動して乱高下する、さらに為替も予想だにしない円高が進み先行き不透明となると、特に海外から長距離輸送した食材の値段が決めにくくなる。

 そこで重要なのは、できるだけ地元の食材を使って、フードマイレージをゼロに近づける努力である。海外の食品が特に中国からの輸入品において、問題が続出したのは2008年に特徴的な事件だった。その意味でも地産地消を考えたフードマイレージは、推進すべきではないだろうか。

「フランスは食糧自給率が100%です。日本も本気でフードマイレージを考えた改革をしていかないといけない時代に、なったのではないでしょうか。フードマイレージは、輸送にかかる二酸化炭素排出を抑える意味でも重要です。マイ箸もそうですが、最近の気候不順からも地球環境問題に本気で取り組まないといけない。飲食店から変えていく意識を持ちたいものです」と神谷氏。


ワタミは自社農園野菜を育て、「わたみん家」など系列店に直送する。


国産肉をアピールする「モスバーガー」はフードマイレージを意識している。

 日本の食糧自給率は39%に過ぎず、あまりにも海外に頼ってきた。それは安全保障上好ましくないだけでなく、地球環境にも良いことではない。神谷氏は地元食材の良さを発掘して積極的に使うことで、日本の食と農業を良くする役割の一端を、飲食業が率先して担うべきだと提案している。

 中村氏と神谷氏が共通して感じているのは、不況の時代こそ新しい価値が生まれるチェンジ、かつチャンスの時代だということだ。

 そうした中で、チェーンから個人の店へ、商業施設から街場へ、トレンドから街のニーズへ、キャッシュによる対価から感謝への対価へ、海外の食材から地元の食材へ等々、2009年の飲食業界は全てリセットされていく。今まで良いとされてきたことが陳腐になり、今まで否定されていたことが価値になる。

 もう一つ付け加えると、2009年は丑年だ。プレミアムハンバーガーのブームやステーキ店の好調さを見ると、BSE問題以来の羊、豚、鶏のブームが一巡して、牛肉に回帰している感もある。日本人は明治以来、肉といえば牛肉が最も高級で消費の中心であった。その意味でもリセットの年になるだろう。


2008年12月18日、「バーガーキング」が渋谷センター街にオープン。


【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ) 2008年12月29日執筆