フードリンクレポート


九州料理のブームはいつまで続くのか!?

2009.1.7
最近よく看板を見かけるようになった「九州料理」。これまで、博多料理、長崎料理、熊本料理、薩摩料理といったような九州のある地域、ある県の名物料理を提供する店は東京にも多かったが、「九州料理」とひとまとめにしたジャンルがあったとも言い難く、最近になって確立されたジャンルといっていいだろう。しかも、この新ジャンルは極めて好調なのである。また、従来からあった九州の限定された地域の料理も、郷土料理ブームの中で、好調を維持している。なぜ「九州料理」は愛されるのか、探ってみた。


「桜藩」(新橋) 料理長特製和牛もつ鍋(2人前より、1280円)

元フレンチのシェフが起業。裏渋谷の隠れ家郷土料理店

 渋谷エリアでもかなり外れになる、神泉町の旧山手通りから少し入った場所にある、九州料理「たもいやんせ」は、裏渋谷の隠れ家といった風情の店。

 創業は2001年で、郷土料理、九州料理のブームの先駆的な存在である。店名は宮崎弁で「召し上がれ」を意味する。南九州の人ならピンとくる言葉だ。


「たもいやんせ」 外観


「たもいやんせ」 店内

 経営する、だえんの四宮保親社長は、宮崎県南部の日南市の出身。上京してから、元々はホテルや街場の高級店で、フランス料理のシェフを務めていた。そうした中で世田谷・用賀の「地鶏の正六」という店にたまたま飲みに行き、宮崎地鶏の炭火もも焼きの本物の味に心打たれ、ついつい週に1回ほどのペースで通うようになった。

 ほかにも宮崎料理の店に行ってみたが、大半が料理人ではなかった人が出していて、宮崎県人が内輪で集まるような店ばかりで、料理人がつくる本格的な宮崎料理店が意外に東京にないことに気づいた。「地鶏の正六」も本物には違いないが、メニューがもも焼きなどに限定されていた。そこで、独立するなら料理人のフィルターを通した宮崎料理という、アイデアが生まれた。

「中高年男性が、ほっとできるような店にしたかったですね。おやじたちは旨いものを知っていますし、一度気に入ったらずっと来てくれて裏切らないですから。若い女性が行く繁盛店は多いが、そういう店にしたくなかった」と四宮社長。

 なぜ「宮崎料理」ではなく「九州料理」としたのかは、「九州といえば宮崎でしょとのイメージがあった」とのことだが、従来あった郷土の人たちだけしか来ないような店ではなく、宮崎料理の良さを東京から発信し、宮崎と縁もゆかりもない人たちにも愛される店にしたい意思表示でもあったように思える。

「実際にやってみると、今のおやじは深酒、暴食しないし、健康に気を使っているので煙草の煙がモクモクの店にもならなかった。もっと驚いたのは、アラフォー世代くらいの元おやじギャルのような女性が、お客さんに多いことです。食べ方や習性がおやじと同じなので、良かったのですが」。

 内装は田舎っぽくてチープなのだが、ホテル出身の四宮氏だけあってどこか洗練を感じるところがある。また、舌の肥えたミドル世代男女は本物の味を見抜く感性が鋭く、この店の意図を見抜いたのだろう。


田舎の家のような個室とカウンター。


壁には焼酎の銘柄が書かれた紙がずらり。

 常連には銀座や丸の内、麹町、青山あたりに勤める広告会社の社員や、出版社社員、NHK関係者など、特にマスコミ関係者が多いという。住んでいる場所は、タクシーで2メーターくらいで帰れる、下北沢、三軒茶屋方面が多い。

 席数は約40席で、顧客単価は5000〜5500円。年商は1億1000万円となっている。平日の昼間にはランチ営業も行っている。

 代表的な料理はもも焼き(1370円)で、塩とにんにく2つの味から選べる。宮崎県綾町から直送した平飼いの卵を産まなくなった廃鶏の肉を使っており、噛みごたえがあって、中から肉汁が染み出てくる感じだ。宮崎では地頭鶏のみを地鶏と言うそうだが、3〜5年生きる寿命の長い鶏で、味も飼い方も地鶏そのものだ。廃鶏の肉を使うのは、宮崎のやり方に則ったものである。

 その他、もものたたき、鶏刺し盛り、つくね焼などの地場の鶏肉メニューがある。

 また、日南から直送のかつを料理のさしみ、たたき、炭焼き、南蛮、竜田揚げ、かつをめし、さらにあさひ蟹、地あじの開きなども、この店の特徴ある料理である。鮮魚などの旬のものは、本日のおすすめで示される。

 そして宮崎名物と言えば、ご飯にかけて食べる冷や汁(720円)。実は四宮氏の地元の日南は宮崎県とはいえ、冷や汁を食べない地域だ。そこで、四宮氏と料理長は実際に冷や汁を現地まで行って食べ歩き、現地の図書館にある古いレシピ本にまで目を通して、東京人の舌にも合う都会的な味の冷や汁が完成した。具の中身や味噌を変えずに、甘さを抑えた味わいだ。


もも焼き


たもいやんせの冷や汁

 このように、四宮氏と料理長がつくり出す「たもいやんせ」の郷土料理は、料理人の技術と感性、地元の食材への徹底した研究を通じて再構成された、新郷土料理とも呼ぶべきものである。

 酒類は宮崎の芋焼酎をはじめ、各種焼酎を中心に提供している。

 東国原英夫知事就任以来、宮崎ブランドの認知度が急速に上がり、宮崎料理店も増えたが、ここまで本格的に取り組んでいる店はなかなか見当たらない。九州の料理を東京から発信するという意味では、今日の九州料理店ブームの起点になった店の1つと言えるだろう。


オリジナルのもつ鍋を中心に九州の旨いものをセレクト

 次に、新橋駅より徒歩2分ほど、ニュー新橋ビルの裏手、赤レンガ通りを越えたあたりにある「桜藩」は、2007年9月にオープンした若手スタッフによる九州料理店で、まさに郷土料理ブームの中での新規開店である。

 運営会社NINEの山田茂社長が熊本の出身。店名は、看板料理の1つ桜肉と鹿児島の桜島、それに明治維新の立役者を多く輩出した薩摩藩など九州の志士にちなんだもので、飲食業界に狼煙を上げるとの意味合いで「桜藩」と名づけた。


「桜藩」 カウンター


「桜藩」 個室

 食材は料理長が自ら九州に足を運んで、福岡の明太子、熊本の馬刺しなど厳選した旨いものをそろえた。販売してほしいとの声もあるオリジナルのドレッシングや各料理のソースなど、細部まで気を使って料理を仕上げている。

 一番人気の料理長特製和牛もつ鍋(2人前より、1280円)は、福岡でよく見られる濃い目の醤油や味噌味のもつ鍋とは一線を画し、ダシがベース。本当に新鮮で良質な鹿児島産の和牛もつを使用しているからこそできる、あっさり目の味付けが好評。スープまで飲み干す顧客も多い。

 また、阿蘇溶岩プレート焼きは、鹿児島の黒ブタのバラ肉(880円)、宮崎の日向地鶏のモモ肉(880円)、熊本の桜肉の赤身(1400円)と、九州の特徴ある食材を、特殊加工した阿蘇山の溶岩石プレートの上で焼く豪快さが、食欲をそそる。


産地直送の馬刺し


料理長特製和牛もつ鍋


黒ブタのバラ肉 阿蘇の溶岩プレート焼き。

 お酒も店長がセレクトした九州のブランド焼酎・日本酒、梅酒、ビール、サワーなどが味わえる。誰もがよく知る人気銘柄から希少な銘柄まで幅広くそろえ、顧客の嗜好に合うお酒を提案しているという。

 顧客層は20代から60代までと幅広いが、メインは30代で近隣のサラリーマン、OLが大半を占める。男女比は6:4でこの種の店としては顧客層が全般に若く、女性が多めである。顧客単価は約5000円。

 また、九州出身者・関係者の来店も多いが、全体の3割くらいと主流を成しているわけではない。

 席数は50席。全席掘りごたつを採用しているのが大きな特徴だが、あまり主張しすぎないリラックスできる空間を目指しており、女性が入りやすい清潔感ある雰囲気づくりを行っているそうだ。

 最近数年の流れである、もつ鍋ブーム、ブランド豚や鶏のブーム、焼酎ブーム、梅酒ブームなどをそつなく取り入れて、九州という郷土色を持たせながら、オリジナル性も出していくという、非常にまとまった店である。1つの県ではなく九州全体を対象にしたから、食材の幅が広がった。

 澤尻剣士店長によれば、「あまりメニューを増やしすぎず、お客様に本当に食べていただきたい旬のおいしいものにスポットを当てた、メニュー構成にしている」とのこと。特製和牛もつ鍋や阿蘇溶岩プレート焼きといった、オリジナルの名物料理を中心に売っていく新郷土料理の店である。


南薩摩の名産で希少な地鶏、豚、魚を食せる大衆居酒屋

 逆にこれまであった、九州の1つの地域料理をさらに細かくエリアを限定していく方向性もある。

 ユニマットクリエイティブが展開している「ちゃだま」は、南薩摩料理の旗印を掲げている店で、銀座店、茅場町店、浜松町店、三田国際店と、東京都内の中心部で4店舗にまで増えている。


「ちゃだま」 外観


「ちゃだま」 店内

 1号店の数寄屋橋にある銀座店が2004年の出店、2号店の茅場町店が06年、3号店の浜松町店が07年の出店。4号店の三田国際店は、赤羽橋にほど近い三田国際ビル地下1階レストランフロアーに、08年11月4日オープンしている。

 2号店以降はほぼ1年に1店ずつ、順調にビジネス街で拡大している。

 同社はもともと「五楓(ごふう)」という九州の芋焼酎を120〜130種類集めた焼酎ダイニングの業態を恵比寿と銀座に有しており、それをベースに、当時ブームになっていた立ち飲みができないかというのが、「ちゃだま」のそもそもの出発点であった。なので1号店の銀座店は今では南薩摩の料理も食せるが、焼酎ベースの居酒屋であって、南薩摩料理とはうたっていない。

 2号店を出すにあたって、芋焼酎に合う料理は何かが検討され、芋焼酎の半分以上を鹿児島県が占めていることから、鹿児島の料理で何かメインになるものを探したところ、薩摩半島南端部のお茶の産地、知覧町(現在の南九州市)に「さつま知覧どり」というおいしい銘柄鶏に着目した。

 さらに、南薩摩はお茶とサツマイモで育てた、「茶美豚(チャーミートン)」という銘柄白豚もあり、薩摩と言えば黒豚という固定化されたイメージが打破できる。カテキン効果で抗菌・コレステロール低下の作用があり、ビタミンEが普通豚の3倍入っている。

 また、魚も枕崎市の枕崎港はカツオの一本釣り漁業で有名であり、マグロなどの水揚げも多い。

 といったように、旧知覧町を中心とした南薩摩が食材の宝庫であることから、南薩摩料理というコンセプトが生まれたという。

 メインの「さつま知覧どり」は平飼いによって、450日という長期飼育を施されており、肉質がしっかりしていて、噛めば噛むほど味が染み出てくるのが特徴。コラーゲン、リノール酸、アミノ酸を多く含んでいて、消費者の健康志向にも合致している。

 タタキ(特モモ、むね、鶏トロ各580円、レバー630円)や串焼き(特モモ、レバー、つくねタレ、ささみ梅わさびなど各180円)が人気だ。


さつま知覧どりの串焼き


さつま知覧どりのタタキ

 茶美豚は、ロース麦味噌漬け、バラたまり漬け(各580円)など。


茶美豚ロース麦味噌漬け


飛魚の干物

 魚は旬の食材を黒板に書くようにしており、南薩摩だけにこだわっているわけではないが、とびうお、きびなごのような九州らしい魚が人気である。また、鹿児島の郷土の味と言えば、つけあげ(さつまあげ、530円)の出数は断然だ。

 ご飯類では鶏飯(630円)は、鶏の汁をかけたお茶漬けで、奄美大島の郷土料理。鹿児島ラーメン(740円)は、九州のたまり醤油をベースに豚骨、カツオなどの味もミックスされたオリジナルで、締めに注文したい。

 オープンして間もない、三田国際店であるが、周囲に主だった商店街もない立地なので、顧客はビルに勤める人たちを中心に順調なスタートだという。

 顧客層は40代、50代を中心に8割が男性で、どっしりと座って食事とお酒を楽しむ人が多く、リピート率も高いそうだ。席数は40席。

 焼酎は芋中心に麦、米、黒糖の90種類があり、主だった銘柄はそろっている。ビール、ワイン、梅酒、サワー類などもある。

 客単価は3000〜3500円で、内装はややグレード感ある大衆酒場の雰囲気がある。

 ランチは弁当を500円〜550円で販売しており、350食が連日ほぼ完売する。

 顧客には九州、特に鹿児島県出身者が多いことも事実だが、単価も安めで料理に特徴があるため、出身地にかかわらず、おいしい鶏、豚、魚を食べたい人を幅広く集客しているのが、このチェーンが成功している要因だろう。


出身高校別寄せ書きノートがある九州出身者の溜まり場

 一方で、今まで見てきたような新規参入組みではなく、昭和の頃から常連客を引きつけて止まない店の事情はどうなのかも気になるところだ。

 新橋の駅北口、外堀通り沿いのビルの地下1階にある「有薫酒蔵(ゆうくんさかぐら)」は1978年にこの地にオープンして以来、現在まで人気を維持している九州郷土料理店だ。

 まだ九州料理というジャンルがクローズアップされるはるか前から、その看板を掲げてきた。当時はまだ珍しかった郷土料理店の草分けの1つであり、かつ元祖九州料理店と言えるだろう。


「有薫酒蔵」 外観


「有薫酒蔵」 店内


「有薫酒蔵」 カウンター

 創業者は日本が終戦から立ち直った頃の53年に、福岡県久留米市で創業。61年頃に東京に進出。その後親族で、「赤坂有薫」、「神田有薫」、「銀座有薫酒蔵」といった店に分かれた、そのうちの1つが「有薫酒蔵」である。

  50年ほど前に創業した頃は、県南の筑後料理の店だったようだ。しかし、「有薫酒蔵」は九州各地の旨いものを出す店に次第に変容し、現在にいたっている。他の有薫各店も九州のいろんな料理を取り入れ、今は九州料理店となっている。

「九州は福岡市を中心として、1つのまとまりがありますね。北海道が1つのまとまりがあるのと、似ているかもしれません。素材がいいのでヘタな手を加えないで出しています」と、女将の松永洋子さん。

 顧客は6割が九州の出身者を含め九州に縁のある人が集まるか、知人などを連れてくるケース。残りの4割が郷土料理ファンで、九州料理を食べてみたい人、もしくは田舎っぽい雰囲気を味わいたい人なのだという。客単価は6000〜7000円で、男女比では男性が9割である。

 席数は100席で、混み合う木曜と金曜の夜は予約したほうがいい。

 九州から直送した素材を使った名物料理が人気で、豊かな土壌で育った甘みのある焼きなすび(800円)にする長なす、香のいいネギなど、野菜の幾つかは九州産である。

 熊本からは、からしれんこん(500円)や馬さし(1300円)、玄界灘からは冬の味としてとろけるような味わいのごまさばの刺身(1600円)がお勧めという。刺身ではきびなご(1500円)、五島列島のいか(1500円)も人気だ。さつまあげ(700円)は店の手づくりである。


焼きなすび、きびなごの刺身、わらすぼ。


人気の有薫酒蔵ラーメン


おかみの手作りヨーグルト(500円)

 また、締めに7〜8割の人がオーダーする、有薫酒蔵ラーメン(800円)は、博多ラーメンをベースに油分・塩分を控えめにした、オリジナルのあっさりした豚骨ラーメン。お土産品としても販売している。

 醤油に関しては、九州の味醂醤油で刺身を食べるとおいしさがよくわからないので、関東の醤油にダシを加えてマイルドにした、オリジナルの醤油で提供している。

 このように、全てを九州の郷土料理そのままのレシピで出すのでなく、臨機応変にオリジナルを加えているのが、この店が長続きしている秘訣であろう。

 お酒は、オリジナルの健康に良いウコン入り芋焼酎(900円)は、3年間寝かせており、香りが甘く苦くなくて飲みやすい。また、特注のおしゃれな5色のボトル焼酎(4200〜6300円、1杯550〜850円)があり、芋(黄色)、米(青)、麦(緑)、黒糖(濃紺)、ひし(赤)の瓶が楽しい。


特注のボトル焼酎。

 ハゼ科の魚の珍味、わらすぼの干物が入った熱燗、すぼ酒(1400円)が味わえるのも珍しい。

 なお、ランチは650〜1000円で、定食屋並みのサービス価格である。

 そうした、料理やお酒での差別化だけではなく、「有薫酒蔵」では出身高校別のよせ書きノートを20年ほど前から始めており、約650校まで増えている。やはり九州の学校が多く福岡県で約80校のノートがある。


ずらりと並ぶ出身高校別寄せ書きノート。

 名刺を張ってできるだけ多くの思い出を書く、酔った勢いで書かないなど幾つかのルールがあるが、この店を通して懐かしいふるさとの青春時代にタイムトリップできるというわけだ。

 郷土料理店の存在意義を考えるとき、こういう形でコミュニケーションが取れるのは、顧客としても記憶に残り、リピートにもつながるに相違ない。


有明海の幸を提供して40年、渋谷に根づく佐賀料理店

 渋谷の宇田川町交番の少し先、井ノ頭通り沿いの飲食ビルの7階にある「佐賀 雑穀」は、都内でも珍しい佐賀料理の専門店。

 1966年創業と移り変わりの激しい渋谷で、40年以上根付いている店だ。元々は道玄坂にあり、現住所に移って13年になる。

 創業した先代は有明海に面した佐賀県南部の鹿島市の出身。料理は有明海の海産物が中心になっており、実質は長崎・佐賀・福岡・熊本の4県にまたがる、有明海料理を提供している。

 鹿島市は広大な有明海の干潟で、「ガタリンピック」なる干潟の泥とふれあう市民運動会イベントを開くことで知られ、典型的な有明海沿岸の小都市だ。


「佐賀 雑穀」 店内


「佐賀 雑穀」 カウンター


「佐賀 雑穀」 個室

 佐賀から取り寄せている地元の名物は、むつごろう(1本420円)、わらすぼ(840円)、魚ロッケ(420円)、鰯のはんぺん(630円)、がん漬け(315円)など。また、からすみ(2枚735円)は自家製である。

 冬の味覚では、高級魚で濃厚なダシが出る、天然クエ(アラ)鍋(1人前5000円、2人より、事前の確認が必要)が好評である。


クエ鍋


ムツゴロウと自家製からすみ

 鮮魚はすべて天然物。マダイ、キンメダイ、ブリなどが人気で力を入れているが、築地で仕入れており、全てが佐賀県産というわけではない。

 先代の頃より食品添加物を一切使わず、手づくりにこだわってきたとのことで、塩や醤油は体によくておいしいものを吟味して使っている。なお、醤油は九州の醤油だ。

 現在は、先代は引退して、茨城県鹿嶋市に住んで自家農園で野菜を作っているが、この店でその自家栽培野菜のたくあん(420円)などが味わえるのも魅力。

 手うちそば(1050円)は柚子胡椒か本わさびで食べるが、手づくりの柚子胡椒は瓶詰めで別売りもしている。

 ご飯類では、当初からのメニューで八穀米のおにぎりがあり、店名の由来になっているが、たたき梅、のり佃煮など7種ある。今でこそ健康を考えた雑穀米は珍しくないが、当時としては斬新なメニューを出していたことになる。

 お酒は佐賀県の日本酒、九州全般の焼酎が中心になっている。

 客単価は7000円前後で、席数は45席となっている。週末の木曜、金曜あたりは1.5回転くらいするそうだ。

 顧客層は40代、50代が中心で、男女比では7〜8割が男性と男性が主流。土地柄、NHK関係者、音楽関係者、芸能人の来店も多いという。

 先代の頃からのオールドファンや、インターネットを見て来店する佐賀県出身者、佐賀県のみならず長崎県、福岡県を含めた西九州出身者も多いが、彼らのみの溜まり場というわけではない。

 田舎の素朴な味を求める本物志向の人にとって、渋谷では数少ないタイプの店であり、若い人たちはまず来ないのが、他県出身の放送・芸能関係の人などにも支持されている理由ではないだろうか。


九州料理の台頭は“郷土料理道州制”の前兆現象か

 以上、さまざまな九州料理の店を見てきたが、「桜藩」のように福岡のもつ鍋のような核となる料理を据えて、周辺を九州の牛、豚、鶏、魚、野菜などといった食材を使った料理で固めていくのが、典型的な1つの形ではないだろうか。

「たもいやんせ」のように郷土の人たちのみが集まる店を否定し、料理人の目を通して料理を再構成する手法、「ちゃだま」のようにさつま知覧どり、茶美豚といった今まで県外で知られていない新食材を発掘して提案するのも、九州の地域を限定した郷土料理には有効な方法である。

 伝統ある「有薫酒蔵」では締めにオーダーする、オリジナルの博多ラーメンがむしろメインになっていたり、「佐賀 雑穀」では天然クエ(アラ)鍋や雑穀米、自家栽培の野菜など健康、安全・安心がもう1つのテーマになっているなど、寿命が長い店は、上記の3店のような新郷土料理に共通する特徴を、先んじて持っていたということも、今回の取材でわかってきたことだ。

 銀座8丁目にある長崎料理「銀座吉宗(よっそう)」は、ジャンボサイズの茶碗蒸しを売りにした長崎の日本料理店「吉宗東京店」として1970年に出発したが、最初は認知されなかった。スタッフの決断で本店では出していない長崎名物皿うどんをメニューに出したところ、大ヒットとなり3年後に本店から独立している。


長崎料理「銀座吉宗」

 このように東京をはじめ九州以外の人が、その土地の持つ郷土のイメージを、わかりやすく表現することも重要な要素だ。

 一方で、東銀座、歌舞伎座裏の熊本料理店「球磨川」のように、狭くて旨い焼酎が飲めて、引退が迫った主人が長らく営業しているような店は都内にもたくさんあり、それはそれで役割を果たしている。この店は熊本県の特に人吉地方出身者の溜まり場となっている。


熊本料理「球磨川」

 新橋にオープンして7年間で3回も移転している「やどかり」という店は、大分の家庭料理を提供する10数席の小さな店で、とり天、だんご汁、りゅうきゅう(魚のづけ丼)といった郷土の味にこだわるが、関さば、関あじのような高級食材は扱わない。


大分料理「やどかり」

 こういった小じんまりした店は、最初は物珍しさでさまざまな顧客も来るだろうが、最終的にはやはり地元大分出身者が中心になっていくのだろう。

 ダイヤモンドダイニングが、新宿3丁目の洋風バル「野生の風」を、08年11月25日に九州料理の「九州屋」に業態転換した。土地柄もあるのだろうが、極めて好調で、九州料理が幅広く受け入れられていることが改めて示された。

 ただし、九州料理とうたった場合、「たもいやんせ」のような戦略性がある場合を除き、九州の中心都市・福岡市の博多料理の何かをメインに据えるべきだろう。そうすれば、あと何を補完すればいいかが見えてくるはずだ。ぐるなびによれば「九州屋」のおすすめ料理No1は、博多一口鉄板餃子(1000円)だ。

 郷土の新食材を発掘して新郷土料理を展開するのもいいが、「銀座吉宗」の教訓からも、郷土イメージから離れたメニューを中心に据えると、いくらおいしいものでも定着しない危険性がある。「銀座吉宗」がいくら茶碗蒸しの名店であったとしても、東京人が食べたい長崎料理はあくまで皿うどん、ちゃんぽんなのであった。

 この九州料理のブレイクを皮切りに、同じ文化圏を共有する郷土料理のまとまりが、今後できてくる可能性がある。東北料理、北陸料理、山陰料理、瀬戸内海料理、四国料理などである。

 ラ・ブレアダイニングの「瀬戸内水軍」は瀬戸内海料理と銘打っているが、愛媛県の食材を使った郷土料理が主流で、「たもいやんせ」型のブランド戦略と思われる。たとえば、瀬戸内海の鮮魚メインに、神戸牛、伊予鶏、広島風お好み焼き、明石焼きなどを出し讃岐うどんで締める店などもありかもしれない。

 エイチワイシステムの「なまはげ」六本木店は、秋田ダイニングである銀座店と違って、東北地方の旨いものを集めた東北居酒屋である。

 九州料理の台頭は、“郷土料理道州制”のようなまとまりが各地でできてくる、前兆現象であるのかもしれない。


【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ) 2008年12月29日執筆