・住まうように泊まる裏渋谷の居心地の良いホテル
渋谷駅より徒歩5分ほど。渋谷でも落ち着いた大人の雰囲気が漂う桜丘町エリアに、2006年7月にオープンしたデザイナーズホテルが「渋谷グランベルホテル」。
ビジネスホテルでありながらも、大人の遊び心をくすぐるのを狙いとしている。入口もわかりにくくつくってあり、隠れ家の雰囲気がする。
08年9月には隣接する場所にアネックスがオープン。本館とは同じ入口でつながっており、約2倍に拡充された。現在の部屋数は105室となっている。
運営会社のフレンドステージは通販会社ベルーナの関連会社で、ホテル、飲食共に初の参入。06年12月には、2号店として「赤坂グランベルホテル」がオープンしている。
渋谷グランベルホテル外観
渋谷グランベルホテルのエントランスと、カフェの「プレート・オブ・パイ・ポップ」。
「渋谷グランベルホテル」の大きな特徴は、シングルの部屋にバスタブがないことだ。これはベッド周りの空間を広くして居心地を良くするための措置で、代わりにシャワールームは広めに取っている。
また、シャワーは超高級のホテルしか導入していなかった、打たせ湯の感覚のレインシャワーを設置しており、これはこれで気持ちがいい。
当初はクレームが多かったが、若い人や外国人を中心に今はそれを面白がって宿泊する人が増えているという。12平方メートルで、定価1万3000円である。
渋谷グランベルホテル本館客室
渋谷グランベルホテルアネックス客室
そのほか、ダブル、ツイン、スイートの部屋があるが、タイプ別に工夫を凝らしている。特にスイートは、テラスのあるメゾネットタイプのテラススイート、最大の広さのラグジュアリースイート、展望風呂が楽しめるビューバススイートとあり、最も広くて61平方メートル、最も高い部屋で6万5000円だ。
メゾネットタイプのスイート
ビューバススイートの展望風呂からは渋谷の夜景が楽しめる。
デザイナーは住宅関連のデザインを手掛けてきた事務所なので、タイプの違った部屋を泊まり歩くのも、いろんな家に住む感覚が味わえて面白い。
デザインのポイントはカーテンで、本館は山の風景、アネックスは家の庭をイメージしており、前者は都会の中の自然、後者は安らぎを表現している。
全般に宿泊客は20代〜30代中心に、業種もスーツを着ていてもノータイのマスコミ、デザイン、クリエイティブ関連の人たちが多い。また、英語のホームページもあって、海外の顧客が半分を占めているのも大きな特徴だ。
レストランは、従来1階の路面に面して、デュアルウェーブ運営の24時間営業のスタイリッシュな立ち飲みもできるカフェ「プレート・オブ・パイ・ポップ」があったが、アネックスオープンと共に、直営のレストランとバーが新設された。
カフェ 「プレート・オブ・パイ・ポップ」
2階のレストラン「グランベルハウス」は、お箸で食べられる西洋料理がコンセプト。シェフは元々フレンチが専門だったが、和の要素を取り入れて展開している。たとえば、「信州牛の刺身」、「まぐろとフォアグラのミルフィーユ仕立て」のようなメニューや、ダシを使って味付けをする調理法などに、和洋の融合がはかられている。夜の単価は5000〜6000円。ワインはボトルで3000〜4万円の価格帯である。
顧客は40代前後のカップルや芸能関係者、アーチストが多い。
人気のランチはドリンクまで付いて1000円前後の価格で、近隣のOLが7割と女性に支持されている。内装は赤を基調としている。
1階のバー「ジーラウンジ」は、白を基調とした内装で、カクテル500円〜と安い値段から楽しめる。バーテンダーは、元は和の職人で、「広島産カキの味噌漬け」など300円メニューや、手づくりのレーズンバターが売りで、おつまみ類が充実している。
バー 「ジーラウンジ」
「住まうように泊まる。日常の中の非日常がテーマです。日本製の水洗金具はデザインの良いものがなく、海外製を使うと壊れやすい。営業当初は金具の損傷をめぐるクレームも多くて、苦労しました。良いサービスを提供するために、毎日が手探りです」と峰脇努マネージャーは謙虚に語った。
・日本流ホスピタリティの頂点目指す会員制クラブ
東京・青山の東京メトロ銀座線外苑前駅前、青山通りに面する「uraku AOYAMA(ウラクアオヤマ)」は、1992年につくられた会員制クラブ。会員か、会員から紹介された人のみが利用することができるクラブである。
宿泊できるゲストルームは20室あり、知る人ぞ知る、元祖デザイナーズホテルである。土地柄欧米のデザイナーがよく宿泊するという。
レストラン&バー、会議や宴会などに使えるバンケットホール、フィットネスクラブを備え、多忙な人がプライベートな時間を心からくつろいで過ごせる空間づくりを行っている。財界人、政治家、芸能人などの利用が多い。
ウラク青山 外観
バンケットのエントランス
セレブ感あるプール
会員は、個人会員、法人記名会員、家族会員に分かれており、登録はすべて1名記名式。入会金は個人会員と法人記名会員が157万5000円、家族会員が126万円。年会費は全会員37万8000円である。会員数は現在1050人。
「ウラク」という店名は織田信長の末弟で、千利休の優れた弟子たち“利休七哲”の1人に数えられた茶人・織田有楽斎に由来する。有楽町西武は織田有楽斎の屋敷跡に建設されており、その地下にゲストハウス「ウラク」が、かつて運営されていた。その「ウラク」シリーズの一環として建設されたが、シリーズの中で今も営業しているのは、「ウラクアオヤマ」のみであり、有楽斎の「茶の湯のわび・さびの心」や「おもてなしの心」を受け継いでいるという。
有楽斎は「有楽の茶は客をもてなすをもって本義となす」という言葉と共に、客人をもてなすにあたって3つの口伝を残した。それは「相手に窮屈な思いをさせぬ事」、「相手に恥をかかせない事」、「相手に満足感を与える事」というもので、「ウラクアオヤマ」ではこれらのおもてなしの基本である、3つの口伝に基づいた接客サービスを行っている。
顧客の顔や車種、そしてゲストロケーションを記憶して、顧客がエントランスで降りたあとに駐車場に移送し、帰る時には駐車場から車を出してエントランスまで配車してくる、全ての顧客への無料のバレーサービスを日本のホテルでいち早く取り入れたことも、「ウラクアオヤマ」のおもてなしを表している。
車のバレーサービスは無料で行う
また会員は、早稲田のリーガロイヤルホテル東京にある、最先端の予防医学とテーラーメイド医療を提供する、東京女子医科大学特定関連診療所「ロイヤルメディカルクラブ」の預託金50万円が免除になる特典がある。
デザインは、香港グランドハイヤットをデザインした、香港のデザイナーであるジョン・チャン氏。西洋とアジアが融合した、ビクトリアンチャイニーズがテーマになっているが、きらびやかな表現は抑えて、わび・さびに通じる落ち着いたトーンでまとまっている。
ゲストルームのうち、36平方メートルのダブルベッドからあるレギュラーが14室、最大で162平方メートルあるスイートが6室。
料金は、レギュラーがメンバー2万6250円〜、ゲスト3万6750円〜。スイートは一番広くて高い部屋でメンバー10万5000円、ゲスト15万7500円(各税込み・サービス料別)。これはメンバーに年会費をもらっているから実現できることだ。スイートではレストランの食事をそのまま、楽しむのも可能だ。
上質を演出したゲストルーム。
ウラク青山スイートルームでの食事のセッティング。
ベッドはシモンズの特注であり、アメニティは英国のオーガニックブランドのレン、浴槽の金具はドイツのドンブラーハのマジソンシリーズを使用するなど、細部までこだわりがある。浴槽の金具にいたっては壊れた場合、修理する業者がないので、従業員自らメンテナンスしているほどだ。
ベッドはシモンズの特注。
金具にごだわりがあるバスルーム。
8階のレストラン「ジョアン」は、フレンチと懐石料理の店だが、珍しいのはフレンチと和の料理を交互に出すコースをメインに据えていることだ(8400円〜)。違和感のないようにフレンチでも、濃厚なソースを使った高カロリーなものではなく、軽めのヘルシーな料理を出している。このあたりは、ヌーベルキュイジーヌの考え方を取り入れながら、健康志向にフォーカスしている。
レストラン 「ジョアン」
レストラン「ジョアン」 個室
レストラン「ジョアン」のコース料理。
また、ランチは3150円のコースからあり、バーラウンジ「ラルゴ」も併設されている。
バー 「ラルゴ」
ロビーの「ショーケース」では、新進のアーチストに画廊のように使ってもらって、世に出る機会を提供すると共に、顧客の発想力を刺激している。
「会員様にとって、第2の家のようにくつろげる場所を提供し続けていくのが理想です」(運営会社コンチェルトのウラクアオヤマ事業部営業部部長・坂本忠邦氏)と、ホスピタリティ産業の究極を目指す心意気で、日々改善に取り組んでいる。
・オフィスビルを転用したフランス資本ビジネスホテル
東京・銀座2丁目、メルサギンザ2やブルガリ銀座タワーの裏手にある「メルキュールホテル銀座東京」は、オフィスビルをリノベーションして高級シティホテルに転用した、実験的な試みで話題になった、デザイナーズホテルだ。 東京メトロ有楽町線銀座一丁目駅にも直結しており、交通は至便である。
経営するアコーグループは、1967年創業。フランス・パリを本拠として、世界約90カ国に約4000店ものホテルを展開する、世界最大級のホテルチェーンで、スーパーデラックスからエコノミーまで10ブランドほどを運営している。
オープンは2004年10月で、日本国内のメルキュールホテルとしては成田に次ぐ2店目。3店目は来年6月に札幌がオープンする予定となっている。なお、リノベーションを手掛けたのは三井不動産で、元のオフィスビルの痕跡が目視では全くわからない見事さである。
メルキュールホテル銀座東京 外観
メルキュールホテル銀座東京 正面エントランス
メルキュールホテル銀座東京 フロント
メルキュールホテル銀座東京 廊下
各部屋、および廊下などの共用スペースは、フランス人デザイナーによって設計された“メルキュールレッド”と呼ばれる落ち着いたトーンの赤い色で統一され、二重窓の防音設計を行っている。バスタブは寛げるように大きめだ。
エレベーターホールに飾られている、昔のパリの写真。
廊下に飾られている昔の銀座の写真。
ベッドはシモンズの幅120センチ・ツインと幅160センチ・セミダブルが、それぞれ全208室の3分の1ずつを占めて主力をなしている。
従来のホテルの主力をなす宴会場を持たず、宿泊のスペシャリストを目指しており、随所にエスプリのきいたデザインと自然素材の家具が上質感を醸し出している。
宿泊料は正規でツインとダブルのシングルユースで2万7720円。2名使用で3万2340円。シングルで2万790円。アコーグループでは繁忙期と閑散期で価格が変動する、独自の「ダイナミックプライシング」という価格体系を有しており、当ホテルも常に正規の値段ではない。
メルキュールホテル銀座東京 客室
メルキュールホテル銀座東京のバスアメニティ。
メルキュールホテル銀座東京はヨーロッパやオーストラリアの宿泊客が多い。
専用ドアで仕切られた奥に、アメニティを充実させた18室の女性専用ルームも設けられており、予約率も高い。
顧客層は30代、40代が中心で、レジャーユースが6割とビジネスユースより多い。男性1名の利用が最も多く、カップル、女性1名の順である。
また、海外の顧客が55%と多く、オーストラリア、フランス、ドイツの順である。
レストランは2階にビストロ「レシャンソン」が設けられている。
ビストロ「レシャンソン」 外観
ビストロ「レシャンソン」 店内
自家製田舎風テリーヌ(1800円)
ランチは1200円〜1850円の価格帯で、パン、サラダ、スープが取り放題。コーヒー付きで、メインを肉料理、魚料理、オムレツ、パスタ、リゾット、キッシュから選べる。
顧客は圧倒的に近隣オフィスに勤める女性が多く、給料日の直後などは混雑する。
ディナーの単価は4500円ほどで、ランチとは打って変わって宿泊している海外の顧客が主流。ドリンクは、グラスワインで800円からある。
1品のボリュームが多く、コースでなく、パンとメインで注文する人が多い。
・葉山の絶景な海岸に日常からエスケープする場が登場
デザイナーズホテル興隆の流れは、郊外にも波及している。
神奈川県葉山町に昨年7月グランドオープンした、コンパクトデザインホテル「スケープス」がそれ。部屋数は4室に限定している。夏には海水浴で賑わう風光明媚な森戸海岸にあり、最近はカジュアルな飲食店が増えており、「スターバックス」の店もできているようなホットなスポットでもある。
「スケープス」という名称は、コンセプトである「美しいランドスケープへ、その日わたしたちはエスケープする」から付けられたものだ。元は企業の保養所があった更地に新築された。
スケープス 外観
メインターゲットは30代男性で、起業家など本物志向の東京のビジネスマンが小一時間でエスケープできることを狙った。男性1人または男性が女性を連れてくる隠れ家のイメージだ。
アートディレクターにニューヨーク在住の美澤修氏、空間デザインはミュープランニング&オペレーターズ設計室長の長濱初仁氏を起用している。
たとえば、共用スペースのライブラリーに置かれた洋書は、中目黒のこだわりの本屋「ユトレヒト」がセレクト。部屋にはプライベートダイニングがあり、近所で食材を買って調理できるといったように、来るたびに新しい情報を仕入れて帰ってもらう場所を目指している。屋上には相模湾を見渡せるジャグジーもある。
スケープスのスタイリッシュなインテリア。
スケープスのライブラリー。
また、部屋のコーヒーは、バリスタによるオリジナルブレンド。朝食は4種類の自家製焼き立てパンでサービスされる。ベッドはシモンズ製、アメニティは英国の自然派老舗ブランドのモルトブラウンを使用している。
部屋はテーマカラーに沿って、サックスブルー、マンダリンオレンジ、エバーグリーン、メープルローズと名付けられ、スタイリッシュな中にも木の温もりを感じるデザインだ。4室とも海に向かってバルコニーが設置されている。値段は正規で3万8000〜7万8000円。
2部屋からなるサックスブルーは一番高い部屋。
部屋はゆったりとした間取りで心地よく泊まれる。
スケープス屋上の海が見えるジャグジー。
レストランは葉山の地野菜、三浦半島の魚など素材にこだわった、フレンチベースのグリル料理が味わえる。アラカルト形式のコースがあり、前菜8種、スープ3種、魚と肉のメイン10種、デザート5種からそれぞれセレクトでき、2カ月に1度はメニューを変えるといった、手の込んだことを行っている。
スケープスのレストラン。
スケープスのレストランはオープンキッチンでリビングのようだ。
地元の食材を生かしたレストランの料理。
昼から営業しており、ランチ、カフェ、ディナーの時間で提供するものが異なるが、3500円、5500円といった値段から、コースが提供されている。ドリンクはハウスワインのボトルで4500円。
ホテル内でチャペルやバンケットもあり、結婚式や二次会で使われるケースも多い。運営会社のポジティブドリームパーソンズは、ブライダルのプロデュース業者として創業して12年になり、結婚式の関連事業は手なれたものだ。ホテルには初進出だが、レストランは既に長崎と福岡で運営している。
スケープスのバンケット。
スケープス屋上の海が見える結婚式場。
「ホテル事業を確立して、大都市の都心部にもどんどんつくっていきたい」(松岡礼生スケープス・ゼネラルマネージャー)と、スタッフは意気込んでいる。
夏場は満室になるが、冬場の平日が埋まらないのが悩みの種だが、女性が男性が喜びそうなホテルとして選んで連れてくるケースも増えているのは朗報。誕生会、プロポーズ、銀婚式など、アニバーサル関連の強化を考えている。
・暮らすように泊まる潜在的なホテルニーズは大きい
以上、4つのデザイナーズホテルを見てきたが、共通する特徴として、感度の高いデザイン、ファッション、アパレル、芸能の関係者や、若手のベンチャー社長・役員の宿泊客が多いことに共通の特徴がある。
また、外国人比率も高く、特にヨーロッパ、オーストラリアから来日している人が多かった。
まだどこででも成り立つビジネスではないだろうが、2003年「ホテルニューメグロ」をリノベーションし、客室9室という東京・目黒の「クラスカ」がオープンして以来、着々と増えている現状は実感できた。
デザイナーズホテルブームの火付け役クラスカ。
ヨーロッパではアメリカと事情が異なり、街中のメインストリートあるいは路地裏にある小さな品のいいホテルがむしろ主流である。
肩の力を抜いてまさに「暮らすように泊まる」ニーズは、今はまだ数多くの人に知られていないが、潜在的なかなり多いのではないだろうか。
そのクラスカも08年春の改装で、和室の部屋「タタミ」3室を加え、レストランもカフェから玄米を中心に旬の料理を出すモダンな和の業態「KIOKUH」にリニューアルするなど、装いを新たに再スタートしている。
大手でも、阪急阪神第一ホテルグループが07年11月オープンした「レム日比谷」、08年4月オープンした「レム秋葉原」などは、デザイナーズホテルの考え方を取り入れた提案である。
また、2010年には横浜みなとみらい21地区に、ニューヨークで人気のデザインホテルの「Wホテル」が245室で、日本に初登場する予定であり、盛り上がりが期待される。
デザイナーズホテルの動向からから、しばらく目が離せない。