・憧れの「カフェ・ラ・ミル」
「カフェ・ラ・ミル」の1号店が誕生したのは、世界貿易センタービル(東京・浜松町)。1985年のこと。バブル期にゴルフ場などを経営していた企業が新たに始めた外食事業で、一時期は50店舗も展開していた。バブル期ならではの豪華な内装で一世風靡した高級喫茶店だ。
小川氏は、父親が横浜ニューグランドホテルで働いていたこともあり、サービスや食に興味を持って育った。中でも、コーヒー好きで、家族でいわゆる「パパママ喫茶店」に通っており、生活の中に小さい頃から喫茶店があった。「ああいうところで仕事したい」と思い続けていたそうだ。
ホテル関係の専門学校を卒業後、配膳会などで働き、ワーキングホリデーを利用してカナダで約半年間過ごした。旅行に行ったシアトルで、当時は日本未上陸だった「スターバックス」を見て感動。「日本に来たら大変なことになるな」と感じたそうだ。帰国後は、地元、横浜の「カフェ・コロラド」FC店にて働く。魚屋の経営で、包丁が飛んできそうな厳しさだったという。
ついに、1998年に憧れの「カフェ・ラ・ミル」に研修生として入る。ところが、半年後にはユニマットグループに買収される。小川氏は、そのままユニマット傘下の「カフェ・ラ・ミル」で店長として働いた。
「カフェ・ラ・ミル」南青山店 店内
・マ・メゾン、私の家
喫茶店とは、お客にとりお茶やタバコを楽しむサード・プレイス(第三の家)。「カフェ・ラ・ミル」のコンセプトは、マ・メゾン(私の家)だ。
「自分のニーズに合った空間を作れるのが喫茶店。1人で雑誌を読んだり、友人たちと会話したり。それに伴って、美味しいお茶やケーキがある場所が喫茶店です」と小川氏。
自分の家のようにくつろげる場所なので、常連客が中心となる。週に2〜3度来る顧客もいれば、毎日決まった時間に来る顧客もいる。そんな常連客が売上高の4割を支えている。
「お客様は同じ店舗にばかりいらっしゃる訳ではないんです。ある時、別のカフェ・ラ・ミルで働いていたら、いつもの常連のお客様から、この店でも働いてるのか、と声を掛けられました。同じような経験を多くのスタッフがしています。常連のお客様は、チェーンだけど店毎に雰囲気が違うので、別の店舗にも足を運んでくださるんです。」
「毎日、毎日の小さな積み重ねがあってこそ、常連のお客様に愛され、20年以上も続いてきました。スタッフも同じで、私より長く働いている方も多くいます」と言う。常連スタッフによる安心感が常連客を惹きつけている。店舗には常に社員が2〜5名おり、アルバイトだけでは極力店を回さないように配慮している。
常連客のウェイトが高いということは、安心感が求められ、保守的なお客が多いということ。売上がブレにくい業態だ。
「景気が悪化した昨年暮れですが、11月、12月ともに既存店売上高は100%超えました。思ったよりもへこまない。常連のいいお客様がいっぱいいるんです。」
・2スタイルの「カフェ・ラ・ミル」
モデル店舗は、30坪50席で、客単価900〜1000円。月商は500〜700万円。40坪以上だと1200万円を売る店もある。FL値は50〜55%。大型店では50%を切る。5年償却を出店基準とし、損益分岐点は坪月売上15〜20万円。
ユニマットが買収後、食事もできる明るい内装の業態も商業施設向けに作った。「カフェ・ラ・ミル」には以前からある喫茶を追求したクラッシック・スタイルと、このニュー・スタイルの2種類がある。
当時、事業本部長で、現ユニマットクリエイティブ副社長の金井伸作氏の元、買収後の拡大路線を変更し、不採算店を閉鎖した。現在は優良な23店舗が残されている。さらには、以前のクラシック・スタイルへの回帰を進めてきた。
「買収後、本来のカフェ・ラ・ミルから、ニュー・スタイルに変えていった。正直、僕としては悲しかったです。でも、金井さんが本質的な部分をもう一回やらなきゃだめだと言ってくれ、信頼するスタッフが支えてくれ、少しづつクラッシックな本来の姿に戻していきました。嬉しかったですね。」
<クラシック・スタイル>
横浜元町店 店内
ラミルブレンド&ミルフィーユ ケーキセット1200円
オレ・グラッセ850円
テ・オランジェ900円
カフェカプチーノ900円
<ニュー・スタイル>
横浜ジョイナス店 ファサード
横浜ジョイナス店 店内
エスプレッソバリエーションメニュー680円〜
ケーキセット ハーフ&ハーフセット1300円
・コーヒー1杯に気を抜かない
「変わらないために、日々変わり続けねばならない。同じコーヒーでも空気感、温度によって変わってきます」と、ベストな状態を常にキープしようとしている。
「例えばコーヒーカップ。1客1〜3万円もするブランド物を使っています。飲み口が違うとか、持ち手が違うとか、こだわりがあるんです。それが付加価値につながります。」
さらに、スタッフにも常に緊張が求められる。
「お客様の感じている空気を感じられるか、感受性が大切です。相手を受け入れる気持ちがあることです。また、レストランは構えるべき時間帯が決まっていますが、喫茶店はいつお客様がいらっしゃるか分からず、常に身構えていなくてはいけない。いろいろな方向にアンテナを張り巡らせなくてはならない。緊張する仕事です。」
幅広い時間帯 利用動機に応じたサービスが求められる。
「例えば、OLさんのランチタイムは1時間しかない。その中で、ご飯を食べたい、お茶も飲みたい、お化粧も直したいと思っています。それを叶えてあげる。」
「マニュアルはありません。先輩から脈々と受け継がれてきているものがあります。店長が部下に、そしてアルバイトに教えていく。そして、店長自身が行動して見せていく。脈々と受け継がれたものが核になっています」と、小川氏の言葉から誠実さが伝わってくる。
緊張を強いられる仕事にも関わらず、働きたいというアルバイトはひきも切らないという。
「コーヒーが好き、紅茶が好きという方が来てくれます。一度辞めて、また戻ってきてくれるアルバイトさんも多いんです。働いてくれる方々のロイヤリティが高いのに驚かされます。でも、男性はほとんどいません。男性はどこで働いてるんですかね(笑)」と、気の細やかな女性スタッフに支えられている。
・喫茶店でアルコールが伸びている
アルコールの需要が伸びている。実験的に、スパークリングワインやカクテルなどのアルコールメニューを挟みこんだ所、売れ始めているという。
「今まではバーとかに行く余裕があったが、不景気でカフェでちょっと軽く飲んで帰りましょうというお客様がじわじわでてきています。お茶はなかなかお替わりしてくれませんが、面白いことに、アルコールになるとお替わりしてくれる。歌舞伎町の店で実験をやっています。アルコール売上は未だ3%ですが、じわじわと伸びてきてます。」
「夕方、コーヒーを飲みながら話をしていて、ちょっとお酒が飲みたいな。アルコールメニューを見て1〜2杯飲む。そして、最後の〆にコーヒーを飲んでくれたらいいんですが(笑)」と言う。軽いおつまみも充実させようとしている。クラッシック・タイプでは人気のモルトウイスキーの販売も面白そうだ。
しかし、あくまでも「美味しいコーヒーと美味しいケーキ」が主軸となる。
・ユニマットに育てられた
小川氏が管轄するカフェ事業は、8業態39店舗。売上高約28億円。紅茶がメインの「ニナス」はフランスのヴァンドーム広場に本店がある。世界で最初にフレーバーティーを生み出した。現在12店舗を展開し、コーヒーの「カフェ・ラ・ミル」に続くブランドに育てようとしている。
「フレーバーのバリエーションが豊富です。ミルクティーにしても美味しい。多様なフレグランスの楽しみ方を普及させていきたい」と小川氏。
<ル・サロンド・ニナス>
恵比寿ガーデンプレイス店
横浜クイーンズスクエアー店内
横浜クイーンズスクエアーテラス
ミルクティー&ジャムティー
ケーキセット1200円〜
恵比寿ガーデンプレイス店 フード
横浜クイーンズスクエアー店 フード
ユニマットは、世界最高のQSCAを提供し、世界最高のミドル・カジュアルコングロマリットを目指している。ミドル・カジュアルコングロマリットとは、30店程度を展開するブランドを数多く持とうという戦略だ。同じグループブランドの「オーバカナル」などとならび、「カフェ・ラ・ミル」「ニナス」も成長中だ。
「店長時代に、高澤社長が店を訪ねて私にも声をかけてくれました。将来はお前が頑張らなきゃいけないんだと言われ、凄く嬉しくて、それをモチベーションに一歩でも近づきたいと頑張ってきました。」
「そして、金井さんに出会った。金井さんは宇宙人です。言うことが的を射ています。なぜ、そこまで気付くの? できるの? 言うだけでなく目の前でやってしまう。店舗に同行してもらっても、かなり高いレベルで指摘してくれます。僕を育ててもらいました。」
「また、社内にはオーバカナルなどレストラン事業を管轄する田代君(㈱ユニマットクリエイティブ事業本部部長 田代 圭氏 2008年10月29日号にて紹介)がいます。年下ですが尊敬しています。社内にベンチマークすべき人間が沢山いるんです。常に緊張感を持って仕事に取り組めます。」
独立することだけが外食ビジネスではない。有能な人材に恵まれた環境で切磋琢磨し、1人では困難な高い頂上に企業としてチームで登る道もある。そこには1人で味わう達成感とは異なった、チームの人数に比例した何倍も大きな達成感が待っている。