フードリンクレポート


<第66回フードリンクセミナー・レポート>
「海外出店で成功させるための掟」
〜シンガポール外食市場へ〜

2009.2.4
1/21に東京・丸ビルコンファレンススクエアにて開催された第66回フードリンクセミナー。シンガポールへ出店する3名の経営者に出演いただいた。昨年12月に「A971CAFE」を開店させた楠本修二郎氏(カフェ・カンパニー株式会社)、「博多らーめん 由丸」を1月末に出店する小島 由夫氏(株式会社M・R・S)、「ガーブ・オブ・トウキョウ」を3月に出店する佐藤裕久氏(株式会社バルニバービ)。シンガポールの特徴や出店の魅力について、フードリンク安田正明が聞いた。


左から、楠本修二郎氏(カフェ・カンパニー株式会社)、小島由夫氏(株式会社M・R・S)、佐藤裕久氏(株式会社バルニバービ)、そして安田正明(株式会社フードリンク)。

どんな店を出店、もしくは計画?

<安田>
 今回のテーマは海外出店ですが、国をシンガポールにまとめました。経済的、社会的にも不安定なことが分かった中国への進出はトーンダウンしている中で、アジアで注目されるのはシンガポール。治安も安定、商売ルールも確立されています。騙し、騙されもない。また、シンガポールはアジア中からウォッチされ、成功すればアジア中に広まる。アジア中の金持ちが集まっている国です。そんなシンガポールにどんな店を出店され、または出店しようとしているのか、お聞かせ下さい。

<カフェカンパニー楠本>
 観光スポット、クラークキーの対岸で、倉庫を改装したリバーサイドポイントという場所に、東京ミッドタウンにある「A971」をオープンさせました。小島社長のパートナー「ジャンボ」さんもそこに入っています。「ジャンボ」さんの隣の隣。1Fの路面店です。カフェダイナーで、夜10時からバータイムになり立ち飲みです。

 オープンは12/12。12月はシンガポールも落ち込みましたが、1月はチャイニーズニューイヤーで盛り上がります。徐々にいろんな人たちが集まってきている状況です。夜は川沿いなので涼しいです。昼間は暑いので、取りあえずは夜だけでいいかと、17時から開店して、深夜1時終了でスタートしました。週末は3時まで延長しています。

 シンガポールでも客単価が高めの業態は若干落ちてきたようです。うちは日本円で4千円、ワインを飲むと6〜7千円。

 各店がお酒のプロモーションを仕掛けています。例えば、1杯注文するともう1杯付く「ワン・フォー・ワン」。プロモーションが多様で、各店競争しています。プロモーションにかけるコストも事前に用意された方がいいです。月〜金曜までイベントを打っていて、水曜日はレディースナイトが多いです。

 客層は、日本人の駐在員が10%くらい。シンガポールは日本食がブーム。世界的にそうだと思いますが。ラーメン、寿司で強い業態があります。日本食の業態は出揃ってきている感がありますが、今後、僕らが目指したいのは、日本食をカフェという切り口で、ライフスタイルという形で切り取っていく、そうした編集をやっていきたい。お客としては日本人10%、金融街が近いので西洋人が40%、観光客が10%。残りがロコの方。リバーサイドポイントの上が、広告代理店やメディアが多いのでそういう方々がいらっしゃいます。年令は、20〜60代まで幅広く、欧州の方は年齢が高い傾向です。

 店内は40坪、テラスが20坪ちょっと。シンガポール川沿いにテラスを作って下さいと交渉しました。川沿いは川のヘリのところまで椅子テーブルを出せる。それを入れると100席くらいです。

 売上目標は、2000万円。現地企業とジョイント・ベンチャーを作りました。

 内装コストは日本の8掛。でもかかっちゃっいましたね。もう少しパッケージ化するとコストダウンできるのでしょうが、オンリーワンの店をシンガポールに出すと、どうしてもデザインの話が中心になってきます。素材の選定や、デザインしていく上で、ウチは設計を全部自分たちでやるんですが、リードタイムがかかったり、結構お金がかかるなという感じです。

また、不動産を契約したのが去年の7月末。レンタル開始が9月。家賃は、その当時の中では安かったかと思います。シンガポール川沿いのテラスは、レンタル料は発生しません。パートナーはシンガポールで上場している会社、彼の交渉力でしょう。

<MRS小島>
 実験的に、中国やタイでパートナーを見つけながら、自分たちだけでは出ないんですが、5〜6年実験をしてきました。ただ、ことごとく、これが上手くいきましたと言うお話までは行ってない。失敗をしたなりに勉強してきました。

 今回、シンガポールにラーメン店「博多らーめん 由丸」を出そうと思った大きな要因は、私自体が東南アジアの仕事をやってきてもう25年くらい。だいたい東南アジアの事情は分かっています。今までは 日本ではありえないような和食店がありました。例えば、NYに行くと、ラーメンもカレー、寿司もある、それが日本料理店のような時代がずっとありました。日本がいろんな文化を紹介することにより、これは違うなと。寿司は寿司屋でしか食べられないし、カレーライスはまた、寿司やとは別だ、ということが各国の日本食を食べたいというお客さんが理解してきた。今まであった和食店が何かちょっと違うぞと思い始めたのが1〜2年。

 特にシンガポール人は日本に訪れる機会が非常に多いし、憧れもある、雪を見てみたい 築地市場を見てみたいと、ここ1〜2年、非常なブームです。テレビ番組があったようです。日本の事をきっちり説明する内容で。それが最高視聴率を取った。逆に言えば、シンガポール人から、「札幌のここにこんな店があるんだよね」と言われても僕らは全然知らないんです。彼らの方が詳しい。

 日本の文化を理解し、何がいいのか悪いのかが少しずつ分かってきた。こういうタイミングで、われわれはラーメン専門店、日本の味をそのまま出そう、と計画してシンガポールを選びました。

 いろいろ問題はあります。シンガポールで最初に難しいなと思ったのは不動産の契約。これは基本的に3年契約がベース。僕らには3年で償却できない。3年を繰り返していくらしいが、3年経った時にどうなってるのか、が最初は想像できなくて、儲かったら家賃がガンと上がっちゃうんじゃないか。心配しました。

 今回、我々が見つけた場所は、シンガポール・シーフードリパブリックを共同で運営しているシンガポールの老舗のシーフード店4社の内1社が元々持っている店舗。場所は、ホーランドビレッジといいます。シティセンターではありません。日本で言うとちょっと東京駅から代官山くらいの距離。車で10〜15分。そこは高級住宅街。欧州の方が沢山住んでいる場所。シンガポールの有名な店はだいたい出店しているような場所。ほどんどがレストランとパンやという小さなストリートがあります。その中に、パートナーのハンさんが持っていたヌードルショップがあった。それを「博多らーめん 由丸」に変えたいと言われ、我々も、そういう契約であれば何の心配もないので、じゃここで行こうと決定。

 今のところオープン予定は、3月頭です。本当は12月でしたが、延びてしまいました。何で延びたのと聞いたら、正月だったからという単純な答えが返ってきました。そんなこと最初からわかってるじゃん、といってもこれはシンガポール流のやり方。皆さん、海外に出られる時は、日本人的な考え方だけでは行き詰まってしまう。キチッとしないと厭という方ではなかなか難しい。

 内装は、日本の8割と聞いていました。我々は、オープンが遅れて発注が遅れた。ラッキーで円高の影響もあり、日本で坪100万であれば、60万でできた。

 家賃は、古くから契約している場所、非常に安くて参考にならない金額だと思います。チェーンで何店もやりたいので、最初の1号店で勝負をかけようと思っています。できるだけイニシャルを使わずに家賃も安くと思い、物件に出会うまで3年くらいかかりました。

 シンガポールのラーメン事情ですが、日本から本物として進出しているラーメン店がいくつかあります。有名店もあります。ラーメンを現地で生産しようと思っていたところ、全然違うものができて、今は飛行機で日本から運んでいる店もあるようです。いくら売っても原価的には合わないでしょう。我々はその辺も研究していましたし、すごくいいパートナーで、そこのセントラルキッチンを使って、スープと麺を自分たちで作ります。ラーメンのスープは鍋があればいい、麺は粉を混ぜる機械とカッティングの機械があればよい。問題は粉の混ぜ方。そこをきっちり教えれば日本と変わらないものができるだろうと判断しました。

 ラーメンは基本的に大人気商品だと思います。向こうの方はラーメンは日本食だという認識もあるし、向こうのヌードルに比べれば多少高いお金を払っていただけるレベルにはなって来ました。

「トンコツ」は、彼らには全く経験がありません。実は、アジア全体にトンコツブームが起きています。ベトナムや中国で、鍋にトンコツを入れて、そのまんまスープを作っているホットポット屋さんがかなり増えてきました。ブームです。イスラム教国では豚は食べないので、そこでは無理だが、それ以外の国ではたぶん大丈夫と思います。


楠本氏(左)と小島氏。

<バルニバービ佐藤>
「ガーブ」というカフェカジュアルダイニングを持っていきます。我々も初出店なんで、単独ではきついかなと思ってパートナーを組みました。45という会社。45万シンガポールドルで資本金を積んでいるが、4社合弁です。イニシアティブは僕がとって進めています。他は、向こうの日本人が経営している内装会社。あと、僕の友人の会社2社。30、30、30、10で作った現地法人です。バルニバーニも独自に現地法人を作って事業を推進します。

 ウチは以前、中国で店をやったんです。「ガーブ夜間飛行」という店。8ヶ月後には人のものになってました。カラオケをやるという。アジアでカラオケといえば、どちらかと言えば売春。これは、われわれが出来るわけがない。全面撤退をした。契約面でも苦悩しました。シンガポールはちゃんとしているので、仲間でチームを組んでやれば何とかしのげるかなあ、と思ってやっています。

 34坪、プラステラス10坪。自由に使えるスペースはありません。45坪で60〜70席の店になると思います。客単価は3千円台。楠本さんの店にも行ってきましたが、我々の方がより食べる方かな。楠本さんは非常に人通りの多い場所、我々はわざわざ来てもらわなければいけない場所。我々の方が1ポイントくらい落ちる立地。ちょっと食べる臭いの強めの店にしようかな。

 もう一つ、僕はお酒が飲めない。お酒を飲む人の気持ちがわからない奴がバーをやると上手くいかない。今までバーを5件やってますが、5件とも潰しました。糖尿なんで、甘いものが好き。シンガポールの甘いものはイマイチ。出てくるのはタピオカ、マンゴプリン、杏仁豆腐、ごま団子 中華系。デザートをぶつけてみよう。ダイニング+デザーテリアをやりたい。

 一つ、チェッと思ったことがありました。デザートショップも6月にオープンする。デベロッパーは去年の内にやるとずっと言っていた。僕はおと年から話を進めていた。その為に何十万ドルの資本金の会社を作らないと契約できないと言われた。年末に資金調達が終わっていた。1シンガポールドル=75円で3,4千万円積んでた。今日現在、60円台。為替損だけで1千万円くらい出した。それも勉強。もう完全にイニシアルコストの計算を終え、レストランとデザーテリアで5千万くらいか。でも、実際は6千万円くらい積んでる。差損の1千万を現地で取り返せるように頑張ります。

 料理は、日本的なものとフュージョン。シンガポールに半分くらい住みたいと思っています。シンガポールをベースにアジアに行けるといいな。欧州よりアジアの方が向いている。自分が住んで、この店にあって良かったと思える店にしたいので、お茶漬けを何とかしてくれとキッチンに言ってます。メインは、パスタ、イタリアン、フレンチという僕らの得意としている分野。本当にご飯を食べたいなと思った時、おかあちゃんのご飯をどこまでやれるか。企画部にはめちゃめちゃ反対されてます。

「ガーブ・オブ・トウキョウ」と言いながらお母ちゃんの味。丸の内でやってるシャンパンナイトで、歌謡曲のDJをやってます。丸の内の夜を楽しくしよう。そんなイベントもやろう。カッコいいけど垢ぬけてない、泥臭いのと垢ぬけないのにホッっとするタイプなんで、かっこいいことをウチの企画にやらして、僕は汚す役目をしたい。それが今のシンガポール人のカルチャー度と思っています。憧れはあるが、まだ、パリのファッションには付いて来れないとか、NYのスタイルには付いて来れない、折衷案の時期なんですよ。彼らは必死で学んでるし、カッコよくなりたい、素敵になりたいというプロセスの中にいる。ちょっとした間をついてホッとできる店にしたい。

 日本への憧れはめちゃめちゃあると思います。クラブとか行っても、日本なら絶対相手にされない。でも、シンガポールで行ったら、ちょっと相手にされる(笑)。それみても、日本への憧れがあってくれるのかな、と思ってます。


佐藤氏(左)と安田。

<安田>
 楠本さんも「東京」という名を付けています。「東京」は効きますか?

<カフェカンパニー楠本>
 東京に集まる多様なライフスタイルコンテンツは世界に誇れるものですし、今後、これは世界に向けて発信できるコンテンツだと思っています。もちろんアジアへも然りです。また、日本食はいっぱい出てきているが、東京というのはどんなキャラクターなのか、東京の中でどんなジャンルなのかまではまだ分からないですので、1つの編集の要素として、東京は分かりやすい入り方です。

<安田>
 東京といって、日本料理じゃなくて、パスタやフュージョンが出てくる。彼らの考える日本とは違うものじゃないですか。そういうのは受け入れられますか?

<カフェカンパニー楠本> 
 カレー、パスタなど日本の洋食は既に日本料理になってると思います。パスタの専門店で「和楽」、「パスタマニア」というのも出てきている。ちょっと和風ダシが入っている店が多い。ハンバーグ、とんかつも含めて洋食というのもが1つの切り口としていいかなと思います。

<安田>
 パスタ=日本のイメージですか?

<カフェカンパニー楠本>
 美味しいパスタは日本という評価はあると思います。ただ、シンガポールの方の麺文化は独自で深いの。香港は細麺でツルツル。シンガポールは太麺で柔らかい。アルデンテに対しては評価が分かれます。ゆで過ぎで、ちょっとモチモチ感があるのがいい。一方でホワイトカラーや欧米の人たち、ヤッピー層はアルデンテがいい。

 シンガポールという国は多国籍で多文化。NYと同じくらい多様性が溢れた国。NYと違うのが、それが混じってない感じがする点。アラブはアラブ、チャイニーズはチャイニーズ、混じりきってない。どこにフォーカスしていくのか、編集に課題があるが、そこが面白いところでもあります。


シンガポールで予想外だったことは?

<バルニバービ佐藤>
 7年前にシンガポールに行った時、この街では出したくないと思いました。改めて、一昨年行って、何か面白いと思った。その差は、この6〜7年でシンガポールにキャッチアップされたのかなと思います。時代に対して前へ踏み出している姿勢。新しいものを生み出していくんだという覚悟。

 彼らは自分たちの想いの強さ、食いついてくるエネルギー、工場の方とも会ってちゃんと対応していただける力、メールもちゃんと応対していただいたり、礼節も含めて、日本人が誇りとしてきた、戦後から立ち直ってやってきたという思いを何か失っているという空気感、今回シンガポールに行こうと思ったことのきっかけでもあります。逆に、思った通りを超えた。彼らと一緒に仕事ができることが幸せなことじゃないだろうか。そんな風に感じてます。

 6年前は、厭な思いをしたわけじゃなくて、まずはおねえちゃんがかわいくないと思った(笑)。ファッションも訳が分からないし、すごい整備されているが、日本がファシリティを重視した商業施設を作っていた時代と同じ。そこに逆もどりしたくない。その国の持つ新しいエネルギーや伝統をベースにしたオリジナリティとかに我々は興味を持つ。それが何らない、先進国を模倣した健全なアジアの小国というイメージだった。

 今は、間違いなく新しいものを生み出す力と、国家が全面に出て整備してます、世界最大の観覧車、大きなホール、カジノとか。でも、古い教会をそのまま使ったレストランがあった。ここまで来た、もしくは超えられてしまっている。厭というより、7年前は我々がワクワクする街ではなかった。

<MRS小島> 
 シンガポール企業と付き合い始めたきっかけは、シンガポール政府の中の、日本で言うと経済産業省で、シンガポール文化を輸出しようという動きが2年ほど前から始まった。政府自体がお金を出して、日本でのビジネスをやりたい企業向けに僕が講演などやらせていただいています。政府の仲介です。日本の企業とシンガポールの企業とお互いに政府が仲介することにより最初から信用できる。どういう人なんだろうと考えずに済む。その方がスムーズに動く。日本との大きな差かな。

 シンガポール自体が小さい島で、東京都くらい。非常にまとまりやすい。ベースが華僑中心の国。放っとくと、つばを吐いたり汚くしがちだろうということで、すごく厳しい法律で縛られています。でも、どこ行っても綺麗だし、安全だし。僕らが忘れてしまった未来へ向かうエネルギーみたいなものを感じている。法人税は17%。本社を移そうかなと思っているくらい。企業誘致しているし、労働力じゃなくてホワイトカラーの頭脳を世界中から呼んできたり、文化を輸出する代わりに頭脳を輸入しよう。ダイナミックな国。そこに魅力を感じる。

 子供が車をいたずらでちょっと傷付けたりすると、ムチ打ちの刑にあうらしい。マリファナ所持は2週間で完全に死刑になってしまう。悪いことはできない。ちょっとダークなところがあった方が面白いってことがあるじゃないですか。でも、そう言うものはない。何かやっちゃうと、締め付けも厳しいのかなという心配もあります。

<カフェカンパニー楠本> 
 予想外は3つ。金融危機。シンガポールのGDPの10%が金融機関。そこに占める比率がすごく大きい。そういう方々の財布が縮んだかな。超観光立国。リー・クアンユー初代首相の牽引のもと、長期ビジョンで、630万人の都市にして、人の流動性を高めようとしています。企業と観光では、観光も含めたサービス業というところが経済を支えていくと思います。

 もう1つは、お酒を飲みながらご飯は食べない。エスタブリッシュの方々はご飯とお酒を大切な方々と楽しむという習慣があるが、一般的には、ご飯はご飯。シンガポールの店は思いっきりバーでビバレッジが7〜8割。どっちも取ろうと考えると結果的にフードが8割とか。どういう風に分かりやすく伝えていくかが重要な要素。

 さらに一つは、人材。フリーターはいない。人材確保は、社員にしていく。

 20年前からシンガポールに遊びにいっていました。その頃は、ホーカーズという屋台街が活況でしたが、10年くらい前から、政府が食品衛生を強化して、昔からの屋台街がなくなりました。ここにはチャイニーズ、インド、イスラムもある。食の多様性に満ち溢れていて、しかもそこには地元のファミリーも来れば、ビジネスマンも来れば、お茶を飲んでる人もいるし、観光客も来る。すごいコミュニティー度が深い場所が、ホーカーズ。その、屋台街のホーカーズというノウハウが切り替わってフードコートに変わった。フードコートとして、出てきたアジアの食の多様性は勉強になります。シンガポールは面積的には小さい都市だが、まだまだ知らない食があります。屋台から始まってフードコートというビジネスモデルを作ってしまった。文化と仕組みの2つがビジネスって必要じゃないですか。それを持ちあわせているのがシンガポールの強さかな。


シンガポールの分煙事情は?

<安田>
 神奈川県の分煙条例が話題になりました。今年1月になってから、松沢知事が弱気になって、100平米以下の店は分煙するのは努力目標にトーンダウン。シンガポールの分煙事情を教えて下さい。

<MRS小島>
 レストランの中は全て禁煙。外にテラスがだいたいの店にはある。そこの席の30%くらいは吸っても良い。今年の1月に新しい法令が出て、入口から5m離れなければいけなくなったようです。詳しくはわからないが、テラスもそのうちダメになるかもしれない。シンガポールの連中に聞いてもわからないが、法令が出ているらしい。

<カフェカンパニー楠本>
 喫煙比率は高いですね。うちは正にテラスがあって、20%喫煙可にしています。シンガポールの方って、実は喫煙者が多いと思います。神奈川の条例と同じで、消費者側はどうとらえているのか、ニーズは非常に高いけれども、法律はどういう風に改正されているかがなかなか降りてこないので、常に注目しているしかない。

<安田>
 バーでも2割の喫煙スペースですか。お客様はその2割が埋まっているとどうしますか。

<カフェカンパニー楠本> 
 数か所、デベロッパーと相談して、「ここだったら吸ってもいいよ」という場所があります。ウチは立ち飲みの方が多いのでそれを想定して、バーエリアの近いところに、立ち喫煙エリアを作りました。吸煙機械のようなものはありませんが、エリアを区切ってあり、灰皿のみを置いて喫煙させています。街中にはタクシースタンドの前や、ホテルのロビーから数m離れたところなど、喫煙できるスペースはいくつかありそこで喫煙しています。ウチの店はタクシースタンドが目の前にあり、そういうことで、喫煙いいよとなったと思います。

<バルニバービ佐藤> 
 
法律なので当然遵守しなければならない。日本でも慣れてきて、タバコ吸う場所に行ったり、タバコは数分でリラックスできるんで、上手くやってるんじゃないかな。シンガポールの方はつかまる。でも、ダメなんだけど、歩きタバコしている青年達も沢山いる。日本以上に街頭に立つ警察官は少ない。東京は、やたら職務質問されそうな感じ。シンガポールの方はほとんどいないが、監視カメラがある。国民にとって、警察や軍がいっぱいいることはあまり気持ちいいことじゃない。全部わかって彼らはやってる。若い子はこの程度は許されるだろうというレベルでやる。

<安田>
 神奈川県では、100平米以下は努力義務になった。景気が悪い中、投資する余裕がない中で、飲食店の皆さんはほっとしてるんじゃないでしょうか。


今後、シンガポールでの展開は?

<MRS小島>
 急激に不景気がきた。その前に考えたことはそのままではいかない。「博多らーめん 由丸」シンガポール店の立ち上げはきちっとしますが、その後はしばらく待ちかなと考えています。アジアに関しては、ちゃんとビジネスをやっていきたい。各国にパートナーをきちっと作って、出店していきたい。ベース基地になるのがシンガポールと判断。パートナーはレストランを何10年もやってる人たち。彼らと組んで他のアジアの国に、日本から直接ではなく、シンガポールから他のアジアの国に行こうかな、と考えてます。言葉の問題もあるし、中国人独自の哲学とか、考え方もあるのでそれを100%理解するのはむずかしい。それを素晴らしいパートナーを見つけ、華僑系の彼らと本当に信頼関係が結べた時に他の国に行けばいいんじゃないか。

 日本的な考え方は、特に企業ではなかなか通用しにくい。なぜなら、アジアの国はほとんど華僑グループが握っています。華僑グループの特徴は個人ベースで物事を進めること。企業は個人のお金をうまく運用するためのシステムと考えている。あくまでも個人の財布、個人の考え方が主流になる。それを理解しました。僕がマルハを退社しこの会社に賭けようと思ったのも、コカレストランのオーナーが、1対1の個人の関係にならない限りブランドをあげないと、20年前に言われたことです。僕も会社を辞める決意をし、個人でやる。スポンサードは当時のマルハがそのまましていただきましたが。1対1の個人の付き合いを理解できましたので、それから20年間、個人として1対1でずっと付き合ってきました。海外、特にアジアに出て行くぞとお考えの方は、まず先方がほとんどの場合は華僑だと思いますので。その個人ベースの考え方をしっかり把握した上で お出になることをお勧めしたいと思います。

<安田>
 華僑の方々との付き合いで気をつけることはありますか?

<MRS小島>
 ファミリー、自分の家族のように付き合う。自分の腹の中までさらけださないと信頼してもらえない。先方と会うチャンスを沢山つくることがポイント。一旦信用していただければ、その信頼関係は友達のように崩れないものになっていくはずです。やっていて非常に楽しいし、担当者が途中で変わることもない。付き合いとしてはやりやすい。パートナーが各国に全部で5,6人。スキーに行きたい、温泉に行きたいと言ってきます。その人たちが毎年1,2回来る。毎月来ているような感じです。すごい時は同じ時に3組来たりする。私がスキー旅行に1ヶ月近く行きっぱなしということもあります。厭だとは全然思わず、ラッキーと思っている。それくらい個人、個人の付き合いで、仕事というより楽しんでやってます。

 個人、個人の付き合いの中で一番難しいのがジェラシー。例えば、タイのいいパートナーと組んで、コカレストランやマンゴツリーをやってますが、シンガポール・シーフード・リパブリックをやり始めの時になんでやるの、と聞かれました。また、もの凄い儲かりだしたりすると、何となく面白くないなという気持ちが生まれる。私個人としてそんなこと言っちゃダメだよ、と話して、やきもちなんか焼いちゃダメという話をします。個人、個人の人と付き合う時の難しさは出てくると思います。親しすぎてもダメ、バランス感覚がむずかしい。何も隠さないことかな、と思っています。儲かった時は儲かったよと話しておけば、大ゲンカになるようなことはない。

<バルニバービ佐藤> 
 一昨日、1人の女性を面接しました。その彼女はシンガポールで働きたいということで僕の面接を受けた。きっかけは、彼女がシンガポールで仕事をしたいと思ってシンガポールに行ってた時に、たまたまあるバーに入って、横に座ったおっちゃんと仲良くなった。「今度レストランやるんだよこの近くで」、と言われた。それが僕のパートナーでした。彼女はマネジメント系の仕事をしたいということだったので、2人で意気投合。僕に電話してきて、「彼女は行けそう。日本に帰るから、帰ったら面接しといて」と言われた。一昨日、来られた。彼女からこう言う事を聞いきました。

「ちなみにこれから何年くらいシンガポールで働いて、何年くらいで日本に帰ってきたいと思ってる?」と聞くと、「帰ってこなくていいです。帰る気はないです」、と言う。「お前何んでや」と聞いたら、「仕事ができるのに機会が男女で均等でなかったりする」と言う。ウチの大阪の本部は16人中10人が女性と、女性は優秀です。

 シンガポールはそれが正しく対等。私生活で見てると女性上位。やたら謝ってる男を道で見かける(笑)。本当に対等もしくはそれ以上に仕事ができる女性が多い。

 僕はシンガポールに行ってどんどん展開したいというより、日本の中で機会を失ったり、何かのトラブルで前途を失ったように思ったりする人たちが沢山いる。不況、会社のリストラ。言葉も大事やけど、飲食は食べたら分かる、感じたら感じあえるみたいな仕事。食べるということをベースに言葉は違うかもしれないが、アジアに出て行って、可能性を広げていける橋渡しの役ができればいいかな。

 それが特に女性にとってはシンガポール。絶対に性犯罪的なことは日本の何10分の1の確率でしか起こらないと思うんです。僕の仲間をシンガポールに呼んでやるのは凄く安心なことだし、出ていける人がいるなら、出ていけるチャンスを作るために店を出す。あるいは、事業を展開できたらええな。自分の生活感や人生観やこんなもんかなと思っているものが、ポンとステージが変わったりするチャンス。人々の目がキラキラして、シンガポールこれから行きますよ、みたいなことを共有できる環境にできたらいいなと思ってます。

<安田>
 労働ビザは取りやすい?

<バルニバービ佐藤> 
 ワーキングホリデーはあります。オーストラリアに比べると少し取得は難しいと思いますが、エンプロイメント・パスは比較的容易に取れますが、ホワイトカラー、技術職はどんどん取れます。取り敢えず630万人の国にしようとしているので、比較的とりやすいかな。

<カフェカンパニー楠本> 
 アジアに向けての志、気持ちの部分で言うと、僕は博多で生まれ、育ちました。海外に行こうと思った時、海沿いの道でタンカーを眺めながら、海外に出ていきたいな、船乗りになりたいなと思ったりしていました。まず、その為に東京に出てきて大学に進学し、就職して、その前後くらいに大学時代から仲の良かったシンガポーリアンがいて、シンガポールに遊びに行きました。視野の広さと、街全体のエネルギー、話好き、上下関係なし。自分が知らない先に行くんだという気持ちに満ち溢れていて、それでアジアのハブになっている。

 シンガポールで何店舗出すという議論よりも、東京があって、関西があって、福岡があって、沖縄があって、日本とシンガポールと2つの基軸の中で、ぐりぐりと交流ができれば、それが一番の目標。

 カフェとして何をやるのか。スタバとかシアトル系が日本にきました。欧州のカフェも日本経由でアジアに来ました。世界からも勿論、シンガポールにはアジア各国から人が来る。フィリピン人は素晴らしいホスピタリティ。それから、ビルマ人は英語圏で英語が話せてナイスホスピタリティ。タイの方々も調理への意欲が熱心。成長していこうという人たちがアジア全体から集まってくる活気が、結果的にシンガポールの多様性を生み出してるんじゃないかなと思う。多様性とホスピタリティは、日本に持っていくというより、交流する中で何かお互い学び合う場があってしかるべきなんじゃないか。

 パートナーの存在がすごく重要です。ウチのパートナーは、ほぼ同じ年商。年も僕といっしょだが、真逆の性格。数字に強くて、会っていきなり、お前の店の客単価いくら、というくらい数字の話ばかり。10回くらい議論して、ちょっと無理だとあきらめたことがある。日本でウチの店を案内した後、2ヶ月くらい経って、この立地ならワイアード、ここならCAFE246ができるじゃないかと言って、10の物件候補を探してきた。涙が出そうなぐらい喧嘩して言い合ったこともあったが、そういう仕事熱心な姿勢で打ち解けてきた。関係構築ができて店ができた。交流の中でシンガポールに広がるのか、アジアに広がるのか。それが、目標値というより、夢です。


食材の仕入れは?

<バルニバービ佐藤>
 まだ仕入れてないですが(笑)。事業パートナーは日本人ですが、既に経営されているので、できるかな。日本にしかないものもあるので、船便と空輸とどちらも検討しています。パートナーはシンガポールで沖縄料理店をやってます。

<MRS小島>
 日本は四季があるが、向こうはずっと夏。野菜が違う。野菜をどうするか。流通経路はほとんど日本と変わらない、そこに電話すると持ってきてくれる。食材原価は日本の6〜7割かな。

<カフェカンパニー楠本>
 うちもパートナーがいてよかった。そこの業者さんがいるので、そこは整備されている。ただ、日本の素晴らしい業者さんと違って、最初にお願いした肉とかのクオリティが2週間で変わったり、毎日試食しないといけない。おかげでまた太って帰りました(笑)。 クオリティ管理は、最初は特に厳し目にいかれた方がよいです。小島さんの言う通り、野菜にいいものがない。シンガポールの人はもともと野菜を食べないので、美味しい野菜を出すという努力はあまり有効じゃない。生野菜は少し召し上がるが、日本の煮込みたいなものは出ません。


パートナーや、物流、立地開発、施工、人材などの業者を見つけ方は?

<MRS小島>
 シンガポール政府のご紹介です。レストラン協会を紹介いただき、そこと交流会をしました。常にアジアにはアンテナを張っています。そういうパーティーでジャンボの社長がレストラン協会のチェアマン。その人と仲良くなれて、そこからトントンと話が進みなした。立地は自分たちで探すのは非常に難しいと思います。現地のパートナーに任せ、内装に関しても、何十年もやっているパートナーに全て任せた。

<カフェカンパニー楠本>
 アメリカのNYとナパバレーに、CIAというフードビジネススクールがあります。カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカという専門学校。1年半前に、日本とアジアの食を学ぶカンファレンスがあり、その時に日本チームとして参加しました。そのカンファレンスの中で、シンガポールは国を挙げてのPRが素晴らしかった。いろんな方と交流しまして、そこでネットワークが出来た事も人脈形成のきっかけのひとつでした。

 それと、ミュープランニング&オペレーターズの吉本社長とご一緒させていただき、3年前からシンガポールの企業経営者の方とお会いしたり、ご飯を食べたりしていました。。そういうご縁で、セレクトグループという会社に出会いました。ウチとは真逆のところもありますが、お互いのいいところが引き出せればいい。立地は現地の方の目に改めて感服しました。人材はやはり、日本人のキーマンが最初は必要です。一番大変なのは、テクニカル・トランスファー。日本の業態をどう標準化していくか。言葉、文化、発想も違う。メニューだけでなくカフェというアトモスフィアを移植しなきゃならない。そこにかける努力が大変でした。コストダウンより、テクニカル・トランスファーをどうするかを考慮して、今回、内装は敢えて、日本の企業さんにお願いしました。

<バルニバービ佐藤>
 吉本さん(ミュープランニング&オペレーターズ)が年数をかけて人間関係やビジネス関係を構築されて来てる中に、乗らしていただいた感じ。もともと関西の会社で、バルニバービが東京に出る時、東京進出ではなくて、違うフィールドでできるといいなと思いました。東京タワーの下の物件を見つけた。それまでに2〜3年、ずっと東京に行き続けていた。最低月に1回、1週間に1回。夜遊びし、暴れ、この街で何をやりたいか、ちゃんと見てきた。この街がどんな機能をしているのかわからなくて店作りができるわけがない。この物件を決める時に東京の仲間に相談した。「芝公園でレストランはないやろ」、「東京タワー、ダセー」みたいな。今はきれいになったが、4年半前は工事中だったし古いビル、ロゴもかっこよくなかった。田舎の人が観光に行くとこだよね。僕は田舎者。こんなに美しい、圧倒的な迫力なんだ。ここで店やろうと思った。それに出会うのに2〜3年かかった。それまでに契約の前日まで行ってた物件があった。でもゴメン、いいのにであった、やりたいんだとお断りしました。そして、東京に7割住むことになった。

 シンガポールでも同じ事をやりたいと思いました。シンガポールで歩いて遊んで食事して。この場所ならやりたい。飲食業をアマチュアリズムの中でしかやれない人間だと思う。顧客としてのプロではあるかもしれない。ここなら自分が心から行きたい、食べたいと思う、仲間と何かをやりたいと思う、そういう街で仕事をやることはいいことだ。だからシンガポールに住もうと決めてます。8〜9割は大阪にいない。いない間、大阪の店の売上は微増だが、昨対を上回っている。いなくなると育つもんやな。親がいないと子は育つ。今度は東京。東京に行く度に気になることがあり、心の中で偉そうなことを思ったこともありました。実際、明日も怒鳴らなあかん。その中でぐっとこらえて、逞しくそだった彼らを見てシンガポール行こう。東京が育つだろうと。何か僕らが感じることが出来て、共感できる仲間が生まれて、そしたらまた、アジア、タイ、インドネシア、マレーシアでも同じことができるかも知れない。そういうことを積み重ねていける事業であり、人生であればいいかな。

 事業パートナーは工事やってもらおうと思ってる会社にどうせ一緒にやるなら金も出してよ。むちゃくちゃ無手勝流です。

<安田>
 本日はありがとうございました。今までのセミナーの中でも、最も充実度が高い1つだったと思います。


カフェ・カンパニー株式会社 http://www.cafecompany.co.jp/
株式会社M・R・S http://www.restaurant-mrs.com/
株式会社バルニバービ http://www.balnibarbi.com/

【開催】 東京・丸ビルコンファレンススクエアにて、2009年1月21日開催。