・阪神・淡路大震災で終世の目標を見つけた
佐藤氏は神戸市外国語大学時代に学生企業を起こし、イベントなどを手掛けた。中退し、大学の先輩が経営するアパレルに入社。社長に出資してもらい自分のアパレル会社を24歳で設立。パリのメーカーと提携するなど大成功を収めるが、提携先が倒産し多額の負債を抱え、27歳で会社を手放した。
金儲けに破れ借金の返済のため、知り合いに頭を下げて、企画やイベントの仕事をこなし、将来の目標を見失った日々を過ごしていたという。そして、1995年1月17日の阪神・淡路大震災が起きた。
「えらいものを見ました。仲間が子供をお腹に抱えて死んだ。中華街の店頭を借りて、中華粥を売りました。あまりしゃべったことのないおばちゃんから、あんた生きとったん! と言われた。食べて喜んで、涙を流してる人もいた。やっぱりな、この仕事しよう、と目標が見つかった。食べて幸せにすることで、終世、目標これで十分やな。そのシーンが今でも目に焼き付いてる。それ以来、僕は食べて幸せにするという目標から、ぶれたことはない」と佐藤氏。
「飲食店を何十件もやりたいと思わへん。この『青いナポリ』のテラスでシガー吸いながら、カプチーノを飲んで本を読む。店で働いて幸せやな、と思いたい。商業施設なんか、昼や夜や分からへん。そんなのは幸せやない、と僕は思う。寒い時に100円のお粥を啜ってくれてる、仲間が倒れたり死んだり、何十万という家が全壊したのを見た。きれいごとじゃなくて、こんな店をやったろうと思った。商業施設は儲かる、とかいうことに興味が無くなった。こういう場所で流行らしたろ、と思うようになった。」
「青いナポリ」(東京・小石川) 入口。印刷工場跡の2階建ての2階がレストラン。1階は「ARINCO」の製造工場。
2階に上がると出迎えてくれるオブジェ。
晴れた日には、気持ち良さそうなテラス。
店内。テラスも含めて100坪、140席。広々した店内の中央にピッツァ用薪釜。
・スイーツ物販は、飲食とは異なる別事業
森田恭通氏デザインの京都の京福電鉄嵐山駅ビル「はんなり・ほっこりスクエア」に、5坪のロールケーキ店「ARINCO」がある。南船場「CAFE GARB」でオープン当時から人気の「エンゼルフード」をロールケーキにしたスイーツ。大反響で、瞬く間に東京駅地下と川崎BEにも出店。
「食物販と飲食は違う。食物販は売れてなんぼ。幸せは商品に入っている。飲食は、あの店行こうと思った瞬間から幸せな気分になる。でも、ケーキはモノ。衛生をちゃんとして、いかに安定したものを、安い価格で提供できるか。飲食には時間軸があるが、食物販には時間軸がお客さんの中に何もない。これは事業として成り立つと思った。」
「飲食は、その時間を共有するスタッフの力がかなりを占めている。そんなものを事業化できるわけがない。このピザでも、まだ不完全。もっと研究して欲しい。食物販は製造業。インターネットでも売れる。レストランの料理をインターネットでとっても何も面白くないでしょう。シェフのオリジナルメニューや、スタッフのサービスを受けたい。猥雑な元気な時間を共有し合いたいとお客さまは思ってくれる。でも、食物販では事業として、商業施設で売れる場所を押さえていきたい。」
「ARINCOは表に出したくない、違う事業です。東京駅地下の店は、10坪で12月に3000万円売った。片や、レストランは最高で1700万円。沢山のスタッフを入れてるのにと思うと、がっかりする。」
「ARINCOには、バルニバービの資本は入れてない。僕が別の事業を立ち上げた。働くスタッフも違う。口をきくのは厭というスタッフでもいい。どれだけ正確にはロールを巻けるかと考えているスタッフがいい。挨拶できない子もいるし、飲食だと元気ないねと言われるような子もいる。」
食物販の売上高は、飲食のバルニバービより大きくなると佐藤氏は考えている。シンガポールにもスイーツ店を6月に出店する予定だ。
ロールケーキ専門店「ARINCO」東京駅一番街1Fおみやげプラザ店。
ロールケーキを紹介するかわいいディスプレイ。
「青いナポリ」1階の製造工場から店舗にロールケーキを届ける軽トラック。
・食を通じてなりたい自分になる仕事をして行こう
佐藤氏は、食物販と飲食という異なるタイプの職場を持ち、スタッフが「なりたい自分」を探し出すためのアシストをしようとしている。その為に、今年1月にHR(ヒューマン・リレーション)室を設けた。社内向けの佐藤塾の教材作りから始め、「なりたい自分」になるアシストをしてくれる部屋にする計画だ。
「食を通して、それぞれになりたいものがある子たちに育てたい。自分でやりたいことが明確になってる子は会社に来ない。何やっていいかわからん子達に提示してあげる枠がどれだけ広いかが重要。システムを作るのが得意な子、店舗開発が得意な子、グランメゾンをやりたい子、ミシュランの星を目指したいという子もいる。」
「この店(青いナポリ)のシェフは他店で2番手だった。絶対、シェフになりたいと言ってた。イタリアンをやりたいと言ってた。ウチはかなりの裁量権を現場に渡しているので、どうしてシェフを育てようかと考えていた。イタリアンはウチにとっては初めてだけど、じゃ、この場所にぶつけよかと開店させた。オープンして3ヶ月、彼はめちゃめちゃ男前になった。魂が入ってるし、人格が変わった。そうなることが生きてる価値だ。」
「僕は10数件店を潰した。失敗の大半は調子に乗ってやったから。南船場で年間4億円売る店を作ったんだから、この程度やったらできるやろと思いあがった。それは店が大きい小さいではなくて、全く違う店というのに気付かなかった。傲慢やった。金出すから店をやってと言われた企画も全部通った。でも、ここ5年間は、バー以外で閉めた店はない」と言う。佐藤氏は酒が飲めないにもかかわらずバーに手を出し失敗。以来、自分の行きたい店しか作らないという。そして、スタッフの能力開発に目覚めた。
「人の能力をいかに伸ばすのかではない。そいつがそいつであることは難しい。目標が見つかりません、と言うのは全く正しい。初めから何になりたいか分かっていれば、イチロー選手になっている。僕らは気付かせることしかできない。こんなこともある、違うか? あんなこともある、違うか? 以前はそれを僕がやっていたが、人数が増えてできなくなった。身近の人だけが注目されるのは不公平。シンガポールにも行くし。HR室を作って一緒にやっていったらできるんちゃうか。僕がやるのは、“ちょいかみ“。それを深めていくのが スタッフ。」
「食を通じてなりたい自分になる仕事をしていきましょうと言ってる。これが儲かる出店かどうかの判断はしないでおきましょう。ただ、なりたい自分になるためにこの店舗が必要で、かつ儲かるかどうかを判断しましょう。儲けは必要条件だけど十分条件ではない。十分条件は、その人やチームにとってなりたい自分になってるかどうか。その為には色んなものが必要。企画力、資金、人など。全部に僕がたけてる訳はない。それぞれを深められる人にやってもらえたらいい。」
HR室には現在、今年1月に入社した菅井佳奈子氏1人のみ。彼女は佐藤氏のことを「今まで会ったことのない、ピュアな人」と言う。金儲けではなく、食を通じてスタッフを幸せにしたいという目標を一途に追いかけている。「僕は外食経営者の中では、一番貯金が少ないと思う」という佐藤氏。こんな経営者もいる。