・居酒屋チェーンでの上場を夢見ていた
坂井氏は法政大学を文学部哲学科という異色の専攻科目で卒業。「まずは、大企業に」とスズキ自動車に入社。営業マンとして法人を担当した。折しも、ベンチャーブーム。坂井氏は外食での独立を目指し、退社。ワタミなど居酒屋チェーンでアルバイトとして修行を重ね、25歳で独立。1号店を高田馬場で和風創作居酒屋「Kokoro」を2000年8月にオープンさせた。
社長個人のやる気だけで売上を作ることの限界を知り、店舗を増やしていくためには、社長なしでも店舗が運営できる仕組みを作り始めた。そして、日本でのチェーンストア研究の第一人者、渥美俊一氏が率いるペガサスクラブに入会、チェーンストア理論に心酔していく。
現在は、「鶏・旬菜・お酒 てけてけ」8店(神楽坂、赤坂、神保町、神田、池袋、秋葉原、御茶ノ水、田町)、「魚・旬菜とお酒 心」2店舗(神楽坂 高田馬場)、「オレのざっくり料理とガブ飲みワイン 俊二」1店(飯田橋)の計11店を経営している。
フードリンクニュースで2007年9月に坂井氏を取材した際には、2010年には「てけてけ」を中心に20店舗体制とし、2015年までの上場したいと語っていた。
・居酒屋なら、行けて50億円〜100億円程度
「ワタミさん、きちりさんなど居酒屋で多店舗展開しているのを見て、行けると思っていました。しかし、昨今は店舗数は増えるが既存店の売上が下がり続けています。居酒屋という業態が陳腐化している恐れを感じました。チェーンストア理論を徹底していけば、居酒屋業態でもある程度はマスの部分を獲れると思っていました。でも、今やアルコールを扱うこと自体が非日常になっています。このまま伸ばしていくのは怖い。今までは、『てけてけ』を作るために都心の一等地を極力安く借りようとしてきました。1つのものをブラッシュアップして展開していくやり方は10年前は効いても、今後は効かないんじゃないでしょうか」と坂井氏は転換した心境を語った。
「もちろん、『てけてけ』は今も磨き込んでいるので、いい物件が出てきたら出店したい。でも、行けて売上高50億円、100億円のレベル。希望はその先をいきたい。すると今の業態じゃないなと思ったんです。」
現在の同社の業績は順調。飲み放題込みで3千円のコースメニューを開発し、客単価は落ちたが客数が大幅に増え、昨年12月は過去最高の売上高を記録したという。その流れは本年3月も続いている。しかし、坂井氏の目標は、売上高1千億円を超えるような外食企業を作ることだ。
・外食での新チェーンストアの創造
坂井氏はとんかつ店に至る経緯を理論的に説明してくれた。まず、アルコールを扱う業態と、扱わない業態で分けて考える。
アルコール比率20%以上の業態(居酒屋など)では、唯一感、特別感、名物料理、特別素材などオンリーワンのものがある店が繁盛店になれる。このメリットは、一店舗で爆発的な利益と売上をたたき出すことができる。デメリットは、多店舗展開には向かず、売上高は50〜100億円に止まる。社会環境は、アルコールを飲むこと自体が非日常となっており、先細りが懸念される。
他方、アルコール比率20%以下の業態では、外食、中食、内食という市場間競争が激しくなっており、全ての中でオンリーワンのコストパフォーマンスがある店が繁盛店になれる。このメリットは、売上高500〜5000億円以上の企業になれる。デメリットは、数十店単位では売上、利益ともに微々たるもの。そして、坂井氏は「アルコール比率20%以下の業態」への挑戦を選んだ。
現状の外食大手の問題点として、不味くないもの、普通のものを安い価格で提供しているだけで、商品は格段の進歩をしていない。車業界で例えると、20年前と現代の車で進歩していないようなもの。また、中食、内食に比べて格段に価格が高い。さらに、先に店舗という投資ありきにもかかわらず、利益が少ない。ハイリスク・ローリターン。そして、目新しい業態がなく陳腐化している。
それを打開するために、坂井氏が考える必要な要素は、
1)格段に進歩したと思われるような圧倒的商品
2)ファーストフードのように低価格業態で、3分以内のスピード提供
3)居抜きの活用で、ローリスク・ミドル(ハイ)リターン
4)「丸亀製麺所」のようなストーリー性のある業態
・とんかつ「坂井精肉店」の誕生
4つの要素を基に考えだしたのが、「とんかつ 坂井精肉店」。
「新しい市場を開拓するという発想は全くなく、石橋を叩いていきたい。ある程度ファーストフード的な形で提供でき、客席の限度なく売れていく、そして競合が楽そうなところを探しました。僕の目には、とんかつが楽に見えました。そして、ストーリー性を持たせて、肉屋のやるとんかつ屋で行こうと気めました。」
角に大きく付けられた「とんかつ坂井」のマーク。
1年間の準備期間を経て、1号店は、3/30にイオン八千代緑が丘SC(千葉県八千代市)にオープン。元「ラケル」の居抜き物件。その後、4/30に東京・高田馬場の路面店、5月中旬にイオン柏SC(千葉県柏市)のフードコートへの出店と、一気に3店を開ける。平均売上高7千万円/店を想定し、まずは200店を出店し、全店売上高140〜150億円を目指す。
「とんかつ 坂井精肉店」ではロース肉専門で、とんかつ定食690円(税込)、ソースかつ丼590円(税込)。ボリュームがあって、美味しくて、競合する「かつや」より安いがウリ。
メニュー
米国産チルド豚肉をブロックで仕入れ、店舗で分厚く手切り。量も通常100gのところ120g使う。パン粉も食パンを仕入れ、店でパン粉に挽く。粗めに挽いてサクサク感を持たせる。
お持ち帰りカウンターにある冷蔵ショーケースで肉の塊を見せる。
肉厚のとんかつは低温で長時間揚げる必要があるが、同店では注文後3分で提供できるよう2度揚げする。1度目は140度の低温で3分半、2度目は提供直前に190度の高温で1分半揚げる。これにより、表面のパン粉も黒くならず、美味しい肉厚のとんかつを3分で提供できる。1度目と2度目の間を約2時間と想定し、その間で豚肉にゆっくり火が入るので身も縮まない。
原価率は40%で想定。キッチンは1人で回すため、コロッケや海老フライは提供せず、とんかつ1本に専念し、人件費を20%で押さえる。FL値で60%。投資は極力少なく するため、居抜き物件に絞って出店。減価償却費を減らし、利益を出す。店舗ベースの営業利益は15%が目標。繁忙期の週末に、早く提供していかに回転率を高められるかが勝負。
肉厚とんかつ定食690円。ゴマも付く。
肉の厚さは1センチ以上。
・ストーリー性のあるとんかつ店で差別化
「とんかつ店のディスカウンターのイメージです。ボリュームがあって安くて美味しい。僕の発想の根本は“everyday goods everybody goods(毎日誰でも食べられるもの)”。あまり奇をてらった方向にいきたくない。日本で一番コストパフォーマンスが高いとんかつ店。でも、競合は価格には価格でくるから、ストーリー性を持たせて差別化しました。」
「商業施設にもどんどん居抜きが出ています。1店1千万円程度で出店していきたい。『てけてけ』は6千万円かかっているのと比べると、リスクも小さい。初年度は10店出したい。」
とんかつ店で店舗数が最も多いのが、「和幸」の和幸グループで164店(以下、2007年度のデータ)。次いで「かつや」のアークランドはFC含めて126店、「浜勝」の93店。ところが、持ち帰り店では「さぼてん」のグリーンハウスフーズが363店、和光グループが97店。グリーンハウスフーズは合わせると433店にもなる。
とんかつ店は店内飲食だけでは店舗数に限界があり、持ち帰り店の両方で店舗を増やす仕組みになっている。店内飲食で「とんかつ 坂井精肉店」のライバルである、「かつや」は08年度138店であり、前年度の12店増に止まる。ディスカウンターという要素だけで急激に伸びている訳ではない。
香川の老舗讃岐うどん店のようなストーリー性のあるうどん店「丸亀製麺」は、2000年に1号店をオープンさせ、03年に初出店したショッピングセンターのフードコートエリアでの成功から爆発し、08年に100店舗、そして約1年後の09年3月に200店舗を達成した。 ストーリー性は、不況の中でも躍進するダイヤモンドダイニングを見ても、繁盛のキーワードだ。
坂井氏はとんかつ店にストーリー性を持ちこむ。自分の名前を使い個人経営の精肉店のとんかつというストーリー。イオン八千代緑が丘SC店では外観に圧倒的な存在感があり、女性客や若い男性客も多い。過当競争で居抜き物件が出始めた商業施設デベロッパーには魅力的な業態だろう。とんかつ店のニューウェイヴとして期待したい。
女性客も多い。