・フルーツ酒ならお酒をあまり飲まない女性でも親しめる
1980年代、日本がまだ元気だった頃、ディスコを中心に起こったのがトロピカルドリンクのブームだ。
ブルーハワイ、ソルティードッグ、マイタイ、マルガリータ、チチ、ピニャコラーダなどといった、色とりどりのトロピカルドリンクを飲むサーファールックの若者が巷には溢れていた。
カフェバーでも居酒屋でも、トロピカルドリンクは好まれた。
きっかけは1979年にサントリーが、新しいカクテルの飲み方として「トロピカルカクテル」を提案したことに始まる。トロピカルカクテルは、ジン、ラム、ウォッカなどの蒸留酒をフルーツジュースなどで割るのが基本で、ファッショナブルで自由なスタイルが、オーセンティックなバーで飲む洋酒、カクテルとの差別化になっていた。
しかし、ディスコブームの終焉や、フレッシュな果汁を使うことでのコスト高、質の悪いジュースで割る業者が増えて評判が落ちたことなど、さまざまな理由で、トロピカルドリンクはあまり飲まれないようになっていった。
さて、2009年現状の居酒屋、ダイニングでは、芋焼酎ブーム、カップ入り日本酒ブーム、シャンパンブームも一巡して、とりわけブームになっているドリンクも無い状況である。しいて言えばその店の名前を付けた、そこでしか飲めない焼酎、日本酒、ワインなどを売りにする店が多い。
しかし、そうしたプライベートブランドのお酒も、結局はメーカーが製造しているのであって、どこまでオリジナリティがあるのか、消費者は疑い始めている。
そうなると、オリジナルのドリンクが求められる状況になってくるのではないだろうか。
一方で、女性を中心としたフラダンスブームは、ハワイアンダイニングの静かな流行とリンクし、トロピカルドリンクが飲まれる機会が増えている。
また、4月より婚活のドラマが2本も始まっているように、不況を単身では経済的にも精神的にも越えられないと感じた独身男女が、結婚に興味を持ってきている。そうなると、ハワイアン業態にとどまらずトロピカルドリンクが広がる可能性が高い。
たとえば、2月にオープンした渋谷・百軒店の博多料理店「ジョウモン」では、マンゴー、みかんなどの果実酒が人気。また、ダイヤモンドダイニングが展開するテーマレストランでも、トロピカルとはまた違うが、工夫を凝らしたオリジナルカクテルが売りになっている。
さまざまな果実酒が人気の渋谷「ジョウモン」。
ダイヤモンドダイニング、絵本の国のアリスのオリジナルドリンク。
こういった現象も、トロピカルドリンク、あるいはフルーツ系オリジナルカクテルの人気が高まる前兆現象かもしれない。それでは、トロピカルドリンクがどのように飲まれているか、実際の店舗を訪問してみよう。
・身近な場所で癒されたい人が好むトロピカルカクテル
今春、ハワイアンの業態を積極的に出店しているのはゼットン。3月24日東京・代官山に「アロハテーブル・ダイカンヤマフォレスト」、3月26日にオープンした「エチカ池袋」に「アロハテーブル・カウカウコーナー」、4月15日にハワイ・ホノルル市内に「アロハテーブル・ワイキキ」といった具合だ。
「アロハテーブル・ダイカンヤマフォレスト」は47席にプラスして緑が豊かなテラス席があり、アスリートのためのトライアスロンショップ「アスロニア」に併設している。玄米、オーガニック食材をベースにしたヘルシーなメニューが中心である。
「アロハテーブル ダイカンヤマフォレスト」 外観。
「アロハテーブル ダイカンヤマフォレスト」 テラス席。
「アロハテーブル ダイカンヤマフォレスト」 メニュースタンド。
「アロハテーブル・カウカウコーナー」は54席あり、「エチカ池袋」のオープン人気もあって、行列の絶えない店となっている。
「アロハテーブル・ワイキキ」は72席あり、国内に9店ある「アロハテーブル」ブランドの本店との位置づけだ。
今回の取材では、「アロハテーブル・ダイカンヤマフォレスト」を訪問してみた。
田中俊一ゼネラルマネージャーによれば、「お客さんの7〜8割は女性で、20代から60代まで幅広いです。カップル、ファミリー層も多い」とのこと。顧客単価は2000円ほどと意外に安い。
トロピカルドリンクは、ランチはフリードリンクなのでほとんど出ないが、夜はビール、ワインとともに人気があり、まず1杯目に飲む傾向が強い。
「半分くらいの方はトロピカルドリンクをオーダーされます。ハワイのコナビールと並んで、ドリンクの2本柱ですね」と田中氏。
人気があるのは、ブルーハワイ、ピニャコラーダ、ロングアイランドアイスティーなど。
また、オリジナルのカクテルもあり、マハナクラッシュ(980円)は特にお勧めという。これはヨーグルトのリキュール、アプリコットのリキュール、オレンジのリキュール、マンゴージュースを合わせたもので、パイナップルのデコレーションに花火を付け提供される。値段も張るがロマンチックな雰囲気が演出できるので喜ばれているという。
「アロハテーブル ダイカンヤマフォレスト」のアロハテーブルのブルーハワイ(左)とマハナクラッシュ。
そのほか、パッションフルーツを使ったオリジナルのパッションビール(840円)も南国らしい。
ノンアルコールでは、ハワイにあるティーソーダ(650円)がさわやかな飲み口で人気だそうだ。
「アロハテーブル」のティーソーダ。
ハワイアン業態がなぜ根強い人気があるかと聞くと、「不景気でもあるし、身近な場所でリラックスして癒されたいのではないか」と田中氏は語った。
・手間が掛けた演出をやることでリピート客をつかむ
「ロコズテーブルマハナ」はシーエーフードサービスが展開してきたハワイアンの業態で、都内に7店あるが、3月1日にウェディングの会社エルジェイシーに事業譲渡された。
フラダンスショーや結婚式、二次会に人気がある。女性客が85%と圧倒的に多く、30代〜50代が中心。客単価は銀座店で4300円となっている。
オリジナルのトロピカルカクテルを多数開発しており、それが1つの売りとなっている。取材した銀座店でもオリジナルのカクテルが主流だ。
「ロコズテーブルマハナ」銀座店 外観。
「ロコズテーブルマハナ」銀座店 バーカウンター。
「せっかくマハナにきたのだから、1杯目はオリジナルを飲もうよというお客さんが多いです。1年に1度ドリンクメニューを変えますが、季節によってお勧めのドリンクも出しています」と柳泰樹店長。
特に人気なのは、ピーチキウイスパーク(780円)というカットフルーツの入った炭酸入りのドリンク。同じカテゴリーにパインマンゴースパーク、Wオレンジスパークもある。
季節のドリンクのトロピカルパインフローズン(950円)は、ココナッツシロップ、ココナッツミルク、パイナップルジュース、パイナップルワインといったものを混ぜ合わせたフローズンカクテルと手が込んでいる。
「普通カクテルの提供の仕方は、カットしたレモンを1個入れるくらいですが、傘を立ててデンファレの花を飾り、レイをグラスに巻いてと、何工程も踏んでいるのでつくるのはたいへんです。それでもお客さんに喜んでもらえるのならと頑張っています」。
素敵にデコレーションされたドリンクを見れば、スタッフの努力が誰の目にも明らかにわかる。それが感動を呼び、リピートにつながっている面もある。
ノンアルコールは全てオリジナルで6種類あり、3割ほどいるお酒を飲まない人の80%が注文するという。人気メニューはLOCOバナナビーチ、トロピカルオアフ(いずれも630円)。
LOCOバナナビーチはフレッシュバナナのシロップにミルクを入れ、レモンを絞ったもの。トロピカルオアフはマンゴージュース、パッションフルーツジュース、グレナデンシロップを混ぜ合わせている。
「ロコズテーブルマハナ」銀座店のオリジナルドリンク。
「ロコズテーブルマハナ」銀座店のカクテルメニュー。
同店ではフラダンスのライブで踊っているダンサーが、誕生日のお祝いドリンクを、メッセージを付けて顧客にサービスするサプライズもある。使われるのは、オリジナルのドリンクで、顧客にとっては忘れられない思い出になる。
「ハワイアン自体が特殊な非日常空間ですから、お客さんは普段飲まないものを飲むのではないでしょうか。ドリンク自体がエンターテイメントなのです」と、柳氏は同店のドリンクに対する考え方を述べて締めくくった。
・スタンダードをアレンジするだけで賑やかなメニューに
トロピカルな楽園といえば、ハワイばかりではない。バリ島、シンガポール、タイ、ベトナム、マレーシアなどの東南アジアのリゾートも、レストランビジネスではもう1つの重要なテーマだ。
グローバルダイニングの「モンスーンカフェ」は、東京さらに全国に数多く登場したアジアンカフェ、アジアンダイニングのブームの火付け役となった店で、既に登場してから16年となった。現在は13店舗を展開している。
取材に訪問した麻布十番店は2001年のオープン。客層は4:6で女性のほうがやや多く年齢層は幅広いという。ランチはフリードリンク付で850円からあり、ディナーは4000円弱ほどの顧客単価。席数は148席である。
「モンスーンカフェ」麻布十番店のテラス。
「モンスーンカフェ」麻布十番店 店内。
最近増えた、タイやシンガポールの専門料理店では、まず顧客が注文するのは地元のビールになるだろう。しかし、「モンスーンカフェ」ではビールやワインもよく出るが、店の個性を決めるオリジナルのカクテルに力を入れている。
「世間ではやっているドリンクに改良を加えて、メニュー化しています。2年を目安にメニューを入れ替えますが、お店の暇な時間に店長と一緒にレシピの知恵を絞っています」と語るのは、モンスーンカフェコンセプトリーダーの取締役兼執行役・竹本幹也氏。
今ヒットしているのは、モヒートをアレンジして、カットしたフレッシュフルーツとフレッシュジュースを入れた「フレッシュ・モヒート・バー」。ラズベリー、パイナップル、キウイ、マンゴー、グレープフルーツ、ぶどうと6種類あって780円で提供しており、ノンアルコールなら700円。ミントとフルーツが爽やかに融合した飲み口で、お酒に弱い女性にも好評という。
「フレッシュ・モヒート・バー」 左からラズベリー、パイナップル、キウイ。
また、バパマンゴコラーダ(950円)は、ピナコラーダがパイナップルを使うのに対して、バナナ、パパイヤ、マンゴピューレを使った自信作だ。
「モンスーンカフェ」のパパマンゴコラーダ(左)、グァバココナッツ(右)。
ノンアルコールでは、やはり一般的な人気カクテルにヒントを得た、バージンシンガポールスリング、バージンセックスオンザビーチ(いずれも600円)などの注文が多い。ココナッツをベースにしたスムージー、バパマンゴココナッツ、グァバココナッツ(いずれも650円)も南国らしい雰囲気を盛り上げるドリンクとして、支持されている。
同店の顧客はまずドリンクを注文して、生春巻き、サラダ、メインを食べるパターンになっている。お酒をあまり飲まない女性にも、店の世界観に浸ってもらえるためには、オリジナルのトロピカルカクテル開発は欠かせないと言えるだろう。
竹本氏によれば「今後はモヒート・バーのラインナップを変えたい」とのことなので、新作に期待したい。
・店のコンセプトを表現したオリジナルカクテルが人気に
エンターテイメントを売りにしたコンセプトレストラン、テーマレストランの場合は、ドリンクもありきたりのものを出すことはできない。その店のコンセプトに沿ったオリジナルなものを開発して提供しなければ、顧客は納得しないだろう。
ダイヤモンドダイニングが昨年11月、新宿にオープンした「絵本の国のアリス」は、“アリスが迷い込んだ絵本の国”をテーマにしたレストランで、「不思議の国のアリス」の物語に登場する白うさぎ、チェシャ猫、いも虫おじさん、トランプ兵などといった個性的なキャラクターをモチーフにした、摩訶不思議なメニューが提供される。
「絵本の国のアリス」 エントランス。
「絵本の国のアリス」 店内。
料理はアジアンテイストを取り入れたカジュアルフレンチ&イタリアン。顧客層は女性がメインで、客単価3800円、席数は100席ある。
そこで提供されるドリンクは、ワイン、ビール、スタンダードカクテルもあるが、前面に出しているのはオリジナルカクテルだ。ノンアルコールも含めて820円〜1020円で提供している。トロピカルカクテルの応用編と考えていいだろう。
一番人気、永遠のアリスはブルーキラソー、ウォッカ、グレープフルーツジュース、ピーチジュースをミックスしたきれいなカクテルで、甘酸っぱいカットフルーツがたくさん入っている。
チェシャ猫のいたずらは、赤ワインをベースにヨーグルトリキュールなどを合わせたもの。歌ういも虫おじさんは、珍しい日本酒ベースのカクテルで、メロンリキュール、アップルジュース、ライムを合わせている。
赤い薔薇?白い薔薇?は、白いカクテルと赤いカクテルが別々に提供され、顧客が白に赤を入れて色の変化を楽しむという凝った趣向のドリンクだ。
左から、歌ういも虫おじさん、チェシャ猫のいたずら、永遠のアリス。
ドリンクの飲まれ方を聞くと、「やはりこの店に来たなら、たいがいの人は最初の1杯目にオリジナルカクテルを注文されます」(広報の亀田泰子さん)とのことで、この店でもとりあえずはビールではなく、オリジナルカクテルだ。
また、2006年4月新宿にオープンした「七色てまりうた」は、てまり型個室が女性に人気のレストランで、てまり寿司という小振りの寿司や手作りつくねが料理のメインとなっている。客単価は3500円、席数は120席。
「七色てまりうた」 店内。
ドリンクは約50種ある梅酒が主力で、純りんご酢、黒酢、ラズベリー酢など酢のお酒(580円)、緑黄色野菜のお酒(650円)もあって健康志向が強い。
オリジナルカクテルとして、「食べるお酒」(650円)を提案しているのがユニークだ。これはフルーツなどの具がたくさん入っているサワーであるが、12種類とメニューも豊富だ。
野菜スティックの入った野菜スティックサワー、あずきアイスのような白玉あずき抹茶ミルク、ミロの入ったカラミロラテ、クリーミーレモンサワーなど、見た目のインパクトは大きく、注文した顧客は話のネタにできるだろう。
食べるお酒。左から、野菜スティックサワー、白玉あずき抹茶ミルク、肉厚パイナップルサワー。
さらにイベントとして、映画とタイアップしたカクテルも提供している。池袋の「オペラハウスの魔法使い」では、「ソウ」シリーズで成功を収めたダーレン・リン・バウズマン監督の新作「REPO! レポ」とタイアップ。その世界観を3つのカクテルで表現している。
「REPO! レポ」はX JAPANのYOSHIKIが音楽を手掛け、世界的なソプラノ歌手サラ・ブライトマンが映画初出演といった面でも注目される映画だ。
コラボカクテルの概要は、セブンティーン(1100円)は主人公の少女シャイロの金色の青春を蜂蜜とシャンパンで表現。ザイドレード(890円)は亡骸より抽出された禁断のドラッグを、テキーラとライムで表した。シャイロ(780円)は自由を求める少女の想いを込めたノンアルコールカクテルだ。
映画「レポ」コラボドリンク。左から、ザイドレード、シャイロ、セブンティーン。
・飲食店に足を向けさせる動機付けがドリンクにも必要
以上、トロピカルドリンク、さらに進んでオリジナルドリンクに取り組む各店の試みを見てきたが、いずれも非日常にトリップするような業態で、お酒をあまり飲まない女性客に楽しんでもらう工夫が見える。
深刻化する不況の中、ビール1杯の値段が、家で飲む発泡酒や第3のビールの3倍以上になっている現状からも、顧客はどうしてもレストラン、居酒屋に足を運んでお酒を飲むのを控えがちになるのではないかと思われる。
また、ここまで景気が悪化すると、消費者の間には現実を忘れたいという心理が働くのではないか。それに飲酒運転の罰則強化以来、特に若者のお酒離れは女性だけでなく男性にも波及している。
そうした状況からも、飲食店に顧客を呼び込むには、従業員の仕事がドリンクに関してもよく見える、トロピカルドリンクやこれを参考にしたオリジナルカクテルが今、必要なのではないだろうか。
どこも皆同じようにビールで売り上げが取れるような価格設定をし、ブランド焼酎やワインを揃えているだけでいつまでも顧客が来るだろうか。確かに手間は掛かるが、その店だけのスペシャルなドリンクが1つあるだけで、集客が違ってくると思うのだが、いかがだろう。