フードリンクレポート


<フランス・ベルギーに学ぶ!⑤>
モンサンミッシェルの”オムレツ”と、パリの”ネオビストロ”の差。

2009.5.22
4/24〜5/2、外食企業経営者らとフランス、ベルギーへの視察ツアーを開催した。5回シリーズの最終回はパリから4時間の世界遺産モンサンミッシェル。その名物オムレツ店と、パリの新業態ネオビストロを取材した。


モンサンミッシェル「La Mere Poulard」のオムレツ。

観光地のオムレツ店は帰れと言わんばかり

 世界遺産モンサンミッシェルには、パリからTGVとバスを乗り継いで約4時間かかる。田舎道をバスで進むと、両側にレストランやカフェが目につくようになり、暫くするとテレビのTVCMで有名なモンサンミッシェルの姿が現れる。モンサンミッシェルの内側は、牢獄として使われた過去を物語るように、床、壁、天井が石ばかりで作られ装飾のない空間が続いている。


モンサンミッシェル側から陸地を見る。道路が島の入口まで繋がり楽に行ける。


石作りの重々しい空間が数多く続く。

 このモンサンミッシェル修道院にやってきた巡礼者のために栄養を付けようと19世紀半ばに名物オムレツが生まれたという。その発祥の店が、修道院への参道の入口近くにある「La Mere Poulard」。人気店でランチ時は1時間以上待たされる。日本人観光客も多いらしく、日本人女性のギャルソンもいた。


「La Mere Poulard」メニューの表紙。


店内には有名人のサインが飾られている。

 入口を入って直ぐの場所でオムレツを作っているシーンをウェイティング客に見せている。赤い制服を着た男性が次々に卵をボウルに割り、それを懸命にかき混ぜる。柄が1メートル程あるフライパンに注いで薪の強い炎でさっと焼く。


かわいいコスチュームの男性スタッフ。


卵を混ぜるテーブルの前には暖炉。


薪の強い炎で片面をさっと焼き、火からおろして半分に折ってお皿に盛る。


オムレツ出来上がり。卵を溶いた時の泡がそのまま残る。ふわふわした食感。


オムレツだけでは単調な味なので、野菜煮や、サーモンマリネとジャガイモ、フォアグラとキノコなどがサイドディッシュとして付く。この差によってコースの値段が35〜55ユーロまで変わる。

 3人で訪問し、1人が不調でドリンクだけをオーダーしようとしたが、ギャルソンはそれはダメだという。全員でコースを頼むか、全員が帰るかしかないと言う。やむなく、1人は店を出て土産物店で時間つぶしをするはめになった。オーダーも3度叫んでようやく聞きに来たし、会計も時間がないと言っているのに、分かったと言ったまま来ない。いわゆる、同じお客は二度と来ないから放っておけ、という悪しき観光地ビジネスが行われていた。奢れる者は久しからず、は日本だけの格言だろうか。


星獲り競争から離れた”ネオビストロ”

 ネオビストロとは、「高品質の素材を高い技術で調理し、適正な価格で提供する」という考え方を持つビストロのこと。ヌーベル・キュイジーヌのように奇をてらった料理ではなく、美味しい料理をリーズナブルな価格で提供するという当たり前の考え方が、5年程前からパリで人気になっている。

 高額の星付きレストランがもてはやされ、豪華さを競う時代から、美味しい料理をリーズナブルな価格で食べたいという質重視の時代に変わってきている。環境保護の考え方とも繋がりそうだ。そして、三ツ星レストランで働いていた若いシェフ達もネオビストロをオープンさせるケースが増えている。

 その1つ「ATELIER MAITRE ALBERT」を訪問。3つ星レストラン「ギー・サヴォア」がカジュアルなセカンドブランドとして出店。店内の壁にはワインボトルがディスプレイされ、奥にはレンガ壁に囲まれた広いダイニングスペースがあり、ワインセラーの中で食事を楽しんでいるような雰囲気が人気のようだ。

 スターター、メイン、デザートで夜のコースが32ユーロ(約4000円)とリーズナブルな料金設定になっている。


「ATELIER MAITRE ALBERT」 外観。


寂しい路地にあるが、店内は満席。予約が取れにくい店。


日本から予約して、個室に通された。


フライドポテトとアスパラ(17ユーロ)


一切れずつ焼いたビーフ ポテトとチーズのグラタン添え(29ユーロ)


”本日のメニュー”として出されたエビのグリル。中央にはゴマせんべいが乗っている。

 若いギャルソン達は気さくで、最初からジョークを飛ばすし、写真を撮ってくれるなど大サービスであった。しかも、帰りにタクシーを呼んでもらい、来たタクシーに乗り込んだところ、タクシーの運転手と何か話しており、暫くすると「降りろ」という。「このタクシーはぼったくりだから、辞めろ、別のタクシーを呼んでやる」と言う。お陰で心温かくホテルに戻ることが出来た。

 モンサンミッシェルのオムレツ店、伝統あるカフェのギャルソン、フィリップ・スタルクの日本料理店のスノッブなギャルソン達と思わず比べてしまった。パリでも気さくな店がある。ネオビストロの人気とともに、気高い店より飲食の本質を押さえた店が少しずつ増えているのが嬉しい。


日本人も表現力豊かな楽しい接客を

 ヨーロッパの真の接客は、上流階級でしか味わえないという。いわゆる、執事(バトラー)文化の流れを汲む。執事は主人の身の回りの世話をするとともに、教育レベルが高く、私的な秘書としての役割も果たした。その接客力は、普通の日本人には体験できないものだ。しかし、庶民が利用できるレストランでは明らかに日本の方が気遣いなど基本的な接客レベルが高いと言わざるをえない。大卒など教育レベルの高いスタッフが多いことがヨーロッパとの差をもたらしている。

 他方、チップ文化が無くなり、日本と同じく一律のサービス料をチャージされる。チップを払う人、貰う人という上下関係が嫌われ、店スタッフとお客の関係がよりフラットに変わってきている。その表れが、ネオビストロの人気に繋がるのだろろう。慇懃無礼より、気さくな接客が求められている。この点では、身振り手振りの表現力が豊かなヨーロッパ人に軍配が上がる。多少気が効かなくても、楽しい方がお客は嬉しい。お客を楽しませる能力がこれからの日本人の接客の課題だ。

 また、海外に行くたびに思うのは、若い日本人男性に出会わないこと。団塊の世代の団体や、OLの1人旅は多い。若い日本人男性は国内に籠っているのだろうか。海外の日本料理店で日本人が経営したり働いたりしている店はほとんどない。中国人や韓国人が大半だ。もっと若い人に海外に出て、本物の日本料理を広めて欲しい。1杯10ユーロのなめこ汁を安くして欲しい。でないと、今の日本料理ブームは長続きしないだろうから。日本人が思っている以上に、世界は日本料理が好きだ。


「ATELIER MAITRE ALBERT」の個室にて。

【取材・執筆】 安田 正明(やすだ まさあき) 2009年5月21日執筆