・1番の街で勝負をし、1番になりたい!
著名で高級なレストランやギャラリーが集まる、マンハッタンのトライベッカ。その一角に2008年4月オープンしたのが「Greenwich Grill/すし麻布」だ。経営しているのは、日本でウェディング、ホテル、レストラン等の企画、運営やコンサルティングを行っている「株式会社Plan Do See」で、1Fは、イタリアン、フレンチ、カリフォルニアなどの料理をmixしたパシフィックグリル(60席)、B1Fは「すし麻布」という名で寿司を提供する(約20席)2業態構成のレストランだ。
日本から持ち込んだという大きな桜の壁画が印象的な提供する1F奥のフロア。
1Fは、パシフィックグリル。
日本国内ではウェディング、レストラン、ホテルと、展開の幅を広げているPlan Do Seeであるが、海外進出は初めて。日本が世界に誇る最高レベルのホスピタリティ、“おもてなし”文化を世界に広めてスタンダードにしたい、その“おもてなし”が凝縮される場であるホテルをNY、パリ、ロンドン始め、世界の大都市に作りたい。そんな目標を掲げるPlan Do See社長の野田氏は、1番の所で1番になりたいと、初の海外進出の場所をNYに決めたという。
エントランスから通じる1Fの客席。こちらも日本から持ち込んだ大きな富士山の襖絵が飾られている。
1F客席。
1Fのバースペース。
・賃貸ではなく、物件ごとビルを購入
トライベッカは、もともとは倉庫街だったため、立ち並んでいるのは赤レンガやコンクリートむき出しのビル。昼間でも人通りは少なく、少し寂しい位の雰囲気が漂うエリア。しかし、実は住居も存在し、ロフトを利用した区画の大きな住居は高級住宅となっていて、著名な俳優やアーティストも住んでいる。
ギャラリーやショールーム、レストランが点在するトライベッカ。
知らなければ通り過ぎてしまいそうな程、シンプルな佇まいのエントランス。隠れ家的な雰囲気もグルメなニューヨーカー好み。
日系企業のオフィスが多いミッドタウンや日系レストランの多いイーストビレッジではなく、立地も決していいと言えない、そして有名店(NOBU、ブーレー、Meguもこのエリアにある)が集まるこのトライベッカに出店を決めたのは、社長である野田氏の判断だったという。
「即決でしたね、この物件は。何度もNYを訪れて、何十件も物件を見てきた野田がピンと来たようで、購入にすることになったんです。経験に裏付けられた直感というのでしょうか、私たちには分からない領域ですが、ここが一番の物件だったようです。」と振り返るのは、ゼネラル・マネージャーの笹山剛史氏。
日本からレストランが進出する場合、賃貸物件での出店が殆どである。不況の影響で地価が下がったとは言え、世界でも類を見ない程不動産価格の高いNY。そこでビルを一棟購入するというのだから、資本力はもちろんのこと、その投資への決断力には目を見張る。
地下〜1Fが店舗。3〜5Fは賃貸住居。
こうして、2007年初めに物件を購入し、「とにかく早く店をオープンさせよう!」という社長の言葉と共に、年内のオープンを目指して急ピッチで開店へ向けた準備が始まった。しかし始まったはいいが、何もかもが初めてでノウハウもない開店準備。英語もままならない状態で乗り込んだゼネラル・マネージャーの笹山氏は、まずはローカル紙でアルバイトの採用の仕方を調べるところから始めた。「本当に何も無いところからのスタート。文化の違いや常識の違いに戸惑いました。でも、とにかく人が大事。いい人が集まらないなら、週5日の営業でもいいというくらいの気持ちで、Plan Do Seeが大切にしていること、目指すことを理解してくれる人を探しました。」数々の困難を乗り越え、当初の予定より遅れること約10ヶ月、2008年4月4日オープンの日を迎えた。
・ニューヨーカーにも受け入れられた日本のスタイル
店のターゲットはニューヨーカー、地元の人たち。一方で、日本の“おもてなし”を世界に広めたいという野田氏の夢が出発点になっている海外進出。日本でやっていることをそのまま持っていき、そして定着させたいというのが海外出店での狙いであり、挑戦である。だから、業態を特別に作るわけでもなく、日本でやってきたことをそのまま再現している。地下に寿司という業態を入れたのは、「お客さんの目線に立って、自分たちならどういう店に行きたいか、何を食べたいかを考えた時、本当に美味しいお寿司が食べたいという結論に至り、寿司をやろうということになったんです。」と笹山氏。
そのまま再現されたという日本の味は、ニューヨーカーにも受け入れられた。パシフィックグリルの方では、パスタの評価が非常に高い。素材選びから調理方法まで丁寧に作られている印象で、中でもダントツの人気だという「ズワイガニとカラスミのスパゲッティーニ」は、シンプルだが風味豊か。たっぷりと入ったカニ自体も美味しく、カラスミがインパクトを与えている。繊細かつ大胆なこの味は、大雑把なパスタ料理が多いアメリカでは印象深い。
大ヒットメニュー「ズワイガニとカラスミのスパゲッティーニ」($21)
同じくニューヨーカーに人気の「ウニ味噌ロブスターとシーフードのグリル」($28)。新鮮なロブスターにウニと味噌のペーストを乗せて焼いた一品。ウニのクリーミーさと味噌のコクがクセになる。
そして、味とともに評価されているのは、価格。多くの人が、リーズナブルだと評価する。ディナーの単価は、パシフィックグリルの方が約$53、寿司は約$80と、マンハッタン内の、同等レベルの店を思い浮かべると確かに安い。特に、寿司の値打ち感は強い。これだけの質と種類のネタの寿司を食べようと思ったら、すぐ$100は超えてしまう。かのニューヨーク・タイムズの辛口レストラン批評家フランク・ブルーニ氏も、$65のコースは、「お客を甘やかしているくらい、リーズナブル以上の価値がある」と表現していた。
ランチの握り盛り合わせ。ディナーのAZABUコース($65)では、7種類の握りの他、前菜、刺身、焼き物、酢の物、巻き寿司、味噌汁が出る。
また、サービスも丁寧で礼儀正しく、優雅であると評判だ。ニューヨークのレストランで、高級店を除いて、日本レベルの質の高いサービスを受けられることは稀である。日本そのままの“おもてなし”は、それだけで価値があり、感動を与えているようだ。
しかし、日本でやっていることそのまま再現したがうまくいかないこともあった。「大きく日本と違ったのは、料理を提供するスピードですね。注文したら、少しでも早く食べたい、待たされたくないという人が日本以上に多く、どれだけ美味しくても時間がかかったら駄目なんです。大人しく待つ日本人との大きな違いです。早くて、うまい、それが必須条件。ただ、気づいたのは、何かあればいいということ。パンでも前菜でも。結局、パンを薄くスライスしてトーストし、クリームチーズのディップを添えて出すようにしました。一気に不満の声が減りましたよ。」せっかちなニューヨーカーらしいエピソードだ。
とりあえずの一品。日替りクリームチーズを添えたパンのスライス。
・「日本人が食べるものを、同じ食べ方で食べたい。」
「すし麻布」では、本格的な江戸前寿司を提供している。江戸前のスタイルににこだわり、ネタはヒカリモノも揃えたり、ポーションも上品に小さい。アメリカ人はヒカリモノが苦手ではないのか?小さいポーションは物足りないのではないか?という疑問が浮かぶが、「日本人が食べるものを握って欲しい。日本の寿司の食べ方で食べたい。と言う方がいらっしゃるので、あえてヒカリモノにトライされる方も結構います。食べてみて、やっぱり駄目となる方もいますが、それも含めて楽しんでいらっしゃいます。ポーションについても、特に不満を頂いたことはありませんね。エリア的に、舌の肥えている方が多いので本物へのこだわりが強いようです。」
こはだ、あじ、しめ鯖なども揃う。
ネタは60%が日本からの空輸。マグロも、NYで手に入るもので間に合わせるのではなく、Bluefin Tunaと呼ばれる本マグロのみにこだわる。日本と同じ本物が食べたいという顧客のニーズに応えている。
この本格的江戸前スタイルが受け入れられ、連日満席の盛況振り。時には2回転するという。本質を理解し、本物を求める人たちが住むエリアだからこそ、そのままのスタイルが受け入れられるのだろう。
昨年の10月には、ニューヨークのレストラン業界で絶大な影響力を誇るニューヨーク・タイムズの「ダイニング&ワイン」の格付けで、前述のフランク・ブルーニ氏が一つ星を付けた。記事の内容も、雰囲気、サービス、味、そしてリーズナブルさに賞賛を送るもので、「すし麻布」の実力を裏付ける大きなきっかけとなった。
また、この4月には、NYの有力誌「Time Out」のEat Out Awards2009で、見事、レストラン評論家が選ぶ「Best
new sushi joint」に選ばれ注目度がさらに高まり、予約も増えたという。
地下1Fにある「すし麻布」のカウンター。まるで銀座の寿司屋のような、高級感のある雰囲気。
カウンターの向かい側には、ボックスシートが3テーブル。地下にあるこの落ち着いた雰囲気が隠れ家感をさらに醸し出す。この隠れ家感も人気の理由の一つ。
日本から持ち込んだという、竹を使った天井のインテリア。内装に対するニューヨーカーの評価も高い。
Eat Out Awards2009「Best new sushi joint」受賞プレート
・地元に根付き愛され続けたいから、プロモーションはしない
「ゆっくりでいいから、いいものを提供してその土地に根付き、ずっと愛され続けるレストランにしたい。だから、店からの宣伝広報といったプロモーションは特にしていません。プロモーションをやり続けないと来ないお客さんは、ターゲットとしているお客さんではないからです。」と笹山氏が語るように、Greenwich
Grillの広告の類は見たことがない。オープン当初から様々なPRの話が持ち込まれたが断り、あえてしてこなかったという。
これも同社の日本にあるレストランと同じやり方で、日本でも積極的なプロモーションはしていない。実際店に行った人からリアリティを持って口コミで伝えられることが、最も効果的な集客方法だという考えがあるからだ。時間はかかるが、地元にしっかりと根付くためには、大々的なプロモーション活動より口コミの方が遥かに効果的である。
その結果、オープンして1年経った今では常連客もたくさんできた。週3〜4回訪れる人や、毎回同じものを注文したり、気に入った決まった席を指定する常連までいるという。そして、来客の約8割が日本人ではない人たち。観光客が多いエリアでもないため、この数字も地元に根付いていることを裏付ける一つだろう。
・顧客のニーズから新しいビジネスが生まれる
今年の3月から、デリバリーを始めた。常連客からの要望や問い合わせが多かったからだ。「デリバリーはどうしてもクオリティを落とすことにつながります。クオリティを落としてまでやる必要はないと、ずっと断り続けていたんです。でも、あまりに要望が多く、新しいことにチャレンジするというのもこの店の一つの役割だと思ったので、始めることにしました。それに、デリバリーはこちらの文化として確立してますよね。このノウハウを日本でも活かせると思ったからです。」
デリバリーが確固たる地位を築いているNYでは、デリバリーでクオリティが下がることは顧客も了承済み。それよりも、レストランへ行けない理由があるときに家で少しでもレストランの味を楽しみたいというニーズが強いのだ。寿司を含め、パスタ以外の料理をデリバリーしている。
始めて3ヶ月。月を追うごとに、売上げと件数を伸ばして好調だ。5月は、デリバリーだけで1ヶ月90件、$5000の売上げがあったそうで、デリバリーのリピーターも増えているそうだ。自らも配達に行くという笹山氏。そこで発見することも多いという。「デリバリーに行って家のドアを開けると、常連さんだったということもたくさんあります。このエリアに住んでいたんだとか、こんなインテリアの家に住んでいるんだとか。普段なかなか触れることのできないお客さんの生活の一面を見ることことができて、貴重な情報になりますね。」そこからまた次のビジネスのヒントにもつながり、マーケティングの側面も担っているようだ。
この6月からは、ケータリングと店舗でのプライベートパーティーサービスを始めた。これも、日常の店舗営業やデリバリーを通して、ニーズがありそうだという感触をつかんだからだ。ケータリング、プライベートパーティー共に、パシフィックグリルと寿司の2業態の料理の中から予算とスタイルに合わせて選び、組み合わせることもできる。「選択肢の幅はとても広いと思います。寿司職人が実際にその場で握ることもできますし。他の店ではできないことをやっていきたいと思っています。」
ケータリングは、オフィスでのランチやディナーイベント、レセプションパーティーなどを視野に入れていて、フードのミニニマムオーダーが$1000。シェフ(寿司シェフ含む)の派遣は1名につき$130〜。トライベッカという土地柄、金融街が近く、周囲にはギャラリーやショールームが多いため、確かにニーズは高そうだ。今後、海外でもウェディングビジネスを展開していきたいというプランがあるため、ケータリングやプライベートパーティーはその足がかりとして重要な位置付けにあるという。欧米では、結婚披露宴専門の会場などは無いため、ケータリングやレストランでパーティーを行う場合が多いからだ。
・人材育成に一役買う海外進出
「常に新しいことにチャレンジするのは、お客さんはもちろん、スタッフも飽きさせないようにという考えがあるからです。ルーティンワークばかりやっていたら飽きてしまいますからね。」と笹山氏が語るように、人材育成に力を入れる同社。NYの店舗では、日本の店舗で働くマネージャークラスを中心とした若手社員を交代で受け入れ、海外研修させている。
1ヶ月間、会社の用意した住居に寝泊まりし、実際に店舗に立ってサービスをする。日本の店舗では、マネージャーとして部下を指導する立場にある社員も、NYでは新人同然。しかし、言葉の壁や異なる習慣に戸惑いながらも、1ヶ月も経てば様になってくるという。彼らにとっては多くのことを学ぶ、非常に貴重な経験となっているだろう。実際に、研修を終えて帰国した社員には、接客やマネジメントに成長が見られるという。
また、この研修では会社からの補助金も出て、社長からは多くの店を回り、ホテルを回り、いろいろな物を食べ、飲むよう指令が出される。「今までは、野田に、海外のスタイルを参考にああしろこうしろと言われても、その意味がよくわかりませんでした。でも、実際に目の当たりにして身をもって経験することによって、わかるようになったんですよね。」こうしてNYの文化やスタイルは刺激となり、研修から帰国した社員から生まれるアイデアとなって仕事に活かされ始めているという。この海外研修は、社員の間で非常に高いモチベーションとなっているそうだ。
営業前のミーティング風景。
オープンして1年。ようやく今後についての目途が立ってきたところ。今後数年で、NYで2〜3店舗、いい物件が見つかりタイミングが合えば、ホテルも展開したいという。5年で、日本と同じ規模の売上げが目標。「すぐ達成できる目標を掲げても意味がないですよね。日本でやってきたように、高い目標を持っていつも最高の状態を目指してチャレンジしていきたいです。」と笹山氏。
ゼネラル・マネージャー笹山剛史氏。
新しいレストラン、特に国外から来たレストランが定着するには時間のかかるNY。そして、高い家賃を払うために、目先の収益に振り回されるレストランは多い。でも、ゆっくり地元に根付くためには、腰を落ち着けて長い目で見ていかなければならない。自社ビルでの営業というのは、リスクも小さくないが、腰を落ち着けるという意味では大きなアドバンテージである。このアドバンテージを活かして、日本の“おもてなし”文化と共にNYに根付いて欲しい。