フードリンクレポート


居抜き取引の活発化のために。
「飲食店居抜き流通協会」(仮称)が設立準備中。

2009.6.26
不況と共に撤退店が増え、その内装や厨房設備などを再利用して、新規出店者に造作付きで物件を売却する“居抜き”取引が増えている。しかし、取引ルールが確立していないため、成約に時間がかかったり、成約後のトラブルが発生する場合があるのが現状。居抜き取引を活発化させるルールを作ろうと、協会が設立されようとしている。


発起人。左から、北本聖氏(テンポリノベーション代表)、土井恭一氏(ABC店舗代表)、藤代真一氏(シンクロ・フード代表)、志村洋平氏(事務局、テンポリノベーション取締役)。

居抜き取引関連3社が発起人

「飲食店居抜き流通協会」(仮称)を設立しようとしているのは、株式会社テンポリノベーション、株式会社ABC店舗、株式会社シンクロ・フードの3社。

 テンポリノベーションは「居抜き店舗.com」というサイトを持ち、居抜き物件を主に出店希望者に紹介する事業を行っている。月間10件前後を成約させている。ABC店舗は、居抜き物件を中心に売り手と買い手を繋ぐ不動産仲介事業を行っている。月間の総取引件数は約30件だが、その内20件が居抜き物件。そして、シンクロ・フードは物件情報を提供するメディアサイト「飲食店.COM」を持ち、多数の不動産仲介業者の物件情報を紹介している。

 これら3社は、新規出店希望者へのメリットが大きい居抜き物件の流通を活発化させるため団体「飲食店居抜き流通協会」(仮称)の事務局を立ち上げた。現状では不透明な部分の多い取引を互いの成約実績を公開することにより健全化させ、安心して居抜き物件に入居できる環境を作ろうとしている。現在、正式な設立に向けて賛同者を募っている。

「飲食店居抜き流通協会」(仮称)設立事務局
東京都港区芝公園2-4-1 ダヴィンチ芝パーク1F
株式会社テンポリノベーション内   
担当:志村 洋平(取締役 経営管理部長)
メール:shimura@tenpo-r.co.jp
電話:03-5733-4919 ファックス:03-3578-6361


売り手と買い手が歩み寄れる価格実例を開示する

 居抜きは売り手にも大きな金銭的メリットがある。通常、撤退する場合には家主との賃貸借契約に則り原状回復費用や解約前予告家賃等が発生し、出店時に預けてあった保証金・敷金は保証金償却金額も差し引かれ手元にはほとんど残らないのが実状。例えば、保証金として300万円預けていても、原状回復費用150万円、解約前予告家賃90万円(月30万円で3ヶ月として)、保証金償却費60万円では、手元に戻るのは0円だ。

 居抜きで売却できれば、家主にとっては借主が変わっても途切れることなく家賃が支払われ、原状回復費用・解約前予告家賃・保証金償却費の免除を家主が認めてくれるケースが多い。すると、売り手は保証金300万円(買い手=新借主が差し替える)と、内装や厨房設備などの造作売却代金が手元に残る。この造作価格の交渉が成約のキーポイントとなる。

 居抜きは低投資で出店できることが徐々に知られ、良い立地は出店希望者が多く造作価格が吊り上がっていく。中古マンションのように相場がないことが原因だ。

「売り手は1000万円で売りたい、でも買い手は100万円。折り合わず店が出せない。しかし、取引のある会社が集まって情報を集約することで、相場観ができます。案件が出た時に、これはだいたい100万円で取引されていますよなど、歩み寄るポイントが見い出せる。出店したい人は店を出せるし、我々も商売になります」と、北本聖氏(テンポリノベーション代表取締役社長)は言う。

 問題は価格に基準がないこと。売り手は資金に困って閉店する場合が大半で造作売却金額に固執するケースが多い。しかも、買い手にすれば高い金で買ったけど造作が使えないとなれば、業界自体がしぼんでしまう。

「僕はかつてタスコにおり、事務局の志村はレインズにいました。100〜200店規模の撤退を経験してきたので、早く売らないと賃料がかさんで結局損するとか、大体分かります。普通の個店の方は、一生に1回くらいのことで分からない。正しい知識を身につけて欲しい。退店される方に早めに退店された方がいい場合があります。例えば、残債が1500万円あるので1500万円で売りたいというケースがありました。結局半年以上売れなくて、500万円まで下げたらやっと動き出しました。この半年間の損は家賃と営業損を含めて1000万円以上でした。」

「売り手が提示するのは何となくの金額です。その金額が正しいか、経験がないと判断できない。しかし、データベースがあれば言える。出店者も、せっかく自分が使える居抜きがあるのに、居抜きを評価しない場合があります。それは居抜き物件を見ていないから。売買の経営判断は難しいです。せめて、今までの事例を啓蒙したい」と北本氏。


造作査定の専門家を育てる

 居抜き物件のトラブルで多いのが、「買った後で厨房機器やエアコンを使おうとしたら動かなかった」。譲渡後は買い手の責任になるのに、引き渡しの際のチェックが不備だった。そして、「譲渡後に前のリース会社から請求がきた」。売り手は売却代金でリースを清算しようとしていたが、清算しなかった場合だ。さらに、「電気・ガス・水道のインフラの容量が少なかった」。古いビルの場合は、元々の容量が少なく、容量を増やす工事に時間と多額の金がかかる。当初予定の開業資金では不足してしまう。

 これらはインフラや設備を洗い出して事前チェックを行えばよいが、不動産業者でできるところは僅か。内装業者に頼むと5〜10万円かかるというし、面識のない内装業者の場合は譲渡後の内装工事費を上げるため正しいチェックが行われない場合も予測される。

 家主も居抜きなら途切れなく家賃が入ってくるにもかかわらず、どんな造作が残るか分からずトラブルが嫌いなのでスケルトンに戻してくれという方もいる。居抜きへの不安を解消すれば、売り手、買い手、家主の3方にとってメリットとなる。

 協会を設立する3社では査定を行っているが、個別の営業マンのノウハウに止まっているという。そこで、何らかのロジックで簡単にウェブ上などから造作価格を導けるようにしたいが、物件により異なるので、まずは実績をなるだけ多く集めてそこから推測する体制作りを目指している。さらには、査定できる人材の育成や資格化も考えている。


全国で廃業30万件

 飲食店に限らず商店の廃業は2008年、全国で約30万件。首都圏のウェイトを25%とすると、7万5千件。スケルトンで戻す場合もあるが、ここから居抜きとして流通される。巨大なマーケットがある訳だ。実際に、売り案件は、ABC店舗で月に200件、テンポリノベーションで月に800件が新規に登録され、シンクロ・フードでは掲載2000件の内1000件が居抜きだという。

 居抜きを扱う不動産業者も増えている。彼らも不動産の仲介手数料に造作代の手数料も加えることができる。ただ、造作の査定が難しいだけで、ビジネス上はメリットが大きい。

 商業施設の居抜きも出始め、ますます普及することが予想される。「飲食店居抜き流通協会」(仮称)が発足し、会員企業の多数の過去の実例が開示され、その会員なら売り手も買い手も安心して取引ができるようになれば、居抜き物件の市場は大きく拡大するだろう。


【取材・執筆】 安田 正明(やすだ まさあき) 2009年6月17日取材