・「食は人間の根本、そこを支えられる力にならなあかん」
谷間氏は京都大学の学生時代に公認会計士資格を取った、親子2代の公認会計士。ベンチャー企業へのコンサルティング会社を立ち上げ、4社を株式公開に関わった。その最後の仕事が関門海。共同で新業態開発を手掛けるバルニバービも、谷間氏の顧問先だった。
関門海は、山口聖二氏が1980年に大阪府藤井寺市に「ふぐ半」を創業したのがルーツ。ふぐを生産地から直接仕入れ、てっちりを1980円で提供する激安ふぐ料理チェーン。谷間氏がコンサルタントとして入り、2005年6月に東証マザーズに上場。ところが、同年11月に創業者の山口氏が交通事故で他界してしまう。
創業者が亡くなり、軸を見失いかけた関門海でCEOを引き受けたのが谷間氏。様々な顧問先を整理して飛び込んだ。そして、翌2006年3月には100店舗を達成させた。
「創業者は『食が今後危機的な状況になっていく可能性がある。食は人間の根本。そこを支えられる力にならなあかん。ふぐで人間の食生活を見て行くことはありえない。毎日の食事をちゃんと見ていける会社になりたい』と話していました。僕はその考えを踏襲しています」と谷間氏。
「ふぐ事業での儲けをベースに、山口さんが生きているときに、えびフライ屋、カレー屋と矢継ぎ早に店を作っていきました。創業者なので自分でやるのが一番という思いがあったのだと思います。でも、僕はそういうタイプではありません。色んな会社に関わってきた経験から、既存事業に関わってよくしていく方が得意なのでM&Aとか、今あるリソースを組み合わせるとかを考えます。やりたいことは同じですが、やり方は違います。」
「玄品ふぐ」 六本木店の座敷席。
とらふぐのコース極味 5800円。
てっちり紙鍋。
・“玄品食門(げんぴんくいもん)研究所”
山口氏は1999年から食糧危機に備えるための研究開発に力を注いできた。2001年には大阪府松原市に、研究開発室、セントラルキッチン、物流センターを兼備した本部事務所を開設。2003年には冷凍ふぐを活用する長期低温熟成技術を完成させ、店舗への導入を始めた。冷凍のふぐを扱うことにより、安定した価格で各店舗に納入することが可能になった。その研究開発を担うのが“玄品食門研究所”。現在は約10名のスタッフが専任で、食糧危機に備える技術を研究している。
「ふぐを単純に冷凍すると真っ白になり不味い。ウチは長期低温熟成技術を使っているので、冷凍しても熟成して旨みが増します。通常、魚は寝かさない旨みが出ません。板前さんが魚を絞めて冷蔵庫で保管していく工程を工場のラインに落として、超低温で保存します。しかも、店舗での解凍の際も特別な方法で行い、誰でも間違いなく解凍できます。活魚より、関門海の方が美味しいとお客様に言われるまで持ってこれています。美味しいのは寝かせて熟成させたものです。しかも、活魚は相場がブレますが、冷凍はコストが一定になります。」
この技術を基に厨房機器メーカーとマグロ解凍機を開発しようともしている。
・冷凍、解凍、蘇生、農薬分解、エサ改良
「冷凍のふぐと言うと、市場価値は安いものです。しかし、僕らはサプライチェーンマネジメントをやっています。どういう冷凍をして、どういう管理をして、店舗でどういう提供をする、だからいい商品ができるんです。冷凍という理由で商品価値をとやかく言われても違うんですよ。」
“玄品食門研究所”が取り組むのは、冷凍と解凍の技術だけではない。
農薬を使って育てた農作物の農薬を分解する技術。溶液に漬けると農薬の成分が中和する。大概の農薬は分解できるレベルにまでに達しているそうだ。
また、自社養殖ふぐを安価提供するための餌の改良も行っている。
「ふぐの養殖のメインは中国。養殖業者からふぐを買い、中国で工場をレンタルして加工ラインを作り、冷凍した状態で日本に持ってきています。活ふぐだと、ふぐ自体は中国で養殖していても日本向けなので、日本の相場と連動します。日本に着くと日本の相場のちょっと下。実は活魚輸送なので売値の6〜7割が物流費です。これを冷凍で持って来ると物流費が大幅に下る。しかも、ウチの冷凍技術を使えば活魚より美味しいふぐ料理を提供できます。」
対馬にある自社養殖場。
「中国が安定供給できるなら中国産の方が安いですが、3年後どうなるか分からないので、国内養殖も作っておこうと始めました。現在、冷凍ふぐの在庫は2年分ストックしていますが、その後がない。今の養殖原価では中国に負けるので、餌の開発をやっています。現在は魚系の餌を使っていますが、コストの安い大豆などを使った植物系の餌でできないか研究しています。餌代が1/3になると中国産に勝てます。但し、中国が安定していれば、日本は最小限の生産に止めます。」
・サッポロビールと資本提携し、新事業開発
2006年からバルニバービと業務提携し、外食の新規業態開発を始めた。
「飲食業としてのスキルを上げたかった。ふぐ1本できたから今までは要らなかった。しかし、今は食材の原価が安いだけでは勝ちきれない。見せ方、値決めの仕方、メニューやオペレーションを全部詰めないとダメ。バルニバービさんに乗っかってみて、どうやっているのか学びました。今は研究開発的な業態開発スキルを上げる所は一段落したと思っています。やりたいのはそのスキルを使って外食企業をM&Aしたり、業務提携したりすること。どんどん新業態開発をやっていこうとは思っていません。店舗展開で大きくしていこうというのは時代が違う。あるものを買って行って、そこにある箱・人・ノウハウをブラッシュアップしていきたい。」
また、惣菜宅配会社、株式会社かね治を07年5月に買収し、さらに08年7月に同業の株式会社アクト・デリカを買収し、両社を合併させて「トドクック」のブランドで京阪神2万5千世帯を顧客に惣菜宅配事業を行っている。今年1月に始めた過剰在庫商品などを安値で販売する「わけあり」コーナーが多数のメディアに取り上げられ、黒字化させた。
「トドクック」家庭向けカタログ。タブロイド判、2週間ごとに発行している。
料理メニューを選べば、食材をセットで届けられる。
人気の「わけあり」コーナー。
07年10月に外食企業のM&Aに興味を持っていたサッポロビールと資本提携。現在は約9%の株を持ってもらっており、情報交換を頻繁に行っている。東京事務所もサッポロビール本社に近い場所に移転した。食品などの共同開発もできればいいと思っている。2008年7月に買収した回転すし「すし兵衛」を展開する株式会社だいもんもサッポロの紹介だ。
さらに、北海道で居酒屋を展開するグローバル・ノエ株式会社とも、同社ともに農業生産法人ぐろーばる農園を設立し、09年4月に関連会社化した。自社農園の請負業と言えるようなアイデアを持っている。
ぐろーばる農園
「北海道の外食企業と1反当たりいくらで契約し、作柄を決めてこちらで栽培する。店は自社農園とお客様に言える。安定的な売り先を確保してから農地を増やしていくというモデルが作れないかと思っています。今、テストをやっています。大規模に行った時にトラブルが起きるか研究中です。」
さらには、ふぐの養殖をおこなっている対馬は、マグロ養殖が盛ん。漁業権を入手してマグロ養殖も検討している。対馬から韓国・釜山は僅か50キロ。釜山をハブにして世界市場へのマグロ販売の可能性も調査している。
・食糧危機に備え、競争力と自給率をアップ
「北海道の農場は3ヘクタールしか今はありません。海外からの農産物の輸入はどこかで止まります。日本は自給率を上げなきゃいけない。そうなると農地を持っているものが強いと思っています。まずは農業生産法人を作って農地を買える状態にまで持って行きました。ただ、農地を買って農作物を農協に売るだけでは採算が合わない。自分で売れる範囲内のもので、どんなビジネスモデルが良いのか考えています。」
「お金を持っていても食べ物を変えない時代が来ます。仮に大豆が海外から入ってこなくなると、じゃ僕らで大豆つくりましょうか、という状態になっていると強い。今はそんな状態じゃない。今は行き過ぎると採算が合わなくなって大赤字になる。ミニマムでやりながら機会を狙っています。進み出す時にアイドリング状態の車と止まっている車は違いますよね。壮大な計画です。」
様々な事業を並行で展開しており、中長期的には収れんさせようとしているのか気になるが、中長期計画はないと谷間氏は公言する。
「中長期計画を立てるべきではない。どれだけ柔軟に時代の流れに合わせていけるか、が大事。長期的には食糧が危機的な状況になります。そうなった時に役割を果たすのがウチの社会的意義です。外食で儲かった損したというのはパイの取り合いをしているだけ。それならふぐ屋で大きくせず、上場もせず、やっていた方が良い。今広げてきているのは、ウチの社会的意義に近づけようと努力しているから。冷凍技術もそうです。無くなった時に違うものから作れる技術とかも。カニがなくなったら、カニカマを食べてカニを思い出して下さい、です。もっと凄いカニカマを作りますよ。」
「食べ物が無くなったらどうしようが研究の根幹です。安全・安心で美味しい食べ物が無くなった時にどうするのか。安全・安心で美味しいものや無農薬野菜とか言っていられるのは、輸入に食糧を支えてもらっていることが大前提。ウチは輸入が無くなった時の安全・安心を考えています。その時には、無農薬より農薬分解技術の方が上だと思っています。農薬を使って生産性を上げて、食べる時に農薬分解できた方が上。」
「僕らはその日のために技術開発を進めていこうとしていますが、この考え方は今の消費者に支持されにくい。時代に合わせながら進めないとダメ。安居酒屋が流行っているなら 安居酒屋をやろう。今までのウチは簡単に考えて参入、カレー屋をやって失敗しました。 でも、牛丼をやっても吉野家に勝てない。一つ一つ真剣にやらないといけない。」
昨年秋からの不景気の波を受けて、激安といえども客単価6千円はする関門海は厳しいという。特に最盛期の12、1月で数字を落とさざるを得なかったことは痛い。ただ、現在は117店だが、出店余地は200店まであると谷間氏は踏んでいる。研究開発や新規事業はふぐ業態の利益があってのこと。食糧自給率アップが叫ばれてはいるが、本当の食糧危機がやってきた時に、関門海の理想が花開く。新しい次元のビジネスモデルに驚かされた。