・生産者とレストランの声から生まれた直売型セラー
2009年5月30日にオープンした「Lonowa駒沢」。1階では契約農家から直送される有機や減農薬の野菜や果物、乳製品や畜産物などの加工品も販売している。
さらに、自社生産の国産小麦を使った焼きたてパン、フルーツたっぷりのスイーツ、デリがショーケースに並ぶ。1階にあるオープンテラスはもちろん、2階のレストランでもゆっくり食事が楽しめるようになっている。
クリーンなイメージの外観。
店内にはさまざまな食材が並ぶ。
奥の厨房で作られたデリがショーケースを彩る。
「Lonowa駒沢」を運営している株式会社ろのわの主な事業は、農産物の生産、流通及び食料品販売。熊本に自社農場を持ち、全国の農家と提携関係を結び、飲食店に卸している。本来、農家とレストランを結ぶ斡旋役のはずが、なぜこのような店を出したのか?
「出店の理由は二つです。地方の生産者から、東京で直売できるスペースが欲しいということと、当社で卸売りをしているレストランの方から、安定的な物流拠点が欲しいという要望を受けたからです」(株式会社ろのわ 代表取締役 澁谷
剛氏)
澁谷氏によると、産直の欠点は大きく三つあるという。それぞれの食材を別々の場所から発注すると配送コストが割高になる。そして発注から配送までのタイムラグがあるということ、生鮮食材は安定供給が難しいということ。この問題を解決できる場所として世田谷・目黒エリアで駐車場のあるスペースを求めたという。
産地直送の野菜すべてに生産者の名前が表示されている。
もちろん、野菜やフルーツの試食も可能。
澁谷氏が当初モデルケースとして考えていたのは、NYにあるスーパーマーケット「Vinegar Factory(ビネガー ファクトリー)」。1階では、屋上で作った新鮮な有機野菜を中心に販売し、2階はイートインコーナーとなっている。それを踏襲した「Lonowa駒沢」では、見て、食べて、買って帰ることが出来る。レストランはある意味試食コーナーでもあり、扱う食材のほぼすべてが国産という贅沢な店でもある。
ランチの平均予算は1500円程度。新鮮野菜をたっぷり使ったサラダやデリのプレート、パスタが揃う。スープと、肉や魚などのメインをつけるかどうかによって価格に差が出る。国産小麦のパンは食べ放題なのがうれしい。またワインをはじめ、アルコールも揃う。
野菜たっぷりのサラダプレート。パンは食べ放題。
広々とした2階のレストラン。
「フェアトレード」という言葉が最近よく用いられるが、国内の生産物に関してはその意識はあまり浸透してないように見受けられる。生産者が安心して農業を続けられるようにするためには、それなりの見返りがなければ難しい。生産者と消費者がネットを通じて取引するケースも増えてはいるが、生産者自身に流通まで望むのは酷なことだ。そこで、中間マージンを極力省き、消費者やレストランへ安定供給できるような体制作りが必要となる。
産地直送の販売所と物流拠点の倉庫の意味を備えたマーケット型レストラン。当初見込んでいたターゲットは近隣の区に住む居住者だったが、千葉や埼玉などから車で訪れる客も多いという。
イートイン・スタイルのマーケットを前面に打ち出し、昨年日本に大きな衝撃を与えたのは、食の先進国・イタリアからやってきた「Eataly (イータリー)」という黒船だ。
・食のテーマパーク「Eataly (イータリー)」が日本に上陸
レストランとマーケットの融合の先駆けが、「Eataly (イータリー)」。イタリア・トリノに本店を持つ、”エノガストロノミー”が、昨年9月代官山に海外一号店をオープン。「ワイン」を意味する”エノ“と「美食学」の”ガストロノミー”との造語をコンセプトに、2000種類の食材と、400種ものワインが一挙に並んだ高品質の超大型マーケットだ。
中庭を囲んだ、コの字型のショップ。
「食べることは作ること」というコピーも。
生ハム10種類、チーズは40種類。
1500坪を誇る店は、イタリア食材コーナー、ベーカリーコーナー、ピッツァやパスタのコーナー、BARコーナー、さらにスイーツとジェラートのコーナーと分類。二階の「Guido per Eataly」では高級食材を使った本場の味が楽しめるようになっている。
BARコーナー。
「Guido per Eataly」店内。
商品選びの基本は”スローフード”のコンセプトに基づいたもの。本場イタリアから直輸入した商品が並ぶ。「生産者の方からEatalyが独自に仕入れを行ったものを揃えているので、安心してお求めいただけます」と話すのは、Eataly Japan広報の小早川玲子氏。「輸入コストも抑えられるということもあり、比較的お求めやすい価格で高品質のものを提供しています。食卓においしいものを低コストでお届けするというのがモットーです」。
パンは天然酵母を使い、イタリアから取り寄せた薪釜で毎朝焼き立てのものを販売。ピッツァについても、スタッフが本場の職人から三か月にわたり直接指導を受け、現地の味を再現している。
ベーカリー。
イタリアから取り寄せた薪釜。
ピッツァ・サンマルツァーノ (1570円)
イートイン・コーナーの平均客単価は2000円程度。乾麺と生パスタと二種類あり、ソースはセントラル・キッチンで調理した出来たてのもの。
セントラル・キッチン。
圧巻のワインセラー。
普通のスーパーマーケットと大きく異なる点は、食品を販売するだけでなく食を通じて、食文化やイタリアの良さを広めていこうというところ。GWや夏休みなどに子供向けのパン教室を開いたり、生産者を招いてセミナーを行うなど食育や食の普及にも力を入れている。代官山店の人気を受け、今年4月に日本橋三越店をオープン。今後全国展開のほか、ネット販売も視野に入れている。良いものを消費者が求めやすい提供する。市場を通さない産直という仕組みは国内外からも行われている。そんな中、本格料理を提供する都内のイタリアンレストランでも新たな取り組み始めていた。
・レストランと家庭の食卓を結ぶ接点としての存在
2007年にオープンした東京都文京区にあるイタリア料理店「Ristorante La Barrique
Tokyo」。住宅街の隠れ家的な存在ながら、22席で目標月商1億7000万を狙う「予約のとれない名店」。ランチもディナーも完全予約制だが、数か月先まで埋まっている。
外観は和風の一軒家レストラン。
築50年に及ぶ日本家屋を改装し、一見イタリア料理店とは思えない和の趣きがある。障子や欄間を残しながら、不要な襖や壁を取り払ったオープンな客席は、和洋折衷のスタイル。もともとはオーナーソムリエの坂田真一郎氏の実家だったという。
ウエイティングルーム。
和洋折衷の店内。
平日のランチは2800円と4500円の2種類。付出し・前菜・パスタ・デザート・食後のコーヒーもしくは紅茶・小菓子に、メインディッシュがつくかどうかによって値段が変わる。土日・祝日は、6500円のシェフおまかせのコース。
ディナーは、6500円のイタリア郷土料理のコースがあり、毎月地方を変えて提供する。付出し・前菜・パスタ・メインディッシュ・デザート・コーヒーもしくは紅茶・小菓子がつく。さらに8500円の『ラ・バリック』コースと12000円のシェフおまかせのコースがあり、プリフィックススタイルをとっている。
ビゴール豚 肩ロースの低温ロースト。
イカスミのリゾット 塩水ウニのせ。
その「La Barrique」オーナーの坂田氏が、近くにイタリア食材店「ROSSO RUBINO」を6月6日にオープン。イタリア料理、食文化に惚れ込んだ坂田氏がプロの目で厳選した食材が並んでいる。小売店に出回ることが少ない少数生産の調味料や生ハム、チーズ、ケッパー、缶詰め、ソース類など高品質の高級食材が揃う。
生ハム、チーズをはじめ高級食材がズラリ。スタッフが懇切丁寧に説明。
有料テイスティングコーナー。
「私どものレストランをご利用のお客様は近隣の方と遠方の方がちょうど半々くらいです。ご近所の方にはイタリア料理をもっと身近に感じていただきたいということと、遠方の方にはおみやげ感覚でご利用いただきたいということで・・・」と、開店の経緯について語る坂田氏。
オーナーの坂田氏。
また一方で、レストランの利用客とスタッフにはお互い距離があり、その距離を縮めたいという意向もあったという。
「レストランでは、お客様にあまり立ち入り過ぎると関係性が壊れてしまいますので、差し出がましいことはできません。しかしROSSOというお店があることで、お客様の食卓に私たちがセレクトした食材やワインが並ぶこともあります。ご家族の中で私どもの話が出て、それがお客様の口から私たちに返ってくる。ROSSOが私たちとお客様のご家庭を結ぶ接点になればうれしいですね。」
レストランの利用客は30代後半から70代が多い。「イタリアンレストランで飲む美味しいワインが小売店で見つからない」という声を受け、インポーターから直接買い付けも行っている。
セラーには少量生産のワインが60種類以上揃う。
今後はパンやグリッシー二、生パスタや総菜類の販売も検討しているが、今のところお店のチェーン展開は考えていないと話す。「La Barriqueありき、ということですので、常にレストランのクオリティを高めてお客様の満足度を上げていくことが一番重要だと考えています。続けていくことで、時代が経っても色褪せない空気を醸し出せるお店にしたいですね」。
日本の食卓にイタリアンをさらに普及させるべく、レストラン事業者が小売へ参入し、消費者へ直販するスタイルが出来た。
このように、既存の流通ラインとは別の支流が生まれる中、東京の食を支える市場でも驚くべき変化が起きていた。
・市場内にあるレストランでも産直食材を使用
大田市場。都が建設した最も新しく近代的な市場であり、水産物・青果物などを取り扱う総合市場である。青果物については、水産物における築地市場と同様、施設・取扱量ともに日本最大規模を誇る。
その施設内にあるホテルコムズ大田市場。そこに、100席の規模を持つ最上階のレストラン「味菜」がある。新鮮野菜を使った料理が並ぶ朝食バイキングの他に、2年ほど前から平日のランチタイムにサラダバーを行っている。
窓からは大田市場が見渡せる。
朝食バイキングの一例。新鮮な地場野菜や江戸菜を使った料理が並ぶ。
人気の海鮮ばらちらし(1500円)。
市場内にあるレストランだが、地産地消をキーワードに都内の農家から直送された野菜を主に使用している。ここで驚いたのが、市場を通していない野菜を使っているという点。「流通に乗せると価格が負けてしまうということなので、直接仕入れています」と話すのは、「ホテルコムズ大田市場」料飲マネージャーの知念康治氏。
既存の流通システムの崩壊は、大田市場の内部でも見られた。そんな中、市場を通さずに地方食材を活用したレストランが都内で人気を呼んでいる。
・地方から都内へ発信するアンテナ・レストラン
最近勢いがあるのが、北海道から沖縄まで全国の都道府県などが運営するアンテナショップ。名産品の販売だけでなく、地方の素材をいかした料理を提供する併設型のレストランも出てきている。
4月末にオープンした「おいしい山形プラザ」では産地直送の野菜や漬物など約400種類の物販が揃う。その二階にあるのが、地元の食材をふんだんに使ったイタリアンレストラン「ヤマガタ サンダンデロ」。山形で人気のレストラン「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフが開いた店だ。奥田氏は“庄内イタリアン”を提唱し、生産者のもとを訪ね歩き、食材の持ち味を最大限にひきたてる料理にして提供。県内だけでなく各方面に販路を築いてきた。「アル・ケッチァーノ」に行く目的で、全国から庄内へ訪れる客も多く、人気ぶりは留まらない。その味が都内で堪能できるとあって、「ヤマガタ サンダンデロ」は、満席の日が続いている。
「おいしい山形プラザ」外観。
落ち着いた雰囲気の店内。
ランチは3種類。「つや姫ランチ」(1000円)は、野菜サラダと山形のお米「つや姫」をリゾットで味わえる。「パスタランチ」(1800円)は、新鮮野菜のバーニャカウダ、パスタ、ドルチェ、ドリンク付き。「アンヴェ・ミルー」(3300円)は、シンプルなワンプレート。新鮮野菜のバーニャカウダとパン、前菜、メインとパスタの盛り合わせ、ドルチェにドリンクが付く。
「アンヴェ・ミルー」(メインは肉料理の一例)。
ディナーは、4400円から10000円以上のものまで、さまざまなコースがある。毎朝直送される野菜や食材に加え、山形の水を使って丁寧に調理。庄内の食材にこだわり、その一皿一皿に「お客様にも生産者にも喜んでいただける料理をつくることが、庄内の幸せにつながるのだ」という思いが溢れている。
エビのリゾット。
ディナーコースの一例。
地方のレストランが都内に進出することで、都内にいながらにして地方の味がそのまま堪能できるという贅沢。都道府県などのアンテナショップは都内に約40カ所あり、「宮城ふるさとプラザ」や「広島ゆめてらす」「香川・愛媛せとうち旬彩館」「新宿みやざき館KONNE」など、レストラン併設型のショップは好評だ。
生産者から、地元のシェフ自らが仕入れた食材が料理という完成形をとり、客の目の前に供される。そして、その味を気に入った客が食材をその場で買って帰るという循環で、生産者と消費者の新たなコミュニケーションが生まれている。生産者が農協というシステムを通して市場へ運び、幾重もの仲卸し、小売り業者を経て消費者にわたるという仕組みは崩壊しつつある。ネットをはじめと、情報インフラが整備された時代の中で、「地産都消」という新たなフードビジネスの幕が開いている。