フードリンクレポート


ホテルが仕掛ける! 
立地、スペース有効活用、アイデア勝負のレストランビジネス

2009.8.19
「黒船来航」とも揶揄された外資系高級ホテルチェーンの日本進出ラッシュ。2002年に開業した「フォーシーズンズホテル 丸の内東京」を皮切りに、2003年に「グランドハイアット 東京」、2005年「コンラッド東京」「マンダリンオリエンタル東京」、2007年「ザ・リッツ・カールトン東京」「ザ・ぺニンシュラ東京」と続き、2009年には「シャングリ・ラ ホテル東京」がオープン。さらに2010年には「セントレジスホテル大阪」も開業予定。国内ホテルグループとは対照的に、超高級感を謳いターゲットを富裕層に絞り込む。世界的な不況のあおりを受け、今、多くのホテルは経営戦略の変更を余儀なくされている。そこで、独創的なアイデアでレストランビジネスに勝負を賭けるホテルの動きを追った。


高輪・森のガーデンレストラン。

都心に広がる広大な緑を武器にしたビアガーデン@品川

 品川駅から徒歩5分の立地に、2009年6月26日に期間限定でオープンした「高輪“夏まつり”オープンエアレストラン」。運営するのは、「グランドプリンスホテル高輪」「グランドプリンスホテル新高輪」。約20000㎡という、都心の中でも稀にみる広さの日本庭園を活かし、緑に囲まれた開放的な空間で食事が楽しめる。


プールサイドで、本格的な炭火焼バーベキュー。

 日本庭園に広がる和の佇まい、文化や歴史をゆったりと感じて欲しいという意味を込め、「高輪時間」というスタイルを提唱。敷地内では5つのオープンエアレストランを展開。「森のガーデンレストラン」の他、「グランカフェ パティオ ガーデン」(芝生)、「ステーキハウス 桂 ガーデン」(泉)、「カフェ・エーデルワイス ビアテラス」(霧)、「フランス料理 ル・トリアノン」(雅)と、“森”、“芝生”、“泉”、“霧”、“雅”とそれぞれコンセプトが異なる。


日本庭園内にある「グランカフェ パティオ ガーデン」。

 7月8日から20日の間、「高輪・森のガーデンレストラン」は、TUBEとコラボレーションして、「TUBE Blue Splashビアガーデンin 高輪・森のガーデンレストラン」を開催。期間中の全日程が、予約のみで満席となるほど好評を博した。


オープンエアで、炭火焼バーベキューが味わえる。

 バーベキュー&飲み放題セット6000円からで、内容はオージービーフ120g、ラムチャップ、スパイシーフランク、海老、イカ、さつま揚げ、焼き野菜など。国産牛と飲み放題のセットは8500円、伊勢海老と国産牛バーベキューと飲み放題のセットは12000円。もちろんアラカルトでも利用できる。


“霧”のテラスカフェ「カフェ・エーデルワイス ビアテラス」。

 さらに、特筆に値するのが、「カフェ・エーデルワイス ビアテラス」。今回初めてミストマシーンを導入。「霧が噴き出していることで、見る人に清涼感を与えます。お店は道路に面していますので、通りがかりの方を呼び込む効果もあります。フードに500円のワンコインメニューを揃えていますので、お気軽にご利用いただいています。現段階で、昨年比230%の売り上げです」と話すのは、同社営業戦略室の竹田賢廉氏。「森のガーデンレストラン」も昨年比105%の売り上げがあり、順調だという。

 また、同社の営業戦略室山崎令恵リーダーは「私どものホテルには、『観音堂』や『山門』、また明治時代に創られた旧竹田宮邸『貴賓館』がございます。歴史と伝統のある場所と空間、“高輪時間”という癒しとくつろぎを感じていただける時を強みとして、最大限打ち出していますので、その影響も見え始めているかと思います」と話す。


『貴賓館』の前にある「ステーキハウス 桂 ガーデン」。

 上記のホテルグループと同様に、立地と特性をいかす戦略で高収益を上げているレストランがあった。


都内最大級のブッフェレストラン@後楽園

 東京ドームの目の前に、この夏新しく誕生したのが、ブッフェレストラン「スーパーダイニング リラッサ」。2009年6月に開業10年目を迎えた「東京ドームホテル」の記念事業の一環として、2009年7月17日(金)にオープンした。


東京ドームの目前のブッフェレストラン。

 約1700㎡、380席の店内には、約60種類の料理が並ぶ。ローストビーフや鉄板焼き、麺類、焼き立てパン、ホテル自慢のスイーツなど洋食、中華という枠にとどまらず、多趣多様なメニューが揃っている。


ホテル自慢のローストビーフはその場でシェフが切り分ける。


寿司などの和食も登場。


好きなものを、好きなだけ。


スイーツにも手を抜かない。

 店内中央にあるサテライトキッチンでは、季節に応じて旬の食材をメインに使用した料理をその場で仕上げる。味覚だけでなく、香りや音など、五感で楽しむスタイルを提唱。ランチは2940円(小学生以下は1260円)で、ディナーは3990円(1260円)。セルフスタイルで、フリードリンク付き。


大混雑の店内。

 オープニングイベントでは、2009年7月17日から9月17日までの期間限定で、総料理長 鎌田昭男監修による12人のシェフのオリジナルメニューが並ぶ。「オープンしたばかりですが、週末はご予約でほぼ満席になるほどで、ウエイティングのお客様がいらっしゃる場合もあります。オープンしてまだ間もないですが、リニューアル前に比べるとお客様の数が増えているという実感もございますし、売上は1割増を見込んでいます」と東京ドームホテル 総支配人室 営業企画課 秋山美智子氏は話す。


独立した二つのレストラン@水道橋

 ラグジュアリー系高級ホテルと、宿泊に特化したビジネスホテル。最近の国内ホテルの開発は、大きく二極化した感がある。その中に突如、登場したのが「庭のホテル 東京」。2009年5月18日、水道橋駅近くの千代田区三崎町に開業した。「美しいモダンな和」をコンセプトにしたニュータイプのホテルだ。


従来のビジネスホテルの印象を変えるニューコンセプトの「庭のホテル」。

 約70年前に創業した旅館を起源とした同ホテルは株式会社UHMの木下彩代表取締役のもと、全く新しいコンセプトのホテルとして2009年5月に生まれ変わった。


こだわりのある中庭。

 「庭のホテル」というだけあって、庭園や植栽へのこだわりは徹底している。エントランスから続く中庭は、小川の流れる小さな雑木林をイメージ。建物正面と中庭には47種類の樹木や草花が植えられ、四季折々の風景が五感で楽しめるようになっている。その中庭を挟むように、日本料理のレストラン「縁(ゆくり)」と、西洋料理のレストラン「グリル&バー 流(LIEU)」があり、どちらからも景色が眺められるようになっている。


日本料理レストラン「縁」店内。


料理の一例。

 和食レストラン「縁(ゆくり)」は、その名の通り、人と人との結び付きを意としている。店内は30席で、お見合い、結納、法宴、接待用に坪庭付きの個室も用意している。


グリル&バー「流(Lieu)」。


料理の一例。

 洋食レストラン「流(LIEU)」は、中庭にある池から流れる水と、フランス語で「場所」を意味する「Lieu」に由来。70席の店内には、庭のグリーンによく映えるオレンジ色の椅子とテーブルが並ぶ。オープンスタイルのガラス張りの調理コーナーで焼き上がる肉やシーフード、野菜のグリルをメインにしている。堀内直仁料理長が館内の庭園で栽培するハーブや素材そのものの味をいかしたフレンチスタイルの創作料理も好評だという。


館内のハーブ畑。

「二つとも、ホテルとは独立したレストランと考えています」と話すのは、「庭のホテル東京」広報担当の赤羽恵美子マネージャー。両レストラン共にホテルの入口を通らずに、直接入店できるようになっている。レストラン利用客は、近隣に働くビジネスマン、OL、近辺にある大学、ビジネススクール、病院関係者が多い。


日本料理「縁」入口までのアプローチ。

「私どものホテルは、大手チェーンや外資系ホテルとは違います。贅沢さではなく、上質さを旨とした過ごしやすい空間に、おもてなしの心を添えて、使いやすい料金で国内外のお客様に幅広くご利用いただければありがたいですね」(「庭のホテル 東京」赤羽恵美子広報マネージャー)

 中規模クラスのホテルが導入した「併設レストラン」という新概念。ホテル激戦区・東京でさまざまな試みがある一方、港町・横浜でも新たな取り組みが行われていた。


一大祭典とコラボしたレストラン@横浜

 開港150周年を迎えた横浜。未来への「出航」をテーマに、巨大スペクタクルアートやSFアニメの未来シアター、アースバルーンなどさまざまな記念テーマイベントが行われている。そんな中、「横浜エクセルホテル東急」は「開国博Y150」をモチーフにしたメニューを考案。イベント開催日の4月28日に合わせ、9月27日までの期間限定で販売を開始した。


大好評の「たねまるセット」。

 中でも好評なのが中国料理のレストラン「孔雀庁」の「たねまる炒飯」のセット。黄色い顔の部分がチャーシュー入りの卵チャーハン。赤いボディの部分がエビチリになっている。黒目はシメジ、白目は卵の白身、手はウズラの卵、足はエビ蒸しギョーザ、顔と胴体との境はマコモタケ、頭のてっぺん部分はスナックエンドウを使用。価格は開港した年にちなみ、1859円で提供している。

 全長150㎜の特大ギョーザ「Y150餃子」(1個600円)は毎日シェフが皮から手作りしている。「Y150春巻き」(1本600円)は、150㎜の皮を2枚つなげ、全長300㎜とし、「150年の歴史とこれからの150年に掛けている」という。チャーハンと餃子の「たねまるセット」なら2300円。春巻きも加えた3点セットは2800円。

「『たねまる炒飯』は具体的なアイデアがなかなか出てこない中で、店長が『横浜開港150周年記念企画を考える会議』でキャラクターのイラストを描いたのがきっかけでした。その当時は“産みの苦しみ”のようなものがありましたね」と打ち明ける「孔雀庁」調理担当の佐野和徳チーフ。現在はプランの中に宿泊とパックで組み込まれるほど人気となった「たねまるセット」。ホテルの認知度アップにもつながったという。


「横浜エクセルホテル東急」の認知度向上にも一役。

 東京の近郊、横浜では、大手国内チェーンホテルの努力が垣間見られたが、西のホテル激戦区・京都でも外資系高級ホテルの新たなチャレンジが始まっていた。


ホテル産の地場野菜を活用したレストラン@京都

 緑豊かな東山七条の一角にある「ハイアット リージェンシー 京都」。京都国立博物館、三十三間堂、智積院、養源院と隣接し、京都駅、京阪七条駅からほど近く、ビジネス・観光ともに便利な好立地。“コンテンポラリージャパニーズ”をコンセプトに、和の伝統美を現代のテイストで蘇らせている。

 米国イリノイ州シカゴにある「ハイアット ホテルズ コーポレーション」の傘下にあるラグジュアリーホテル。日本の伝統と西洋の技術のコラボを謳うこのホテルが4月からスタートしたのは野菜の自家栽培。

 食の安全や環境面の配慮、地産地消のニーズに応え、京都のホテルでは、地元の野菜を活用する動きが広がっている。「ハイアット リージェンシー 京都」は、京都・太秦で400年に及ぶ歴史を持つ「長澤農園」内に、約300㎡の有機栽培農園を借りた。 


ホテルスタッフも、農業に携わる。

 有機農業を20年以上続けている長澤源一氏の指導を受け、総料理長やシェフなどのレストランスタッフをはじめとするホテル従業員が基礎となる土作りから農作物の収穫までを行う。


ナス。


トマト。

「収獲した野菜は7月からホテル内3つのレストランで使用し、イタリアンレストラン『trattoria sette(トラットリア セッテ)』では、ピザやサラダの食材として取り入れています。有機肥料によって味が変わるので、各レストランや料理に使いたい野菜の味をシェフ自ら作ることが可能なので、来年以降に活かしていきたいですね」と、同ホテル広報担当の木村氏は話す。


「trattoria sette」店内。

 4月から12月の間、農園では既に収獲したナスやトマト、万願寺とうがらしに加え、約12種類の野菜を栽培予定。レストラン内外のホテル従業員同士のコミュニケーションが円滑になり、思わぬ効果も生まれたという。

「ホテルメイドの安心・安全な食材を、ホテルのレストランで味わう」という試みを始めた外資系ホテル。その一方で、名実ともに知られた外資系高級ホテルが業界騒然の企画を立ち上げた。


ハイクラスのレストランが出す驚愕のブッフェ@恵比寿

東京でも随一といわれるクラシカルなヨーロピアンスタイルの最高級ホテル、「ウェスティンホテル 東京」。1994年10月8日にグランドオープンした「恵比寿ガーデンプレイス」内に開業し、8つのレストラン、ラウンジバーを併設している。この「ウェスティンホテル東京」開業15周年記念企画として現れたのが「T’s Bar(ティーズバー)」。


「T’s Bar(ティーズバー)」店内。

 東京のラグジュアリークラスホテルで初めてのスタンディングワイン&アペタイザーブッフェ・バー。ホテルメイドの10〜15種類のアペタイザー、さらに5種類の厳選ワインを好きなだけ楽しめるワインバー、それぞれ税・サービス料込で2500円という破格の値段だ。


アペタイザー。

 厳選された各地の食材を、ヨーロピアンテイストで提供するブッフェレストラン「ザ・テラス」。オールデイダイニングとして朝食からランチ、ディナー、平日のデザートブッフェ、休日のシャンパンブランチなど、多彩なシチュエーションで楽しめるとあって、行列が出来ることも多い。その一角に設けられたのが、「T’s Bar」。18時から22時まで(ラストオーダーは21時30分)、平日のみの営業だ。


「ザ・テラス」内にあるので、料理の味は保証つき。

「レストランユーザーの7割はビジターです。今ポイントとなっているのが、ディナータイムの営業です。法人のご利用が減ってきており、ビジネススタイルのシフトチェンジが迫られるようになりました。もっとホテル内のレストランの良さを知っていただくために、入りやすい価格で、ということでリーズナブルな設定にしました。気軽にワインと料理、そしてホテルの雰囲気を楽しんでいただければ」と話すのは、提案者である「ウェスティンホテル 東京」沼尻寿夫総料理長。

 ビジネスユーザーから個人に目を向けるにあたり、2500円でワイン&アペタイザーブッフェを行うという採算度外視の驚きの企画を立ち上げ、6月4日から営業開始。「ザ・テラス」のスペースを有効活用しているが、通常のディナーブッフェ6800円ということを考えれば、破格の値段であることは間違いない。

「待ち合わせや、会社帰りにバルやトラットリア、ビストロのような感覚で使っていただきたいですね」と「ウェスティンホテル東京」片倉孝治氏。

 建設ラッシュが相次いだものの、先の見えない不況の中で、供給過多になり過ぎている面も否めないホテル業界。そこで各々、生き残りを賭けて、趣向を凝らし、さまざまな取り組みを行っている。今後、ホテルが仕掛ける独創的なレストラン戦略が成功していけば、ホテルブランドのレストランが大きな広がりを見せていくかもしれない。


【取材・執筆】 水口 海(みずぐち うみ) 2009年8月6日執筆