・突然訪問した調査員に看板使用料を払えと言われた
大阪市北区の老舗酒販卸・田中種、田中新之社長によれば得意先から最近、突き出し看板と庇について、相談があったという。
事の次第は、古くから営業している大阪市内の個人営業の店に、文書での警告もなしに突然、国土交通省の人がやってきて、道路占用料として年間1万円超を支払うように促されたとのこと。
「これまで一度もなかった話なので、当のお店のオーナーはすっかり驚いています。国のほうが大きな店だけでなく、小さな店にまで財源確保のため、看板の占用料徴収強化をはかってきたのではないかと思えます。今まで見逃してきたのでしょうが、国や大阪府、大阪市の財政も苦しいですからね」と田中社長。
聞けば10坪くらいの繁華街ならどこにでもあるような飲み屋で、壁面から道路に向けて50センチほど垂直に突き出した、看板が掛かっているらしい。道路から看板までの高さは1メートルほど。
また、看板とセットでテント状の小さな庇が付いており、看板とともに料金徴収の対象となっていた。
しかし、同種の相談はその後受けていないそうだから、たまたまその店が調査員の目に止まったのか。甚だしく道路の通行を妨げているようには見えない、どこにでもあるタイプの店だそうだが、国の観点では違うのだろうか。
日本の道路は、役所が管轄する「公道」が基本である。国道は国、大阪府道など都道府県の道は各所管の都道府県、大阪市道など市町村区の道は各所管の市町村区が管轄する。
高速道路など道路法に基づく道や、農道・林道のように農林水産省の指定する道、私有地に設けられた道であっても公共の通行用に使われているもの、すなわち準公道も含めて、一般の人が普通に利用している道は、ほぼ公道であると言って良い。
道路には道路法、道路交通法、建築基準法などで定められた使用するルールがあり、例えば公道で運転免許証がなければ車を運転してはいけない。道路占用料に関しても、「看板を出してもいいと思っていたが、実は使用料が必要だった。知らずに使っていた」では、済まされなくなるケースも存在するであろう。
・国道沿いの目立つ突き出し看板は占用料課金が常識
突き出し看板の道路占用料事情について、看板の業者に現状はどうなっているか聞いてみた。
東京都中野区の興和サインによれば「一般に新しく建て替える際に、看板の設置が厳しくなる傾向がある」とのこと。今までは許されていても、制限されるケースがあり得るのは建築の基準と同じだ。
建築基準法が変わっても、新基準適用以前の建物が取り壊されないのと同様に、古くからある突き出し看板は黙認されているそうだ。
となると、田中社長が相談を受けたケースは、できて何年の店だったのだろうか。かなり前に取り付けた看板なら、例外的に徴収を求められたのか。
10年くらい前から厳しくなったとのことで、阪神・淡路大震災が切っ掛けになったかもしれない。阪神・淡路大震災は建築の耐震性ばかりでなく、都市の防災を見直す機会となった。看板の突き出しが消防車の通行を妨げれば、消火が遅れて、火災が広がる要因となる。
「全部同じような基準なのではなくて、商業地域か住宅地域かによっても、異なってきます。弊社はそのあたりをきちんと調査して、支払わなければならない道路占用料は、店舗を出している会社に支払ってもらっています」。
また、大阪の加藤広告では、「道路に突き出した看板が絶対にダメというのではなく、1メートルまでといったように、行政によって対応が異なっている。突き出してもいいが、その代わり皆どのお店もやっているなら、道路占用料を払ってくださいということです。大手企業はゼネコンが入って支払い手続を取っています。個人営業なら、自分で届け出ることになります。一般的には徴収の対象になるのは、銀行とか大きなお店の話です」と語った。
基本的に国道沿いで目立って突き出していて、道路占用料を払っていなければ徴収に来るが、国道以外はそんなに目くじらを立てたりはしないそうだ。
ただし、2007年6月に新宿西口の繁華街で、「イタリアントマト」系列店の長さ5メートル、幅1.5メートルの看板が、高さ3メートルの2階から落下して、通行中の3人が重軽傷を負う事故があった。
空中までは人の注意は達しにくく、人通りの多い都会に通勤通学する人に恐怖を与えたものだ。事態を重く見たイタリアントマトでは全315店の看板の一斉点検を行ったが、このような事故が多発するようになれば、規制が強化される可能性がある。
行政でも裏路地まで古い看板を点検して回るといった、安全性を確かめるための調査は行っているそうだ。
よって、田中社長が相談を受けた件は、看板の安全性点検の中で、たまたま目に留まった可能性もある。
・国が戸別訪問で取り締まる道路の立て看板とのぼり
道路に関する国政を担当する国土交通省では、どのように考えているのだろうか。担当部署は道路局路政課となる。
「道路占用適正化促進事業を推進しておりまして、常に現場で見つけ次第、指導しています。公共の道路に、不法に勝手に置いてある立て看板、のぼりについては撤去する方針で臨んでいます。是正は全ての地域ですが、特に街中の人口集中地域を定めて、順番に回っているのが現状です」。
つまり、「道路占用適正化促進事業」なるものが、国土交通省の施策としてあって、通行と景観を乱す、路上に置いてある立て看板、のぼりの撤去と指導を、戸別訪問で行っている。
そして、実際の事業の遂行は、8つある地方整備局の道路局路政課が行っているそうだ。その8つとは、東北地方整備局、関東地方整備局、北陸地方整備局、中部地方整備局、近畿地方整備局、中国地方整備局、四国地方整備局、九州地方整備局。北海道に関しては北海道開発局、沖縄県に関しては内閣府沖縄総合事務局が地方整備局の役割を担っている。
地方整備局は、道路をはじめ、河川、ダム、空港、港湾などの整備と管理維持、建設関連の許認可や資格取得など、大きな権限を持っている。
そして、実際のパトロールと戸別訪問は、各地方整備局の道路局路政課から入札で受託した、外部の民間会社が行っているとのことだ。
国土交通省の道路占用適正化促進事業で、最も主眼となっているのは、車道の車や自転車の通行を妨げたり、歩道の歩行者空間を邪魔したりしている、交通安全の障害となる立て看板、のぼりである。それらは都市景観の美観を損なうという点でも好ましくないと、国土交通省では考えている。
突き出し看板に関してはかなり許可しているが、著しく歩行者の邪魔になっていれば撤去を要請することもあるのだという。
田中社長が相談を受けた件は、主に立て看板やのぼりの違反がないかを、国土交通省近畿地方整備局から依頼を受けた、民間会社の者が訪問した可能性が高い。新宿の看板落下事故が起こった07年6月以降は、以前に比べれば通行上の安全をかんがみて、突き出し看板にも注意を払うようになったと言えそうで、その一環として指導を受けたものと推測される。
国土交通省では「看板が落ちればたいへん危険。災害時には物資を運ぶ妨げになるので、許可できるものは占用料を徴収して管理していきます」と語った。
・小サイズの突き出し看板ならタダになるケースも
念のため、大阪市に「最近、空中の突き出し看板の規制強化、道路占用料徴収を厳しくしていないか」を聞いてみた。すると、担当者は「そういう事実はない」と否定した。
まとめれば国土交通省の方針として、立て看板、のぼりに関しては店の土地の範囲内に限っており、公道での設置は基本的に認められない。
突き出し看板はサイズなど、各地方自治体の決める規制の範囲内で許可される。道路占有料がその地域で幾らなのかも、各地方自治体で決められる。といったところだろうか。
電柱に勝手に貼り紙をしたり、勝手に厚紙に広告を貼って紐などで括り付けるのも違法である。法的には道路法第32条に「道路の占用と許可」の取り決めがあり、道路占用者は道路管理者の許可が必要と定められている。
「占用料の徴収」は道路法第39条と道路法施行令第19条が根拠となっており、特に繁華街の国道では厳しく適用されると見て良さそうだ。
許可申請に関しては、行政書士が代行して行っているケースが大半である。
東京都の場合、藤沼法務事務所(日野市)のまとめでは、看板の許可基準は次のとおり。高さは、歩道上なら路面から2.5メートル以上の距離が必要。歩道がない場合は4.5メートル以上の距離が必要。出幅の制限は、袖看板(突き出し看板)は道路境界から1.0メートル以内。平看板は道路境界から0.3メートル以内。
同じく東京都の日よけ(庇)の許可基準は次のとおり。高さは、歩道上なら路面から2.5メートル以上の距離が必要。車道上は4.5メートル以上の距離が必要。出幅の制限は、歩道上は道路境界から1.0メートル以内。道路幅8メートル以上の車道は道路境界から1.0メートル以内。道路幅8メートル未満の車道は道路境界から0.5メートル以内。
料金は1平方メートルあたり1年間の占用料単価は、千代田・中央・港・新宿・文京・台東・渋谷・豊島各区の看板が3万4000円、日よけが3270円。それ以外の区部では、看板が1万7700円、日よけが2810円。多摩地区市部では、看板が8800円、日よけが1820円。町村では看板が3080円、日よけが460円、となっている。
なお、看板で表示面積が2平方メートル以下ならば全額免除。3〜5平方メートルのものは2平方メートルの減免である。突き出し看板の占用料はかなり大きな地域差があり、小さなものならタダになるのだ。
現状のところ、国道以外はよほど目立たない限り、厳密に突き出し看板や庇の占用料徴収を行っているわけではないが、今後税収の財源確保として、小さな個人店からでも取り立てる可能性もなきにしもあらずである。
その際、道路法に法的根拠はしっかりと書いてあるということを頭の中に入れておけば、慌てずに済むのではないだろうか。
【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ) 2009年8月18日執筆