・売上17億円、社員50名で、新卒採用スタート
APカンパニーは、2004年8月にみやざき地頭鶏を使う「わが家」1号店を八王子に開店。比内地鶏と比べて約4割も安く提供できる地鶏専門店として人気となり、5店となった06年2月に宮崎県日南市に自社養鶏場を作った。と同時に、本社を八王子から都内に移し、本格的に多店舗展開を始めた。
07年3月期に売上高5億5千万円から、08年3月期には17億円に急成長。社員数50名。そして、08年4月から新卒採用活動をスタートさせた。
「急に店数が増え、意識の浸透がスムーズに行かなくなりました。会社にも余裕がでてきたので純粋培養もやってみたいと思い始めました。都内に出ていろんな企業の経営者に聞くと、『新卒はいいよ。染まってなくて、会社への愛着も強い』と言われました。社長と思いを同じくする人間がどれだけ作れるかな、と新卒採用を始めました」と米山順子氏(販促/企画部部長)。
08年4月からベンチャー企業向け新卒採用コンサルティング会社を使い、採用活動を始め、さっそく同月から会社説明会を精力的に行った。
「当時は自社のセミナールームもなかったので、コンサル会社の会議室を借りて会社説明会を開きました。まずは、社長が理念を、次に営業本部長が事業内容を話し、先輩社員と入社動機ややりがいについてパネルディスカッションです。参加学生は10〜30名。多い月で3回、延べ15回やりました。延べ200名の学生と会いました」と、採用担当の松岡庸一郎氏(人材開発部マネージャー)。
そして、2ヶ月後の6月には、23名に内定を出し、翌09年4月には19名が実際に入社。男女比は5:5。
「思っていた以上に順調に採用できました。去年は秋に景気が悪くなり、内定を取り消した企業も多い中、ラッキーでしたね。」と松岡氏。
APカンパニーの入社式
2009年度新入社員に囲まれるAPカンパニー社長、米山久氏。
・求人募集サイトのトップに“ひよこ”
「学生は売上とか興味なさそうでした。説明会でも売上の話はゼロ。この3年間での伸び、3年後のビジョンもグラフで一瞬出しましたが、質問なしです。ベンチャー志向の人は売上ではなく、社長とか社員の人柄を見ています。」
「採用した中には、最初から外食を目指した子はいません。最初は、名前の通っている大手を目指していて、ふとしたきっかけで、農業や社会貢献というキーワードにひっかかり、その企業がたまたま外食をやっていた、という流れで出会った。」
「自社養鶏場の存在が大きいです。食料自給率の回復、第一次産業の活性化というキーワードが効いています。求人募集サイトのトップにいきなり、ひよこを登場させました。何だろう、と興味を持ってくれました」と松岡氏。
イメージ通りに、会社説明会へのエントリーは東京農大の学生が多かったそうだ。実際にも、東京農大生を採用。
しかし、打ち出しは社会的だが、実際にはAPカンパニーの社員に触れて、学生は入社を決めた。会社説明会で「こんな楽しそうな社員のいる会社に今まで出会ったことがありません」と書かれたアンケートが多かったそうだ。
「給料ではなく仕事に対する熱意ややりがいが持てるかどうか、を軸に探している子が多い。今まで給料に関する質問は受けたことはありません。会社の制度のことを聞かれても、『まだ決まってないんです。これから制度を作っていきます。だから皆さんに入社していただきたい。これから会社を作っていきます』と素直に答えました」と米山氏。
・目覚めてくれる子がいるから、新卒は面白い
入社後は1ヶ月間研修。最初の2週間が、社会人としてのマナーや事業説明、数値管理などの坐学。若手居酒屋経営者を外部講師として呼んだ。4月の3週目から2週間の店舗研修。午前中は近隣の企業訪問、午後は閉店まで店で働く。企業訪問の際は名刺獲得枚数を競わせ、失敗しながら大人と会ってマナーを体で覚えてもらう。1ヶ月経つと本配属となる。
「研修の集大成として、新卒だけで休みの店舗で営業させました。2チームに分けて売上げを競わせる。チラシやタイムスケジュールも自分たちで作る。良かったです。最初のチームリーダーは女の子。すごく準備して、お客様の満足度も高く、売上は22万円。次は男の子がリーダー。ロジック系でぎくしゃくしていたが22万円を超えました。後で、なぜそうなったかを議論させる。お互いに学びが一杯あったようです。」と松岡氏。
8月には、新卒19名の中、4名を副店長に昇格させた。
「副店長4人の内、3人が女性。女性は心身ともにタフで、地に足が付いている感じ。遠い先を見ていない。すぐ近くの目標を直ぐに見つけられるのが女性の良いとこ。男性はキャリア志向が強く、目の前が見えてない。現場のアルバイトからも女性は信頼されている。男性は、何でこんなことやってんのかな、こんなことやるために来たんじゃないのに、ともがいている子が多い。ここがきちっと出来ないと上には行けないと気付くか気付かないか。気付くのが男性は遅い」と米山氏。
「目覚めてくれる子がいるから新卒が面白い」と米山氏、松岡氏は口を揃える。2010年から新卒採用はコンサル会社を使わず、全て自前で取り組んでいる。そして、APカンパニーのミッションへの共感度が1年目より高くなり、会社説明会へのエントリー者も3.8倍の750名。優秀な人材を選べる状況になった。
・インターンとして店舗で働かせる
内定者には卒業前に、インターンとして店舗で働かせた。
「4月の入社前にできるだけ店舗に入れておくことが大事。早い人は10月から、年明けの2月からは半分くらい入りました。前もって働かせるのは賭けでした。辞めちゃうかな と思いましたが、先に入った人の方が良い結果を出しています。」
「地鶏業態はリアルに農家さんと繋がっていると感じられます。メニューや内装に農家さんの写真を飾ったり、焼酎の蔵元さんが店に来たり、宮崎の人が店に来る機会が多い。今は苦しいかもしれないけど、宮崎に連れて行った時にドスッと腑に落ちるでしょう。農業や社会貢献で来ていますが、実際に農場で働きた人はいません。そういうものを支えている、提供していることが重要。生産者と消費者の真ん中に立ってそのパイプを繋げている役割には凄く満足しているようです。」
「今年1〜3月は厳しかったが、4月からは良くなりました。期待以上の成果を出すためには、人が必要。業態の力が落ちたり、本部の開発力が間に合っていない時は、現場の力。 現場が何か工夫してなんとか上げる。下からの力があれば本当に強い」と米山氏。
・新卒は熱い社長との出会いを求めている
「新卒採用により、使命感が高まり、離職率も激減しました。今いる人が前職の友人を紹介したい、バイトからの正社員になりたい、という声が挙がっています。」
「最初から飲食を目指して就活をしている学生は1人もいません。何かのきっかけで来てみたら、こんなに面白い世界があったんだ、という人が多い。学生は働く業界を決めている訳ではない、漠然としています。一緒に働きたいなと思える社会人、社長との出会いを求めています。そういう学生たちに火が付く機会を増やしたい。」と米山氏。
リクルートの調査でも、外食企業に入社を決めた理由の1位が、「社長の理念・ビジョンに共感したから」。次いで「人事の対応が良かったから」。さすがにサービス業だけあって、人事担当者の接客も素晴らしいようだ。
・イキイキした社員を見せる
外食企業に履歴書を送った学生を対象にした、前述のリクルートの調査(2008年2月実施)が興味深い。
第一志望は、「食品メーカー」、「レジャー・エンターテイメント」、「ホテル・旅行」、「百貨店・スーパー・コンビニ」の順。食か接客に興味を持つ学生が外食にも関心を持つ。外食企業から内定をもらっても65%が断った。断った理由は、「勤務時間・曜日に抵抗がある」、「仕事が辛そう」、「アルバイトの延長」、「先のキャリアが分からない」が上位。
彼らの7割が外食でアルバイトをした経験があり、アルバイトを続けながら就職活動を行っている。
「店舗は小さなコミュニティー。店長と合わなかったら時には逃げ道がない。学生は就職して華々しい自分を想像しています。ところが自分がバイトしている店長を見ると、疲弊感が漂い、他の店長同士の交流もなさそうだ、となる。アルバイトにいかにイキイキ働く社員を見せるかで学生の入社は変わります」とリクルートの高橋真樹氏(HR Co.営業4部 1グループ 商品渉外チーム)。
「中小の外食企業では社長と数人の幹部だけで、後は若い現場。学生は自分が40、50代になったらこの職場で何をやるんだろうと考えると不安になります。将来は別の会社に移っているかも知れないけれど、この職場で働いている間に得られるもの、この職場でのシーンを彩るものを与えてあげなければなりません。独立できるとか、フードコーディネーターになれるとか、様々な可能性を感じさせるものです。でも、今の学生は独立にはあまり関心がないようですが」と高橋氏。
学生の人気は、幹部候補生を育てると訴えるサイゼリアやマクドナルド。そして、ゼンショーは「世界から飢えと貧困をなくすため、フード業世界一を目指します」のコピーで社会貢献を訴えて人気だと言う。
新卒採用には、今働く社員やアルバイトが、いかにやりがいを持ってイキイキと働いているか、という基本的な所が重要なようだ。