フードリンクレポート


清潔な厨房は人に自慢できる職場を作る。
調理中も汚さない。
猪野 慎太郎氏
「居酒屋 夢のや」 代表
 

2009.10.14
第4回居酒屋甲子園の決勝大会ファイナリスト、「夢のや」。毎日厨房をピカピカに磨く。清掃にこだわると、人に自慢できる職場作りができるという。毎日、ベストな環境でお客を迎えているという気持ちが、スタッフに進化をもたらす。


スタッフの清掃風景。

営業中の22時から清掃スタート

 群馬県桐生市相生町にある店へと車を走らせ、到着したのは23時。街灯がまばらで、周辺に目立った競合店もなく、ひっそりとしている土地に店はあった。金曜日の夜とはいえ、全く周囲に人通りのない状況で、少々の不安を抱きつつ入店すると、ガヤガヤと賑わうお客の声とともに、「いらっしゃいませ!」と元気な声でスタッフが出迎えてくれた。外の静けさからは想像も出来なかったが、常連客あってこその賑わいぶりだ。25時閉店ということで、インタビューまでの時間に料理を頂く事にした。


外観。車で来るお客が殆どで、運転代行がよく利用される。


ファサード。入口脇に置かれたダイハツのミゼット(三輪自動車)が情緒を出す。

 初めに何気なく提供されたお通しに、店のこだわりが感じられた。温かいお通しと、冷たいお通しがそれぞれ提供される。スタッフに聞くと、「どんな好みのお客様にも気に入ってもらいたいので」との事。温かい煮物と、冷たいミミガーのポン酢和えで、どちらも非常に美味しかった。また、店名がついた「夢のやサラダ」(700円)なども人気のメニューで全体的にボリュームたっぷりの料理が多い。

 また、料理メニューについては、全ての商品が写真付きで紹介されている。周辺地域のお客は、写真があってその料理を想像出来るものでないと殆ど注文しないそうで、店のスタッフで試行錯誤し、全ての料理の写真をメニューに載せたそうだ。


お通し。どのお客にも温・冷二種類のお通しが出される。


夢のやサラダ 700円。ボリュームたっぷりで、店の名物メニューとなっている。

 料理に夢中になっていると、いつの間にか24時を過ぎており、厨房で本格的に清掃が始まっていた。今回、店を取材したきっかけは、「群馬に『夢のや』という厨房の清掃にかなり力を入れている店がある」、というのを聞きつけたからだ。早速その様子を見るべく厨房内に入らせてもらうと、2名の男性スタッフが分担して鍋やコンロを磨いていた。

 大体22時頃から清掃を初め、26時頃まで毎日行っているそう。24時過ぎともなると、手元の清掃はほぼ終え、排気ダクトやコンロ周辺など、大掛かりな清掃に取り掛かっていた。


汚さないように調理する

 ステンレス面は各所ともとても綺麗に磨かれている。鏡のようにこちらの姿が映りこむ。また、客席から見える位置にあるステンレスの排気ダクトや棚だけが綺麗なわけではない。お客からは決して見えない冷蔵庫内、ダクト内の換気扇、焼き台の網や調味料の容器などに至るまで、全てがピカピカに磨かれている。


排気ダクトの輝き。非常口のマークが綺麗に映りこんでいる。


調味料の容器類。調味料は一回使用するごとにキャップの裏まで拭く!


「新品のように見えても2、3年は使っている物が殆どで、調理用具は他の店より長持ちしていると自信を持って言えます」との事。


オーブンの中の側面や網にも油汚れはなく、ダクト同様に輝いている。

「これだけ徹底してやると、毎日続けるのは大変ではないですか」、と代表の猪野慎太郎氏に聞いた。

「毎日ベストな環境でお客様を迎えようといった意識を持つように皆には常々言っています。清掃へのこだわりはその一つの結果でしかありません。せっかくお店まで足を運んでくれたお客様に、汚い厨房で作った料理など出せるわけがないですよね。」

「閉店後の清掃と同じように、営業中の清掃も常に意識しています。フライパンは使ったらすぐ洗う、胡椒も使ったら作業台だけではなく、容器自体もその都度拭いています。これをしないで閉店後に全てやったら、朝までかけても終わらないと思います。また、料理を作る際にも、『汚さないように調理する』ことを意識させ、お客さんが厨房を見た時に、料理人が調理をしている姿に魅せられる位が理想だと思っています。営業中は接客の面で笑顔を出すとか、挨拶を元気にしっかりするといった事も重要ですが、お客さんに見える、見えないはあまり関係無くて、いかに自分が人に、お客様に誇れる仕事を出来るかどうかが大事とスタッフには教えます。」

「お客様に感謝するというのも、単純に言葉だけで感謝を伝えるのではなく、『お客様がお金を払ってくれた事で調理用具も買うことが出来るんだ』、というサイクルを分かって欲しい。それを理解したうえで、大事に道具を扱って欲しいんです」と言う。細かい調理用具に至るまで、徹底して清掃されているのも頷けた。


社長が先頭に立って掃除する

 もともとは父・貞義氏がトラック運転手を続けながら勉強し、長年の夢であった飲食店をオープンさせた。その背中をずっと見てきた猪野氏。

「スタッフに口だけで掃除しろ、と言うのではなく、自ら先頭に立って掃除をする事が重要です。清掃だけではなく、接客であっても、料理の作り方、包丁の扱い方一つであっても、全ては現場で自らがスタッフに示します。私自身も親父の姿を見て鍛えられてきました。それを見ながら、その親父を越えたい、と思います。」

「同業の人がウチの厨房を見たりすると、もの凄く気合い入れて掃除してあるねと言ってくれますが、私やスタッフにとっての掃除は数多くある基本業務の内の一つでしかありません。調理でも接客でも気合いを入れますし、それは掃除でも同じ事です。その掃除に関しても、まだまだ足りないと思っています。満足することなく、更に良い、自慢できる環境を作っていきたいと思います。」

 清掃だけではなく、料理メニューについても常に進化する事を意識し、定番となっている「夢のやサラダ」や「つくね串」なども、幾度となく味付けや内容を変えているという。

 また、最近では、面白い現象が起きているそうだ。

「久しぶりに厨房に入って掃除を手伝ったりすると、『そこにそんなに洗剤を使ったら勿体無いですよ。こうやって拭けば、最低限の量でバッチリ綺麗になるんですから』、とスタッフに言われたりします。いつの間にか、スタッフの間でより効率的な清掃方法が考案されていたりするんですよ。私の方が勉強させられることも多々あります。」

 どのスタッフも、原価率をしっかり把握している。


自慢できる職場は進化する

「自慢できるところで働いている、という誇りがスタッフの自主性を育てると思っています。現状で満足する事無く、まだまだこの環境を進化させたいと思ってくれます。それが清掃の効率化や、定番料理の味付けを常に進化させたいという試みに繋がっていきます。先日メニューコンテストをやったところ、かなり気合いを入れて皆が考えてきました。」

「スタッフの手前、私も気が抜けない毎日ですよ」と苦笑しながらも、それを楽しんでいる猪野氏の姿に、彼の「自慢できる職場」というものを垣間見た気がした。

「夢のや」は相生店、阿左美店、赤堀店と計3店ある。

 いずれの店舗も車を使って15分程で移動可能な範囲にある。お客の奪い合いにもなりそうな距離だが、常連客の中には、日によって行く店舗を変えながら、連日「夢のや」に通ってくれる方も多いという。

 相生店は女性に入りやすいような雰囲気を意識していて、阿左美店では居酒屋の要素をより濃くしたメニュー構成に10月から変更を加える。最も多い180人程の席数がある赤堀店はファミリーにも入りやすいようにしているなど、3店舗で少しずつお店のカラーを変えている。


包丁の使い方も全店で同じ

「カラーは変えても基本は一緒。基本がしっかりしていないと、カラーを変えても全体がぼやけてしまうだけ。ドリンクの注ぎ方であったり、包丁の使い方であったり、掃除の仕方だったりといった細かい基本作業の面において、3店共に『夢のや』である必要がある。」

 毎日26時頃から、赤堀店に各店のスタッフが集合し、3店合同で翌日の仕込みを行うこともその一端だ。赤堀店の綺麗な厨房を見たスタッフが、負けてなるものかと自分の店の清掃に更に注力するといった相乗効果も得られるそうだ。

「この辺に住む人は、大体家を出る時にどこへ食べに行くか決めてから車を出すので、家を出るときに『夢のや』に行こう、と思ってもらわないと駄目」と猪野氏は言う。

「人に誇れる、自慢できる職場」で働くスタッフが、自信満々にここでしか食べられないお勧めの一品を紹介してくれる。自信無さそうに、恐る恐るメニューの中からお勧めをされるより、どれ程効果的で印象に残るだろう。

 掛け声や挨拶に活気があり、お店にも愛着が沸く。丁寧に作られた料理に満足感もひとしおだ。基本を大切に、更に進化を求めていくという「夢のや」の理念は、確実にお客さんを呼び込んでいる。「今日はどこの『夢のや』に行こうか」といった会話が家を出る前に交わされているに違いない。

「ゆくゆくは店を出したいというスタッフに、のれんを分けてあげたいんですよ」と笑顔で話す猪野氏。そう話す彼自身もまだ26歳。まだまだ後輩に遅れを取る気配は微塵も感じさせないが、かつて父の背中に「かっこいい」とあこがれた慎太郎氏のように、いずれは猪野氏の背中を見て育ったスタッフが「夢のや」の原点を引き継ぎつつ、それで満足することなく、新たな「夢のや」へと進化させてゆくことだろう。


スタッフ一同 (左から2番目 猪野氏)


「居酒屋 夢のや」
(全店月曜定休 営業時間 17:00〜翌1:00)
■相生店  
群馬県桐生市相生町2-494-36
電話:0277-55-1276
■阿左美店  
群馬県みどり市笠懸町阿左美1122-9
電話:0277-76-6080
■赤堀店  
群馬県みどり市笠懸町鹿3954-3
電話:0277-76-9807

【取材・執筆】 大島 啓史(おおしま ひろし) 2009年9月4日取材