フードリンクレポート


レトロ感が出すシズル感、
ノスタルジックな飲食店に新たなムーブ。

2009.10.30
「昭和ノスタルジー」という波が日本列島各地を襲い、全国に昭和の面影を偲ばせる建物、復刻商品のラッシュが相次いだのは記憶に新しい。1950年代から1970年代を懐古するのが流行となり、現在に至る。昭和へのオマージュ的なテレビドラマ、映画がヒットし、いわゆる“なつメロ”をカヴァーするアーティストたちも登場。ポストモダン後に閉塞した社会状況の中で、多くの日本人がとうに失われた日々を懐かしんでいる。そのレトロブームの水面下、都市部を中心に新たなビジネスチャンスを求める動きが始まっていた。


昭和の面影を感じさせる歌声喫茶は連日満席。

清く明るい社交場としての歌声喫茶

 新宿3丁目にある歌声喫茶「ともしび」。午後のステージが始まる時間に合わせ、次々に客が集まってくる。土曜日の午後6時すぎには、店内満席という状態。団塊世代の中高年層を中心に、老若男女がピアノ伴奏に声を合わせて歌っている。


歌声喫茶「ともしび」店内。

 うたごえの店「ともしび」の前身は1954年西武新宿駅前に誕生した「灯」。「お店のBGMとしてロシア民謡を流したところ、戦争で帰還された方やお客さんが歌いだしたのがきっかけでした」と言うのは、店長の斉藤隆さん。「歌声喫茶は、1950年代後半から1960年代にかけて一世を風靡しましたが、その後しばらく、ブームは下火になってしまいました。1977年に西武新宿駅前の「灯」が閉店となりましたが、現在のともしびグループの先輩たちは労働組合を作り、自主経営のお店を運営して、歌声喫茶を続けました。それが今のお店のルーツです」。


店内の一角には「ともしび」グループの本やDVDが。

 そして、現在は新宿3丁目の雑居ビルの中にある「ともしび」。その場所での営業を続ける傍ら、最近では、全国各地へ出張し、歌声喫茶を開催する“出前うたごえ”の公演も増えつつある。営業活動を支えてきた斉藤さんは数年前から活発になった客足に驚いている。「2〜3年ほど前からレトロブームということもありますが、歌い合うことで人と人とのつながりを確かめあったり、生きる活力を養う場として再認識されているのではないかと思います。週末は店内満席状態が続いています。それに伴いメニューも増やしました」。

 通常、「歌声チャージ」として735円。曲のリクエストやステージの回数問わず、チャージ料は一定。コーヒーや紅茶などのソフトドリンクだけでなく、生ビールや酎ハイ類などドリンクの種類も増やしている。自家製ピザや日替わりのおススメメニューを用意。


一番人気の生ビール。


生地から作った自家製ピザも好評。

 店を訪れるのは中高年だけではない。祖母と孫娘、母と娘、息子という組み合わせも多く見られる。初めて知り合った者同士でも「歌う」というコミュニケーションを通じて、心を通わせることができるのも魅力のひとつ。店内は、中高年たちの明るい社交場といった趣だ。「お店のキャパシティの問題上、テーブルに同席していただくことも多いのですが、そこでお客様同士が親しくなることもあります。地方からいらしていただいた方が、お友達を見つけたり、交流を持ったりするケースも多いのがうちの店の特徴です。現在、試行錯誤しながら考えているのは、学生さんや若年層の方へどうアピールするかということです。当店では学割も用意していますが、若い人と中高年の方をうまくつなげられるプラットフォームのような場に出来ればいいですね」と斉藤さんは話す。

 これまでとは違う新たなステージに入った歌声喫茶。その一方、労働者たちの食べ物として知られていたホルモン業態に新たな動きが加速していた。


チェーン展開で拡張するモツ焼き業態

 約15坪ほどの店舗で、16時〜23時の営業時間内に900万円を売り上げるモツ焼きチェーンがある。株式会社ダイネットが運営する厳選モツ酒場「エビス参」だ。「中川屋カレーうどん」のチェーン展開に成功した株式会社ダイネットが、現在仕掛けているのはモツをメインとした店のフランチャイズ展開だ。


屋台の味を彷彿とさせるモツ焼き。

 その日の朝、市場で仕入れた新鮮な豚を調理し、鮮度抜群の素材を提供することをモットーに、「モツの刺身」なども多数揃える。人気メニューは牛ホルモン焼き、レバ刺し、ガツ刺し、モツ塩煮込みなど。ドリンクには焼きトンによく合う生ホッピーや焼酎、ウイスキーなどが揃う。平均客単価は2000円で、毎日でも通える価格に設定されている。


コアなファンが多い「モツ塩煮込み」。

 本店で修業を積んで、焼き方やタレの味を覚えた後に開業する仕組みになっているが、新規に開業する店には4つの特徴が挙げられる。「昔ながらの雰囲気」で、一過性のブームで終らない業態であること。内装にお金をかけずに「居抜き」での低投資出店が可能なこと。目的を持ったご来店が多いため、良い場所でなくても成り立つこと。現場主義でそれぞれのお店で異なるコミュニティを形成していることだ。


昔なつかしホッピー。


アットホームな雰囲気の1号店。


古時計やレジスターなど骨董品もある。

 三軒茶屋の「エコー仲見世商店街」、用賀、旗の台など都内に新店を次々にオープンし、亀戸や恵比寿に「横丁」を作る取り組みも加速し、海外進出のプロジェクトもスタートしている。その一方、西の食い倒れの町・大阪では、「鉄カフェ」が市民権を獲得している。


鉄道模型のジオラマをメインに

 大阪には鉄道カフェがあちこちにひしめいているが、その代表格となっているのが、鉄道カフェ「レトロ」。鉄道マニアだけでなく、ファミリー層が多いのが特徴だ。約45坪、47席の店内には月1200〜1400人もの客が足を運ぶという。「日曜、祝日はもちろん夏休みや冬休みなどは多くのお客様にご来店いただいています。今年の8月には1800人ものお客様に全国各地からご来店いただきました」と話すのは、カフェ・レストラン「レトロ」の石田店長。


鉄道をモチーフにしたカフェ・レストラン「レトロ」。

 お店の外観として使用されているのは、阪堺電車の前頭部。阪堺電気軌道株式会社が大阪市内と堺市内を結んでいた路面電車の一部分が使われている。運転席にも入れる仕組みになっており、普段は入ってみることができない場所に立ち入ることができるのも大きな利点だ。

 これまでにも店内に鉄道模型のある飲食店は存在したが、店名やコンセプトに鉄道を楽しめる店であるということをアピールする店が増えたのは、ここ数年の流れの中のこと。鉄カフェは全国に増えており、ジオラマに加えて鉄道に関する書籍のある「銀座パノラマ」、2008年秋葉原にオープンした「鉄道居酒屋 LittleTVG」などもある。


店内には大きなジオラマ。

 カフェ・レストラン「レトロ」の店内は、Aゾーン・Bゾーン・Cゾーンと大きく3つのセクションに分かれている。それぞれフロアのコンセプトが分かれていて、「鉄道の歴史」から「卓を囲んでコミュニケーションを図る」というものなど、さまざま。100インチの映像が見ることが出来る他、喫煙席が用意されたり、子供も大人も飽きない工夫がいたるところにされている。


細部にもこだわりが感じられるジオラマ。

 料理は、昔なつかしいオムライスやハンバーグをはじめとした洋食メニューが中心。お子様鉄道セットや定番のカレーの他、パフェやホットケーキなどのデザートまで豊富に揃っている。「電車好きのお父さんと一緒にご家族でいらっしゃる方が多いですね。また、3世代でいらっしゃる方も多いです。お子様と一緒に来られた親御さんの方が、逆に大変喜ばれるケースもありますね」と話すのは、石田店長。


子供だけでなく、一緒に来た大人も楽しめる。

 また、近隣の大学の鉄道研究会や同好会とコラボした写真展を開くだけでなく、お店独自でイベントを定期的に開催している。「飲食と鉄道を融合させたい、という思いでお店を運営しています。マニアの方だけではなく、幅広いお客様にご来店いただけるようにしたいですね」(カフェ・レストラン「レトロ」石田店長)。


人気のクラブハウス・サンドイッチ。


自家製デザートも本格的。

 レトロという名前の通り、昔の電車をモチーフにした店内にはノスタルジックな雰囲気が漂っている。顧客の6割から7割はファミリー層が占めるという大阪の鉄カフェだが、それとは違うアプローチで「ネオ家族」を感じさせる新しいスタイルのレストランが東京の高級住宅地である白金に誕生した。


高付加価値がついた母親の味

 白金台・プラチナ通りから程近い住宅街の中にある和食ダイニング「白金imakara」。“母親の味”をコンセプトにした「マザーズレストラン」という新業態の店だ。


マザーズレストラン「白銀imakara」。

 店名は、作詞家の秋元康によるもの。西麻布にある和食ダイニング「イマドキ」に引き続き、ニューオープンのレストランを出店するにあたり、スタッフとともに話し合った。「場所柄、結婚式やバースデーなどのアニバーサリーの場として使用されることが多いのではないかという総意になりました。それであれば、この場所から、今から、始まるようなお店にしていこう、と。あえてローマ字表記にしたのは、この街中に違和感なく溶け込み、お客様がスムーズに入ってきていただけるようにです。」と話すのは、「白金imakara」波佐間聡マネージャーだ。


コロッケや総菜など、「母親の味」をアレンジして提供。

 メニューはスタッフの「お母さんの味」をアレンジしたものが中心だ。「林家のきんぴらゴボウ」、「ねえさんの自家製たぬき豆腐」、「窪田家のコロッケ」、「川島家の水餃子」などが人気だ。「オープン時は知人やスタッフの母親の味を採用してレシピを教えていただき、同じように再現したものをアレンジして出しています。ご教授いただいた方にお越しいただいて、チェックしていただくこともありますね。“母親の味”は、皆それぞれ持っていると思いますが、多くの方から抽出し、出していくお店にしたい、というのが、imakaraスタート時の発想です。リアルなお客様やHPを見た方からレシピを集めて、参加型のレストランという形にしていきたいですね」と波佐間マネージャーは話す。


スタイリッシュな雰囲気の店内。

 店内はモノトーンがベースでスタイリッシュな雰囲気が漂う。特注のテーブルやイスが並び、壁には若手アーティストの作品が飾られている。


キッズのバースデーパーティに最適なカラフルな個室。

 店舗面積70坪、100席用意された店内にはバーカウンターの他、モニターのある個室、BBQが出来るテラス席もあり、幅広い用途に対応できるようになっている。


バーカウンターで、「母の味」に思いをはせても。

 産直の野菜や黒毛和牛など素材に対するこだわりも強い。ドリンクは、記念日利用を見込んだシャンパンをはじめ、世界のビール、和食によく合うワイン、焼酎、日本酒まで豊富に揃える。オーガニックジュースもあるので、子供連れの母親も安心して利用できる。「今までのレストランとはちょっと違う感覚で、懐かしんだり、楽しみながら食事ができる空間を作りたいですね」(白金imakara波佐間聡マネージャー)。

 レトロがブームでなく公然になってきた今、団塊世代を中心とした中高年だけでなく、ファミリー層を取り込むことで、新たなビジネスの可能性が生まれている。


【取材・執筆】 水口 海(みずぐち うみ) 2009年10月27日取材