・東京版初回と同数の150店が星付きレストランに認定
10月23日に発売された「ミシュランガイド」京都・大阪版は、日本では2007年より発行されている東京版に次ぐ2つ目のガイドブック。「ミシュランガイド」は世界23カ国を網羅しており、ミシュランの戦略としてアジア重視の姿勢を打ち出している。そうした中で昨年からは、香港・マカオ版が発行されており、アジアでは3冊目のシリーズとなる。
初の京都・大阪版と3回目となった東京版。
京都・大阪版で星を獲得した店は、3つ星7店、2つ星25店、1つ星118店の計150店。
11月20日に発売された新しい東京版では、3つ星11店、2つ星42店、1つ星144店の計197店に星が付いている。しかし、2年前の初回版では、3つ星8店、2つ星25店、1つ星117店の計150店に星が付いており、初回版の星付きレストランの数では、京都・大阪版と東京版は互角であると言えよう。
ちなみに東京最新版の3つ星レストラン11店は、パリの10店を抑えて、世界の都市では最多。3位は6店の京都となっている。
京都・大阪版の7人の3つ星シェフ。中央の和服姿は門川大作京都市長。左は日本ミシュランタイヤのベルナール・デルマス社長、右はミシュランガイド総責任者ナレ氏。
ミシュラン東京版2010で選出された11人の3つ星シェフ。
東京版では当初主要8区のみの掲載であったが、現在では足立、葛飾、江戸川、練馬、中野、板橋、北、荒川、を除く15区が対象と地域が拡大されている。それに伴って星付きレストランの数も増えた。
ミシュランガイドは毎年改訂されて星が見直されるので、今後さらに対象が広がると、京都・大阪版も、現在の東京版と同等な星付きレストランの数を持つ可能性が高い。
もちろん、京都・大阪版の星付きレストランの数150店は、予想されたことではあるが、東京版と同じく異例の多さである。普通「ミシュランガイド」では星付きではないレストランも含めて編集されるが、京都・大阪版では東京版に続いて2つ目の星付きレストランのみの掲載となった。
ちなみに昨年の香港・マカオ版は3つ星2店、2つ星8店、1つ星18店の計28店にしか星が付いておらず、中華圏随一の食い倒れの街・香港にしては非常に厳しい評価であった。今年の香港・マカオ版は3つ星3店、2つ星9店、1つ星39店の計51店に増えたが、いかにミシュランが日本のレストラン、食のレベルを高く評価しているかがわかる。
日本人なら誰もが憧れるグルメ大国のフランスやイタリア、中国に比べても日本のほうが美食の国だとは、我々日本人でも信じがたいが、日本が世界に冠たる美食の国と理解しない人は実情を知らないだけと、ミシュラン側では胸を張って発表している。
フランス人に日本料理が評価できるのかと批判も多い「ミシュランガイド」であるが、むしろ過大なほどの評価を受けており、世界中の人たちに日本料理の素晴らしさを知ってもらうチャンスと、プラスに受け止めるべきものではないだろうか。
ミシュラン香港・マカオ版。中華初の3つ星シェフが誕生したが、星付きレストランの数は東京版、京都・大阪版にはるかに及ばない。
ミシュランガイド総責任者 ジャン=リュック・ナレ氏。
・和食の京都、バラエティに富んだ大阪、国際的な東京
まず、京都・大阪版の3つ星店の内訳だが、京都6店、大阪1店で、日本では自他共に認める食い倒れの街・大阪は、東京、京都の後塵を拝している。このあたりに「ミシュランガイド」の好む店の傾向が反映されている。
ジャンル的には、京都の6店、「菊の井本店」、「吉兆嵐山本店」、「千花」、「つる家」、「瓢亭」、「未在」は全て和食。大阪の1店「ハジメ」は現代風フランス料理である。
菊乃井本店外観。
菊乃井本店客間。
吉兆嵐山本店。
ちなみに、東京の11店の内訳は、和食が「石かわ」、「かんだ」、「小十」、「幸村」の4店。寿司が「すきやばし次郎本店」、「鮨さいとう」、「鮨水谷」の3店。現代風フランス料理が「カンテサンス」、「ジョエル・ロブション」、「ロオジェ」の3店。新日本料理が「えさき」の1店となっている。
京都の和食に対する評価の高さ、東京の鮨と現代風フランス料理の評価の高さが目立っている。
次に2つ星の内訳を見ると、京都の13店のうち12店は和食、1店が鮨であり、全て和の分野であった。大阪の12店は和食7店、現代風フランス料理2店、フュージョン2店、寿司1店となっている。大阪のほうが料理の幅が広いのが特徴だ。
ちなみに東京の2つ星42店は、和食15店、寿司5店、現代風フランス料理5店、ふぐ4店、天ぷら3店、フランス料理3店、新日本料理2店、現代風イタリア料理2店、精進料理1店、中華料理1店、現代風スペイン料理1店。さらに料理の幅が広い。
大阪より東京のふぐやフランス料理の評価が高いのは解せない感もあるが、いわゆる庶民派グルメを対象とするガイドではないので、富裕層の行く店のみで比較すればそんなものかもしれない。
京都で目立つのは、旅館の「要庵西富家」が2つ星を獲得したことで、1つ星の「柊家」、「美山荘」とともに3つの旅館が星付きレストランの仲間入りをした。
大阪ではフュージョン料理2店「カハラ」と「フジヤ1935」の2つ星が京都、東京にもない快挙だ。独創的なグルメを生み出す発想力が、大阪の店にあるということだろう。
大阪の独創的なフュージョン料理、フジヤ1935。松屋町筋と本町通りが交差するあたりにある。
1つ星の数となると、京都は66店、大阪は52店。大阪では居酒屋「ながほり」、おでん「万ん卯」と「万ん卯別館」、串揚げ「六覚燈」といった店が1つ星を獲得したが、ジャンル的には庶民的だが、いずれも庶民派とはほど遠い高級店であることは言うまでもない。
東京でも焼き鳥「バードランド」が1つ星を獲得しているが、普通の焼き鳥であるはずもなくそれなりの支払いを覚悟していく店である。「六覚燈」は東京・銀座の交詢ビルにある東京店も1つ星を獲っている。なお交詢ビルにある店では、京都・祇園のフュージョン「よねむら」も同時掲載だ。
大阪・黒門市場にある六覚燈の串揚げ。
整理すると、京都・大阪版の150店の星付きレストランは、京都が85店(3つ星6店、2つ星13店、1つ星66店)、和の業態は85店中81店で実に95%となっている。大阪は65店(3つ星1店、2つ星12店、1つ星52店)。和の業態は65店中53店で82%となっている。
ちなみに日本人が名店ぞろいと信じているニューヨークのレストランでも、「ミシュランガイド」では最新版で3つ星5店、2つ星6店、1つ星44店の計55店が星を獲得しているに過ぎず、大阪は3つ星の数を除けば星付きレストランの数はニューヨークを凌駕し、パリ(3つ星10店、2つ星14店、1つ星41店)と同数。つまり香港と違って1つ星の数が多いのである。
大阪以上のグルメ都市は、ミシュランでは東京、京都、パリくらいのものであり、世界的には決して低い評価ではないことを付け加えておきたい。
・京都の星付きレストランは祇園への一極集中が顕著
■京都の区別星獲得店数
区 | 総店数 | 3つ星 | 2つ星 | 1つ星 | |
1) | 東山区 | 44店 | 3 | 4 | 37 |
2) | 中京区 | 14店 | 0 | 2 | 12 |
3) | 左京区 | 10店 | 2 | 2 | 6 |
4) | 下京区 | 6店 | 0 | 4 | 2 |
5) | 上京区 | 4店 | 0 | 0 | 4 |
6) | 右京区 | 3店 | 1 | 0 | 2 |
6) | 北区 | 3店 | 0 | 0 | 3 |
8) | 伏見区 | 1店 | 0 | 1 | 0 |
京都では東山区がダントツである。これは東山区が祇園を擁するからで、しかも44店全てが祇園地区からの選出である。
京都の中心部は、南北に走る河原町通を中心に東は鴨川沿いの先斗町通から西は烏丸通の間、東西に走る四条通を中心に北は御池通、南は五条通あたりまでだが、これは四条通を挟んで中京区と下京区に分かれている。これをエリアで合算すると、京都市中心部は、星獲得店16(3つ星0、2つ星6、1つ星10)となり、3つ星こそないが、祇園に次ぐ美食店集中地域と言えるだろう。
あとは、かなり分散しているが、同志社大学から鴨川を渡って左京区に入り京阪出町柳駅前を中心に銀閣寺までの今出川通り近辺に6店(2つ星2、1つ星4)、左京区の平安神宮周辺の岡崎に4店(3つ星2、1つ星2)、中京区と上京区にわたる京都御所南側の丸太町エリアに4店(全て1つ星)があることが目立つ。
名店が多数ありそうな右京区嵐山エリアだが、星が付いたのは2店のみだ。3つ星と1つ星が1店ずつだが、その3つ星とは「吉兆嵐山本店」である。
また、上京区から北区にわたる西陣は、そばの「にこら」が1つ星を獲っただけであった。酒どころでもある伏見区で「魚三楼」の2つ星1店のみというのも意外だ。
「にこら」
京都ではカジュアルダイニングのメッカである北山通り周辺や、川床料理の貴船、京都駅周辺、南区、山科区、西京区からは1店も選ばれていない。これは調査が及んでいない可能性もあるが、祇園に対するミシュランの評価の絶対性が顕著だ。
ちなみに東京で最も多く星を獲得したエリアは、銀座で42店(3つ星4、2つ星6、1つ星32)である。隣接する築地が4店(2つ星1、1つ星3)、京橋も1つ星1店。祇園と銀座はほぼ互角で、ミシュラン認定の日本一のグルメ街ということになるだろう。
大阪はキタ、ミナミ中心に御堂筋に沿って星が散らばる。
■大阪の区・市別星獲得店数
区 | 総店数 | 3つ星 | 2つ星 | 1つ星 | |
1) | 北区 | 26店 | 0 | 4 | 22 |
2) | 中央区 | 23店 | 0 | 5 | 18 |
3) | 西区 | 7店 | 1 | 0 | 6 |
4) | 豊中市 | 3店 | 0 | 0 | 3 |
5) | 吹田市 | 2店 | 0 | 1 | 1 |
6) | 天王寺区 | 1店 | 0 | 1 | 0 |
6) | 貝塚市 | 1店 | 0 | 1 | 0 |
6) | 堺市 | 1店 | 0 | 0 | 1 |
6) | 箕面市 | 1店 | 0 | 0 | 1 |
大阪では北区と中央区がダントツで、ほぼ拮抗している。そして、この両区の星獲得店数を合わせれば49店で、京都市東山区をやや超えるくらいになるのも興味深い。
北区は梅田を中心とするキタ、中央区は難波を中心とするミナミという代表的繁華街を擁しており、飲食のレベルの高さは誰もが感じているだろう。
そのうち北区の北新地エリアは19店(2つ星3、1つ星16)、中央区の心斎橋エリア12店(2つ星2店、1つ星10店)となっている。
ターミナルの梅田エリアは3店(全て1つ星)で、全て「ザ・リッツ・カールトン大阪」、「ウェスティンホテル大阪」といったホテルの中華料理、フランス料理が獲得する珍しいケースとなった。阪急や阪神がリーシングした商業ビルからの選出はなく、東京で森ビル、三井不動産、三菱地所、サッポロのようなディベロッパーが、ミシュランが好むような名店をテナントとして引いてくるケースは、大阪でも京都でもなかった。
ザ・リッツ・カールトン大阪 フランス料理「ラ・ベ」の料理イメージ。
ザ・リッツ・カールトン大阪 中国料理「香桃」料理イメージ。
また、中央区と浪速区にまたがる難波エリアでは、3店(2つ星1、1つ星2)が選出された。
概ね大阪市内は、御堂筋を中心に西の四ツ橋筋から東の堺筋までに選出された店は限定されており、今まで地名が出なかった場所では、北区の天満エリア4店(2つ星1、1つ星3)、西区の肥後橋エリアは大阪唯一の3つ星「ハジメ」を含む3店(3つ星1、1つ星2)、西区の西本町エリア3店(全て1つ星)、中央区の北浜エリア3店(2つ星1、1つ星2)、本町エリア2店(2つ星1、1つ星1)、中央区と浪速区にまたがる日本橋エリア2店(全て1つ星)となっている。
カジュアルダイニングのメッカである堀江エリアからは「味吉兆堀江」の1つ星1店のみで、名店が多そうな天王寺区と阿倍野区にまたがる天王寺エリアからの選出はなかった。
豊中、吹田、箕面、堺、貝塚といった郊外にまで調査員が足を伸ばしているのが、大阪の特徴で、北摂の豊中、吹田、箕面は伊丹空港、泉州の堺、貝塚はかんくうを利用する人の利便をそれぞれ考えたのかもしれない。
ちなみに、東京版では銀座の次に星獲得店が多いエリアは六本木の12店(2つ星6、1つ星6)、次いで麻布十番の11店(3つ星1、2つ星1、1つ星9)である。北新地や心斎橋はそれと同等くらいの美食集中地帯と、ミシュランでは考えられている。
東京でも名店の多そうな浅草からは1つ星2店のみであり、上野からは選出されていない。カジュアルダイニングのメッカ恵比寿と恵比寿西は合わせても1つ星4店と選出は少なめである。渋谷駅至近の渋谷、道玄坂、宇田川町、神南、桜丘町、円山町など、中目黒エリア、芸能人が集まる三宿エリアはいずれも選出はゼロだった。
・京都では旅館の掲載が画期的、3店が料理で星も獲得
では、2年前の東京版が初めて発売されたときは、発売から3日で12万部の初版がほぼ完売したという「ミシュランガイド」であるが、京都・大阪版の反響はどうか。
日販、トーハン、大阪屋といった取次の書籍の週間ランキングで1位を獲得するなど、各書店で好調な売れ行きのようだ。日本ミシュランタイヤによれば初版発行部数は15万部。
ちなみに昨年度の東京版の初版発行部数は26万部だったそうだ。今年は秘密らしい。
反響はどうか。京都市観光企画課に聞くと「どこやらの店が予約殺到とか、そういう景気のいい話は聞かれません。世界的な不況に加えて新型インフルエンザの影響で、今年は国内外ともに京都の観光客が上半期の統計では2〜3割減っています。しかしミシュランの効果で、八坂神社、知恩院、清水寺、高台寺などに行かれた方が祇園でお食事になるという流れができるかもしれませんね」とのこと。
京都市では平成12年に「観光客5000万人構想」を発表。8年連続で過去最高を更新して昨年には数値目標を達成している。また、外国人宿泊客は昨年までの5年間で倍増して約94万人となっている。「ミシュランガイド」京都・大阪版記者発表会には、門川大作京都市長も駆けつけたが、現状芳しくない今年の観光客推移に対して、何とか呼び水になってほしいと考えているようだ。
ミシュラン京都・大阪版の発表が行われた京都・祇園の建仁寺。
京都 祇園の建仁寺で行われたミシュラン京都・大阪版の発表会見。
京都・大阪版で画期的なのは、京都の旅館が掲載されたことで、22軒が掲載された。そのうち快適性の最高評価である旅館マーク赤5つは、左京区貴船「右源太」、中京区京都市役所近くの「柊家」と「俵屋」が獲得した。
その「柊家」は食事の評価も星1つ、山間の花背にある摘草料理の「美山荘」も星1つを獲得した。
また、京都の台所・錦市場のすぐ近くにある「要庵西富家」は2つ星を獲得している。
旅館で2つ星獲得した、要庵西富家。
女将の西田恭子さんは「今まで旅館の料理は、巷の料理屋さんより下に見られる傾向がありましたが、きっちり出していることを見ていただけたと思っています。料理だけお召し上がりになって泊まらなくてもいいのですが、浸透していません。料理は宿泊と同じくらいに力を入れていますので、旅館の価値を上げるように励みにして、厳しい時代を乗り切りたいです。海外からのお客さんが増えるならチャンスです」と力強くこたえてくれた。
ただし、宿泊が急に増えたというような効果はなく、「関西は東京とは違ってスピードが遅いのではないか」と感じている。
日本旅館は全国に約5万軒あるが、ホテルに押されて、1980年頃より毎年2000軒ほどが閉館する苦境が続いている。これを機会に見直される方向に転じてほしいものだ。
・大阪でもレストランの需要増は今後の景気回復待ち
大阪の反響はどうか。1つ星を獲得した「吉兆高麗橋本店」では、「外国人のお客さんも従来から来ていただいていますし、特に変化はないですね。京都のほうが中心のガイドですし、大阪はあまり影響がないのではないですか」とのこと。大阪も、京都と同様にさほどの効果は出ていないようだ。
ところで、吉兆グループは今回、京都の「吉兆嵐山本店」の3つ星をはじめ、祇園の「花吉兆」、大阪の「吉兆高麗橋本店」が1つ星を獲得。暖簾分けした「味吉兆大丸心斎橋店」、「味吉兆堀江店」も1つ星と、さすがに高い評価を受けている。
吉兆高麗橋本店。
グループの「船場吉兆」の食品偽装問題で、経営はそれぞれ別々に行っていたとは言え、吉兆全体のブランドそのものが揺らいでいたが、久々の明るいニュースで、これを機会に世界に日本料理を発信するチャンスが与えられたと前向きにとらえている。
また、大阪では料理評論家の来栖けい氏が東京の3つ星「カンテサンス」と並ぶ最高のフレンチと絶賛したという、「ハジメ」も3つ星を獲った。シェフの米田肇氏は37歳とまだ若く、サラリーマンから転職して料理人となった異色の経歴も話題になった。
北新地では独創的な料理で知られる「カハラ」は2つ星獲得。クラシックな中にも現代感覚のある料理が好きな「ミシュランガイド」では、フュージョン系の料理に対しては厳しく評価される。テレビ番組で有名な新日本料理の神田川俊郎氏の店も、東京の鉄人、道場六三郎、陳建一、坂井宏行各氏らの店と同様に全員落選している。そうした中での高い評価は特筆されるものだ。
京都・大阪版では、東京版のように多くのホテルのレストランに星が付くことはなく、先述した梅田にある2つのホテルの、計3つのレストランのみだった。
そのうちのメインダイニングのフランス料理「ラ・ベ」、中国出身シェフによる本格的広東料理の中国料理「香桃」と、2つのレストランが1つ星を獲得した「ザ・リッツ・カールトン大阪」は、レストランを直営で経営しており、特に「ラ・ベ」のキッチンはルームサービスやバーの料理もつくる中での星付きレストラン選出だ。さまざまな顧客に対応しつつも、それだけ料理に安定感があるということだろう。「ラ・ベ」は快適性評価で最高レベルである、赤のスプーン・フォークマーク5つも、大阪のレストランで唯一得ている。
「ザ・リッツ・カールトン大阪」広報では、「香桃は昨年の同時期よりお客さんは増えていますが、ラ・ベの増加はわずかです。今の経済状況だと、お客さんにしてみれば、お金を使う順番でなかなか外食が一番とはならないのではないでしょうか」と、消費者の財布の紐が堅い現状を述べた。
大阪でも京都と同様に、レストランの需要増は今後の景気回復待ちといった感が強い。
・世界基準で日本料理が評価されたことが一番の収穫
日本料理界に与えた影響はどうだろうか。
今回、祇園の「菊乃井本店」が3つ星、下京区木屋町通四条の「菊乃井 露庵」と東京の「菊乃井赤坂店」がそれぞれ2つ星を獲得した、菊乃井主人の村田吉弘氏は、NPO法人日本料理アカデミー理事長でもある。その村田氏に御意見を聞いてみた。
菊乃井主人、日本料理アカデミー理事長の村田吉弘氏。
菊乃井の料理イメージ。芸術的である。
菊乃井の料理は旬の素材を上手く生かしている。
日本料理アカデミーは2005年に設立された「日本が誇る食文化の粋・日本料理を広く世界に普及し、次代にむけて、日本料理のグローバルスタンダードを確立することを目的」とする団体。フランス人若手シェフとの交歓会、京都市と組んだ食育活動などの事業を行っている。
「日本料理アカデミーとしてはミシュランの活動はありがたいですね。日本料理への関心が、世界でそれだけ高まるということですから、各論でいろいろ問題はあるが、東京、京都、大阪の店がこれだけ星を獲っていれば、日本に行って日本料理を食べたいという人も増えると思います」と、世界の中の日本料理という観点から賛同の意を示した。
取材拒否をしながらも掲載された店が18店(京都13店、大阪5店)もあったが、これに対しては、「取材拒否をするのは美徳ではなくて、ちょっと神経質になりすぎではないのか」と、もう少し鷹揚に構えたほうがいいと提言した。
「現実を見れば日本の人口は減っていきます。そうなると日本の料理人はどんどん海外に出て行かないといけない。技術の伝承も目で見て盗めでは時間が掛かり過ぎますから、日本料理アカデミーではどこまでできれば何級で、どこの調理場に行っても通用するような検定制度をつくろうとしているんです。日本料理は世界のメジャー料理になれるかどうかの今は瀬戸際にあるのですから、そこを考えて欲しい」。
村田氏によれば、よその店で幾ら頑張っていても、店を移ればまた新米だから皿洗いからやれでは若い人はついて来ない。だから、50年後、100年後を見据えて、日本料理がこうやって注目度が上がっている時だからこそ、外国人でも受けられる世界基準の育成システムをつくらなければいけないと考えている。
「日本の料理学校の志願者は、パテシエが一番多くて、次はイタリアン、フレンチ、日本料理はその次なんです。今の小学生に『お母さんの味はなんですか』と聞いたら、ハンバーグ、カレー、スパゲティ、グラタンと洋食ばかり出てきますよ。フランス人に、『あなたはどの国の料理が一番好きか』と聞けば、たいていの人が躊躇なくフランス料理だと答えるでしょう。イタリアでも同じです。そこから変えないといけない」。
世界的に信用がある「ミシュランガイド」が、世界の料理で日本料理が一番だと考えてくれていることで、何よりも日本人が日本料理を見直す切っ掛けになってほしいと願っている。
「ミシュランガイド」の本部があるフランスは、国をあげてグルメを推進し、ワインの輸出を振興している。食料自給率も100%を超えている。一方の日本は食料自給率40%程度。そもそも国の取り組みが違いすぎるので、農林水産省に意見書も出しているそうだ。
村田氏は料理人が「包丁一本さらしに巻いて」の時代は終わった。そしてここまで景気が悪化すれば、一見さんお断りの店も京都にはもうないと断言する。日本料理の足元が揺らいでいる現実を見て、日本がフランス並みのグルメ大国になるまでは、世界標準に合わせていって、日本料理界が態勢の建てなおしをはかる時なのだと認識している。
・東京版に比べてもサプライズのなかった京都・大阪版
数々のグルメ本を出版し、歯に衣着せぬ言動で知られる斯界の第一人者、料理評論家の山本益博氏は、「京都・大阪版は東京版の時のような、知る人ぞ知る名店が入っているサプライズはなかったですね。一言で言えば商業主義。政治的な配慮も感じられます。日本人の調査員など入れず、フランス人だけでやったほうが面白いガイドができたような気もします」と、テレビや雑誌で露出の多い評判店が並んでいる京都・大阪版のセレクトは、東京版より後退したとの見方だ。
料理評論家・山本益博氏
山本益博氏が勉強に通った店、祇園 千花。
しかし「日本人は結論を早急に出しすぎる悪い習慣がある。ミシュランガイドは毎年改訂されるので、改訂されていくうちに素晴らしいガイドになっていけば良い」と、今後の展開に期待している。
「祇園は日本一、ひいては世界一の美食地帯」という見解は、山本氏もミシュランと同じだ。
サーバー日本一を選ぶ「S1グランプリ」を主催するNPO法人繁盛店への道が、東京・渋谷で11月に開催した講演会で、山本氏は今回3つ星に輝いた祇園「千花」に、30代の頃通って先代より、料理のイロハ、おもてなしの心とは何ぞやを学んだといったエピソードを披露した。
たとえば予約を入れて午後4時に指定されて出向いたところ、路地に丁寧に打ち水をしているのを見て、「千花」の料理はそこから始まるのかと納得したそうだ。素材の風味を生かしてシンプルに仕上げながらも、皿の中に3分間のドラマをつくる手腕には、食べても食べても「おいしい」という言葉しか出て来なかったという。
「食事の時間の間は責任を負う」、「プロフェッショナルな人をもてなす」というのが、祇園の作法。プロフェッショナルな人というのは出されたものは残さずきれいに食べる、食事の間に煙草をふかさないなど、食事をおいしく食べようとするマナーを心得ている人を指す。
本来午後4時は店の営業時間ではないが、山本氏は実績を積み重ねて、カウンターでただ1人、先代と1対1で至福のグルメを楽しむ幸運に恵まれたそうだ。
ミシュランがなぜ日本料理にこれほど高い評価を与えるのかと言えば、高い技術が伝承されていることもさることながら、専門性の高さがある。
フランス料理にはいろんなグルメがあるが、たとえばエスカルゴ専門店が、日本の鰻屋やフグ料理店のようにあちこちにあるということはないのだ。日本料理には寿司、天ぷら、そばなど数々の専門店があって、その中で独自の高い技術がある。従って必然的に星付きレストランも多くなると、ミシュランガイド総責任者のジャン=リュック・ナレ氏は説明しているようだ。
想像の域を出ないが、ミシュラン調査員も山本氏が指摘した祇園にある料理人の矜持を感じたからこそ、この狭いエリアにある44店もの店に星を付けたのだろう。銀座、北新地、心斎橋の店も同様である。
そして、世界で最も信頼されているガイドブックで、日本の東京、京都、大阪が世界最高水準の美食都市と認定され、日本が世界一のグルメ国と褒められている事実を素直に喜ぶべきなのではないか。
それより村田氏が警告するように、日本料理の良さを日本人自身が見直し、日本の食の土台である農林水産業を建てなおすところから、日本料理の伝承をはかっていかないと、いつまでも日本料理が世界で最優秀なグルメであり続けられるとは限らないことに、危機感を持つことが重要であろう。
大阪城をバックにするミシュランマン。