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横丁ブランドの台頭。
〜ちょうちん、すだれ・・どこか懐かしい路地裏の横丁。横丁文化の歴史と進化を追う。〜(7−4)

2010.8.19
「横丁」という言葉と文化は韓国のソウルで発達したともいわれソウルにはその名残が多い。古くからの食文化を守り続けている店も少なくないこの街で、伝統ある飲食店は表通りから一本奥に入った路地裏に集まっている。大通りを貴族が馬で通っていた頃(朝鮮王朝時代)、庶民だけが気兼ねなく通れる細い路地が大通りを避けて作られ、そこに「庶民の憩いの場」として飲食店が軒を連ね人が集まり横丁は出来上がっていった。東京都内にも50年以上の時を経てそのままの形で残る横丁がいくつかあり今も賑わいをみせる。一方で近年、商店街再生事業をひとつの目的とした「横丁ブランド」と称される「プロデュース型横丁」もオープンラッシュが続く。「横丁」のもつ「魅力」と「味わい」は何なのか、そして人はなぜ横丁に集まるのか。7回シリーズ。レポートは国井直子。


横丁の仕掛け人:浜倉的商店製作所 代表取締役浜倉好宣氏(ハマ横丁レセプションにて)。

横丁ブランドの台頭

 7月30日横浜駅前に「ハマ横丁」がオープンした。プロデュースは昨年の外食アワード「中間流通・外食支援事業者」部門での受賞を果たした浜倉的商店製作所・代表取締役の浜倉好宣(はまくらよしのり)氏。浜倉氏の横丁プロデュースのスタートは約2年前にさかのぼる。

 最初にオープンしたのが2008年4月8日、15業態15店舗を集めた135坪の「亀戸横丁」。亀戸駅前から徒歩3分、商店街の一画の路地裏に個店を集合させた。モンテローザの「白木屋」が1〜2階にあったビルでこの1階135坪のスケルトンの物件には、なかなか入る店舗が決まらなかった。半分のサイズの2店舗分に分けても難しく「それであればもっと細かく分けて考えよう」と3坪10平米が基本区画となったのだ。各店は壁で仕切らず暖簾などで簡易に分けている。ビルの中でありながら中にぐるっと通った通路を歩きまわって行きたい店を選ぶ楽しさがある。店舗の集合体で作り上げられた「横丁ブランド」のスタートだ。

 そしてやはり「店の集まるところに人は集まる」。ネオンサインや、ビール瓶のプラスチックケースを積み上げたテーブルなどのデザインは、古めかしい印象を強調するツールとなっている。同横丁だけはこの後オープンしていく浜倉氏プロデュースの案件の中で、唯一下町に作られたものとなる。亀戸という土地柄は飲食店が街に定着するのに3年くらいは掛かる(最初は我慢も必要)といわれている部分があり、オープンから2年4ヶ月を向かえ、こつこつとハイテクではなくローテクで積み上げてきたお店が強く育っているという。


「亀戸横丁」 外観。


「亀戸横丁」 内観。


【取材・執筆】 国井 直子(くにい なおこ) 2010年8月12日執筆