・「横丁」の便宜性とファッション性
横丁に並ぶそれぞれの店舗は独立していて個性があり自然と違う空気感が豊かに表現されている。昔ながらの横丁も、プロデュース型の横丁も賑わう横丁にはそれが共通している。一時「屋台」「屋台村」が多く現れ、そして衰退していった背景には「表」の色だけが違うようで「個性」とは遠い商業型であったからかもしれない。形だけが違う店を集めたとしても、ママやマスターの醸しだす無二の空間感はなかなか真似できるものではない。
「横丁」には色々な店が集まっていて一箇所でセレクトがあるという便宜性も魅力だ。それは繁華街と同じ構造でありそこに人は集まる。その中でお客自身は通う店を選び、馴染みを作っていく。そして最後は「止まり木」になれる店を得る。同じ店に行けば安心できる会話や賑わい、時には静寂も得られるのが嬉しい。
「ギンダコハイボール横丁」 外観。
又、下町で長く息づいている店には、戦略など全く持っていない店の方が多いことも分かる。それは「うまい」「まずい」「高い」「安い」も大切ではあるが、横丁がそれ以上に「人情」や「心地よさ」で客がついていくことを物語っている。店主が体でマーケティングを理解して、横丁の老舗は作られているのだ。
人はいつの時代もコミュニケーションを求めていてる。閉まったシャッター通りより人のいる気配はそれだけで全く違う空気を作る。「客の作る空気に自身が馴染む」「横丁の歴史に自身が馴染む」というお金では買えない独特のファッション性が横丁にはある。それらを満たしてくれる「横丁」がまた行きたくなる「横丁」であり文化のように思う。