フードリンクレポート


3業態、11店を生み出した。
〜「鳥番長」「日本焼肉党」2業態で業界騒然。ラムラから解き放たれた業態開発のスペシャリスト〜(4−1)
岩田浩氏 株式会社バイタリティ 代表取締役

2010.9.10
押しの強いネーミングと、作り込まれた業態として「鳥番長」(馬喰町、上野昭和通り)と「日本焼肉党」(浅草橋)の3店を展開するバイタリティが業界の注目を集めている。地方にも模倣店舗ができ、その業態の力強さを物語っている。同社代表の岩田浩氏は、株式会社ラムラ出身。当時ヒット業態「韓豚屋(ハンテジヤ)」「土古里(トコリ)」などを生み出した業態開発のスペシャリストだ。4回シリーズ。レポートは安田正明。


岩田浩氏。2店目を作る時から、事務所を持った。

3業態、11店を生み出した

 岩田氏は江戸っ子4代目。浅草の建築系の家に生まれた。中学卒業とともに、八重洲の中華料理店で5年間働いた。

「たった15席の出前がメインの店です。でも、店で20万円、出前で30万円以上売って、朝8時半から夜中の12時まで忙しかった。でも、15歳の僕に給料25万円もくれました。夜中まで遊んで、翌日の仕事もきちんとこなしましたよ(笑)」と岩田氏。

 そして、酒屋の配達、営業の仕事などを経て、26歳でラムラに入社。

「やるからには独立と思って入社。当時のラムラは『日本橋亭』など20店くらい。直後に『土風炉』『鳥元』が始まりました。高田馬場の『土風炉』1号店の厨房に入り、その後、立ち上げで新店を回っていました。新店が良くなると次に移動するという立ち上げ要員です。どこに出店しても馬鹿当たりでしたね。」


話題の「鳥番長」。活気を感じる内装。

「そして、店長に。新宿の『鳥元』は180席で月4千万円売っていましたが、店長になって毎月30%増に伸ばした。色んな記録をどんどん塗り替えていきました。銀座店では1日最高売上430万円を記録。店頭でインカム使って何十人も動かして、楽しかったですね。」

 マネージャーに昇格し、現場の店長と組んでさらに記録を塗り替えていった。

「マネージャー2年やると、だんだんつまらなくなって辞めようかと思い始めました。そんな頃、社長から上野の東宝ビルで韓国料理業態を作る話が出て、自分から手を挙げてやらせてもらいました。上野は150坪と大きい物件なので、その前に小さい店を出しておきたいと思い、大井町に物件を見つけました。社長に提案したら反対され、何度も提案書を出し続けた。また、社長は韓国家庭料理をイメージしていましたが、僕は絶対に焼肉の方が繁盛すると言い張り続けたら社長が折れた。オープンしたら毎日80〜90万円の売上です。社長が僕を見る目が変わりました。」

 それが、岩田氏の業態開発第1号「土古里(とこり)」。一頭買いの山形牛を使った焼肉店。現在はラムラが5店舗展開している。

「楽しくて、どんどん作りたいと思いました。新橋の中華料理店を閉めると聞いたので、サムギョプサルの店を提案。渋谷の人気店に社長を連れて行ったら、社長も驚きです。これより美味しくて、メニューの幅も作りたいと提案。たった500万円で改装したら、売上300万円が800万円に上がった。」

「韓豚屋(ハンデジヤ)」がそれ。現在、ラムラは7店舗展開。そして、「土古里(とこり)」の廉価版「五韓満足」を開発。こちらは現在2店。そして、2008年12月に同社を退社。事業部立ち上げから4年間で3業態11店舗を作り上げた。


【取材・執筆】 安田 正明(やすだ まさあき) 2010年9月6日取材