
・バブル期エスニックブームの先駆者
外ノ池氏が代表を務める西インド会社は現在、インドレストラン「マンダラ」、タイレストラン「メナムのほとり」、タイスキレストラン「ムアン・タイ・なべ」、シンガポールレストラン「マカン」のエスニック料理4店と立ち飲み「やすじ」を神田神保町2丁目にドミナント展開している。そして、インド食材小売店「ナマステフーズ」(江東区大島)を持つ。神保町は出版会社が多く、新しいものや珍しいもの好きの彼らに愛されている店舗だ。
父親が旅行業ということで海外経験が長く、米国や英国に留学しMBA(経営学修士)資格も取得している。2005年に父親から「マンダラ」等を引き継いだ。
「米系ソフトウェア会社にて、金融機関向けのトレーディングシステムを売る仕事をしていました。僕は、運が良くたまたま売れたんです。歩合制なので年収が24歳で1千万円。その後、倍々ゲームで増え、ラグジュアリーな店に出入りしていました。そんな生活が厭になって、英国の大学院に逃げました(笑)。帰国して、B to Bのビジネスはやめよう、自分のお金で満足できるものを提供して怒られるなら怒られようと。父がやっていたレストランを引き継いだんです。」
「『マンダラ』は相当有名でした。漫画『美味しんぼ』の表紙を飾り、エスニックブームの先駆けで、父はグローバルダイニングの長谷川(耕造)さんと外食業界でよく取り上げられていました。当時、旅行のお客様は、日本で写真を交換し合っていました。彼らの集まる場所としてインドレストランを始めたんです。『マンダラ』は大繁盛です。予約が3ヶ月先まで埋まっていました。」

「マンダラ」 店内。

「マンダラ」料理。
「マンダラ」は1985年創業。バブル景気の始まりの頃。とともに、エスニックブームが起き、東南アジアやアフリカを中心とした文化が若い女性の間で人気となる。そのブームとともに先駆者として「マンダラ」人気も急上昇した。ちなみにグローバルダイニングのエスニック「モンスーンカフェ」が誕生したのは1998年。
2005年に店を引き継いだ外ノ池氏はビジネスを広げようとして、老舗「マンダラ」ブランドのカレー物販を始めた。
「エスビー食品さんに売りに行きました。自分の商品がスーパーCVSで並んでいれば社員も愛着がわくじゃないですか。コンビニ向けに1つの箱にカレーとトムヤムクンのレトルトセットを作りましたが、2週間で終売です(笑)。次はサフランライスのご飯にカレーを付けたんです。レンジでチンするセット米飯というジャンルです。そうしたら、大ヒット。初年度30万売れました。カレー単体として今も販売しています。」
そして、IT景気とともにインド人技術者が日本に増え、彼らに自国の食材を提供しようと始めたのがインド食材小売「ナマステフーズ」。その主な販路は、航空機の機内食。
「機内食を作っているのは大手3社。取引先名簿を見ると上場企業ばかり、ハラール(イスラム法にのっとった食品)がきっかけで取引が始まりました。来日するイスラム人が増えているんです。エミレーツ航空とカタール航空が今年成田に就航になり、機内食向けのハラールの食べ物を扱っていて、なおかつ日本人が営業窓口はウチだけでした。」