
・上場基準でベンチャー企業運営
山本氏は、2004年9月オープンの「黒提灯」(五反田)のオープニングスタッフとして、アルバイトで働き始める。どこにでもあるようなスタートから、09年5月には子会社、ゴールデンマジックの社長に抜擢された。ミッションは5年後の14年に100店舗、100億円。
「最初は僕がダイヤモンドダイニングから連れてきた社員でスタートしましたが、今はゴールデンマジックのプロパー社員も増えました。新しく入社した社員からは社長と呼ばれるようになりました」と山本氏。
「子会社の社長は大変なプレッシャー。上場企業の子会社なんで、僕らはベンチャーでも色んな規定を守らなきゃいけない。DDがまだ上場前の時僕らは400時間くらい働いて、半年に休みが1日あればいい方だったな。あの時はがむしゃらでよかった。負荷に耐えられたら凄い社員になれると僕は思います。」
「でも、今は休みをしっかりあげて、残業手当も払う。でもベンチャーをやらなきゃいけない。凄い大変です。それでやりきれたら凄い実力といわれるので、前向きにとらえて頑張ってます。お陰で離職率は低くて、会社の雰囲気が良い。新卒者の中でも、自発的に休日に出勤する子も出始めました。今のやりかたで会社がグンと伸びていけるのか、まだ分かりません。僕が入社した時はまだ社名が知られてない会社でした。今の子は社会的にも認められた会社に入社しているので感覚が違います。あと、2〜3年経たないと何とも言えませんね。」
・社長は任せて何も言わない
「松村社長は任せたら、何も言わないのは凄い。僕にゴールデンマジックを任せて資本金1億円をくれました。その後、松村社長は何も言わないんです。褒めもしなければ、けなしもしないんですけどね(笑)。店にも来ない。僕なら部下に任せるのは怖いですよ〜。」
「4年前、恵比寿の立ち飲みを松村社長と2人で視察して回った時に、独立しないのか? と聞かれ、3年で独立したいと思って入社しましたと応えました。『独立は大変、実力だけでは上手くいかない。流れもあるしリスクもある。子会社をダイヤモンドダイニングで作るので、そこの社長をお前は好きにやればいい』と松村社長に言われたのは入社して1年半くらいの時です。夢のような話でした。リスクなくできるし、お前の好きにやればいいからとも言われました。その後、忘れていたんですが、ゴールデンマジックの社長になった時に思い出しました。」
「辛かったのは昨年年末、一気にオープンさせてバタバタで離職者が出た時は辛かったです。コミュニケーション不足でしたね。統制しようと言う意識が強くて、上手くまとまらない。自分を押し通していきたいのに中途半端になってしまった。けっこう悩みましたよ〜。店の立ち上げの最中で、長澤さん(総料理長)が突然やってきて、社長からのことづけとして、『独裁者になれ、意見なんか調整する必要はない、好きにやれ』と言われ、気分が楽になりました。組織を作って、自分の意見を反映する組織をつくらなきゃと思いました。」
「ただ僕が連れて来た社員は伝わるんですが、その下にマインドが伝わりにくい。ホールは僕の意思が伝わるスタッフがいたのでまとまるが、キッチンは僕が連れて来たわけでなく、教えてあげることも出来ず、統率が利きづらかった。その連携ができず揺れていました。ダイヤモンドダイニングは松村社長、長澤さん(統括料理長)、薬師寺さん(営業本部長)という体制があるので、これを習って、ホールと料理で責任者を分ける組織を作りました。」
「ウチは夢のある会社です。松村社長は先を見て、言って来たことで形にならなかったことはなかった。僕は未経験で26歳で入社。普通はこんな仕事はさせてもらえません。松村社長だったことに感謝しています。新卒者の前でも僕のことを話してくれます。前例を作りたいんでしょう。いい前例になれるよう、最強の子会社を作ります。」