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渋谷すた丼戦争から進化形の帯広豚丼、タルタルから揚げ丼も登場~急成長!渋谷系がっつり麺飯店~(5-3)

2011.6.29
流行に敏感な街、渋谷で近年台頭が著しいのが、ラーメン、うどん、スパゲッティ、丼、チャーハン、カレーなどの単品で勝負する麺飯店。提供時間が早く、メガ盛当たり前のボリューム、かつ既存チェーンにない付加価値の高い商品が特徴。日本型ファストカジュアルの誕生をも予感させる、渋谷系がっつり麺飯店の魅力に迫りたい。5回シリーズ。レポートは長浜淳之介。


帯広豚丼、バラのバラ肉増し。すた丼進化形が続々登場。

・渋谷すた丼戦争から進化形の帯広豚丼、タルタルから揚げ丼も登場。

 道玄坂のど真ん中あたりに昨年6月オープンした「帯広豚丼 豚丸」は、北海道帯広市のご当地B級グルメ「帯広豚丼」の専門店。黒地に大きな“豚”の字が白抜きにしてあって赤の○で囲ってある、派手な看板で非常に良く目立つ。


豚丸外観

 オープンから3日間、1杯100円の記念セールを行い、100メートルの行列ができたという。行列に並んだ人や通りすがりの人の中には、ケータイからツイッターなどで「100円で豚丼が食べられる」とつぶやく人もいて、瞬く間に長蛇の列に。このあたりの話題作りもうまかった。

 経営するイケシンは「帯広豚丼 豚丸」が1号店。オーナーはイタリアンのコックをしていて、手間隙かけた飼育で品質が素晴らしい茨城県の「つくば三元豚」に出合い、この味を世の中に広めたいとの思いで起業したとのこと。


豚丸店内

 そこでシンブルに豚肉のを味わってもらう豚丼がメニューとして浮かんだが、関東で豚丼というと牛丼と同様にどうしても1杯300円の世界となってしまう。

 一方で、「花畑牧場」で出している帯広豚丼は1杯1200~1500円の価格設定。ファミレスでも期間限定で帯広豚丼を出していて、豚丼でも帯広豚丼ならプレミアムな豚丼と思ってもらえる雰囲気が世間的にあった。実際に帯広に行って帯広豚丼を食べても1杯1000円くらいはして、地元では鰻丼に次ぐくらいのご馳走の丼と考えられていた。渋谷という土地柄そんなに高くはできないので、1杯650円から提供することにしたという。

 帯広豚丼では鰻の蒲焼や鰻丼のタレのような甘い醤油タレで肉厚の豚肉を焼くが、「帯広豚丼 豚丸」では「つくば三元豚」を味わってもらうためタレの甘みは少し抑えて、肉の片面または両面を焼いてからタレを付ける。

 また、現地にない食べ方として、豚肉の部位が選べるサービスがある。すなわち、バラ、ロース、もも、ゲタカルビより選択して丼にするスタイルで、「つくば三元豚」のさまざまな部位による味の違いが食べ比べできる。


つくば三元豚を使った帯広豚丼は、肉の部位で選べる。

 タレは梅味、以前は塩味といった店舗独自で創作したタレもあり、通常の鰻丼風と二者選択できる。トッピングでプラス料金を払って温玉、ガーリックバター、チーズソースなどを加えることもできる。肉増しも可能だ。


券売機でいろんなトッピングが買える。

 このように現地の帯広豚丼にはないサービスも多々あり、カフェ風の女性でも入りやすいインテリア、看板や店内の照明にLEDを使ってランニングコストが下がるエコに取り組んでいることを含め、渋谷スタイルの帯広豚丼を発信していると言えよう。

 人気メニューは、「豚丼バラ」と、すた丼をインスパイアして開発した肉多めでご飯少な目の「スタミナ丼」で、両方とも1日に70杯くらい出る。肉の味がわかる人、特にリピーターは帯広豚丼を注文するが、渋谷では一見の客も多く、すた丼インスパイア系に引かれて入店する人が相当数いるというわけだ。


豚丸でも人気のスタ丼。

 顧客単価は800円ほど。顧客層は大学生から60代まで幅広いが、女性の比率もかなり多く4割くらいを占める日もある。

 7月からの改善点として、500円からあった帯広豚丼の小丼を休止、「スタミナ丼」も550円から600円に値上げする代わりに、ご飯の量を200グラムから500グラムまで、無料で選べるようにする。これはご飯をがっつり食べたい人には朗報。やはり渋谷では想像した以上に、がっつり派が多いことに着目しての改善である。500グラムのご飯というと茶碗3杯程度ある。

 契約農家から仕入れたブランド豚「つくば三元豚」を、お米マイスターから炊き方を教わった炊き立てご飯に乗せて味わう、限りなくA級に近いB級グルメを目指す「帯広豚丼 豚丸」ではあるが、この夏からはよりがっつり色を強めた店となる。

 女性やファミリーも取り込めそうな店の内装からも、日本版ファストカジュアルがあるとすればこういった専門店なのかと思わせる雰囲気が漂い始めている。

 さて、道玄坂から文化村通りに抜ける近道の周囲に風俗店も多いようなエリアで、「満腹中枢ぶち破れ。豚肉が食べたい。キチキチドンドン、キチドンドン」とインパクトある絶叫型ロックサウンドが店頭から聞こえてくる店がある。

 これは吉祥寺に本店がある「吉祥寺どんぶり」で、通称キチ丼。渋谷に出店したのは一昨年の11月。渋谷初のすた丼インスパイア系と、アマチュアバンドの公募から選んだというインパクト抜群のテーマソングで、この界隈の名物店の1つとなっている。


吉祥寺どんぶり渋谷店。通称キチ丼。

「吉祥寺どんぶり」は7年ほど前に吉祥寺に第一号店ができており、その後下北沢、高田馬場、蒲田、経堂にも展開して、現在は6店ある。顧客単価は700円ほどで、席数は20席。学生、サラリーマンからの支持が厚い。最近は渋谷という土地柄、ファッション誌の取材も増えて女性客が増加傾向にあるそうだ。


吉祥寺どんぶり渋谷店店内。テーブル席がありセルフサービス。

 学生の顧客が多いのは、学生向けのサービスがあるため。がっつり食べたい学生の団体客を大量に、毎日来るような常連としてキープできている。これが「吉祥寺どんぶり」の強みである。カウンターだけでなくテーブル席もあるので、7、8人くらいまでの少人数の団体客にも対応している。

 すた丼との差別化もあって、キチ丼こと「吉祥寺どんぶり」では商品開発に力を入れており、主力商品の「豚どん」(600円)は醤油にんにく、醤油しょうが、塩にんにく、塩しょうがと4つの味が楽しめる。そのほかの丼も合わせて全部で10種類の丼が営業のベースとなっており、種類が選べる楽しさがある。


豚どんは4つの味が楽しめる。

 たとえれば、吉野家に対してすき家が様々な変わり牛丼を開発して人気を博しているように、基本的に王道一本のすた丼に対し、キチ丼は変わりすた丼で対抗しているように見受けられる。


キチ丼は丼のバリエーションが多い。

 ボリューム感は抜群で、並盛りで既に通常の大盛りの大きさがある。まさにがっつり食べたい人のためにある店だ。プラス150円で肉2倍の肉増しになるが、3~4割が肉増しをオーダーするそうだ。

 商品開発の成果として、「豚どん」とタワーのように鶏のから揚げがそびえる「タルタルから揚げ丼」(690円)が全体のオーダーの3割ずつを占めて、一番人気を分け合っている。また、限定20食の「ネギ塩牛カルビ丼」(750円)は連日完売が続いている。


タルタルから揚げ丼。大サイズのやわらかいから揚げに濃厚なタルタルと甘辛のソースがかかった、満腹中枢をぶち破るようなメニュー。

 豚、鶏、牛でキチ丼はそれぞれ人気メニューを有しているというわけだ。経営はナポリタン専門店「パンチョ」と同じくファイブグループで、キチ丼渋谷店と「パンチョ」1号店は同時期のオープンとなっている。渋谷にある利点を生かして、系列の店の情報も発信するなど、今後はアンテナショップとしての機能を強化していくという。

 渋谷では、井の頭線渋谷駅のすぐ道向かいにすた丼本家の「伝説のすた丼屋」が2009年12月にオープンして以来、少し前にできたばかりのキチ丼との間ですた丼戦争が勃発。すた丼が国立発祥に対して、キチ丼は吉祥寺発祥で、多摩地区のがっつり系丼が渋谷で対決する図式となった。


伝説のすた丼屋渋谷店

「伝説のすた丼屋」もまた、イタリアのホエー豚使用を最近は打ち出して味のバージョンアップがはかられており、がっつりプラスアルファの付加価値が付いている。

 元々ファイヤー通りにあった、中華の老舗「天宝」の超人気メニューで、豚肉、卵、ピーマン、タマネギを炒めたものが丼に乗っている「特丼」(840円)も合わせて、食べ比べ、食べ歩く人も増えている。


天宝


天宝の特丼。ショップ店員、芸能人にもファンが多い。

 そうした基盤がある中で「帯広豚丼 豚丸」などのベンチャーも生まれてきた。渋谷系がっつり麺飯店が急成長するトレンド形成にあたり、すた丼系の店が果たした役割は大きい。

【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ) 2011年6月28日執筆