・渋谷からエキナカ、SCにも進出した「かにチャーハンの店」。
道玄坂は近年ラーメン店の進出がめざましく、東京都内でも有数のラーメン激戦地と化している。裏返せば多くのチャンスがあるということだが、テナントの入れ替わりも激しい。
その道玄坂に4月1日オープンしたのが「ラーメンとスタミナ丼の店 直成」である。看板に大きく黄色で書かれた「ラーメン」、「スタミナ丼」の文字と、丼の上にうずたかく盛られたモヤシの塔の写真で、がっつり食べたい人をターゲットとした店であることを明確にアピールしている。
直成 外観。渋谷系がっつり麺飯店の新星である。
直成 店内
「立地が渋谷なので、若者向けにボリューム感を出してみた」ということで、ラーメンと丼の2本のがっつりメニューの柱があるが、メインはラーメンと考えている。当初はラーメンと丼の出数の比率は9:1と予想していたが、最近は暑くなってきたせいもあり、ラーメン65%に対して丼35%にまで丼の注文が増えてきた。
実はラーメンの麺を冷やして提供する冷盛も可能なのだが、やはり消費者にしてみれば、暑い日は丼のほうが良いという人が増えてくる。夏に需要が落ちるラーメン専門店の弱みを見越して丼でカバーする戦略で、最初から業態開発がはかられており、なかなか巧みなやり方である。
ラーメンは1杯650円。注目すべきは野菜増、ニンニク増、アブラ増、全て無料のシステムでがっつり派を喜ばせている。
直成のラーメン、スタミナ丼はお好みでラーメンたれ、ソースなどを加えて食べる。
ラーメンに野菜、ニンニク、アブラを全部増量すると、野菜の山に雪のようにかかったニンニクとアブラに隠れて、麺が見えないほどの迫力。重量は麺180g、スープ400cc、野菜500g、ニンニク40g、アブラ80gとなり、1㎏を超えるほどのボリュームとなる。並みの胃袋の大きさでは食べきれないほどだ。
見かけや癖になる味の全体のタッチは「ラーメン二郎」に似ており、いわゆる二郎インスパイア系と目される場合もあるが、少し平べったくもっちりした中太麺などはオリジナルだ。
丼のスタミナ丼は600円。名前のとおり、「すた丼」をイメージした癖になる味のメニューで、ご飯だけで450gもあり、これもまた本物のがっつりメニューである。生卵のL玉と味噌汁が付いてくる。
直成のスタミナ丼
直成の丼はご飯だけで450g。一般には大盛の量だ。
直成 券売機
よりがっつり食べたい人は、大盛り150円、肉増し200円、キャベツ増し50円がオーダーできる。大盛り肉増しキャベツ増しでスタミナ丼を注文すると1000円となる。丼はテイクアウトも可能である。
ラーメンにしても、スタミナ丼にしても、それだけでお腹いっぱいになりそうなものだが、驚くことに1日に2人くらいは両方いっぺんに食べていく人がいるとのこと。稀に女性でもギャル曽根さんばりの大食漢が来て、両方がっつり食べていくそうだ。渋谷にはどれだけがっつり食べる人が集まってくるのか。
内装は女性でも入りやすそうな雰囲気づくりをしており、空調も良く、パワー系の店でありがちと思われている臭いの類はしない。
顧客層は10代後半から20代が中心だが、中高年のサラリーマンも来るので幅広い。男女比は9:1で男性が圧倒的に多いが、カップルも目立つ。席数は30席。
平日は朝6時、金曜と土曜は朝7時まで営業しており、渋谷界隈に多い夜型生活スタイルの顧客の便宜をはかっている。
「東日本大震災を経て、飲食業も気取って食べるより、リーズナブルでがっつりパワー系という、食の原点に立ち返る業態が求められているように感じます」という店の思いもある。
先日、津波で甚大に被災した仙台市宮城野区、宮城県石巻市、宮城県東松島市をスタッフ一行で訪問。ラーメンの炊き出しを行い、避難所生活を送る住民などの子供からお年寄りまで非常に喜んでもらった。
未だ、電気、ガス、水道の復旧もままならない陸の孤島のような生活を送っている被災者たちとふれあい、いっそう今なすべき仕事は「直成」のようながっつり麺飯店だとの思いを深く持った。
癖になる味付けのパワー系ラーメンと丼を、両方ともがっつり食せる店「直成」は、道玄坂ラーメン戦争の台風の目となりそうだ。
さて、従来は目ぼしいラーメン店がほとんどなかった渋谷でラーメン店が増え始めたきっかけは、2006年に「七志」が道玄坂に進出したのが切っ掛けではないだろうか。
七志
横浜の田園都市線沿線・青葉台を発祥とする「七志」は、とんこつラーメンの店といっても女性でも入りやすいように小ぎれいにつくってあり、薬草の味がする無料で飲める健康茶も売りで、従来のラーメン屋になかったおしゃれ感やヘルシーさを漂わせた店だ。
ファーストフードとしてのラーメンは「幸楽苑」が既に道玄坂にあったが、付加価値の高い「七志」のラーメンが「幸楽苑」の倍以上の値段を取って成立したことに、決して牛丼チェーンのように激安ではない、今日の渋谷系がっつり麺飯店が急成長した流れの源流の1つがあったように思える。
七志らーめん(700円)は丼鉢もおしゃれ。
また、百軒店入口に元々あった、中華そばの老舗「喜楽」が東京ラーメンの原点となる懐かしい醤油味で再び脚光を浴びてきた。
そして、渋谷で今最も勢いがあると思われるのは、替え玉2玉まで無料とがっつりを売りとするとんこつラーメン「博多風龍」であろう。1号店を出した渋谷を拠点に、わずか2年ほどの間で瞬く間に都内で15店を展開するようになった。
風龍。渋谷からチェーン化した替玉2つまで無料の店
渋谷には系列店が道玄坂と井の頭線渋谷駅駅前に2店あるが、いずれも繁盛しており、替え玉を1玉と言わず2玉無料としたことで、渋谷から東京の九州ラーメンの地図を塗り替える勢いで快進撃している。味のほうでも柚子風味の「黒しずく」という、オリジナルの香辛料が売りとなっている。
道玄坂の上のほうには、札幌「純連」の系譜を引く味噌ラーメン「真武咲弥」、センター街には関西から進出した「神座」、井の頭線渋谷駅近くの路地には新宿の名店「麺屋武蔵」の系列で「つけそば」を売りとした「武骨外伝」などといった、全国各地のラーメンどころからの進出も多いのが渋谷だ。
つけ麺なら「空海」系列で大盛りをうたう「大臣」が、渋谷駅新南口に続いてセンター街の先に2店目を出店してきた。
つけ麺の大臣。大盛りを看板でデカデカとアピール。
長崎ちゃんぽんの店も、全国チェーンの「リンガーハット」に、渋谷に4店ある地場の人気店「はしばやん」、創業30年を越える老舗の「長崎飯店」とあって激戦区だ。
はしばやん道玄坂店
文化村通りのトマトラーメン専門店「あかなす家」のような変化球もあって、加熱するラーメン戦争の中でどういった差別化を打ち出そうかと、お店の側も必死だ。
あかなす家
6月には文化村通りに「銘店伝説」なる、全国6店ほどの生ラーメンの通販またはお土産、ギフト商品を、店頭売りするとともに店内でも食べさせる、ユニークな新商売も誕生した。
銘店伝説
香川県に本社があるアイランド食品がアンテナショップとして出店したもので、ワンコインほどで和歌山ラーメン「井出商店」、埼玉の塩ラーメンの名店「ぜんや」、京都ラーメン「天天有」など有名店のラーメンのエッセンスを味わうことができ、定着できるかどうか注目される。プラス50円で大盛りも可能だ。
渋谷で急成長するがっつり系麺飯店は、以上見てきたように麺や丼の種類も豊富で、365日食べ歩いても食べ切れないのではないかと思えるほどだ。しかも、それぞれの店の専門性が高く、提供時間はクイックでもファーストフードにはできない手づくり感を重視しており、男性サラリーマン、学生のみならず、女性、さらには一部ファミリーも取り込めるだけのファストカジュアル的なポテンシャルを持っている。単なるメガ盛、デカ盛ではなく、満腹中枢をぶち破る各店の味の追求が魅力だ。
ファーストフードとギャルの渋谷。カフェやカジュアルダイニングとF1世代の渋谷。もちろん、依然としてそういった従来のイメージの渋谷も健在だ。
しかし、日本中探してこれほどまでに、がっつり食べられる麺類やご飯類の一品料理が多彩に揃っている街が渋谷以外にあるのだろうか。それくらい東京のがっつり派の顧客は渋谷にどんどん集まってきている。
がっつりの聖地、渋谷。この街にはかっつりをテーマとした、新しいビジネスチャンスが転がっている。