RSSフィード

今月の特集 売れる店づくり空間づくりとは (2/3)面
空間+料理+サービス三位一体が流行をつくる!
今月の特集キーワード  
  大人も若者も気軽に足を運ぶ近未来のバーのスタイル 1面
  理屈でも数字でもなく感覚的に心地よいものを店づくりに反映させる 1面
  貸し金庫室を活かした斬新なデザイン話題性で人気を呼んだ1コインバー 2面
  時間を重ねるごとに風合いを増す”古み”が魅力のバー 2面
  大量 生産の規格品では表現できない長く愛される本物志向の店づくり 3面
  お客様は空間+料理+サービスを総合評価する 3面

元銀行の貸し金庫をリサイクルしたゴールドルーム。「一足踏み入れたお客様から歓声がわきますよ」と店長。メタリックな印象だが不思議な落ち着き感がある
500BAR THE BANK
東京都台東区上野2-7-12上野鈴本ビルB1
電話:03-5816-0533
営業:17時〜5時(平日)/17時〜1時(日・祝)
休日:年中無休

「話題性で足を運ばれたお客様をリピーターにつなげたい。そこに店側の姿勢が問われる」と語る店長の山本道博さん
↑貸し金庫の表面 は金具を取り外し金メッキを施したもの。天井のライティングが美しく反射する
↑カウンター脇の大きなダイヤルは貸し金庫の扉をリサイクル。シルバールームにマッチした装飾的な効果 もある
↑かつての待合室を生かしたカウンタースペースは、アルミの壁に囲まれたシルバールーム。アルミ壁を通 して射し込む照明がシックな空間を演出
 貸し金庫室を活かした斬新なデザイン話題性で人気を呼んだ1コインバー
 東京・上野の鈴本演芸場の地下1階。「ファイブハンドレッド・バー ザ・バンク」は、橋本さんがデザインした店舗の一つ。店名が示すように、フードもドリンクも1コイン(500円)、チャージなしのニュースタイルのバーだ。料金設定がユニークなら、店内の空間も輪をかけてユニーク。何と店内は、かつて銀行の貸し金庫だった条件をフルに活かしたつくりになっているのだ。
 店内は貸し金庫のナンバープレートがズラリと並ぶゴールドルームと、待合室だったスペースのシルバールームに分かれる。2つのルームの境にあるのは、テレビや映画でお馴染みの金属性の重厚な扉。カウンター脇にはハンドル型の開閉装置など、銀行にしかない〝素材〟が効果 的に使用されている。
 同店を経営する(株)タスコシステムは、札幌で現在26店舗を展開する外食チェーン。一昨年の7月、鈴本ビルにあった銀行が撤退した後を借り受け、3階を除くすべてのフロアにそれぞれ異なった業態の直営飲食店をオープンさせた。テナント契約では、銀行が立ち退く際にすべての内装を取り壊し、スケルトン(構造体躯)の状態で引き渡す予定だったが、解体前に下見に行った橋本さんは瞬間的に「これは面 白い!」と直感したという。
 「破壊と建築を繰り返すスクラップ&ビルドが当たり前の日本では、そこにあったものを上手く活かすという発想に乏しい。しかし、現役で使われてきた本物にこそ、感覚に訴える強い発信性があるんです。しかも銀行で使われていたパーツは、そうそう簡単に手に入るものではありません。億を超える費用をかけて解体してもらうより、元銀行という特性を逆手に取ったデザインにしようと思いました」
 そのままの空間では無機質で安普請な雰囲気になるのは明かだ。そこで、一つひとつの貸し金庫の金具は取り外し、〝金〟にあやかってゴールドのメッキを施した。その上には新たに金庫ナンバーを刻印。また、隣接する待合室はぐっと趣を変え、落ち着いたシルバーのアルミで壁を取り囲んだ。壁の裏手から照明が射し込むように、ドット模様に開けられた小さな穴は、〝鍵穴〟をイメージしたものだという。
 この「ファイブハンドレッド・バー ザ・バンク」は、予想どおり開店直後から大きな人気を呼んだ。銀行の貸し金庫室でお酒が飲めるという話題性。また、それなりのクラスを感じさせる空間でありながら、気軽に足を運べる料金設定の低さ。そしてサービスマナーの高さが人気の要因だろう。
 「元銀行というフレーズが大きな来店動機になっていることはたしか。その話題性に甘えず、どうやってリピーターにつなげていくかに、お店の成否がかかっている」と店長の山本道博さんは言う。
1949年神奈川県横須賀市生まれ。関東学院大学工学部建築設備工学科卒業。(有)田中・大川設計事務所を経て、1975年に摩訶無舗(マカンボ)建築設計事務所を設立。25年前の事務所設立時より、古民家の移築・改築、古材の利用を手がけており、そのジャンルでは第一人者として知られている。飲食業界では民家を移築した「くり亭」(ステーキハウス&バー・葛飾区新小岩)、古材を使った「土火土火」(ダイニングバー・港区西麻布)のほか、最近は数寄屋づくりの元料亭をイタリアンレストランに改築した「カルミネ・エドキァーノ」(新宿区荒木町)が話題を呼んだ。
石川純夫
SUMIO ISHIKAWA

(株)摩訶無舗建築設計事務所 東京都港区西麻布1-12-5 山武霞町ビル8F 03・3470・5403
東京・葛飾区
東京・港区
東京・新宿区
ステーキハウス&バー ダイニングバー イタリアンレストラン
「くり亭」 「土火土火」 「カルミネ・エドキァーノ」
群馬の米蔵、岩手県花巻の農家、都内の洋館の3カ所という古材を使用して建てられたもの。アールデコ調の窓やキャビネット、レトロな階段が和の要素と見事にマッチ。 旧家の古材や欄間などを巧みに使用し、和のテイストを超えたプリミティブな空間が人気の店舗。「飲食業界のなかでの古民家移築や古材使用の火付け役となった」(石川氏)。
花街の元待合料亭をイタリアンレストランに。数寄屋造りの意匠を残しながら、明治・大正のモダンなイメージにまとめられている。

 時間を重ねるごとに風合いを増す”古み”が魅力のバー
 東京・白金は大人の女性が好むハイソサエティな街。東京の住宅地のなかでも、住むこと自体がステイタスになる数少ない街の一つだ。
 白金のある幹線道路沿い、庶民的な商店が立ち並ぶ一角に、一戸建ての民家を丸ごと改築したバー「きえんきえら」がある。雨風に長くさらされた板貼りの外観から漂うのは、ただの古さを超えた不思議な存在感。ファッション性と庶民性が混在する周囲の町並みにも違和感なく溶け合う。
 「外から見ると一体何屋なの? という感じですよね。それがまたいいとおっしゃるお客様が多いんです」と言うのは店長の安田昌隆さんだ。
 たしかに、さりげなく看板が掲げられてはいるものの、そこがバーであることに気付く人は少ないだろう。実際、お客様の8割は口コミで増えていったリピーター。徒歩圏内に住まいを構え、広告業やアパレル業、音楽関係などの職業を持つ「目の高い」方々が多いという。
 1階が金物店、2階が住居部分だったこの建物は、大正7年の建造。これまでにも、その立地条件のよさから、テナントを希望する飲食店経営者はいたが、いずれも実現することはなかった。建物の老朽化と荒廃ぶりに、新築するならいざしらず、改築では使用不可能だと判断されてきたのである。ところが、「老朽化はしていたものの、関東大震災を乗り越えてきた堅牢な建物です。構造自体にゆがみもなく、改築には何の問題もありませんでした」と、「きえんきえら」を設計した建築家の石川純夫さんは言う。
 同店を設計するに当たって、石川さんが最も力を注いだのは「できるだけ元の姿に戻して、〝古み〟を活かした点」だという。〝古み〟とは、時代を重ねた建材、素材だけが持つ美しさの表現。石川さんがよく使われる独得の言葉である。
 「たとえば、外装はトタンで覆われていたものを取りはずし、板貼りに戻しました。また、1階と2階の天井を取り払って吹き抜けにすることによって、黒く太い梁を露呈させています。傾斜のきつい階段や崩れかけた土壁はあえてそのまま残し、足りない建材や建具は、ほぼ同年代に建てられた家屋のものをプラスしています」
 カウンターはクスの木の一枚板。その後ろのボトルキャビネットには、オーナーが何軒もの骨董店を歩いて探し当てた、風雅な細工物の引き戸がさりげなく使用されている。坪庭を通 って入るトイレ、2階の屋根裏部屋の小上がり席や、いかにも往時に使われていたと思われるテーブルや椅子の数々。さらに目を凝らせば、今は見ることのない擦りガラスやねじり式の鍵と、細部にわたって計算を感じさせない計算が行き渡っているのが分かる。
 2階のテラス席では、時を経た板貼りの隙間から外気が吹き込むが、ひざ掛けを用意することはあっても、新建材に代えることはしない。それが当時のありのままの姿なのである。
 「民家を改築したり、古材を利用した店舗は、先入観を持つ中高年より、若い人たちに人気が高い。日本人として皮膚感覚に訴える古いもののよさを敏感に感じ取っているのではないでしょうか」(石川さん)。
 オーナーの後藤光正さんは、この理想的な物件に巡り会うまで、2年の歳月をかけたと聞く。先ごろ、同店から30メートルほど離れた所に3店舗目となるスタンドバー「きえん」をオープンさせたが、そこもやはり、染物屋だった民家を改築したもの。設計デザインは当然、石川さんが手掛けている。オーナーやデザイナーがディテールにこだわり、その集積が空間のイメージをいかに独得なものにし成功に導くか。「きえんきえら」はその好例だろう。


<*2面 のトップへ*>--- <*バックナンバーへ*>

Page Top