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あの頃の業界の雰囲気と言えば、「グローバルはもうダメだ」とか、「グローバルはファミレスにすぎない」という雰囲気まで醸成されて、長谷川さんに代わって、月川さん(ソーホーズ・ホスピタリティ・グループ社長、現会長/2004年5月に会社更生法申請)がカリスマになっていました。ファミレスが悪いというんじゃないですよ。空間重視のレストラン・オーナーが、よくそう言っていたということです。
顧客に「あなたの店はグローバルみたいだ」と言われると落ち込み、「いやあ、ソーホーズのようでしょ。トイレの仕掛けがどうの」と、説明し出す店もあったくらいでした。
新川
最高じゃないですか。逆風の中で勝ち続けるんですから。これだけの独立採算制で、それぞれの店長、チーフに、「お前らの店だよ。お前ら次第で店は変わるんだ」とゲタを預けている、仕組みを重視する会社ならば、そりゃ“21世紀型ファミレス”ととらえる人もいるでしょう。
では、「ファミレス」の定義は何か。「ポピュラー」ということでしょう。それは、メジャーリーグに入っていく時に、越えなければならない壁だと思います。「ファミレス」というのは、ブランドビジネスの中で、必ずしも悪い表現ではない。
渋谷区、港区、中央区の一部では、そのようにささやかれ始めたけれど、全国区になっていった証明だと思うんです。
2002年2月に、西麻布の『権八』で、私が小泉首相とアメリカのブッシュ大統領を
接待した時に、たぶん、その直前に辞めた人たちは、みんな本音では悔しかったと、思いますよ。自分がやれたかもしれないという悔しさ。あったんじゃないかな。
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どういう経緯で、ブッシュ大統領と小泉首相は、『権八』に来ることになったんですか。
新川
これは偶然じゃないんです。我々がブランドビジネスを大事にして、いらっしゃったお客さんにベストなサービスができて、アメリカ大使館と信頼関係を結んでいたから、ハワード・ベーカー駐日大使(当時)が、『権八』を指名して下さったんです。
異例のことです。通常、国賓の場合は、外務省がオーガナイズするんですよ。
ちょうどアメリカが、アフガニスタンと戦争をしていた頃ですから、日本とアメリカの友好関係を世界に発信したいということで、アメリカ大使館がオーガナイズしたんです。
12カ国のメディアが、押しかけました。
警視庁や外務省とは交渉しましたが、お客さんはサクラじゃないんです。身辺警護のSPはたくさんいましたよ。大臣のせがれのような人も、たくさん入れてあげました。でも、半分くらいの人は、『権八』に普通に予約して入った人たちです。
「申し訳ないですけど当日は、ウチのオーナーのプライベートなパーティーがありますので、お手数ですが、入口のところでお名前ですとか、個人的な情報をお伺いする可能性がありますけど」とお断りして、フルネームと電話番号を、聞き出しはしましたけどね。
当日いらっしゃったお客さんは、さぞかし驚かれたでしょう。
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ただ、そうして建て直したにもかかわらず、なお、人が辞めたわけですよね。ADエモーションの中村文裕社長は、さらに前に辞めていましたね。
新川
フミ(中村氏)は上場前の96年に飛び出して、自分の預貯金と、銀行からの借り入れで17坪の小さな店から始めて、今、あのような企業体になっている。本当に凄いことです。彼こそは、グローバル卒業生で会社を起こして成功した、パイオニアですよ。
グローバルにいた頃から、タダ者ではないと、思っていました。
95年でしたか。フミがL.A.(「ロスアンジェルス ラ・ボエム」店長)から3年ぶりに帰ってきて、久々の自社物件として、代官山の大きな「モンスーンカフェ」の店長に就いた。会社としても、非常に力を入れたんですが、残念ながらフミが目標を設定できない条件が、できあがってしまったんです。
彼は副店長に降格になり、悩んで辞めてしまった。結果的には良かったと思いますよ。
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先ほどの人材が育って来ないという話は、その話とはリンクしていないんですか。
新川
長い間の根っことしては、フミから始まっています。何で、辞めたんだろうと。
90%は日々の業務に没頭していましたが、10%くらい頭の片隅に常にあって、紐解きたいけど、紐解けない自分がいる。紐解いたところで、フミは戻って来ませんから。植木も、鴨井も、フトシも、石田も、渡邉明も、みんな戻って来ませんから。
とどの詰まり、私が辞めた理由も、酷似していますよ。将来的なビジョンが長谷川さんと違ってきましたねと。そこで、軌道修正できれば残るし、できなければ辞める。
人から良く言われるのですが、面白いぐらい、長谷川さんと私は、兄弟のように性格が似ているんです。外食の会社で20年以上も、1つの会社に勤めるのは、珍しいです。
まあ、兄弟喧嘩の延長線上で、そろそろ独立させてくださいということですね。今更、長谷川さんとの間の溝でもないです。
よく喧嘩もしましたけど、いろいろお世話になりました。
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