日本一に輝いた、佐々木尚美さん
ファイナリストと特別賞受賞者
・エントリーした200人から、5人のファイナリストを選定。
日本のレストラン、飲食店を考えた場合、スポットライトが当たってきたのは、常に料理をつくる側の職種、シェフ、コック、調理師、ラーメン師、寿司職人、そば打ち職人、バーテンダーのような料理人、あるいは職人であった。また、ワインをセレクトする専門職であるソムリエは、知的な職業として近年認知されてきた。ビールや日本酒、お茶のようなあらゆるドリンクに、ソムリエ的な資格が新設され、人気が高まっている。
そうした中、接客を行ってサービスを提供する人は、ウエイター、ウエイトレス、ホール係などと呼ばれ、今まで単に注文を取って、料理を運び、会計をするだけの単純労働者と考えられがちであった。実際、ファーストフードなどでは、誰でも接客ができるように、マニュアル化されているのであるが、日本の外食産業のマーケットが縮小気味である現況において、レストランのサービスマンはそれでいいのかとの疑問がある。しかし、欧米ではサービスマンは、接客担当のキーパーソンとして「サーバー」と呼ばれ、シェフやソムリエと同等、あるいはそれ以上に専門性の高い、誇れる職業とみなされているのである。
同じホスピタリティ産業でも、ホテルのサービスマンは、日本では尊敬に値する職業と考えられているのに対して、レストラン、飲食店では、繁盛店には良質のサービスが不可欠であるにもかかわらず、やもすれば顧客から「ちょっとすいません」程度で呼ばれるほど、軽視されている。
そうした、レストラン、飲食店の接客の質を底上げし、「サーバー」という職業を確立して、「サーバー」となった人が胸を張れるようにし、ひいては繁盛店を多くつくり出すのが、“また逢いたいベスト・サーバー”を選ぶ「S1グランプリ」開催の狙いである。主催は、「繁盛店への道」という、フードビジネスの経営幹部によるボランティア団体で、理事長は柴泰宏・柴田屋酒店代表取締役社長。弊社の安田正明代表も、9人の運営メンバーの1人、理事に名を連ねている。
・“また逢いたいベスト・サーバー”は誰かをチェックして投票。
「サーバー」の応募資格は、レストラン、カフェ、居酒屋といった業種を問わず、パート、アルバイト、派遣、正社員といった違いも問わず、実際に接客を行っている全国の担当者に広く門戸を開いた。
今年1月の締め切りでエントリーしたのは200人。第1次審査は、その200人に対して、フードリンクのサービス・インスペクター(訪問調査員)が、実際に店を訪問してサービスを受け、アイコンタクト、笑顔、フレンドリーな会話、基礎知識など50項目をチェック。
ポイントとしては、第一印象に好感が持てるか、お勧めメニューとして自分のお勧めも言えるか、商品知識として料理方法や食材の説明ができるか、身だしなみに清潔感があるか、お見送りでは感謝されてると感じたかなどを細かく採点した。それらの結果を、好感度、清潔感、感動、ユニークさ、信頼感の5つの指標で4段階に評価。
さらには、最終評価として、「また逢いたい度」を4段階で評価した。
また、第1次審査では筆記試験も課され、200人はそれぞれ、(1)今までで一番お客さまから喜ばれたサービス、(2)サーバーとして心がけていること、(3)あなたの将来の夢といった、3つの設問に答えた。
ファイナリスト5名
第1次審査を通過して決勝進出を果たしたファイナリスト5人は、佐々木さんの他、銀座の創作和食「かまくら銀座店」(東京都中央区)の森泉和樹さん(24歳)。赤坂の新型フードコート「寄道庭園」(東京都港区)の岡上泰治さん(26歳)。札幌の焼肉「月の虎中央店」(北海道札幌市中央区)の丸田大介さん(25歳)。船橋のカジュアルイタリアン「ジョベントゥ・サバティーニ」の遠藤志乃さん(27歳)。
決勝で、ステージの上で5人が順番に行う、接客パフォーマンスの審査を行う審査員は、審査委員長の新川氏の他の3人は、元気な朝礼で著名な居酒屋「てっぺん」の社長で、外食活性化を目的とするNPO法人居酒屋甲子園理事長の大嶋啓介氏。高級シャンパン販売数トップクラスと噂される、銀座8丁目並木通り「銀座サロン・ド慎太郎」経営の慎太郎ママさん。人気モデルでJ−WAVE「PINK&GOLD」のパ−ソナリティも務める鮎河ナオミさん。さらに、「繁盛店への道」理事長の柴
泰宏氏。
5人の審査員
採点は、審査員5人は各100点の持ち点があり、それぞれが1位から5位を決めて、1位に50点、2位に30点、3位に15点、4位に5点が入る。会場の約500人の参加者は、1人1点の持ち点があり、自分が“また逢いたいベスト・サーバー”1人に投票するといった方法で行われた。
・笑顔が炸裂、それぞれの個性を競ったデモンストレーション。
さて、決勝大会のメインである5人のデモンストレーションは、ステージの上にテーブルと椅子が運び込まれ、席にはエキストラの模擬客が座り、時には入店したり、退出したりと、実際のレストランを模した形で行われ、「サーバー」たちも普段のサービスを見せるようにパフォーマンスを行った。
トップバッターの森泉さん
ファイナリストのプロフィールは、写真、ビデオ、推薦人を通して紹介。パフォーマンスの前後には、自分自身のサービスに対するモットーを宣言した。
最初に登場した「かまくら銀座店」の森泉さんは、店長の熱いマイクパフォーマンスの激励を受け、緊張した面持ちの中にも、節度を保ちつつもフレンドリーな接客を披露。「サーバー」歴1年6カ月の森泉さんは、大学院進学を目指していたが、人と接するのが得意ではなく、社交性が足りない自分の欠点を克服するため飲食店の門を叩いたという。持ち前の研究熱心とガッツで頭角を現してきた。
「ファースト・コンタクトでお客さんに合ったサービスを見抜き、人間味あふれる温かい接客をしていきたい」とアピールした。
岡上さん
2番目の岡上さんは、第1次審査を100点満点で突破した、「サーバー」歴4年の若者だ。勤務する「寄道庭園」がフードコートであるということもあり、施設をていねいに案内するのに力点を置いていた。
「自分自身が楽しんで、お客さんの目線に立ったサービスをやろうと心掛けています」と岡上さんはさわやかに聴衆に語りかけた。
優勝した佐々木さん
笑顔いっぱいで3番目に登場した「オリエンタルヌーク南1条店」の佐々木さんは、「モットーは笑顔です」と、元気良くはっきりした発音であいさつ。会場からは「頑張れ、ナオミちゃ〜ん!!」と声援が飛ぶ人気ぶりだ。優勝という結果が示すように、笑顔を絶やさぬキビキビした華のあるステージで、強烈な印象を残した。「サーバー」歴は3年になる。
食事の後で女性客に、美容と健康にいいビタミンの入ったキャンディーを勧めたり、札幌に来た観光客にはポラロイド撮影のサービスを行うなど、顧客をよく観察した、機転のきいたオリジナリティーの高いトークやサービスも、高い評価を受けた要因だった。
丸田さん
次にステージに立った「月の虎中央店」の丸田さんは、「お待たせしました。良く冷えたおいしい生ビール」、「こちらの方にはもっとおいしい生ビール」といったように、軽妙でユーモアにあふれた楽しいパフォーマンスが魅力。「サーバー」歴は7年。
「お店は生き物だし、私たちは時間を売っている。だから動きがないといけない。そこで、自分のファンをつくることが一番のサービスだと思っています」と、マイクパフォーマンスでは自身の接客哲学を雄弁に語った。新川氏は丸田さんを、「自分の評価では1位。すべてのテーブルを完全に支配できる人は、なかなかいない」と総評で絶賛した。
遠藤さん
最後に登場した「ジョベントゥ・サバティーニ」の遠藤さんは、ドラムの音楽講師をしつつ、イタリアンレストランでも働く、多才な女性だ。勉強家の彼女は「イタリアンの店で働いて、食と文化、国民性が密接に結びついているとよくわかりました。イタリアについても、もっと深く学んでいきたい」と謙虚に話した。「サーバー」歴は7年。
顧客一人一人に合わせた、心地よい雰囲気を共有できるサービスが目標とのことで、明るく楽しく元気な中にも、インテリジェンスを感じるパフォーマンスを行った。
・自分の接客スタイルを持った店が、繁盛店として勝ち残る。
デモンストレーション審査の後は、投票と休憩をはさんで、審査結果が出るまで、4人の審査員による、「サーバーで世に立つ」をテーマにした、パネルディスカッションが行われた。コーディネーターは安田理事。
新川氏はサービスの極意について、「100点か0点かという基準で考えてはダメ。人が変わるとサービスが変わる店ではなく、全員で40点平均の店ならば、まず45点を取れるようにお互いの意識を高めていくことが必要」と強調。ファイナリストの5人については、「いい環境で働いているように感じる。店長やチーフがサービスの勘どころを押さえていないと、それ以上の人も出てこない」と、サービス向上はリーダーを中心に、店全体で取り組むべき課題との考えを示した。
それに対して大嶋氏は熱血漢らしく、「接客という与える行為によって、人間力が磨かれ、魅力が生まれてくる。自分なりの接客のスタイルを確立して、輝いている人が増えれば、外食で働きたい人も増える」と力を込めた。大嶋氏は、接客には自己啓発的な意味合いがあることを訴えた。
慎太郎ママは、「お店に出ているとつらいことが9割8分で、楽しいことはほんの1つ2つかもしれないけれど、絶対にあきらめないで」と、暖かく「サーバー」たちにエールを送った。何でも、ニューヨークに営業に行って店を空けている間に、売り上げが下がってしまったそうで、「サーバーたるもの、いつまでも現場に立ち続けることが必要。店も人も本当になまものだと痛感しました」と、これだけの繁盛店の経営者から反省の弁も出た。
アメリカで幼少期を過ごした鮎河さんは、「アメリカではチップがあるので、サーバーはチップのために頑張って、自分をアピールする面もある。お客さんもどのサーバーでもいいというのではない」と指摘。また、日本のレストランで印象に残ったサービスとして、化粧室の場所まで店員にエスコートしてもらい、また席に戻る時も付き添ってくれた店があったことを紹介した。その店では化粧室にハンドクリームが置いてあったそうで、冬の手がかさつく季節にはありがたかったとのこと。ちなみにその店とは、「カシータ」であった。
サービスの品質を上げるのは、店員たちのモチベーションの高さであり、「サーバー」は自分の接客スタイルを持ってもっとアピールし、しかもアピールを持続すべきであるというのが、4人のパネルディスカッションの総意となるオピニオンであるようだ。
・外食産業の明日を担う人材を発掘する「S1グランプリ」
審査は、好感度、清潔感、感動、ユニークさ、信頼感の5項目をポイントとし、最終的に、また逢いたいかどうかが重要な基準となった。
審査中の審査員
そして、先述したように、佐々木さんが優勝と決まった。
佐々木さん、優勝発表の瞬間
審査委員長の新川氏は総評で、「優勝者はサービスに人間が入っている。すばらしい」と感嘆。佐々木さんと、新川氏が1位に推した丸田さんは、同じ札幌のタスコシステムが経営する店の店員であるのだが、北海道のレベルの高さには驚かされた。
大会終了後には、優勝した感想を佐々木さんに聞いてみた。
「パフォーマンスでは最大限に普段どおりに見せようと思いましたが、緊張せずにできました。まだ信じられないです。良かった点は、笑顔でしょうか」とのこと。笑顔は誰にも負けないという自信が感じられた。
惜しくも優勝は逃したが、新川氏に認められた丸田さんは「新川さんのことは本を読んだりして知っていましたが、面識はなかったんです。うれしいですね。これからも記憶に残るサービスをしていきたいです」と気持ちを新たにしていた。
遠藤さんは「そんなに勉強なんてしてないですよ」と謙遜しながらも、今後は英語も話せるようになりたいと、知識欲は旺盛。「他のファイナリストの方々も気さくないい人ばかりで、楽しかったです。この場に立てたことを次につなげたい」と前向きだった。
森泉さんは、一番最初のパフォーマンスだったので、緊張のあまり表現しきれなかったようで、「悔しいですね。来年はもっと自分を高めて、優勝します」と、早くも再チャレンジを胸に誓っていた。
岡上さんは、フードコートという業態で、精一杯表現できたと納得の表情。「第1次審査で100点をもらったことで、自分のやってきたことに確信が持てました。みんなのいいところを盗んで、さらに成長したいです」と語った。
特別賞の4名
なお、僅差でファイナリストから漏れた優秀者4人には、特別賞が贈られた。
受賞者は、新宿のダイニングバー「日比谷Bar新宿2号店」(東京都新宿区)の小林俊郎さん(30歳)。銀座の創作和食「かまくら銀座店」(東京都中央区)の伊倉広治さん(27歳)。新宿のビアレストラン「ビリーバルゥーズビアバー新宿店」(東京都新宿区)の本間陽子さん(23歳)。銀座のダイニングレストラン「迷宮の国のアリス」の金井里枝さん(23歳)。
ファイナリストと特別賞の9人のプロフィールを見ると、札幌・タスコシステムの佐々木さん、丸田さんが目立つのはもちろんであるが、「かまくら銀座店」が森泉さんと伊倉さんを輩出したのが目につく。また、銀座からはユニークなメイド服で接客する金井さんも特別賞を受賞しており、レベルの高さがうかがえる。特別賞の2人、小林さんと本間さんは新宿の店で働いており、新宿のレベルもなかなか高い。
やはり、銀座、新宿のような大人の街は、顧客もサービスにうるさいということなのかも知れない。
いずれにしても、「サーバー」に初めて焦点を当てた「S1グランプリ」は、日本のレストランの歴史の中で、画期的な意義を持つ可能性がある。
飲食店はただ食事をする場所ではなく、人と人のコミュニケーションを促進する役割も担っている。そこを媒介する「サーバー」の大切さを、経営者も消費者も学んでいくことから、外食産業の再生が始まるのではないだろうか。
取材・執筆 長浜淳之介 2006年4月22日