・上海バンド地区に「デ・ラ・コースト」、7/7開業。
上海バンド地区の1910年代に建てられた歴史的建造物の5、6階にオープン。正面には上海を象徴する建造物やテレビ塔がそびえ、夜景が美しい観光スポットです。
指定保存建築物はそれぞれ号数で識別されており、1〜18号まであります。全て上海市が直轄管理しています。弊社が出店したのは1号といわれるビルです。
バンド地区のビルには、欧米、香港、台湾資本の高級レストランやバーが営業しています。客単価300〜500元(約4500〜6500円)。上海の大卒初任給が約3000元(約4万5000円)なので、一般の中国人の感覚からすれば、1〜2万円といったところでしょうか。
客層は、欧米人の駐在員が大半。彼らからすれば安いと感じている。最も多いのがフランス人。次にオーストラリア、イギリス、、アメリカの順。観光客も多く、全体の3分の1を占めています。国籍別には、欧米6割、香港・台湾・上海3割、日本人1割。
約150坪の面積。売上目標は、月に80万元(約1200万円)です。
初期投資は約8000万円で、内装工事費は人件費が安いので日本の3分の1くらいで収まります。ただし施工レベルは高くはありません。
売上構成比は、原価率約25%、人件費率12%、家賃12%。いわゆるFL比は、37%と日本に比べ、非常に低い。スタッフは常時12〜25人使ってますが、人件費が安く、コストがかからない。営業利益で約30%残り、早くて2年半で回収しようと思っています。
内装 Copyrights by Nacasa & Partners
屋上 Copyrights by Nacasa & Partners
・中国は人治国家。
空いているといっても、誰でも借りられる訳ではありません。私が申し込んだ時に、欧米、香港、台湾などの10社程が競合でした。しかし、窓口になってくれた中国人が日本語ペラペラで応援してくれて勝てました。
中国で儲けた利益は日本に持ち出しにくいです。しかし、香港のある銀行を使うと日本に円やドルで送金も可能です。しかし、その銀行の口座を開くのに、事業内容の説明とともに、役員全員の面接などが必要になります。全員で香港に行かなければなりません。
入居しているスペースは、元事務所でした。6階の屋上は法的には利用できなかった。しかし、使わせていただいてます。
上海市は、中国の中でも特別で省には属さず、市として独立しています。首都である北京市の直轄下にあります。従って、役所は非常に厳しく、不定期で突然、見回りにやってきます。
しかし、要所要所できちんと応対していれば、ブラックリストに載らず、規制が無制限にちかく緩くなります。人治国家なんです。
・3年前から準備。
ある資産家から上海でクラブを開きたいのでプロデュースして欲しいと言われました。当時、上海のことは全く分らず、断っていました。しかし、物件を見つけたから来てくれといわれ、何度か上海に行きました。とうとう、2005年11月にクラブをオープンすることが出来ました。たまたま、上海に以前からの仕事仲間がいたので出来たんです。
1年半ほど前に、偶然、今回のバンド地区の物件に出会いました。
上海に行く度に、日本人ビジネスマンの多さを実感していました。日経新聞の8月の記事でも、日本人が海外に仕事で赴任する先が以前はアメリカが1位だったが、最近は中国上海が1位に変わった、とありました。
日本語が店内で通用するのは、バンド地区で弊社の店1軒だけなんです。日本人も安心して来店してくれます。
4月末にオープン予定でしたが、役人が突然やって来て工事を止められたんです。真っ青になりました。役人に十分な応対をしていたつもりですが、握りきれてなかったんです。同じように止められてオープンできず撤退させられる店が沢山あります。
ビルのオーナーにお願いして、役所に再度働きかけました。バンド地区の法的なオーナーは上海市なんで、オーナーといっても完全に所有権を持っている訳ではありません。しかし、バンド地区ということもあり、オーナーはステータスのある方々です。彼らから経由で働きかけて、何とか工事再開にこぎつけました。
6月初めにようやく許可が下り、6月30日にレセプションを行いました。
集客は、フリーペーパーです。欧米人向け、中国人向け、日本人向けなど様々なフリーペーパーが上海では飛び交っています。そこに、広告を掲載しました。
法人営業もしました。でも中国系の企業に日本人が行っても話を聞いてくれません。中国人を行かせます。
「デ・ラ・コースト」は欧米人が経営しているように見せかけています。日本人の経営ということを知らせないようにしています。
内装 Copyrights by Nacasa & Partners
内装 Copyrights by Nacasa & Partners
内装 Copyrights by Nacasa & Partners
・今後は、日本企業が上海に進出するのお手伝いをしたい。
これまで消えていった日本の飲食系企業を多数見てきました。上海では、日本料理店は毎日のようにオープンしていますが、よく潰れています。当時は色々と相談を頂きましたが私の力不足で支えてあげられなかった。しかし、今ならできます。
2008年に北京オリンピック。北京から上海まで飛行機で3時間なんで、上海にも観光客がやってきます。そして、2010年には上海万博。2年ごとにいい波が来ます。これを見越して、欧米企業によるホテル建築ラッシュが起きています。
・お客が帰ると寂しくなる。
実は元セミプロのミュージシャンでもあるんです。
17才でバーでアルバイト。いまや有名なデューク更家がファッションショーのプロデューサーだった頃、彼の手伝いも少ししました。25才で大阪ミナミのクラブ「グランカフェ」のトップになり店を大成功させて人脈ができました。
30才で退職し、今のミライド・パシフィックマネジメントの前身を立ち上げました。最初は業態開発やイベントのプロデュースを行っていました。「ヤフーカフェ」の運営受託の仕事を獲ることができて、ようやく回り始めましたね。
父が建築会社を経営しており、子供の時から建築を見てきました。空間に仕掛けを考えるのが好きなんです。ミュージシャンだったんで音楽も分りますし、レストランやバーで働いていたんで酒や料理も分ります。
人に喜んでもらって、金をもらえるなんて、何て素晴らしい職業でしょう!
店が終わって、お客が帰っていくのを見るのが辛いんです。(寂しいんです。)泊まって行けよ、朝も一緒に食べようよ、美味いものを出して喜ばしてあげるから、と言いたくなってしまいます。
取材 安田 正明 2006年8月24日