ホットなレストランやブテッィク、インテリアショップが軒を連ね、ヒップなニューヨーカーが集まるトレンドスポット、ミート・パッキング・ディストリクト。通称「MPD」。文字通り、かつては精肉工場や倉庫として使われていたエリアがこの数年で様変わりし、人気は一時的なものではなく定着した感がある。
このトレンドの最先端をいく注目のエリアの中でも、さらに注目されている「Buddha
Bar」。2004年のオープン以来、流行に敏感なニューヨーカーの間で大人気のアジアンフュージョンレストランだ。週末ともなれば数週間先まで予約を取るのは難しい。今回は、そんな注目度No.1レストランの人気の秘密を探ってみたい。
・ターゲティングの成功
人気を獲得できた理由は様々あるが、全てはターゲティングの成功に集約されるのではないだろうか。この店のターゲットとは、いわゆるメトロセクシャルのイメージで、都心部に住み、高収入で流行に敏感な層。ファッション業界や金融業界のビジネスマンも多く、医者だという人もおり、全体的に社会的地位が高い人々のようにも感じた。年齢層も流行りのレストランにしては少し高めで、20代後半というよりは30中盤〜後半が中心。
そんな、要求が高いであろうターゲットのニーズを細部まで理解し、それぞれを満たす演出や工夫がされていたのである。つまり、このレストランが持っていた強みを活かせるターゲットの設定が成功したのではないだろうか。
果たして、そのターゲットのニーズとそれに対する演出・工夫はどんなものなのだろうか?
・洗練された高級感と特別感
まず、エントランスを入ると、真っ暗な中にトンネルが浮かび上がり、そのトンネル内の道の両端には黄金の仏像が立ち並んでいる。そして、正面奥には赤い照明をバックに、なんと巨大な大仏が浮かび上がっているのである。入った瞬間から、なんとも“神秘的な異次元空間”という雰囲気に驚かされ、期待感が高まった。
メインダイニングの正面奥にある、5m以上はあろうかという大仏
店内は、メインダイニングの他、バースペース、スシバー、ラウンジスペースという構成。かなり広く、合わせて200席以上はあっただろうか。全体的にかなり暗いが、倉庫らしく天井が高く広い空間のため不思議な開放感があり、大仏の周りの堀には水が流れて、さらに異次元な空間を演出していた。アジアンテイストでまとめられた店内は、イスやテーブルなどがどっしりとして大きく、テーブルの間隔も広めにとってあり高級感が感じられた。
天井が高く開放感のあるメインダイング
また、メインダイニングにあるDJブースではDJのパフォーマンスも行われ、薄暗さも手伝ってクラブのような雰囲気も漂っていた。しかし、このような演出によくありがちな必要以上の騒々しさは無く、落ち着いて話ができるくらいのボリュームだった。
メインダイングのDJブース(写真奥)
そして、少し驚いたのが、ドリンクやフードの単価。カクテルが$15前後、スシが$15前後で、メインも$30前後。味は全体的にいいものの、量を考えると割高感があった。
お通しの枝豆($5)と、オリジナルカクテル「Buddha Lemonade」奥($14)と
「Specialty Drink of Day」手前($15)
揚げたワンタン皮が香ばしく、ドレッシングが美味しかった、「Buddha Bar Chicken
Salad」手前($12)、クリーミーなスープにエビワンタンが入った「Shrimp Dumplings」奥($)
スシメニューの中でも1番人気の「Chilean Sea Bass Roll」($12)。ネタは良かったが、甘い味噌だれは合っていなかった。
来店していたニューヨーカーに話を聞いてみても、料理の評価は高く、雰囲気も非常に良いと満足気。ある40代の男性3人のグループは、高校の同級生で、毎年年に1度集まることになっており、そんな特別な夜に相応しい店を選んだと教えてくれた。
洗練された空間であるにも関わらず、席の間隔や内装など高級感を出して、落ち着きある雰囲気のため、30〜40代のターゲット層でも居心地がよく、特別な集まりやカジュアルな接待にも使えるはずである。ターゲットと用途を考えれば、多少単価が高くても問題ないのあろう。
そして、口コミによる来店が多かったのも印象深い。ターゲット層の特徴か、友人から薦められたので来てみたという人が多く、そのうちの何組かはその薦めた本人が一緒に来ていた。考えてみると、あまりガイドブックで紹介されているところを見たことがないので、口コミが多いのも当然かもしれないが、それも特別感の演出の一つと言えそうである。
・メリハリのあるフュージョンスタイル
料理で意外だったのが、メインコース。アジアンフュージョンと言っておきながら、メインコースの多くが、ヨーロピアンもしくはアメリカンスタイル。ステーキやポークチョップの文字が並んでいた。デザートはさらに顕著で、ほぼ欧米スタイルのメニューだった。しかし、メインもデザートも、味は期待通りに美味しく締めに相応しい内容。前菜はアジアンフードで始まり、スシもロール、握り、刺身まで豊富に取り揃えているが、メインは欧米料理。一つ一つが中途半端なフュージョン料理ではなく、ある意味メリハリが利いている。これが、ニューヨーカーの期待を裏切らず、受け入れられやすいフュージョンスタイルなのではないだろうか。
メインコースより「Lamb Chops」($35) ソースはハーブ系。
デザートより「Lemongrass Creme Brulee」($10)。焦がしたカラメルこそほんのりレモングラス風味だったが、他はいわゆるクレームブリュレ。
・MPDのパリ発アジアンフージョン
料理や内装だけでなく、立地やジャンルもターゲットニーズに適している。立地から言っても前述の通り、MPD(ミート・パッキング・ディストリクト)と呼ばれ、オシャレな大人の雰囲気が漂う落ち着いたエリア。もともと倉庫だったであろう建物は通り過ぎてしまうくらい目立たず、看板も無い。この佇まいが逆に“隠れ家的”演出に一役買っていた。
路地に入ると人通りが少なく、まさに倉庫街といった雰囲気。
見逃してしまいそうなくらい、さり気ないエントランス。
そして、アジアンフージョンは流行に敏感な層に最も注目されているジャンル。スシの人気は言うまでも無く、アジアンフードはヘルシーでオシャレというイメージが定着している。店内で話を聞いたニューヨーカーたちも、日本に興味があったり、スシや日本食が好きだと話してくれた。ただ、本格的な和食や中華料理というのもちょっと手を出しにくく、特別なディナーには違うというのが本音ではないかと思う。何でもとりあえず飛びつく若者ならともかく、このレストランのターゲット層であればなおさらだ。ニューヨークでの人気エリアMPDで、アジアンフュージョンというのが、アジアンフードの導入編として受け入れられやすかったのであろう。
しかも、“パリ発”というのも話題になっている。このレストランをプロデュースしているのは「GEORGE V
ENTERTAINMENT」という会社で、ニューヨークのこの店舗を出す前にパリで同様の店舗を成功をさせており、“パリ発”というブランドが注目される理由の一つになっているのだ。ニューヨークは流行最先端の街とは言え、同様に最先端をいく街でありながら伝統も個性的な文化も持っているパリには一目置くニューヨーカーが多いのである。
このように、強みを活かしたターゲット設定と、細かいところまでターゲットを理解したことが成功の秘密と言えそうだ。ただ、一方でサービスが悪いという声も結構聞かれた。ターゲットがターゲットだけに、やはり全てにおいて求めるレベルは高いのであろう。このターゲット層を満足させるクオリティを保ち続けられるかどうかが、今後のカギになりそうである。
【店舗情報】
「Buddha Bar NYC」
住所:25 Little West 12th Street
(Cross Street: Between 9th Avenue and Washington Street)
TEL:212-647-7314
【取材】村田麻未(むらたあさみ) 2006年10月27日
早稲田大学政治経済学部卒業後、株式会社リクルートにて人材ビジネス領域で商品企画を担当。2006年7月から夫の転勤に伴い、NY在住。趣味は、レストラン巡りと料理。英語の特訓のかたわら、おいしくエキサイティングな街NYを満喫中。