フードリンクレポート


日本食認定制度、米国に波紋。

12.29
 農水省が、海外の日本食レストランへの認証制度の導入を発表。きちんと日本食に取り組んでいる店に日本政府がお墨付きを与えることとなる。これに対する米国の反応を、ロスに住んで30年になるキムさんにレポートしてもらった。


「SanSai Japanese Grill」外観

 ロスに住んで30年になるがその間に起こったロスひいてはアメリカ全体における日本食の流行と浸透度には目を見張るものがある。

 最初はロス全体に日本食と言えば数えるほどしかなく、しかもほとんど日本人客でいっぱいだった。今ではそれぞれの商圏内で、各ブロックごとに複数のすしやがひしめき、スーパーマーケットやコンビ二ですしのテークアウトは当たり前のこととなった。一方10年ほど前から日本人以外の経営者の日本食レストランが多く目に付くようになった。

 最初は韓国人、中国人が主だったが最近はタイ、ベトナム人経営者も増え、その数は日本人経営者を大幅に超えているようだ。また日本食以外のレストランですしを出す店も増えた。たとえば人気の純アメリカンレストランチェーンHoustonでも各店舗にすしバーを増設している。(ちなみにすしを作っているのはロスではレストランのキッチン現場のマジョリティであるメキシコ人たち)

 空港などのサービス施設でも日本食は欠かせない業態であり、ほとんどのメジャーな空港ですしやうどんを食べることができるようになった。

 しかし、日本食の人気が高まるにつれ、日本出身の私などにとっては「えっこれが日本食?」とびっくりするようなものと遭遇することもある。ワシントンDCの空港ではジャパニーズと看板のあるキオスクのメニューで、すしの横になんとカルビクッパ(韓国料理)があったりする。

 そんな現状はアメリカに限らないらしい。日本食が広まるのはいいがその内容が必ずしも日本人からみて日本的でないものも多くなっていることを憂慮し、日本政府みずから日本食認定制度なるものを制定し実行し始めた。

 今月2日のロスアンジェルスタイムスの一面にその話題の記事が掲載された。少し長くなるが以下にその全体の和訳をごらんいただきたい:


1934年創立以来地元の人、観光客両方に大人気のロスの観光名所のひとつであるファーマーズマーケットという商業施設にあるフードコートのすしスタンド「Sushi a GoGo」日本人以外の経営でスタッフは東南アジア系


「Sushi a GoGo」メニュー


ビバリーヒルズの一角で、同じブロック内にすし屋1軒、日本食ファーストカジュアル2軒あるうちの韓国人経営のFCチェーン「Hana Grill」


「Hana Grill」店内は、まるでハンバーガー店

カリフォルニアロールにひどくいらいらさせられて、東京の純粋主義者は本物というレッテルを作ろうとしている。“冗談じゃない”とは地元の反応

 ウィルシャーブルバード(筆者注:ロス最大の目抜き通り)のすしやで注文したねぎとろが本物だったかどうかなど考えてみたことがあるだろうか?

 日本の政府はまさに。世界の外食人口が本物とはいえない日本食を食べているのではないかと案じる東京の役人たちは、日本政府が定める水準を満たすレストランにのみ“本物(の日本食)”という資格のスタンプを授ける官僚版ザガットガイドを作ろうとしているのだ。

 カリフォルニアではアジア料理は人種やサブカルチャーのミキサーにかけられごちゃ混ぜになっているのが現実のため、このような計画は論争のレシピとなりえる。

 同州の3000件の日本食レストランのうち日本人経営者のものは約10%にすぎず、今では多くが韓国人、中国人、ベトナム人の経営だ。地域のレストラン経営者の一部はオーナーの国籍がレストランの信憑性のリトマス検査となるのではと案じている。

「本物の日本食かどうかなんてどうやって決めるのか?」ソウル市出身でカリフォルニアロックンロールスシのオーナーであるCharles Haさんは言う。「ソースを作るところを見にくるのか?味見するのか?何を考えているのかわからない。」

 Ha氏の息子ですしシェフのJason(27歳)はもっと単刀直入だ。「(日本人は)今ではぼくら(日本人以外の経営者)が多数のすしレストランを経営しているのに嫉妬しているんだ。韓国人経営のレストランが5軒あれば日本人経営はせいぜい1軒しかないから。日本人は、日本食は私たちのものだ、といいたいのさ。」

 日本政府はフランス、イタリア、タイにおける同様なプログラムを引き合いにし、専門家の委員会を指名しプログラムと採点方法を設定するよう指示した。(採点を望むレストランだけを対象にすることもオプションのひとつとしている)

 日本の外食産業、および観光産業の代表者からなる11人の委員は今週月曜日東京で第一回の会議をしたがその結果のレポートは2月ごろになるという。

 この採点制度の提唱者である日本農林水産省大臣の松岡利勝氏は今回の会議中、ゴールの大まかなアウトラインを発表するにとどまった。目的は「人々に本物の日本食を提供すること」と松岡氏は述べた。同氏は保守的で国家主義寄りで知られている。

「(日本の外の日本食レストランで出される)料理のうち外見は日本食のようにみえても中身はそうでないものが多い。」松岡氏は述べる。

「本物の日本食を食べてもらい、(そうでないものとの)差別化をはかりたい。」Lake Forest市のOami レストランのマネージャーの船山ふさえさんは歓迎する。「ほかのレストランは日本食を出そうとしてもどうしてするのかわからないのです。」船山さんは言う。彼女の夫のさとしさんは同レストランで日本人のすし職人のチーフをしているが、「彼ら(日本人以外の職人)は何がいいもので何がよくないか区別がつかないのです」と言う。

 では何をもって本物の日本食とするのか?

 日本人が大好きで「たんぽぽ」というカルト映画の主題にまでなったラーメン (麺とスープの調合料理)は実は中華だし、もうひとつの人気食であるカレーはもともとインドのものだ。

「カレーライスは完全に私たちの文化に溶け込んでいて、日本の子供に大好きなおふくろの味は?と聞けばカレーと答える。」東京育ちのフードライターで映画プロデューサでもあるサカイソノコさんは言う。「でもそれは本当の日本食かしら?」

 太平洋のこちら側では、ぜんぜん伝統的ではないカリフォルニアロールやスパイシーツナロールを出さない日本食レストランは珍しい。南カリフォルニアでは、日本人経営のレストランでさえ、焼肉やキムチ、酢豚などの韓国料理や中華料理を出すところも多い。

 サカイさんはフュージョンキュイジーヌが当たり前になっているなかで「純粋な日本食」を定義することの難しさを認める。「でも食を尊重する文化」が大切なのでは、とサカイさんは問う。

「ファーストフードっぽい日本食レストランに行くとスシさえあれば売れるので商売をしていることがわかる。」建前としては政府の認定をもらうのにオーナーやシェフが日本人である必要はない、ということになっているが、公表された談話のなかで松岡大臣はコロラドのすしやのメニューに韓国のカルビ焼肉があったとこぼしている。

 このようなコメントはレストランオーナーのHa氏を心配にさせる。「なぜ(日本人は)そういう考えなのかわからない。アメリカの政府はアフリカや香港や韓国にあるアメリカンレストランを判定しようなどとしない。」

 対象が誰か、ということもはっきりしていない。自国の味を求める日本人観光客向けなのか? それともクランチーロールがビッグマックと同じほど日本的だとわからない無知なアメリカ人向けなのか?

「日本食に対する認識は日本生まれの日本人と地元の人とではちがう」と委員会の唯一の日本人ではないメンバーであるジニー藤さんは言う。「私は日本に来る前はカリフォルニアロールが日本食だと思っていました。またアメリカ人は日本のレストランで伝統的和菓子を出されても喜ばないと思います」藤さんはさらに言う。彼女の夫は東北の山形県で温泉旅館を経営している。

「ということは誰のためにこのプログラムを作るでしょうか?」

 日本から観光やビジネスで来る訪問者はどのレストランが本格的日本食を出しているかの指標としてありがたがるだろう、とロスアンジェルス市の観光局であるLA Inc.のキャロルマーティネスさんは言う。

「日本人は日本で修行した板前さんのいるレストランを好む。違いがわかるのです」とマーティネスさんは言う。「ロス市の売りのひとつとして本格的日本食が食べられる、ということがあるのです。」

 口の肥えた地元の人にとってもリストは役に立つかもしれないが、サンタモニカ在住で旅行しているとき以外は週に1−2回は日本食レストランに通うサカイさんにとっては政府のランキングリストの価値はその基準によるという。

 洗練された食で知られる京都の調理師教会の理事である佐竹力総氏は強行策を推している。彼によれば「(認定)制度は技、食材、味の質を厳しくチェックするべきだ。」

 基準がどれほど厳しいかは味にうるさい人にとっても東京からお墨付きの認定をもらえるかどうか気になるところだ。

 ロスダウンタウンのアート区域にあるR-23 (注: ロスでも有名なすしや)のオーナーも気にしている。Jake Sと言う名で通っているオーナーは「いいことだと思う。本格的な料理法を守って行きたいと思っているので認定されればいいことだ」と言う。

 しかし日本で修行したすし屋職人だけを採用しレインボ−ロールなどの伝統的でないものは出さない主義のJakeさんにとっても、彼の母国である日本の役人が設定する採点基準に合格するかどうか確かではない。一方彼はメニューになぜレインボーロールがないのか不満に思うお客様の対処に忙しい。

 Brea市のJason Ha氏も同感だ。彼によればアメリカの外食人口は、日本人でさえ普通日本食にあるものよりもっとスパイシーな食べ物を好む。例として、よく使われるアメリカ産ベトナム風チリソースを見せてくれた。

 いずれにしても政府の認定制度は「外食産業に影響を及ぼすだろう。日本人がこれは伝統的日本食ではない、と断定した場合アメリカ人はそれをおいしいとは思わなくなるだろう」と彼は言う。

 コリアタウン (注:ロスダウンタウンの西側に位置する巨大な地域)に位置する韓国人経営のすしや ふるさと のマネージャーのNeo Parkさんはそんな心配も気にならない。彼のレストランは韓国人、白人、ラテン系のお客様でいっぱいだからだ。

「うちのお客様は認定証ではなくいい味を求めてくるのです」とParkさんは断言した。

(以上ロスアンジェルスタイムスより)



冒頭の「SanSai Japanese Grill」店内


冒頭の「SanSai Japanese Grill」メニュー

 日本で生まれ育ち和食が大好きな筆者にとって、正直言ってロスで供される多くのいわゆるジャパニーズフードは、このようなものを食べて日本食を知ったと思ってほしくない、と言う危機感も感じる。

 しかし、日本で筆者が子供のころ(昭和40年代)食べていた「ピザパイ」や「ナポリタンスパゲティ」ははたして本物のイタリアンといえただろうか?アメリカでも昔から人気のあるピザやスパゲッティミートボールなどもイタリア人観光客が食べれば違和感を感じるのではないか?

 食も人間の文化の一部である以上、常々変化、進化するものであると思う。

 日本でも子供のころのピザパイ以来、本格的イタリアンが浸透してきたように、アメリカの日本食も淘汰され、新しいスタイルが確立されたり(それは現在の日本でも進行中のことだと思う)、また本格的なものがより理解されるようになるまでの過渡期を経ていくのではないかと思う。

 最後に日本の有名料亭やレストランで修行を積んだ本格的和食職人でアメリカ在住14年になるシェフにこの認定制度をどう思うか聞いてみた。

 彼にとっては料理が本当の日本食かどうか、ということはそれほど問題とならない、という。

 たとえばアメリカ人にも好まれる酢の物。本来は日本きゅうりの薄切りを塩もみしてから洗い、軽くしぼり甘酢などであえるが、こちらではただ切っただけのきゅうりに甘酢をかけて出すところも多い。またはすしネタのひとつでやはり人気のあるあなご。本来の調理法である、「炊いてから焼くんだけれどもそれを知らずにそのまま焼いてたれを付けて出しているかもしれない。でもアメリカにいる人にとってしゃきしゃきするきゅうりの酢の物や焼いただけのあなごもおいしいと感じられるなら、それはそれで間違っているとはいえないのでは?」

 つまり結局は、食材をきちんと丁寧に扱い、素材を生かす調理法で滋養がある、おいしいものを作ろうとする心が肝心、ということだと思う。



執筆】 Hisano Kim (金 久乃) 2006年12月27日
東京出身。UCLAで文化人類学を専攻後、シアトル、ビバリーヒルズで日本食レストラン経営を体験、またベンチャーリンクロス支社に在職中、牛角のアメリカ立ち上げを担当した。現在レストラン、フード関係のコンサルティングをしながら食の文化人類学の博士号論文も準備中。