フードリンクレポート


郷土料理のトレンドが本物志向、高齢化、旅行ブームを背景に本格化

2007.1.20
 かつての東京、大阪、名古屋など大都会にある郷土料理の店は、一部の例外を除いて、その土地の出身者が集まる、閉鎖的な空間に過ぎなかった。しかし、長く続く駅弁ブームや昨今機運が高まるスローフード運動、団塊世代をはじめとする本物志向の大人の国内旅行ブームなどを背景に、その土地とは直接かかわりのない一般の消費者が、郷土料理を楽しむように市場が変わりつつある。そのトレンドを牽引する、動きを追ってみた。


「佐藤養助商店」二味せいろ


47都道府県の郷土料理店の銀座出店を目指すエイチワイシステム

 東京・銀座界隈に全国47都道府県の郷土料理店を集結させて、地方活性化の一大拠点と成し、日本経済の発展に貢献する。

 こんなユニークかつ壮大な構想を描いて、郷土料理のトレンドを最前線で牽引しているのは、エイチワイシステムの安田久社長。

 安田社長によれば、第1ステージとして2007年中に地方活性化店13店、第2ステージとして08年中に20店、第3ステージとして09年中に30店を達成し、さらに株式上場を目指すという。

 そして、単に飲食店として個々の店のブランドを確立するだけではなく、第1ステージでは地方の特徴ある食材の流通、地方のブランド化、観光PRをも促進し、第2ステージでは旅行、地方PR、ネット通販、物販、雇用推進、教育について事業化、第3ステージではアジアや欧米にも進出して郷土料理を世界に羽ばたかせるといった、事業計画を立てて日々推進している。

 つまり単なる食のみの活性化ではなく、食を通して東京と地方の交流をダイナミックに進め、さらには世界の日本食ブームに乗って、一気に地方の食と文化、現代的に言い直せば日本のスローフードとスローライフを国際的に普及させるまで持っていくという、スケールの大きな構想である。

 1998年11月に独立開業1号店としてオープンした、国内初の監獄レストラン、六本木の「アルカトラズ」によって一躍エンタテイメント性の強いテーマレストランの旗手となった安田社長は、テレビ番組「マネーの虎」にも出演して、厳しいベンチャー企業の経営者として、お茶の間にも知られるようになった。

 しかし、昨年11月27日の「フードリンクセミナー」にご登場いただいた安田社長の講演よれば、「20代男女という流行を追う顧客層をメインターゲットとしていたため、新しいデザインの面白い店ができると、どうしてもそちらに流れてしまう。リピーターが取れる性格の店でもなく、また、どうしても飲食業界の常として、似たような店を出す大手の業者が出てきたので、売り上げが取れなくなり、4年前にかなり厳しい情勢になってきた。そこで考えたのは、時代に左右されず、物まねされない、20年続く業態をつくれないかと。

 当時はデザイン、空気で人を呼ぶような店が全盛であったが、いずれそういった時代は終わる。最後はレストランの原点である食に回帰し、旨いものを出したところが勝つと考えたんです。では、旨いものはどこにあるのかと考えた時に、地方にある。おいしいものが食べられる店は何屋さんかというと、郷土料理店。これからは郷土料理店であると、思ったんです」と、なぜ郷土料理だったのか、発想を明かしている。
 

各県の食材を開発して全国への普及の拠点とする、独自の戦略

 「マネーの虎」で有名になった安田社長のもとには、多くの講演依頼が舞い込むが、たまたま秋田のJCの若手を集めた公演の際に、秋田の食材を県外にもっと売っていきたい、工芸品をもっとPRしていきたいといった声を聞き、自分に何かできることがないかと考えて、秋田の商工会有志とミーティングを重ねて、具体的な秋田郷土料理の出店につながっていく。

 2004年3月、銀座にオープンした「AKITA DAINING なまはげ」の誕生である。


きりたんぽ鍋


「AKITA DAINING なまはげ」銀座店

 この店は、秋田の商材を直接仕入れていることに特徴があり、米は当然「あきたこまち」、稲庭うどんは老舗の佐藤養助商店製の乾麺、きりたんぽはやはり老舗の佐田商店製、比内地鶏は安部養鶏場のものを使うなど素材を厳選、地酒は秋田の全43蔵の酒をそろえている。また、薬味入れの木工品などは大館市に伝わる「大館曲ワッパ」、醤油さしなどの陶芸品は大仙市の「楢岡焼」を採用している。

 メニューは、きりたんぽ鍋、稲庭うどん、比内地鶏を使ったもつ鍋、塩焼、つくね、はたはたの一夜干し、よこて焼きそば等々、秋田県内の旨いものをあれこれと出している。

 内装は、実際の秋田の築120年になる古民家を解体して移築した座敷、かまくらを思わせる個室に分かれており、いずれも郷愁を呼び起こすようなつくりになっている。

 さらに店の売りとして、男鹿半島に伝わる大晦日の厄払いの民俗行事、「なまはげ」のショーが連日行われるのが特徴で、古式に則って、鬼のような面を被り、蓑、藁靴姿の「なまはげ」が「怠け者はいないか」と奇声を上げて、荒々しく各席を回る。だいたいは、「なまはげ」に酒を振舞い、一緒に写真撮影するような流れになる。

 同じ秋田県民でも基本的に、県南はきりたんぽは食べず、県北は稲庭うどんを食べない。「かまくら」は横手市、「なまはげ」は男鹿半島の行事であって、よそには風習のないものだ。その意味では秋田県民が故郷を再発見する空間でもあるだろう。

 同店の現地食材調達に関しては、安田社長が秋田県出身であったことが、大きなプラス要素になっている。

 秋田の郷土料理シリーズとして、同社ではさらに05年2月銀座に秋田の郷土料理をより深めておばんざいを強化した「きりたんぽ」を出店、「なまはげ」と同様に1日1回転を基本に、6500円〜7000円の顧客単価が取れるといったように、順調に推移している。


「きりたんぽ」銀座店

 また、同3月には、六本木に「なまはげ」2号店を出店している。さらに、06年2月に六本木に鹿児島料理の店「黒薩摩」をオープン。こちらは六白豚という黒豚のしゃぶしゃぶや、薩摩地鶏の刺身や備長炭焼、串木野の薩摩揚げなどの郷土料理を、200種類の地焼酎とともに楽しめる趣向の店だ。

 そうした中で、「郷土料理はどうしても子育てを終えた50代以上がターゲットになってくるし、銀座と六本木のお客さんの違い、宣伝効果のある媒体の違いを痛感した」(岩佐真臣営業本部部長)とのこと。六本木はどうしても、30代くらいまでの合コンや飲み会が中心になり、じっくりとおいしい料理を味わう店に向くとは言えない。そうしたところから、同社になじみが深い街の中で、銀座に郷土料理を集結させる方針が固まっていった。

 06年9月には天草地方を中心とした熊本料理の店「あまくさ」をオープン。こちらは天草で飼われている幻の地鶏と言われる「天草大王」の水炊き、鶏刺し、溶岩焼や、栗を食べさせて育てた六白の黒豚「マロン豚」の溶岩焼、ロースハム、角煮など、あるいは日本一旨いと言われる古閑牧場の馬刺し、熊本の地焼酎、オリジナルの健康食材「シモン芋」を原料とした焼酎「天草之虎」といった、特徴ある料理が楽しめる。

 06年12月には「黒薩摩銀座総本店」をオープンしている。こちらは元々料亭だった空間をそのまま生かしてつくっており、シックな内装も魅力である。また、同年同月には稲庭うどんの老舗「佐藤養助商店」が、東京で新しく稲庭うどん専門店「銀座佐藤養助」を展開するにあたり、オペレーションを委託されている。


「黒薩摩銀座総本店」店内


「佐藤養助商店」入り口


2週間の催事で売り上げ6億円!  驚異の京王百貨店「駅弁大会」

 さて、郷土料理のトレンドの底流として、長く続く駅弁のブームが挙げられる。最近は空港の売店が“空弁” 、高速道路のサービスエリアが“速弁” を売り出して人気を博するといったように、地元の食材を使った郷土色豊かな駅弁は、ますます広がりを見せている。

 駅弁における最大のイベントは、京王百貨店新宿店で毎年1月に開催される「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」、通称「駅弁大会」で、第42回を数える今回は、1月11日〜23日まで開催中である。7階大催事場の全てと一部通常の売場をスペースをつぶして会場に充てており、半分が実演を中心とした全国47都道府県の駅弁、半分が郷土の旨いものを集結したコーナーとなっている。売り上げの比率もほぼ半々なのだという。





 同社広報によれば、売り上げは2003年に6億円を突破して以来、毎年6億円台をキープしており、今年も2週間の会期で同様の売り上げを達成しそうな勢いにあるそうだ。京王百貨店としても最大の催事である。

 実際に訪れてみると、平日の午前中から人がごった返しており、リタイアした60代以上の元気なシニア、それも男性がかなり多い。中高年からシニアの女性も半分くらいを占めるが、それにしても、シニアの男性が列を成して買い求める商品など、そうそうはない。

 これが土日ともなれば、若い人やファミリーが主流になってくるようだ。

「全国の駅弁から実演で30社50種、輸送で150種、計200種を厳選した催事になっています。いわゆる“幕の内弁当”はほとんどなく、その土地の食材、郷土料理のにおいのする、名産、特産を弁当にしたものを集めています。北海道の海産物、岩手県宮古のいちご煮、長崎の鯨かつ、鹿児島の黒豚、等々ですね。

 お客さんは20代から80代までの男女と、本当に幅広いのですが、地元出身者、その土地に旅行や出張で行ったことがある人だけでなく、行ったことがないから、あるいは行く機会がないから、その土地のおいしいものを食べてみたいという人も多いんですよ」と、京王百貨店広報担当の杉本健一氏。

 02年までは3億〜4億台であった「駅弁大会」の売り上げが、03年以降6億円台に急増した理由はよくわからないとのことであるが、団塊世代が子育てが終わって使えるお金に余裕が出てきた頃に一致するような気がする。また、京王百貨店自体が、ちょうど10年前に新宿駅南口に高島屋が進出してきた際に、中高年に強い百貨店を目指してリニューアルを敢行し、今では売り上げの7割以上を50代以上が占めるようになったといった効果も出ているようだ。


対決企画で新作駅弁を業者と共同開発。駅の売店でも同時に売り出す

 もちろん、同社駅弁チームのマーケティングが優れている点は見逃せない。毎年企画を立てて、業者とともに新作駅弁を提案している。

 今年は、「あわび」対「ふぐ」の海の高級食材対決と銘打って、岩手県の宮古駅が「磯の鮑の片想い」(2000円)という、三陸産のあわび1個をまるごとやわらかく煮込んで、厚くスライスしたものに、あわびの肝煮、数の子、三陸産のいくらも楽しめる、豪華な海の幸の弁当を提案。

 一方、福岡県の小倉駅が「ふくめし」(1800円)は、しょうが風味の炊き込みご飯の上に、新鮮な「まふぐ」の湯引き、さっとあぶった「かなとふぐ」の一夜干し、「とらふぐ」のすき身の明太子和え揚げと、3種類の調理法でふぐの味わいを楽しめる弁当を販売している。

 どちらの駅弁も、連日完売が続く人気ぶりで、駅で同時に新発売もしている。

 また、東西の有名ホテル料理長が「料理長プロデュース駅弁」で対決。今年は、横浜ロイヤルパークホテル総料理長の高橋明氏が、神奈川県大船駅の「やまゆりポーク2豚(ツートン)弁当」(980円)という、神奈川県の銘柄豚「やまゆりポーク」を使った、味噌&カレー風味と中国醤油の照り焼き風味の駅弁を開発。

 一方、ホテルプラザ神戸総料理長の鷺池史朗氏が、神戸市新神戸駅の「神戸牛100%ミンチカツ港町レストラン」(1050円)を提案。これは神戸牛のみでつくられたぜいたくなミンチカツをご飯の上に乗せた、駅弁である。

 このほかにも青函連絡船函館桟橋で売られていた弁当を復刻したり、「頑張れローカル線」シリーズと称して、今年は第2弾で福島県の会津鉄道を取り上げ、会津田島駅の「煮込みソースカツ弁当」を販売している。

「ずっと人気1位をキープしている北海道函館本線森駅の『いかめし』は、昨年の会期中6万2573個売れましたが、駅売りでは乗降客の少ないローカルな駅なので1日に10個から20個くらいしか売れないと聞いています。山形県米沢駅の『牛肉どまん中』のように駅弁対決企画から人気駅弁となって、定番となったものもありますし、地方活性化にも少しはお役に立っているかと思います」と広報の杉本氏は、控えめな中にも、「駅弁大会」の意義に関して自信をのぞかせた。


「いかめし」


「磯の鮑の片想い」(2000円)


「ふくめし」(1800円)


新潟県アンテナショップがリニューアル、郷土食の発信基地を設置

 全国の地方自治体やそれに関連する団体も、情報の発信地である東京で、郷土の物産をPRしようと、アンテナショップを設けており、その総数は都内だけで60に上るようだ。

 その中には沖縄県物産公社の「わしたショップ」のように、全国22店をチェーン展開するまでに成功しているものもあるが、多くは手探りの状況にあるように見える。


広島県のアンテナショップ


宮崎県のアンテナショップ


熊本県のアンテナショップ

 そうした中で、「表参道ヒルズ」のすぐ裏手にある、新潟県のアンテナショップ「表参道・新潟館 ネスパス」では、昨年12月にリニューアルし、1階を食に関する物販、地下1階をレストランとする、「食楽館」をオープンした。

 従来は物販を2階で新潟県が行う一方、テナントとして1階奥に新潟グランドホテルが経営する「静香庵」という新潟の食材を生かした日本料理の店が入っていたが、今回のリニューアルに際して、2階の売り場は廃止。レストランは「静香庵」が高級路線にあるのに対して、ランチで900円前後と、カジュアルに利用できる価格帯になっている。

 経営は新潟県魚沼市のゆのたにという会社が委託されて行っており、「心亭」、「俵大名」といったブランド名で、おにぎりの専門店を百貨店のインショップを中心に、30店ほどを展開してきた会社である。飲食は、魚沼市内の新潟本店に次ぐ2店目だが、かつては大和百貨店でレストランを経営していたこともある。また、webでは新潟の物産をさまざまに通販する実績を持っている。

 物販では新潟が著名な米どころなので、「こしひかり」を中心とした米、地酒、米菓を前面に出し、各種弁当、シャケ、かまぼこ、味噌、豆腐、漬物等々の新潟県産品約700アイテムを取り扱っている。

 顧客単価は1200円ほどで、1200〜1300人ほどが購入するというのだから、なかなか盛況である。

 また、レストランは63席あり、ディナーで3000〜4000円の価格帯となるようで、県人会の会合でもよく利用されるという。

 顧客層は新潟県出身者も多いが、「表参道ヒルズ」の観光客がそのまま流れてくるケースも目立つ。午後の1時から5時くらいまでが最も込むが、はとバスが表参道に回ってくるのが関係しているようだ。

 ただし、地下のレストランは立地がわかりにくいために、まだ認知が進んでいない面がある。リーズナブルにおいしい和食が食べられる場所が多くない、表参道、原宿、青山エリアでは貴重な存在であり、内装もなかなかシックなので、今後のPR戦略に期待したいところである。

 そのほか、自治体やそれに関連するアンテナショップには、有楽町にある鹿児島県の「かごしま遊楽館」、銀座にある熊本県の「銀座熊本館」、八重洲にある京都市の「京都館」、日本橋にある島根県の「にほんばし島根館」、新宿南口のサザンテラスにある広島県の「広島ゆめテラス」と宮崎県の「新宿みやざき館KONNE」、吉祥寺にある高知県の「高知屋」などがあり、多くは自治体が職員を置いて観光案内所やUターン・Iターン相談所を併設しているが、何とも暇そうであまり役に立っているようには思えない。

 また、物販と飲食も、民間企業が運営したほうが、一般に業績が上がっているようである。

「表参道・新潟館 ネスパス」の「食楽園」オープンは、立地の良さを生かして、ようやく自治体自身も民間企業の活力をてこに、郷土料理のアピールを行い始めたことを象徴するものと言えるのではないだろうか。


「食楽園」店内


食楽園 レストラン


大反響があったご当地B級グルメの祭典「B‐1グランプリ」とは

 郷土料理の発信は、地方からも盛んになっている。

 たとえば、昨年2月18日と19日の2日間、青森県八戸市の八食センターで、B級ご当地グルメの祭典「第1回B‐1グランプリ」が開催された。これは全国から集まった10品目を来場者が食べ比べて、おいしかったもの2つまでをお箸で投票するもので、一番お箸が重かった料理が優勝となる。

 参加したのは、富良野カレー(北海道富良野市)、室蘭やきとり(北海道室蘭市)、青森生姜味噌おでん(青森県青森市)、八戸せんべい汁(青森県八戸市)、横手焼きそば(秋田県横手市)、富士宮焼きそば(静岡県富士宮市)、浜焼き鯖(福井県小浜市)、とうふちくわ(鳥取県鳥取市)、小倉発祥焼きうどん(福岡県北九州市)、久留米やきとり(福岡県久留米市)で、いずれも役所ではなく、民間の地元の愛好家団体が出店したのが特徴。

 ちなみに優勝したのは、富士宮焼きそばとのことで、現在は今年6月に第2回を富士宮市でさらに20団体に規模を拡大して行うべく、準備が進んでいるという。

「B‐1グランプリ」の反響は大きく、入場者数1万7000人、マスコミ掲載実績105回、ホームページアクセス数約4万人、全国のブロガーも多数紹介するなど、郷土の安くておいしいものを全国に発信する良い機会になった。

 具体的な効果として、複数の百貨店から物産展のようなものを開催できないかと、問い合わせもあったという。

 事務局の「八戸せんべい汁研究所」今野晴夫氏によれば「全国にご当地で愛されているB級グルメ、郷土料理、名物料理はごまんとありますが、全てが注目されているわけではありません。情報発信を活動の主たる部分に据えないと、いつまでも隠れた一品、埋もれたままになってしまいます。そうした思いから、『B級ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会(通称・愛Bリーグ)』という団体を設立しました。この『愛Bリーグ』が中心となって、『B-1グランプリ』などを通して、郷土料理や名物料理を発信したい人たちのアドバイザー的な役割を果たして行きたい」と抱負を語ってくれた。

 たとえば「八戸せんべい汁研究所」は、03年11月に地元愛好家によって活動を開始し、せんべい汁提供店マップ作成、県内外での無料の振る舞い、マスコミへの情報提供などによって、八戸せんべい汁の全国ブランド化への挑戦を続けているが、その効果として、03年の調査では127軒が八戸市内を中心に30キロメートル圏でせんべい汁を提供していたのに対して、1年後の04年には155軒になり、はじめて都内でも提供する店が登場。

 今では首都圏で数軒の飲食店でせんべい汁が食せるようになり、市内のせんべい汁用のせんべいの販売量も増えているという。また、観光客の増減は不明だが、八戸に来て、せんべい汁を注文する人は増えているといったことはあるようだ。

 そうした活動をさらに効果的に行うために、ご当地B級グルメ愛好家の横のつながりを取ったところに、「B‐1」グランプリの意義があると言えよう。

 また、似たような活動に、全国5ヵ所の特徴あるやきとりの街の組合などで結成している、「全国やきとり連絡協議会」(全や連)という団体がある。加盟しているのは、北海道室蘭市、福島県福島市、埼玉県東松山市、愛媛県今治市、福岡県久留米市の団体で、どこにでもあるような一般的なやきとりではなく、たとえば埼玉県東松山市では、豚肉を使い、味噌ダレで食べるといった、特徴ある郷土料理のやきとりを共同でPRし、地域への集客増加、物産展やフードテーマパーク実現に結びつけるという趣旨で活動している。都内でサミットを開いたり、“やきとりアイドル”をCDデビューさせてやきとり普及の話題づくりをするなどの活動を行っている。昨年11月に開催された「第2回全国やきとりサミット」で、北海道美唄市と山口県長門市の新加盟を承認。今年秋に開催予定のイベント「やきとリンピックin福島」の共催などを採択した。

 実は、郷土のB級グルメが全国的に普及して、地元に観光効果をもたらした例は過去にたくさんある。福島県喜多方市の喜多方ラーメン、栃木県宇都宮市の宇都宮餃子、長崎県佐世保市の佐世保バーガー、沖縄県金武町のタコライス等々である。

 地方には東京や大阪のような大都市、ひいては全国に通用する食文化がまだまだ埋もれている。それは、大都市の人がたまたま発見してくれるのを待っているのではなくて、自ら発信してこそ、チャンスが広がるのである。


B級ご当地グルメの祭典「第1回B‐1グランプリ」


八戸せんべい汁


優勝した富士宮焼きそば


横手焼きそば


富良野カレー


とうふちくわ


全や連では、やきとりの共同PRを目指して5つの街が協議を続けている


飛騨の郷土料理「鶏ちゃん焼」をアレンジした「ねじべえ」がヒット

 かくも広がりを見せている郷土料理であるが、最後に郷土料理店を開発するにあったての成功の条件を考えてみよう。

 まず、背景を整理すると、「駅弁大会」がますます隆盛であるように、地元出身者やその土地に旅行したり出張に行った、あるいはかつて住んでいたというような、地域に何らかの縁のある人が郷土料理に興味があるのではなく、行ったことがないからこそ買ってみたいという一群の人たちがいる。

 そして、その中の多くはリタイアしてなお元気なシニア層や、子育てを終えてお金に余裕のある50代男女である。だから、団塊世代が退職を迎える今年から今後10年くらいは、確実な成長が見込めそうである。

 本物志向のミドル、シニアに対しては、郷土の一流の食材を調達する必要がある。これは、エイチワイシステムが実践しているように、地元の自治体や商工会との関係づくりを行っていかないと、なかなか一企業の利益拡大のためにはなかなか、提供してくれないものだ。

 古いと言われればそれまでだが、地元には地元の商慣習があり、東京の飲食業者同士のような軽やかなコラボレーションはまず望めない。そこは覚悟すべきである。また、エイチワイシステムの郷土料理店が、その県の地酒を全蔵元、各店でそろえているように、どこかで徹底しなければ、地元の人からも本気度が疑われる。
やるからには不退転の気持ちで望み、成功すれば大いに地元に還元できるような仕組みをつくるべきであろう。

 一方で、B級グルメなら、何か1つの料理に特化した方法も考えられる。たとえば、岐阜県飛騨地方の郷土料理に「鶏ちゃん焼」という、鶏肉と野菜の鉄板焼があるが、その専門店「ねじべえ」を、2003年に名古屋のかぶらやグループが開発し、第1号店を東京の大門に出店。今年よりインターブレインズに経営が移管されている。

 もともとは社内独立制度やFCを念頭に開発された業態であるが、店舗運営と商品づくりのノウハウをライセンスという形で販売し、開業後のオーナーはブランド維持のための鶏肉や調味料の調達については、指定の業者を通すことになるが、自己裁量できる範囲を広く取るライセンス販売という、FCより自己責任が高くなる形で、店舗を増やしてきた。

 現在は首都圏と仙台に直営3店、ライセンス店9店を出店している。「ねじべえ」を出店するための料金は、オペレーションマニュアルや商標の使用権など一式の「ライセンス料」550万円、「教育研修費」50万円、年2回のオーナー会議の実施や年間20品のサイドメニュー提供など「ブランド維持協力金」月額10万円といったもので、店舗規模20〜30坪、乗降客数3万人以上の駅前または都市人口20万人以上の地方都市繁華街が出店の条件である。

 これは「鶏ちゃん焼」という1人前580円の塩味、たれ味、味噌味の3種類の味が楽しめる絶対的なメニューがあってこそ、考案できたシステムである。鶏肉はブロイラーではあるが、独自に開発した、飼料にハーブを使い、広い敷地で運動させた特別なハーブ鶏を使っているので、美味である。

 大門店の実績では、客単価2500円前後でありながら、一般的な大衆居酒屋にはない、郷土料理という差別化された商品力で、毎年20%台の営業利益を維持している。このように低価格帯においては、何か1つの郷土の専門料理を見つけて独自のアレンジを施して、ヒット業態に育て、チェーン化することも可能なのである。


「ねじべえ」


「鶏ちゃん焼」


イタリアには自国の郷土料理を外国人に教える、学校までもがある

 郷土料理を観点を変えてスローフードという切り口で見てみると、スローフードの本場であるイタリアでは、「イタルクック」というイタリア・スローフード協会が主宰する、外国人がイタリアの郷土料理を習う学校までもがある。

 コースは年3回行われ、各12名の生徒を受け入れるが、日本人比率は3割ほどなのだという。

 授業内容は伝統料理に必要不可欠な食材を各地方から持ち運び、各州から土地に精通した現役料理人が招かれ、料理の歴史については背景に詳しいスローフード担当者からメニューの由来、食材の扱い方などについて、根源的なルーツから伝授される。

 日本から学びに来る人は、農業や漁業が盛んな地方の生まれ育った土地を愛する若い料理人や、アグリツーリズムに興味のある都会育ちの料理人が多い。

 イタリアでスローフードが盛んになった事情としては、カトリックの国では土日、祝日は休息するように教えており、都心部のスーパー、商店、レストランも閉まることが多いということもある。伝統的なスタイルでは家族が集まってお母さんの手料理を楽しむが、核家族化した現代では、郊外に出て自然と触れ合いながら、街の中心部では得られない食事を求めるのが、一般的になっているのである。

 そうした新しい食の習慣を基底に、伝統的作物をつくる生産者を守り、食材の味を正しく判断できる味覚の教育を行うといった、スローフード協会の考え方が形成されていくのだ。

 日本では24時間コンビニもファミレスも開いてはいるが、都会人がたまには郊外に出て自然と触れ合いながら、街の中心部では得られない食事を求めていることでは、同じではないかと思われる。

 しかし、郊外に行ってもしかるべき店がない、あるいは時間がない。そこで、都心部にある郷土料理店や百貨店の「駅弁大会」の出番となるのである。それが高じれば、暇とお金ができれば、実際に地方に出かけて本物の味を体験したいという人も増えるだろう。

 そして郷土料理にほれ込んで、つくってみたいと考える人も、もっと出てくるだろう。

 ただし、日本の伝統的な食、特に手本となる名店となるほど、つくり方が門外不出のものが多すぎる。それは差別化のために必要なことではあるが、一般庶民には敷居が高すぎる。本格的な普及のためには、何をどこまで公開していいものなのかが、議論されねばならないだろう。

 郷土料理のブームが世界にまで発信できているイタリアには、郷土料理を教える「イタルクック」のような学校までもがあった。

 日本版の「イタルクック」が設立され、定着した時、日本の郷土料理のトレンドはブームを越えてスタンダードへと昇華するのではないだろうか。


「イタルクック」校内


「イタルクック」授業風景


取材・執筆】 長浜淳之介 2007年1月20日