フードリンクレポート


丸の内で勝ち続ける三菱地所、銀座で閑古鳥鳴く三井不動産

2007.6.30
丸の内では「新丸ビル」がオープンし、最初の1ヶ月で約280万人を集めるなど、まちづくりを行う三菱地所の狙いどおり、街全体に活気が出てきた。一方で、銀座では三井不動産が「銀座ベルビア館」をオープンしたが、拍子抜けするほど人気のない商業施設だ。東京駅をはさんで、再開発のしのぎを削る両雄の戦果と、入居するレストランの現況を探った。


新丸ビルと丸ビル、右が新丸ビル


新丸ビルが順調に発進。オープンから1ヶ月で280万人を集客

 4月27日にオープンした「新丸の内ビルディング」(通称「新丸ビル」)が好調なスタートを切っている。

 商業施設の1年間の目標を、来場者数2000万人、売上高220億円と設定しているが、5月27日までの1カ月で約280万人を集客し、三菱地所によれば予想を上回る入りとなっているそうだ。

 また、近隣の「丸ビル」、「丸の内オアゾ」、「東京ビル TOKIA」の集客にも相乗効果をもたらしており、2002年9月に開業した「丸ビル」以来、毎年のように新しい商業施設をオープンして、話題づくりを行い、丸の内全体の集客をはかるという、三菱地所の戦略は功を奏している。

「新丸ビル」は、地上38階・地下4階、高さ約198メートルの高層ビルで、コンセプトデザインは、新英国議会ビル、マンチェスター・アート・ギャラリーなどを手掛けた、英国の建築家のマイケル・ホプキンス卿が担当した。「丸ビル」とツインタワーの景観をなし、地下ネットワークにより、天候に左右されずに東京駅と直結する、東京駅正面のランドマークである。

 用途は、店舗、事務所、駐車場などという複合ビルで、駐車場は368台を収容する。

 商業施設は地下1階から7階にあり、総店舗面積の約1万6000平方メートルは、ほぼ「丸ビル」と同規模である。総店舗数は153店。

 地下1階から4階まではショッピングゾーンで、113店ある。

 地下1階には 高級食品スーパーの「成城石井」が出店しているほか、荻窪が本店のフランス惣菜の「ル・ジャルダン・ゴロワ」、淺野正己シェフがプロデュースする3店目のベーカリー「POINT ET LIGNE」、北海道江別市にあるショップで直売する町村牧場の道外初出店・ミルクブティック「町村牧場 丸の内」などといった、食に関する気鋭のショップが並んでいて、なかなか面白い。

 1階から4階までは、バッグ、雑貨、アクセサリー、アパレルといったファッション関連の店が並ぶが、セレクトショップ「ユナイテッドアローズ 丸の内店」をはじめ、「丸ビル」に比べれば年齢層がやや高めの、大人の素敵な時間を演出するショップを充実させており、男性のショッピングニーズにも考慮している。3階にある「マルノウチボーテ」と呼ぶ、12の化粧品をはじめとするビューティー系ショップを集積したゾーンもユニークだ。


1階ショッピングゾーン


5階レストランゾーンは小規模な店が多い


7階丸の内ハウス、山本宇一氏プロデュース


立ち飲みから街のゲストハウスまで、工夫を凝らすレストラン群

 さて、5階から7階は、計40店あるレストランゾーンだが、各階ごとに違った楽しみ方ができる。

 比較的小規模な店が並んでいるのが5階で、「日本再生酒場 もつやき処い志井」のような立ち飲みの店まである。「パスタハウスAWキッチンTOKYO」は、中目黒で大評判の渡邉明シェフの3店目。「泡盛古酒と琉球料理 東京うりずん」は、沖縄県にある46軒すべての酒造所の泡盛と特製古酒をただ1店、全てそろえている。「こなから」は、湯島にあるひょうたん型の鍋がユニークなおでん屋の支店である。全般に気軽に使える、こだわった店が多い。

 6階は「丸ビル」の35階、36階ほどではないが、顧客単価6000円〜1万円前後の高級感のある店が5店並んでおり、たとえば「Salt by Luke Mangan」は、オーストラリアのスターシェフである、ルーク・マンガン氏とのコラボレートで誕生した、日本初出店のモダンオーストラリア料理の店である。

 7階は従来のレストラン・コンプレックスの発想を破って、1つのコンセプトのもとに集積した「丸の内ハウス」と呼ばれるレストランゾーンで、8店がそれぞれ独立の店でありながら、1つのラウンジ、あるいはゲストハウスとして構成されている。たとえば、飲み物のグラスを共通化しており、店内だけでなく共有部分の廊下やテラスに設けてあるテーブル席で飲んでもいい。ゲストが思い思いのスタイルで過ごすことができる。

「丸の内ハウス」のプロデュースは、表参道のカリスマカフェ「ロータス」などのオーナーである山本宇一氏。店舗は、山本氏自身の店であるスタイリッシュな空間のダイニング「SO TIRED」とラウンジダイニングの「HENRY GOOD SEVEN」、“大統領にサービスした男” こと新川義弘氏率いるヒュージの「RIGOLETTO WINE AND BAR」、女性専用バー「来夢来人」、蒸し料理専門店「MUS MUS」、蕎麦屋「ソバキチ」、洋和食「自由ヶ丘グリル」、史上最年少の28歳で3ツ星シェフとなったマッシミリアーノ・アライモ氏が日本初出店したイタリアン「il Calandrino Tokyo」といった、ユニークなショップ構成である。

 これらレストラン群は、特に5階と7階で、朝4時まで営業を行う店もあり、「東京ビル TOKIA」で一部試みたレストランの深夜営業が、さらに拡大したといった印象だ

 丸の内で働くビジネスパーソンは24万人と言われるが、深夜営業の少ない丸の内を活気づかせようという、チャレンジは興味深いところである。


丸の内ハウスのテラス


リゴレットブランド確立に向けて、ヒュージが新丸ビルに出店

 個々のレストランを見ていくと、まず7階「丸の内ハウス」に入っている「リゴレット ワイン&バー」は、目を引くところである。

 元グローバルダイニングのナンバー2で、“サービスの神様”の異名がある新川義弘氏が社長を務めるヒュージとしては、昨年4月にオープンした吉祥寺の「カフェ・リゴレット」、銀座の「ダズル」に次ぐ3店目である。

 しかし、実は「丸の内ハウス」総合プロデュースの山本宇一氏やドリンク部門を担当するキリンビールの島田新一氏とは、先に出店した2店の企画を進める前から大枠の話し合いを行っており、実際の案件としては、ヒュージとしては一番最初の店であるという。

「丸の内ハウス」の趣旨に賛同し、天井が最大で4.8メートルと、商業施設としては高かったこともあり、出店を決めた。朝4時まで深夜営業を行っている。

 禁煙のメインダイニング68席、喫煙可のサブダイニング32席、そして奥に20人くらいまでが収容できる個室があるといった構成だが、それに加えて店の外の通路側と、店の中のサブダイニングのゾーンに、立ち飲みのスペースがつくられているのが目を引く。サブダイニングの立ち飲みは、一部補助席も付いていて、ウェイティングにもなる。

 外からのぞけるオープンキッチンは、目線より低い位置に設置されているので、調理している様子がよく見える。これは顧客に、安心感を与える心理的効果を狙っての設計だ。

 エントランスがそっくりそのままワインセラーとなっていて、ワインセラーを潜り抜けて店内に入るのも新発想である。ワインはストックを含めて2000本あり、常に摂氏14度になるようにワインセラーの温度を調節している。

 ワインは1本2500円が大半を占め、1万円くらいの高級なものも置いているが、全般にリーズナブル。グラスワインは420円から飲める。また、今回、ヒュージは酒販免許も取得したので、エントランスでワインを選び、レジでビンごと購入して店内で飲むこともできる。

 料理は吉祥寺の「カフェ・リゴレット」と同じく、スパニッシュ・イタリアンで、メニューは吉祥寺の店とほぼ同じである。パスタ、ピザ、タパス、1500円のメインディッシュなどが楽しめ、夜の客単価で3500円といったところだ。

 昼は客単価1500円のプチコースになっているが、秋口から単品800円から提供できるようにし、安い人でドリンクも合わせて1000円くらいから満足できるように変えていくという。

「高級な店づくりですが、毎週来れるような気軽で安心な店を目指しています。ランチは平日で12時、土日は11時半で満席になりますし、3回転はしています。ディナーも夜8時には満席になって3回転はします。夜0時を過ぎるとメインダイニングをクローズして、サブダイニングだけで営業していますが、2時頃までは満席ですし、4時の閉店時でも6割は埋まっています。オープン景気もありますが、今のところ好調ですし、深夜営業もサラリーマン、OLからは歓迎の声が多いです」と、神山満取締役は自信を見せている。

 オープンから1ヶ月で4000万円を売り上げた。

 また、神山氏の自信の背景には、吉祥寺の「カフェ・リゴレット」が1周年を過ぎて、前年よりも倍増に迫る勢いで売り上げが伸びていることがあり、ヒュージでは今後、エリアごとにタイプの異なる「リゴレット」を出店していく方針である。9月には銀座コリドー街のニッタビルへの出店が決まっている。

 銀座2丁目「ミキモトギンザ2」にある「ダズル」は、月商3000万円のペースで順調に集客していて、木曜、金曜は予約が必要な状況という。オープン当初に比べれば、外国人の顧客比率が増えているそうだ。


「リゴレット」外観


「リゴレット」店内


蒸し料理をテーマとするユニークなレストランがオープン

 同じ「丸の内ハウス」内にある、「MUS MUS」は、世界の蒸し料理をテーマとしたユニークなレストランだ。

 こちらは、佐藤としひろ氏率いるテーブルビートの経営で、「丸の内ハウス」にある昔懐かしい場末のスナックをイメージした女性専用バー「来夢来人」と、2店が「新丸ビル」に入居している。なお佐藤氏は、恵比寿「ぶた家」のヒットによって、東京の外食に豚肉料理のブームをもたらし、さらに伝説となっているクラブ、芝浦「ゴールド」のオーナーでもあった人物である。

 蒸し料理は、野菜、肉、魚といずれの食材にもわたっているが、生産者にはこだわっている。

 たとえば野菜は、30年かけて土を改良した大分のナチュラルファーミングより、露地栽培の無農薬野菜を仕入れている。豚肉は、山形の安田畜産より仕入れた、豚の健康を配慮して育てたコラーゲン豚を使っている。

 水蒸気で加熱する、蒸すという調理法によって、肉や魚の脂肪が有害な酸化過程に進まないし、野菜のビタミン分の破壊も最小限に留めることができる。つまり、旨みを封じ込めるのに優れた調理法が、蒸し料理であるという考え方で、出店した。現状は、和食や中華、アジア料理が主流で、全般的に家庭的なメニューになっている。

 たとえば豚の角煮は、蒸すことによっていっそうやわらかくなるし、採れたての野菜をさっと蒸して自然塩を振りかけただけのサラダもおいしい。ムール貝のワイン蒸し、蒸かし芋、チマキ、小龍包、茶碗蒸し、温泉饅頭等々、蒸し料理がバラエティに富んでいることが、この店に来れば再認識させられる。そのほか、山形産ウコッケイの卵の卵ごはんは自慢のメニューだ。

 また、店内のアートディレクションは、タイの人気漫画家、ウィスット・ポンミニット氏を起用している。

 客単価は、ランチは1200円、ディナーは4000円弱といったところ。ドリンクはオーガニックワイン、割水の焼酎などに特徴ある。

 現状、ランチは主婦層を中心に常時満席状態で、夜も特に平日は7時頃からOL、サラリーマンで込み合う。深夜4時までオープンしているが、終電を過ぎれば、顧客は少なく空いているそうだ。


「MUS MUS」入口


「MUS MUS」店内


「MUS MUS」店頭に展示された蒸し料理の食材


「MUS MUS」ランチの角煮せいろ丼セット


「MUS MUS」蒸し豚わさび風味


18坪のスペースで1日平均350人を集客する日本再生酒場 

 5階レストランゾーンにある、立ち飲みの店「日本再生酒場 もつやき処い志井」の出店は、「新丸ビル」のような再開発ビルには、最も入居しそうにない業態であるだけに、衝撃的であった。

 しかも、反響は非常に大きく、比較的空いているランチ時はともかく、夜の営業が始まる4時になれば、早速顧客が入ってくる。7時頃ともなれば、連日、店の外の通路まであふれんばかりの賑わいになる。ピークは夜8時頃から10時頃で、深夜2時まで営業している。

 18坪と小さな、懐かしい昭和30年代のムードを演出した店だが、1日の平均来店者数は約350人、多い日には400人に達する。

「路面商売を中心にやってきましたので、最初は出店をお断りしていたんです。しかし、土日の夜に人がいない、丸の内を活気づけるために、5階のフロアーに個性的な店を集めたいという三菱地所の熱心なお誘いがあって、4回、5回とミーティングを重ねていきました。商店街、路面と変わらないコンセプトで、大丈夫だと判断して、出店しました」と小幡土穂店長。

 ちょうど、会社としては「東京ミッドタウン」に、商業施設初出店の「東京ハヤシライス倶楽部」出店の案件を抱えていたので、なおさら「新丸ビル」への出店には慎重になったわけだ。 

 実際この店のたたずまいは、今日の立ち飲みブームの切っ掛けとなったと言われる新宿3丁目の路地にある系列店などと、雰囲気的に全く変わらない。ただ、屋内に入っただけといった感じである。BGMはブルースを流している。

 顧客層は、丸の内で働くサラリーマン、OL、さらにカップルが中心であるが、意外に女性が多く、カウンターにずらりと女性が並ぶことも結構あるという。全体としてみれば、男女比は半々くらいだろうか。早い時間の4時から6時は、年輩者の来店が多い。

 客単価は1600円〜1700円である。

 同店や系列の店では、もつ肉は群馬県の高崎食肉センターより毎日仕入れ、鮮度の高いものを細かいところまで掃除して串にする。なので、もつ肉にありがちな臭みがないのが人気の秘訣だ。そのうえ、もつがヘルシーであるというイメージがあるのが、女性客が多い理由なのだろう。

 もつ焼きは1串130円〜、そのほかの人気メニューとして、ればテキ(430円)は臭みがなく、ゆでタン(390円)は箸で切れるくらいにやわらかい。牛胃袋刺し(430円)は、光沢があっていかにもおいしそうだ。ドリンクは、新宿ハイボール(370円)、陳年紹興貴酒(490円)、あたりがお勧めメニューだ。


「日本再生酒場」外観


「日本再生酒場」店内


「日本再生酒場」店内


「日本再生酒場」串を焼く小幡店長



トラジが銀座ベルビア館で、和風新業態の肉割烹にチャレンジ

 ところで、新築商業ビルのラッシュが続くのは、東京駅をはさんで反対側の元々の東京一の繁華街、銀座も同じである。

 4月19日、銀座2丁目の旧富士フィルム本社跡に33の個性的な店を集積して、「銀座ベルビア館」がオープンしている。三井不動産が企画・リーシングし、関連会社のららぽーとが運営する商業施設である。

 しかし、三井不動産は「東京ミッドタウン」の宣伝にばかり忙しいのか、メディアへの露出も少なく、忘れられた存在になっている。全館を通じて人通りが少なく、「東京ミッドタウン」と「新丸ビル」の陰に隠れてしまっている。


銀座ベルビア館

 レストランのフロアーは、地下1階と7〜9階にあり、計19店あって、なかなか力が入っている。

 そうした中で、7階にあるトラジの新業態店、「肉割烹 とらじ」は、従来同社が展開してきた焼肉専門店ではなく、都会の喧騒を忘れる大人の隠れ家たる、和風の牛肉料理専門店にチャレンジした意欲作である。この店には焼肉ロースターはなく、すべて調理スタッフが焼いて、顧客に提供している。

 メインはカウンターで13席あり、それに4人と6人の2つの奥座敷があって、計23席という小さな店だ。

 主たるメニューは、3種類の炭火焼ステーキで、2〜3週間熟成させた牛タン(3000円)、ジューシーなハラミであるサガリー(2500円)、サーロイン(4000円〜)。焼き上げて、カットして提供しており、柚子胡椒、洋ガラシ、ポン酢でいただく。ニンニクチップをお好みで添える。

 さらに、これまでコムタンなどのダシを取るために使われてきた、牛テールを活用したテール大根煮(1800円)、牛タンの団子汁(600円)、ミノのころも揚げ(から揚げ、1200円)、牛ほほ肉のチャーシュー(醤油煮、650円)、もつめし(牛もつのやわらか煮のぶっかけめし、700円)などといった、なかなか凝ったラインナップが並ぶ。

 これは、金信彦代表や総料理長が、牛肉の扱い方がうまい京都の料理店に出向いて、勉強した成果でもある。

 客単価は、ディナーで6000円〜7000円、ランチで1500円。

 顧客層は30代〜40代が多く、夜1回転するくらいの人の入りだ。ランチはパラパラという程度とのことで、「銀座ベルビア館」のレストランの中では、平均的な人気と言えるだろう。

 営業企画部・趙政顕ユニットマネージャーは、「個々の店の力で集客しないといけません。系列店にリーフレットを置いたり、メルマガを発行したりと、いろんな努力をしていきます」と、集客の秘策を練っている。

 なお、トラジでは、銀座・有楽町エリアで、ほかにも実験店を出店している。たとえば、昨年オープンした有楽町駅前に近い「韓国美人食 CHEFA」は、豚の焼肉を葉野菜に巻いてサムジャンという味噌を付けて食べるサムパプという料理を中心にした、女性を主たるターゲットにした店。

「美食豚源」は東京メトロ日比谷駅前にあり、“食べるエステ”がコンセプトで、コラーゲンたっぷりの上州の銘柄豚「とことん」と有機野菜を使ったしゃぶしゃぶが、メインとなっている。


「肉割烹 とらじ」カウンター


「肉割烹 とらじ」レバ刺


「肉割烹 とらじ」牛テール大根


千駄ヶ谷から移転。清水忠明シェフが銀座で正統派フレンチ開業

 2004年10月のオープン当初、従来のレストラン・コンプレックスにない高級店ばかりを集積し、話題をさらった「交詢ビル」もまた、三井不動産が企画・リーシングし、関連会社のららぽーとが運営する商業施設である。


交詢ビル

 4階と5階のレストラン街は、あまり人影を見ることもなく静かだが、これまで撤退したのは1店のみだから、案外頑張っていると言えなくもない。

 そうした中で、撤退した店とは無関係に、ほぼ居抜きの状態で同所に出店したのが、正統派フランス料理の店「銀座 ラ トゥール」である。オープンは昨年の10月だ。

 総料理長でオーナーの清水忠明氏は、パリの「ラ トゥール ダルジャン」で修業を積み独立。神楽坂「ラ トゥーエル」、千駄ヶ谷「ブルトン」のオーナーシェフを経て今日に至っている。かつて「料理の鉄人」に出演し、あの坂井宏行シェフをオマール対決で、初めて破ったほどの腕の持ち主だ。

「ラ トゥーエル」は弟子に任せ、「ブルトン」をクローズして不退転の決意での「銀座 ラ トゥール」出店であった。

「千駄ヶ谷で7年やって、7000万円の借金を返し終えた時に、国立競技場の前というフレンチには厳しい場所でしたから、改装するか、もっと良い立地に出て行くか、本当に悩みました」と語る清水氏は、実直な人柄だ。
 ちょうど、幾つかのディベロッパーから、商業施設への出店依頼が来ていた。三井不動産の勧誘は5回断ったが、6回目で「交詢ビル」の現地を見に行き、担当者に条件面を合わせると熱心に説得されて、ついに出店を決意したという。
「銀座に店を出すというのは、夢でしたからね。家賃も3倍になりますし、60坪の店は少し荷が重いとも思いましたが、集客が見込める場所です。客単価も高いので、1店に全力を注げば大丈夫と考えました。2店を見るのは、集中できませんし、とても無理ですので、千駄ヶ谷は閉めたんです」。

「ブルトン」では、パンを年間2500万円売っていたが、全盛時の4000万円に比べれば大きく落ち込んでいた。優秀なパン職人が退店した影響が出ていた。そこで、銀座の新店「銀座 ラ トゥール」では、パンの製造販売を止めて、食材の一切を見直すことにした。

 たとえば魚介類は以前は業者に一括で任せていたが、今は毎朝、清水氏が自ら築地市場まで足を運んで、自分の目で見て購入している。また、肉も、牛肉は岩手県の牧場まで直接出向いて肉質を確認し、前沢牛を仕入れている。豚肉は同じ岩手県のプラチナポークを仕入れている。野菜・果物も、産地、築地市場で、自分の目で確かめて購入している。

 ランチは4500円〜、ディナー1万2500円〜で、いずれも3つのコースがある。奇をてらうことがないオーソドックスなフレンチが味わえる。

「どの商業施設も好調を維持するのは難しい。30年のシェフ人生の集大成として、1人1人のお客さんの信頼を得て、リピートにつなげていけばと思っています。手ごたえはありますよ」と、清水氏は力強く言葉を結んだ。


「銀座 ラ トゥール」外観


「銀座 ラ トゥール」店内


「銀座 ラ トゥール」ヴェルヴェーヌの香るイベリコ豚のジャンボンド パリとメロンカクテル


「銀座 ラ トゥール」オーナーシェフの清水総料理長


他所で成功しても、銀座で直ちに成功できるわけではない

 東京駅の丸の内口側を根城とする三菱地所、銀座の再開発に1枚かんでいる三井不動産。この両社は、現状における日本の商業施設づくり、リーシング能力ではトップを争う2社であるが、こと東京駅の両サイドで比較した場合、三菱地所の圧勝である。

 三井不動産は社運をかけたプロジェクトである「東京ミッドタウン」に人員を集中させているために、他の物件がどうも疎かになっているようなのである。

「ららぽーと横浜」、「ららぽーと豊洲」あたりに店舗が入居している会社の関係者からも「東京ミッドタウンのことで頭が一杯で、何もしてくれない」という、不満の声が聞こえてくる。

 ましてや、小規模でイベントスペースもない「交詢ビル」や「銀座ベルビア館」に対しては、投資効率を考えても、あまり宣伝費はかけられないということなのだろう。

「交詢ビル」に京都・祇園に本店がある「祇をん八た」を出店しているカランドの川村裕文社長は、「大阪の六覺燈さんにしろ、福岡のたらふくまんまさんにしろ、京都のよねむらさんにしろ、地方に1軒だけあって東京の交詢ビルに出店していると、イニシャルコスト、ランニングコストが異常なほどかかるんですよ。六覺燈さんはご主人が奥さんと別居生活して頑張っているし、たらふくまんまさんは九州からスタッフを連れてきているから、もう命がけですよ。よほど売り上げないとペイしませんが、全般にどの店も初年度よりは売り上げは落ちています。厳しい現状にありますね」と、状況を語った。

「交詢ビル」のレストラン14店の中でも、地方からの進出組みは順調な店が多い。その順調な店舗群にして厳しいというのだから、相当どの店も厳しくなっていることには違いないだろう。

「祇をん八た」の場合もランチ(コース4390円)はともかく、夜の集客にもうひと伸びがほしいところだ。しかし、夜の客単価2〜3万円以上のクラスとなると、銀座には創業100年の格式高い老舗なども多々あり、そこに食い込んでいくには、キャリアを積み上げていかなくてはならない。今が踏ん張りどころである。

「ウチは名古屋にも店舗がありますし、デザインの仕事もありますから、お店を維持していけるんですよ」と川村社長。

 その川村社長が、デザインのプロデュースを行った、2つの商業施設でも、明暗が分かれている。

 東京駅八重洲口北口地下で、2004年9月にオープンした、庶民的な飲食店12店を集積する「黒塀横丁」は、全般にどの店も活気があり、ジリジリと売り上げが上がっている。ドリンクの指数も高いので利益率も高く、1階の「キッチンストリート」、2階の「ほろよい通り」に比べても、好調な施設だ。


「黒塀横丁」

 一方で、その「黒塀横丁」で実績のある4店、焼鳥「繁乃井」、おでん「羅かん」、家庭料理「為御奈」、串揚げ「串はん」に加えて、白金の関西風お好み焼「楽甚」、初出店のビアハウス「BEER 7:3」の計6店が、「銀座ベルビア館」地下1階に集積して「銀座六景」という店名で出店しているが、全般に満席には程遠く、1回転もしていないのではないかと推測される。


「銀座ベルビア館」地下1階「銀座六景」


「銀座六景」看板


銀座の商業施設に入居した店の集客は、自助努力で行う

「ユーザーが新規開店に踊らされなくなったのではないでしょうか」と川村社長は事態を分析するが、それだけとも思えない。1階のバールとカフェの中間のような「銀座バール・デルソーエドゥエ」が、結構はやっていることを思えば、地下に降りていく立地がわかりにくいとか、宣伝が行き届いていないということがあるに相違ない。

「銀座ベルビア館」は、すぐ向かいの「プランタン銀座」が結構賑わっているのに対して、本当に閑散としている。ブティックやインテリアの店にしても、何度行っても顧客が入っている気配が全くないのである。

 レストランはそれに比べればかなりマシとも言えるが、主婦が来ないので、ランチが全般に弱い。そうした中で、鉄板焼きフレンチ「アヒル」、ニュージーランド料理「アロッサ」あたりは、順調なスタートのように見える。

 9階を独占しているひらまつのコンランレストラン「アイコニック」も、ひらまつがウェディングなどのパーティー需要を熟知しているので、ビルの集客力とは関係なく、独自ルートで集客できるのであろう。

 ところで三井不動産といえば、日本橋に2004年3月にオープンした「コレド日本橋」もあるので、ちょっと夜9時頃にのぞいてみた。

 こちらは、4階がレストランフロアーとなっていて13店あるが、人通りこそあまりないものの、店内はまずまず混んでいて、意外にも全般に順調のようだ。

 やはり、駅前の強みと、オフィスも含んだ複合ビルの中にある施設で、オフィスに勤めている人たちにとって利便性が高いので、オープン景気が去っても集客できているということなのか。

「コレド日本橋」も、そんなに宣伝に力を入れているわけではないのだろうが、立地の良さで人が集まっているのだ。


コレド日本橋

 三井不動産は秋にも、東京駅八重洲口のツインタワー竣工を控えているが、おそらくそれほど宣伝しなくても、レストランはおおむね、駅前立地の良さと、オフィスで働く人の需要を満たして、成功してしまうのではないかと思われる。

 それにしても昨年秋の「ラゾーナ川崎プラザ」の大ヒットに始まり、豊洲、柏の葉、横浜と3つの「ららぽーと」、「東京ミッドタウン」、「銀座ベルビア館」、そして東京駅八重洲口が続々開業と、怒涛の進撃を続ける三井不動産であるが、「東京ミッドタウン」以外の施設には、ほとんど興味がないとみて良さそうだ。

 今後も、商業施設の企画とリーシングは真剣にやるが、できてしまえば集客に関する施策はほとんど行われず、各施設が家賃収入の入金マシンになることは確実であろう。その利益は自社の社員と新規開発と、「東京ミッドタウン」の集客には還元されるが、その他の施設とそこに入居するテナントには、あまり還元されないだろう。

 それでも、立地に恵まれた「ラゾーナ川崎プラザ」のような施設では、テナントは集客の心配をする必要はないのではないか。「ららぽーと」ほどの規模ともなれば、イベントも頻繁に行われるので、その効果もあるだろう。

 それに対して、「交詢ビル」、「銀座ベルビア館」のような銀座の中小規模の商業施設では、今後の新規開発も、集客には苦戦すると見込まれる。従って、テナントで入るレストランは、銀座に出店するという夢からは、オープンとともに覚めて、自助努力を重ねるしかなくなるのである。よほど強い固定客を握っていない限り、テナントにとって厳しい環境が続くであろう。




【取材・執筆】 長浜淳之介 2007年6月30日