・ランチが1000円以下のデイリーに使える飲食店を集積する
創業41年の名物料理を提供する庶民派グルメの店もあれば、フラッとついつい会社帰りに立ち寄ってしまう店もある。世界各国の家庭料理や、日本の郷土料理が手頃な値段で楽しめる。
そうした路地の雰囲気を持った、新感覚のレストランコンプレックス「クニギワ」が、8月24日、東京・丸の内の東京メトロ有楽町線・有楽町駅前にある、帝国劇場と一体となった国際ビルの地下1階に誕生した。
帝国劇場が入る国際ビル
国際ビル入口
正確には以前から入居していた店、6月頃からオープンしていた店もあるので、一斉オープンというわけではないのだが、全28店のごく一部を残して24日までには、ほぼすべての店が開店。
24日午後6時より、アーティスト・浜崎健氏によるお茶会パフォーマンス、ラテンバンド「ポコピューモッソ」の生ライブなどを盛り込んだ、入場無料のオープニングイベント「クニギワ祭り」を開催して門出を祝った。
「クニギワ」は、丸ビル、新丸ビルなどの建て替えをはじめ、丸の内エリア一帯の再開発を進める三菱地所が手がけた事業。企画プロデュースはカフェを中心にした大阪・南船場の活性化に実績を持ち、丸の内でも「東京ビル TOKIA」で鹿児島料理と焼酎の店「鹿児島 かのやきよし」、丸ビルの斜め向かいにある丸の内仲通りビルで「カフェ ガーブ」を成功させている、バルニバービ社長の佐藤裕久氏が担当した。
「カフェガープ」丸の内
「かのやきよし」
「バルニバービの佐藤氏との話し合いの中で、昔の丸の内のビルにあった“界隈”がなくなってきたとの指摘がありました。最近の丸の内は以前のオフィス機能に特化した街から脱却し、多様性を擁する街へと変貌を遂げています。実際に続々とブランドショップやおしゃれなレストランがオープンしており、観光客を含めて各方面からさまざまなお客様の来訪があります。
しかしもう一方で、丸の内で働くオフィスワーカーが、日々気軽に行けるゾーンも必要なんです。お昼を1000円以下で食べられる店を、もう少しゾーンとして街の中につくれないかという思いもありました」と、三菱地所SC営業部主事・桑久保達也氏は、「クニギワ」の狙いを語った。
・丸の内のオフィスワーカーがポケットマネーで寛げる場所
確かに、三菱地所は、「丸の内オアゾ」の地下1階にカジュアルな飲食店を集めたり、「東京ビル TOKIA」の地下1階ではお好み焼き、うどん、立ち飲みといった大阪の庶民の味に焦点を当てる、新丸ビル5階レストランフロアーでは、立ち飲みの「日本再生酒場 もつやき処 い志井」を入居させるなど小規模の店を並べて路地感を出す、新丸ビル7階「丸の内ハウス」の女性専用バー「来夢来人」の周辺で場末の演出を行う、といったような形で、路地や界隈といった要素も大切にしており、具体的な形にして、賑わいを創出してきた。
また、大手町ビル地下2階でも、ここ数年で、新しく普段使いできるタイプの飲食店舗を7、8店オープンさせるなど、建て替えていない既存のビルも、街全体のバランスを見ながら、活性化を行っている。
「クニギワ」の企画は、そうした流れを踏まえて、新規15店、元々あった13店の28店を一括して、はじめてビルの中に路地をつくることをテーマに、本格的に展開したレストランコンプレックスだとも言える。
香港料理、スペインバル、韓国料理、中南米バル、北海道や沖縄の食材を使った店などが、せいぜい30席くらいまでの、店主、店員の顔が見える規模で並んでいて、その国、地域の食文化、音楽に触れられるのが大きな特徴。
フードコートでも、テーマパークでも、屋台村でもない、新しい形の行きつけにしたいショップの集積を目指した。
かの「マクドナルド」も、今回を機に、内装のリニューアルを行った。
リニューアルしたマクドナルド
佐藤一郎氏を起用した総合環境デザインは、共用部の廊下のところどころにポイントとして、中東のタイルをはめこんだスペースを作ってみたり、土色の壁を採用するなど、東西文化の十字路と言われるトルコのイスタンブールの市場感をヒントに、シンプルながらもインパクトある空間の構築を実現している。
ランチでは1000円を切る値段のメニューを出す店も多く、丸の内で働く24万人の人たちにとって、アフター5も含めて、ポケットマネーで楽しめて、心のオアシスになるような場所となることが期待される。
・伝統と最新が混じり合う「市」の感覚をプロデュース
「クニギワ」のプロデュースにあたった、佐藤裕久氏は路地創出の発想を次のように述べている。
「帝国劇場のお客さんもいらっしゃる由緒正しい国際ビルですが、国際を“クニギワ”と読み直すことで、今までと違った世界が見えてきた。国際とはインターナショナルであり、インターナショナルな交易は国と国の際となる場所で行われてきた歴史があります。そこで文化が融合して、新しい文化が創造される。かつてヨーロッパの人たちはスパイスを求めて、遠く海を越えて東洋に航海しましたが、東洋と西洋が出逢うことで、たとえば中国からイギリスに、紅茶を飲む文化がもたらされました。
そうした人と人が往来し、昔ながらの伝統と、最も新しい試みとが混じり合う、世界中の『市』に共通する路地裏のこっそり感、出逢う喜びが、“クニギワ”に込めた思いです」。
そして、路地裏には、肩書きも関係なく万人がワイワイと騒げる場所があったり、人生の達人のような名物おやじがいたりするものだが、かつての丸の内にも存在した路地裏のシンボルでもあり、個店の良さでもあったものが、オフィスばかりが目立つ今の丸の内には失われてしまったと、佐藤氏は指摘する。「クニギワ」は、かつてあった良きものを復権させるプロジェクトでもあるのだ。
佐藤氏は国際ビルが、無機的で冷たいイメージの街に見られがちな丸の内の中にありながら、庶民的でハイタッチな有楽町や新橋に隣接する、際の位置にあることに注目している。千代田区にあっても、中央区、港区は目と鼻の先で、異なった文化が混じりやすい地理的メリットがあるというわけだ。
「クニギワ」通路
宣伝のために、「クニギワ瓦版」なる無料の小冊子も作成し、丸の内、有楽町、大手町一帯に8万部を配布。「クニギワ」のコンセプト浸透と各店の紹介が主な内容であるが、既に開いた店は、近隣の顧客を集めて、ランチ2回転、ディナー1回転くらいはしている模様で、宣伝効果は表れているようだ。
なお、「クニギワ瓦版」の19ページ目には「クニギワ」の使い方が掲載されている。
一、 仲間とワイワイ騒ぎたい気分のとき。
一、 田舎の母さんの手料理が恋しくなったとき。
一、 クニギワの名物おやじに愚痴を聞いてほしいとき。
一、 不覚にも帰りギワにつかまったとき。
一、 有名シェフのグランメゾンに飽きたとき。
などと、全部で21項目。
一、1回目のデートは丸ビルで、3回目以降はクニギワで。
というのもある。
そして、最後は、
一、 丸の内の界隈をキワめたいとき
とあるあたり、佐藤氏の「クニギワ」に込めた思いが凝縮されている感があ
る。
・施設のロビーラウンジ機能を担う、バルテリア「クルバ」
さて、佐藤氏率いるバルニバービは、「クニギワ」に、「curva(クルバ)」という、店を24日にオープンさせた。
「curva(クルバ)」外観
これは「バルテリア」と称する新業態で、カフェテリアのような感覚で日常的に使ってもらえる店を目指すが、コーヒーをはじめとするソフトドリンクは提供せず、基本的にお酒がメインのバーである。それで、バルテリアなのだそうだ。
クルバとは、スペイン語でカーブを指すが、“みんなが来る場”といったニューアンスも一方で含んでいる。このあたりの言葉遊びのセンスは、佐藤氏独特でもある。
女体をイメージした曲線美を誇るテーブルと、カウンターの後ろでピンク色に光る照明が官能的な、目を引くデザインである。
「クルバ」店内
「クルバ」店内
「クルバ」のポジショニングは、佐藤氏によれば単なる飲み屋ではなく、「クニギワ」のコンシェルジュ機能を果たすべき場所である。たとえば、どこの店に行けば今日の目的、気分に合った食事ができるのかをアドバイスしたり、何時までオープンしているかなどインフォメーションに活用してもらう。
あるいは、ホテルのロビーラウンジのような感覚で、「クルバ」で待ち合わせて、まず1杯飲んで、別の店に行くというようなロビーとして使ってもらうことを想定している。席数は50席。
ドリンクはビール(630円)からあり、グラスワイン、シャンパン、各種カクテル、焼酎、梅酒などがリーズナブルに飲める。
フードはピッツァ(800円)をはじめ、ホットドッグ、スモークチーズ、アイスクリームなど、お酒に合わせる軽食のメニューである。
また、同店はランチタイムにはカレーショップになる。
銀座8丁目で20年間カレー一筋で営業を続け、先ごろ閉店したカレーショップのレシピを基にして、トマトがざっくりと入った「プロバンスカレー」(780円)をメインに提供。
「プロバンスカレー」(780円)
チーズ入りの「イタリアーノ」、ソーセージ入りの「アメリカーノ」(いずれも830円)、両方が入った「ミックス」(880円)とトッピングでバリエーションを付ける。
・沖縄料理を接点として、人の交流と文化の発信を目指す店
「クニギワ」に入居する店舗もまた、多士済々である。
沖縄料理の「琉球酒館 伽楽可楽 有楽里」は、大阪と沖縄の那覇に沖縄料理店を展開する、マナ・イニシアチヴの3店目の店で、東京は初出店となる。オープンは今年7月12日。
「伽楽可楽 有楽里」外観
店長として切り盛りする同社取締役・勝元忠氏は、佐藤裕久氏とは大阪で和食の板前をしていた時に知り合って以来、15年来の友人だそうだ。。
勝元氏は14歳でサーフィンを始め、波を求めて房総、四国、九州を、現地の旅館の板前などで働きながら渡り歩き、海外もアメリカのカリフォルニア、ハワイに住んだ経験があるという、根っから海を愛する男である。
そして、大阪に戻って音楽関係の仕事に就いていたが、マナ・イニシアチヴの親会社に当たるコンピュータソフトの開発会社のヤマトより、沖縄事業の一環として丸の内に出店する計画があるので、やる気があるなら任せると打診があり、快諾した勝元氏は、店の開店とともに東京にやってきた。
ヤマトは沖縄の精神文化に深く感化されている会社で、現地のパワースポットを巡ったり、雑誌社と仲が良かったりするが、具体的な事業として、飲食店のみならず、酒屋を経営したり、演劇学校をつくったり、音楽関係の会社を立ち上げてCDをプレスしたりしている。
一方の勝元氏は、実は沖縄に行ったことがなかったのだが、実際に訪問してみるとハワイとよく似た人情があり、昔からの知り合いのように現地の人と溶け込めたという。
伽楽可楽 有楽里」店内
伽楽可楽 有楽里」
「琉球酒館 伽楽可楽 有楽里」は、勝元氏の個人店のような形で運営されており、メニューは板前としての経験を踏まえて、沖縄の代表料理である、ゴーヤーチャンプルー(850円)、ラフテー(900円)、てびちぃ(800円)、沖縄そば、豆腐ようなどを展開。
ドリンクはオリオンビールはもちろん、古酒(クース)を含め目利きが厳選した約50種類の泡盛が楽しめる。
厳選の泡盛
夜の単価は3800円ほど、ランチは800円〜900円で4種類の定食がある。
壁面の龍の焼き物、スピリッチュアルな石の絵、卓球台を使ったダイニングテーブル、琉球ガラスのアートと、内装、インテリアも工夫が凝らしてある。
席数は約40席。現状は、昼2回転弱、夜1回転くらいと、順調なスタートを切っている。
「料理を提供するだけなら、今までと変わらないし、面白くありません。この店では人とのつながりを大事にして、環境のこと、沖縄の音楽に限らずいろんな音楽のライブなど、さまざまに情報を発信していきたい。別に落語会をやってもいいじゃないかとも思っています」と勝元氏はとてもパワフルだ。
店を拠点とした情報発信を考えているあたりが、「クニギワ」的だと言えるだろう。
・トルコ人が起業した青山の南トルコ家庭料理が2号店を出店
「クニギワ」的と言えば、南トルコの家庭料理を提供する「トプカプ」も忘れてはいけない店だ。
「トプカプ」外観
「トプカプ」店内
トルコ料理は、フランス料理、中国料理と並んで世界三大料理に挙げられるほどの美味であり、トルコ自体がヨーロッパとアジアの両大陸にまたがる、両洋の文化が融合したした国だ。
店主のトプカプダイニング社長、バスマジェ・ユナール氏は、南トルコの地中海沿岸アダナという食い倒れの街の出身で、ニューヨーク留学中に日本人の今の奥さんと出会い、帰国の際にあとを追って、大学を辞めて来日して結婚したという経歴を持つ。
日本ではなかなかトルコ料理を食せない不満を抱いていたユナール氏は、母の味の記憶をもとに、自分でトルコ料理を研究。ある日、トルコの実家で煮込み料理をつくっていた時に、味見をした母より「あなたの料理は私を超えた」と言ってもらったのをきっかけに、レストラン開業を決意。1993年、北青山に「トプカプ」をオープンした。
そして、三菱地所からの熱心な勧誘と、「クニギワ」のデザインがイスタンブールの街を参考にしたことに関心を持ち、2号店出店に踏み切った。8月24日のオープンである。
「南トルコの料理はスパイスをたくさん使いますが、辛くはないです。かしこまったレストランというよりは、家庭料理を大切にして、ビールやワインに良く合うメニューをたくさん提供していきたいですね」とユナール氏。
内装はそれほど凝っていないが、天井を見上げればトルコのランプがたくさん釣り下がっていて、見ていて飽きない。
人気メニューは、上品な味わいの3種ケバブの盛り合わせ、熱々の自家製トルコパンと一緒に食べるメゼ(野菜や豆のオードブル)などで、夜の単価は5000円を想定している。また、日替わりランチは880円である。
「トプカプ」天井のランプ
3種ケバブの盛り合わせ
秋葉原や六本木でドネルケバブがヒットしていることからも、トルコ料理の人気は日本でも高まっている。現地トルコの料理を伝承し、東京人の味覚を熟知するユナール氏だけに期待は大きい。
そのほかも、国際ビルが41年前にできて以来続く店で、名物「南蛮焼き」で著名な「福津留」の高橋進氏こそ、「クニギワ」の名物おやじと言われる人。
6月に新しくオープンした十勝料理「とかちの…」は、北海道十勝地方の食材をふんだんに使った店で、これが1号店。16人の出資者を集め、LLPで運営されているのも新しい。
・おしゃれなダイニングで上質な路地を演出するのは難しい
「クニギワ」のビルに路地を生み出すチャレンジを見てきたが、東京駅八重洲北口の飲食ゾーンで好評を博している「黒塀横丁」も、気軽に立ち寄って飲める12店を集積して、先駆的な試みと言えるのではないかと思う。
また、新橋駅前の昭和46年に建ったニュー新橋ビルは、戦後の闇市発祥の店が数多く残る、路地裏の雰囲気を色濃く残したビルだが、新しく地下の飲食街に、「ゴーゴーカレー」が出店したり、ワンコインランチと缶詰バー「肉屋のどんぶりかんじょう」のような新業態店ができるなど、混沌とした同ビルの魅力が再評価されつつある。その流れは、駅の反対側の新橋駅前ビルにも及ぶ兆しが見えてきている。
再度注目を集める路地裏感たっぷりの新橋駅前ビル
ニュー新橋ビルに新規開店したゴーゴーカレー
ニュー新橋ビルの新橋缶詰Bar
しかし、同様の試みが常に成功してきたわけではない。
たとえば、福岡市の中心部、天神と中洲の中間にある、古い建物の飲食街が残る春吉地区に、2005年11月にオープンした「ジャスマック酒肴小路・博多」は、18店を集めた、地下1階、1階、2階と3層ある新築のレストランコンプレックスで、複合した建物の間に3メートルほどの小道を十字のような形でつくって、路地裏感を表現しようとしたものだが、それほど集客が上がったわけでなく、現在店舗の入れ替えのため、2階の1店舗のスペースが空いている。
成功すれば同種の施設を全国展開しようとしていたジャスマックなのだが、第2号の施設がいまだにできていない。
ジャスマック酒肴小路・博多
これは、「Chanko Dining 若」、「くろひつじ」、「ガンボ・アンド・オイスターバー」など、東京でも著名なダイニングをはじめ、おしゃれで30歳前後のカップルやOL向けのやや料金も高い店ばかりを集めたために、わざわざ目的を持って行く場所になってしまい、路地裏を歩いて店を探す楽しみとは無縁な場所となっているのが誤算となった模様だ。
いわゆる庶民がデイリーに使う店ではなく、おしゃれなダイニングの集積で路地裏感を出そうとしても、うまくいかないということだ。
だが、いずれにしても、観光客ばかりで成り立っているわけではない1つの街の中で、オフィスワーカーや地域住民にとって、デイリーに使える店がむしろ主流になっていかない限り、そこから本当の活力や文化は生まれてこないに違いない。
その意味で、街に路地を創出する「クニギワ」の試みは、非常に意義深いものではないだろうか。