・ベルギー、イスラエルでユダヤ商法を学ぶ
石田氏はダイヤモンド商の家庭に生まれた。日本でのダイヤモンドの自由化は1960年。以前は特権階級や外交官だけのものであった。
彼の父は日本におけるダイヤモンド自由化のパイオニア。生まれた時にはダイヤモンド輸入会社を営んでおり子供時代には家族で外食する機会が多かったそうだ。
大学4年生の時に父の会社への入社を断られた。「やる気があるなら、ヘブライ語くらいしゃべれるようになれ」と言われイスラエルのテルアビブ大学に留学しヘブライ語を修得。当時、イスラエルには日本大使館員を含め日本人は200人程しかいなかったそうだ。
2年間イスラエルで勉強し帰国。父親の会社に入社。しかし、直ぐに、ベルギーに飛ばされた。そしてベルギーに4年半駐在。
ユダヤ人ブローカーの下で小間使い、カッティング工場での労働をこなし、ようやく独力でダイヤモンドのバイヤーになり、ダイヤモンドのディーリングを行うためにベルギーに現地法人を設立。28才で帰国。
給料のほとんどを飲食に使い、ヨーロッパ中の有名レストランを制覇した。これが、現在のチョコレートとカフェビジネスのルーツになっている。
ダイヤモンドショコラ
ユダヤ人との交渉例を石田氏が語った。ダイヤモンドはシンプルな取引でビジネスの原点と言える。売り手がモノを見せ、買い手が価格を提示して交渉する。価格が折り合えば売買が成立し、折り合わなければ不成立。
「お前の欲しいグレードはコレだな」と売り手が言う。欲しいダイヤよりグレードが低かったので「違う」と石田氏は言った。すると、「何だ!」と怒って鞄をバタンと閉めて帰っていく。
ところが3日後にまた同じ売り手が来る。欲しいグレードより1つ下。「また違っている」と言うと、「お前の所は価格がきつすぎるから行くな、と周囲で噂が立っている。お前は一生ダイヤを買えないそ」と言われた。
すると1週間後にまた来た。今度は欲しいダイヤと前回に持ってきたものの中間、ボーダーラインのダイヤを持ってきた。今度も返すと業界で何を言われるか分からないのと思い、買ってしまった。しかし、日本に送って鑑定してもらうと、グレードは下。グレードが低くボーダーラインぎりぎりのダイヤモンドを買わせるための売り手のテクニックである。毎日、30人程こんな売り手が入れ替わり立ち替わりやって来る。
「お陰で今や、外国人との交渉には勝てる自信があります」と石田氏。帰国後は日本人とのビジネスには基本的に駆け引きをしないそうだが、相手が相手だとユダヤ交渉術で勝ちに行く。高校・大学とアメフトで鍛え、今はキックボクシングのリングに立つ石田氏のファイティング・スピリットは衰えていない。
・チョコレートをダイヤモンドのように売る
20代にベルギーで駆け引きばかりやっていた。日本では駆け引きしたくない。そこで、マーケティングの仕事に目が向いた。
昨今、日本ではチョコレートがジュエリーのように売られている。もし自分がジュエリー販売のように接客すればチョコレートはもっと売れると確信。「チョコレートにダイヤビジネスのノウハウを転用できる」。
ダイヤのグレードは肉眼ではプロでも分からない。分からないなら安い方がいい、と普通は考える。しかし、ダイヤでは、女性は貰うなら最高のグレードが欲しいと思い、女性が喜ぶのなら男性は自分で出せる金額の中で最高のグレードを贈ろうとする。
身につけて優越感を味わい、結婚するんだという意識にさせる。しかし、機能価値はゼロ。これを「心理価値商品」というそうだ。
社名の「ル・ショコラ・デュ・ディアマン」とは、ダイヤから生まれたチョコレートという意味。
デルレイ銀座店
ダイヤ輸入業では、販売店のディスプレイを指導したり、販売員のセミナー講師も引き受けるている。ロールプレイングと実際の店頭を重ねながら育てる。「ロールプレイングが大事です。シュートボクシングのスパーリングと同じです」と石田氏。
ジュエリー販売には様々な接客パターンが確立されている。例えば、店頭に安いイヤリングを並べ、安さにつられて買ったお客に応対した販売員は梱包をせず、またその間に奥の高額商品の説明を始める。別の販売員がレジで梱包をする。お客は店で買ったという安心感から気軽に高額商品を手に取り始める。それで気に入ると高額商品もついでに買うということになる。最初に買った安いイヤリングは、もちろん、高額商品の商談が終わるまでお客の元には届けられない。
デザインとプライス以外でどれだけトークできるか、が勝負。飲食業で言うと、味と価格以外でどれだけトークできるか、ということになる。これは難しい接客だ。
ヨーロッパでは、接客業の中ではジュエリー販売員がナンバー1と評価され、地位や待遇が高い。日本では接客業でも高い地位を誇るスチュワーデスとは比にならない評価だ。
ジュエリーのように並べられたチョコレート
・スーパーブランドはカフェ併設。物販は衰退産業
「物販は衰退産業」と石田氏は断言する。モノを買うのに車に乗ってわざわざ来ない。富裕層はモノに固執していないそうだ。
スーパーブランドはこれを理解している。シャネルはだからレストラン「ベージュ東京」を作った。シャネル・ファン以外のお客もレストランで集めて顧客にできればとの想いがあったと考える。しかし、ハイエンドのレストランビジネスは難しくマーケティング的に成功例かというと疑問がある、と石田氏は考えている。
グッチカフェ、エルメスカフェも同じ。一貫したブランド戦略としてカフェを作った。一貫したイメージを作るにはライフスタイルを伝えられるカフェが重要と考えている。
「物販をやってカフェもやりたい。スタイルを提供しながらモノを買ってもらう。すると、物販の売り上げも上がる。カフェの人が帰りに買っていってくれる」。銀座の「デルレイ」チョコレートショップの近くにカフェを開業し、その効果を実感している。
チョコレートショップとカフェを併設
・高級ブランドは経験価値が高い
「今、チーズケーキファクトリーのブランド再生を手がけていますが、問題はマーケティングをやっていないことです。」
ブランドには、信頼や信用に加えて「これは自分のモノ」とか「愛着」と言った要素が重要だ。しかし、ブランドの機能に対し愛着を感じることは難しい。そのブランドを自分の生活経験の中に取り入れると、感動や快楽をもたらしてくれることが愛着につながる。これを「経験価値」と言う。
例えば、客単価3万円の日本料理店に行く。3万円の価値は料理、すなわち機能では満足できない。重々しい暖簾のかかったファサードを抜けて、石畳の通路を通り、大きな玄関で靴を脱いで、庭の見える廊下を通って個室に入る、そして席に着く。この入口から席に着くまでが経験価値。
「こんな店へ人を連れていくと喜ぶだろうな」という感動や優越感。これが愛着につながり、経験価値が高いとなる。
「デルレイ」は入りにくい重いドア。しかし、勇気を持ってドアを開けて中に入ると笑顔の店員。帰り際には店員がドアを開けてあげてお客を送りだす。これが「デルレイ」の経験価値だ。
入りづらいことは、お客に緊張感をもたらすが、中に入れば笑顔の店員が迎えてくれる。お客はほっと安堵する。この緊張と安堵のギャップが良い。
「ホテルオークラのレストラン『ラ・ベル・エポック』も入りにくいが、中に入るとカジュアルでフランクなスタッフが待ち受けている」そうだ。
しかし、知名度は必要。地名度を高め、誰もがいつかは行ってみたいと思わせなければ、この作戦は効果が出ない。石田氏は有料広告を使わず、年間300件以上のパブリシティーで知名度を上げてきた。
ベルギーから空輸しているシャーベット
・飲食業の接客レベルではジュエリーは売れない
同社では、ジュエリー出身者を数多く採用している。
入店時のトークも大切。ベルギーのチョコレートでは、「ピエール・マルコリーニ」も有名。ベルギーは北と南で言語が異なり文化が大きく異なる。「ピエール・マルコリーニ」は南部にありフランスの影響が強くチョコの粒は小さい。「デルレイ」は北部のフラマン語圏にあり、ナッツクリームなどの詰め物にこだわり粒が大きい。
「ピエール・マルコリーニ」の話題が出た時には、「北ベルギーのチョコは食べた事がないでしょう」とトーク。また、「ピエールマルコリーニは確かに美味しいです。でもデルレイは別モノね、とよく言われるんですよ。10種類以上もフレッシュクリームが入ったものはデルレイにしかありません」。別モノと言われるとお客は比較することをあきらめてしまう。ロールプレイングによりこんなトークが徹底されている。
飲食業では笑顔ばかり重視されて、笑顔があれば何とかなるという接客になっている店舗も多い。しかし、ロールプレイングで営業力に磨きをかけて売上を向上させる手法もある。ジュエリーの接客技術から学べるものが多そうだ。押し売りをせよ、と言う訳ではない。感動して、もっと買ってくれる手法を個人技ではなく、パターン化してスタッフ全員で共有することが出来そうだ。
・有楽町イトシアに「スイーツレストラン」開店
石田氏は10/13に開業する有楽町イトシアに新業態「シルビウス・ブラボー」を開店させる。ワッフルやベニエといったベルギーの「ストリートスイーツ」を提供するスイーツレストラン。物販も併設し、フルーツを使ったスイーツやジャムを販売する。
「シルビウス・ブラボー」のパース
「おいしそうだけど想像ができない味が売れる」そうだ。フランベでイチゴやイチジクが売れる。バナナやパイナップルでは味が想像され売れない。イチゴを煮るとどんな味になるのか気になる。
ちなみに社員全員フランベができる。石田社長の前で実演して合格と言われるまで練習を続ける。ホテルオークラ出身者が教えている。
「まぜて味が分からないようにする。でもおいしそうに見せる。猫まんまと呼んでいます。ジャムもレモン&パイナップルのミックスなど。全てベルギーで作ったものです。」
店内には手のディスプレイが沢山ある。店名の「シルビウス・ブラボー」はベルギー、アントワープの英雄。川に関所を作り、通行税を取っていた巨人を退治し、その手を切った。シルビウス・ブラボーが切り取った巨人の手を持つ像がアントワープにある。それがこの店のモチーフ。
店の奥に「キングス・ルーム」という個室がある。ローマ時代に溢れるばかりの食べ物を食卓に並べて食べ散らかすのが快楽と言われていた。それのスイーツ版。「スイーツをテーブルに山盛にし、ガバガバ食べてもらう。残してもいい。食を本当の”喜び”として堪能していた原点に帰ってもらいたい」。1人6千円で2人から受け付ける。
・ブランド戦略のインストーラーになる
「デルレイ」銀座店の近くのカフェは、スイーツのフルコースを提供。1Fはカウンター6席、2Fはテーブル席。カウンターでは目の前でスイーツを作る。
カフェ入口
カフェ1Fのカウンター
デザートのフルコース
「今はハイエンド客だけでいい。一般客がくると、有力顧客が入れなくなる。もっと売りたいけれど、今は売ってはいけない。」
「ベルギーからオーナーシェフを呼んで、一部の有力顧客のためだけのクッキングスクールを開催したい。もちろん、事前・事後のPRはしっかりやります。」
同社は設立後3年も経っていないにも関わらず、三菱地所、三井不動産、森ビルという3大デベロッパーの商業施設に一気に入居。短期間でこれだけ注目された企業はないのでは。
現在「デルレイ」5店舗を運営。内カフェ併設は3店舗。「ノカ・チョコレート」「ベルベリー」は1店舗ずつ。売上高5億円。
石田氏は、店舗を増やすことには興味がなく、今後はブランド戦略のコンサルタントとして活躍する。
「ブランドを育てていきたい。その会社の中に入って『インストーラー』として、ブランド意識を根付かせていきたい。」
但し、男性客ではなく、女性客をターゲットとするブランドにしか携わらないと言う。ダイヤモンドのノウハウにあくまで拘り、「自分のリングでしか闘わない」と格闘家でもある石田氏は謙虚に語ってくれた。